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2018年1月

2018年1月18日 (木)

下請法パラドックス

下請法では、当事者双方ともハッピーな取引条件なのに、下請法に違反すると公取委から指摘されて、やめないといけなくなる、ということがときどき起こります。
 
最近聞いた話では、販促費名目で代金から差し引いていたのが減額にあたると公取委の検査で指摘を受けたのでやめた、という例がありました。
 
当事者は、ほんとうに販促に役立っているんだと説明したそうですが、公取委には認められず、販促費を支払わせることはやめることにしました。
 
それで何が起こったかというと、下請事業者の売上が落ちてしまい、下請事業者の側が困ってしまったそうです。
 
でも、指摘を受けた親事業者の側は、販促費の徴収をやめてもたいして困っていないそうです。
 
さらに、販促費が必要なのは、全国的なブランドイメージの強くない中小メーカーだったりするので、販促費を支払わせるのをやめたことで困ったのは中小メーカーだった、というきそわめて皮肉な結果となりました。
 
もともと下請事業者は資本金が最大でも3億円なので中小企業が多いわけですが、その中でもとくに小さいところが割を食ったわけです。
 
さらに根本的には、下請法の適用のない事業者との関係では販促費を差し引いても何の問題もないわけですから、下請法の適用のある事業者がそうでない競合事業者よりも競争上不利に立つ、ということにもなります。
 
これって、大きな問題ではないでしょうか。
 
中小企業を守るべき下請法が、中小企業の首を絞めているわけです。
 
下請法は競争法の一部という建前ですが、中小企業の保護を目的とするものなので、中小企業保護のために経済効率性が害されることは予定されていることといえます。
 
ところが、下請法があるために下請の首を絞めるのはまさに下請法の自殺であり、「下請法パラドックス」といえるでしょう。
 
(これはRobert Borkの"Antitrust Paradox"のもじりです。)
 
こういうことが一度でもあると、たとえ注意であっても、親事業者としては、下請事業者のほうから、「販促費を受け取ってほしい」といってきても断らざるを得なくなり、ほんとうに不幸なことです。
 
(これは、下請法では下請事業者の同意があっても違反は違反だという、一般論から出てくる問題です。)
 
代金から差し引くから問題なので別途支払わせればいいじゃないかという人がいるかもしれませんが、別途支払わせても不当な経済上の利益の提供要請にあたる可能性はあります。
 
また最近は、別途支払わせても代金減額だというふうに公取委の運用が変わってきたので、別途支払わせればリスクが低い(勧告になりにくい)とも言い切れません。
 
それに、似たようなタイミングで販促費を支払わせるのに代金から差し引くか別途支払わせるかという小手先の違いで結論が変わるのも法律としておかしいです。
 
もし実質的に違いが出るくらいに、負担のタイミングを変えなきゃいけないとすると、それこそキャッシュフロー的に問題だったりします。
 
企業にとって資金繰りというのは大事な問題なのです。
 
資金繰りの観点からは、代金から差し引くのが下請事業者にとって最も合理的なこともあります。
 
それに対して、一時的であっても、親事業者にキャッシュアウトを要求するというのは、非常に実務上のハードルが高かったりします。
 
そういうところにまで気を配って、勧告や注意をするかどうか決めないといけません。
 
双方ハッピーな取引条件を下請法を理由にやめないといけなくなった場合に困るのは、多くの場合、下請事業者の側です。
 
一番極端な例は取引がなくなることですが、多くの場合、親事業者には代わりの下請はたくさんいるけれど、下請事業者には代わりの(取引がなくなったときにその穴を埋める)発注者というのはすぐには見つかりません。
 
そういうわけなので、自分はあまり困らないので、親事業者の側には、公取委が違反だというなら強く争うインセンティブがなかったりします。
 
こういう、注意なり勧告なりの影響が第三者に強く及ぶ(いわば外部性がある)場合には、公取委と違反者の二当事者対立構造の中で処理することに、そもそもあまり合理性がありません。
 
もし違反者に十分争うインセンティブがあるなら、下請事業者の嘆願書を取りまとめて公取委に提出したりもするのでしょうが、インセンティブがないなら、そこまで手間をかけるきにもならない、ということになってしまいます。
 
だいぶ昔の企業結合の文脈ですが、ある当事会社が、取引先の「この結合を歓迎する」という意見書をたくさんまとめて企業結合課に出したら、担当者に、
 
「こんな意見書を出させることができるなんて、おたくはずいぶんと取引先に対して強い立場にあるんですねぇ」
 
と嫌味を言われた、というケースがありました。
 
下請法なら、なおさらそんな事態になりかねません。
 
なので、当事者が争おうが争うまいが、公取委のほうが、公益の代表者として、市場の隅々までおよぶ影響を考慮して処分をするかどうかをきめないといけないと思います。
 
販促費を負担させるというケースについては、中小企業庁の調査なら問題なしとされたのに公取委ではダメと言われることもあるとも聞きます。
 
下請法は形式的な法律といわれますが、形式的には減額にならざるをえなくても、実質的に問題ない場合には、ぐっととどまることが大事で、それこそ、処分官庁の裁量が発揮されるべきところでしょう。
 
心当たりのある公取委の方は、大いに反省していただきたいと思います。

2018年1月 8日 (月)

企業結合における市場支配力の意味

企業結合の案件でお客さんに独禁法の説明をするときに、
「企業結合で市場支配力が生じて価格が引き上げられるときに独禁法上問題になるのですよ」
ということを簡単に説明することが多いです。
 
ただ、「市場支配力」という、経済学や独禁法をやらない人にはよくわからないはず(だけど、なんとなくわかったような気にさせる)用語を使ってしまうところに、自分でもごまかしがあるような気がしています。
 
そこで、わたしが「市場支配力」という言葉を使って説明しているときに、実は頭の中ではどのようなことをイメージしながら説明しているのかを、少し説明してみたいと思います。
まず、わたしが「市場支配力」という言葉を使う場合、オーソドックスな経済学での「市場支配力」をイメージしています。
 
それは何かと一言でいえば、市場支配力のある供給者の直面する需要曲線は右下がりである、ということです。
 
つまり、供給量を減らす(横軸に沿って左に移動する)ことで価格を引き上げることができる力が市場支配力です。
 
さらに付け加えれば、市場支配力の意味はこれ(右下がりの需要曲線)しかありえないのであって、そのほかの力、たとえば、相手方に思うがままの契約条件をのませることができる力とかではけっしてない、ということも大事だと思います。
 
このことだけでも経済学をまったくしらないと理解しにくいところなのですが、さらに付け加えると、このような市場支配力があるかどうかは供給者(企業結合なら合併後の合併当事者)に価格を引き上げるつもりがあるかどうかとは、まったく関係がありません。
 
当事者に価格を引き上げるつもりがなくても、引き上げることが利益の最大化になるのであれば引き上げるだろう、というのが経済学の基本的な発想です。
 
つまり、プレイヤーはあくまであたえられた需要(関数)に消極的に対応するだけの存在にすぎない、と考えられているのです。
 
この、「消極的に対応するだけの存在であること」というのは、法律だけをやっていると、ちょっとピンとこないかもしれませんが、市場支配力の意味を誤解しないために重要な点だと思います。
 
(ビジネスをやっている方からすると、価格設定というのは事業運営のキモであり、消極的に対応しているだけなんていうのはとんでもないことかもしれませんが、経済学的な発想としてはこういうことになります。)
 
したがって、たとえば企業結合の問題解消措置として合併当事者が、「合併後も価格は引き上げません」と約束しても、基本的には何の意味もありません。
 
以前、JALとJASの合併の時に運賃を引き上げないことを当事者が約束したのを公取委が受け入れて合併が認められたことがありましたが、このような約束はほんらい無意味です。
(実際、当事者は原油価格の高騰を理由に、間もなく運賃を上げました。)
 
これについては、以前わたしがモデレーターをつとめた国際会議にパネリストとして出席していただいた公取委の企業結合課のF氏(とても信頼できる方です)が、
「値上げしない約束については、当事者が言ったので発表文に載っているだけで、合併の是非の考慮要素にはしていない」
と断言されていて、非常に納得しました。
 
とくに関東周辺の経済法の研究者の方々の中には、正田先生の影響なのか、独禁法の本質は力の行使だと考えている方々がかなりいらっしゃるように感じますが(これに対して関西では京大の川濱先生をはじめ経済学的な発想が強い方が多いように思います)、そういう「力」と、私がイメージする(経済学的な)「市場支配力」は、相当意味が異なります。
 
どちらが正しいかは立場の違いですからどちらでもいいのかもしれませんが、少なくとも実務でぶれない判断をするためには、市場支配力(一定の取引分野における競争を実質的に制限できる地位)は、経済学的に理解しておいたほうがよいと考えています。
 
このように、独禁法をすっきり理解するためには、どうしても経済学が必要なんですね。
依頼者との会議で需要曲線のグラフを書きながら説明したらふつうはドン引きされるので(笑)、まずそのような説明はすることがありませんが、私の頭の中では需要関数(と、多くの場合費用関数)が引かれています。
 
それをいかに経済学の用語を使わずに、しかも、正確性を失わないように、かつ、その事案に照らして納得感が高い説明をするかに、いつも気を砕いています。
 
「たくさん独禁法の文献を読んだけどどうもすっきりしない」「かなり独禁法を理解したつもりだけれど専門家と議論すると勝つ自信がない」という弁護士の方で、さらに上を目指したい方は、ちょっと法律はお休みにして、経済学を学んでみることをおすすめします。
 
独学だと基本的な(=抽象的な)概念をなかなか理解できなかったり、思わぬところで誤解することもあるのですが(昨年末の公正取引協会での小田切先生のゼミではそのことを何度も痛感させられました)、それでも、独禁法実務に役立つ程度の比較的ゆるい厳密さを身につけるためには、独学でも十分役に立つと思っています。

2018年1月 1日 (月)

【お知らせ】日比谷総合法律事務所に移籍しました

わたくし、このたび大江橋法律事務所を退所し、2018年1月1日付で、日比谷総合法律事務所に移籍しました。

国内外の独禁法実務において、このキラ星のように輝く事務所の猛者たちに、仲間として迎えてもらえたことを心から嬉しく思います。

これからも、日本の独禁法実務の発展と社会正義の実現のために努力してまいりますので、一層のご支援よろしくお願いいたします。

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