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2017年10月

2017年10月20日 (金)

【お知らせ】百選が出ました。

有斐閣から

『経済法判例・審決百選[第2版]』

が出ました。

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わたしは71番の「対面販売義務の公正競争阻害性」で、資生堂・花王事件について解説を書いております。

百選は以前、『英米法判例百選』にも解説を書かせていただいたのですが、司法試験受験生のころに百選で勉強していたころを思い返すと(当時経済法は受験科目ではありませんでしたが)、ずいぶんと時間もたったものだなと感慨深いものがあります。

百選という、基本的には学生さん向けの教材ではありますが、学説を整理しただけのありふれた解説ではなく、問題の本質がわかるように気を付けて書いたつもりです。

ご興味のある方はぜひ、ご一読ください。

2017年10月10日 (火)

村田園万能茶事件と原産国告示

村田園の万能茶に対する措置命令(平成28年3月10日)では、

「日本の山里を思わせる風景のイラストの記載」

が、原材料が国産であるかのように誤解させる表示であるとされて、「そんなものまで不当表示の対象になるのか」と話題になったのですが、こういう、イラストまで「不当表示」にあたるという解釈についてはいろいろと異論もありうるところかと思います。

この点で興味深いのが原産国告示の規定です。

原産国告示1項1号では、国産品について、

「外国の国名、地名、国旗、紋章その他これらに類するものの表示」

が、2項1号では、外国産品について、

「その商品の原産国以外の国の国名、地名、国旗、紋章その他これらに類するものの
表示」

が、それぞれ、原産国をまぎらわしくする表示として規定されています。

この規定について、

利部修二編『商品の原産国表示の実務』(1974年商事法務研究会)

のp53では、

「どの国かがすぐわかる地図はこれ〔国名、地名、国旗、紋章等〕に含まれるが、人物、風景の絵などは含まれない

(公聴会で、これを含めるべきであるとの意見もあったが、明確な判定ができないので、含めないことにした)」

と説明されています。

つまり、風景についても議論はあったけれど、風景はどの国の風景か明確に判定できないので、意図的に告示の対象外にした、ということです。

たしかに、形式的で迅速な執行が肝(きも)である指定告示の場合と、一般の優良誤認表示の場合を同列に論じることはできませんが、当局の考え方も40年以上たつとずいぶん変わるもんだなぁという印象はぬぐえません。

わたしも講演などでは、

「村田園の風景のイラストがどうして『日本の山里』とわかるのか。韓国や中国かもしれないじゃないか」

と半分冗談でいうのですが、原産国告示の制定時には同じような問題意識があったわけですね。

もう少しまじめにいうと、村田園事件では、「阿蘇の大地の恵み」という文字とセットになっているので、(韓国や中国ではなく)日本の風景だという印象をあたえる、ということなのでしょう。

でも、原産国告示の制定過程の議論のほうが、わたしは、実用的な法律論としては据わりがよいと思います。

なので、「どの国かは風景の絵からはわからない」という原産国告示制定時の議論の趣旨は、優良誤認表示の場合にも十分に参酌すべきだと思います。

指定告示と優良誤認の違いという点も、指定告示の場合には「著しく優良と誤認」という要件の立証が不要だ(景表法5条3号は「誤認させるおそれ」でたりるので)とはいえても、そもそも事実と異なる表示なのかどうか(韓国の山里か、日本の山里か)という点は、両者で判断の仕方を変える理由はないように思います。

最近、どうも長年積み上げてきた実務の知恵を杓子定規な論理でひっくり返すことが多いような気がします。

工業製品は純粋美術と同視できるもののみ著作権で保護されるという従来の判例をくつがえした知財高裁のトリップ・トラップ事件判決(平成27年4月14日)が、よい例です。

景表法の分野では、不実証広告規制の条文には商品の効果・効能に関する不当表示にかぎって同規制を用いることができるという明文の限定がないことを理由に、不実証広告規制のガイドラインを超えて、シェアについて不実証広告規制の適用をしたフリーテルへの措置命令(平成29年4月21日)なんかも、そんな例でしょう。

不実証広告規制のほんらいの趣旨は、商品の性能・効果について消費者庁が立証しないといけないとすると多大な費用と時間がかかるので、一般の立証責任の原則の例外として、事業者側に立証責任を転換する、というものであったはずです。

そういう趣旨からすれば、優良誤認全般について立証責任を転換するかのようなフリーテルの措置命令は問題です。

たとえば二重価格表示を摘発するためには、これまでは消費者庁が店頭での価格表示を見張るなどする必要があったわけですが、今後はそのような必要もなく、事業者の側が価格の変動に関する資料を準備しておかないといけないことになります。

(ただこれはあくまで理屈の話であって、事業者がうそをつく可能性を考慮するなら、実務上は、けっきょく消費者庁は店頭で価格の変動を見張っておく必要があるのだということになると思います。

フリーテルの事件でも、実は消費者庁はシェア立証の準備か、すくなくとも明らかなうそを見破れる程度の各社のシェアの調査くらいはしていたのかもしれません。)

ほかにも、法律解釈ではないですが法治国家のあり方に関係する問題として、安倍首相が、

従来の慣例を無視して日弁連推薦の候補者ではない、実質的には学者の弁護士を最高裁判事に任命したり、

安保法制を合憲と解釈させるために、法制実務には素人の外務省出身者(元フランス大使)を内閣法制局長に任命したり、

憲法53条には

「内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない」

とされているだけで召集期限は定めてないと言い放ってずるずると召集を遅らせたり(ひいては、民進党が山尾志桜里議員のスキャンダルでガタガタになったのをみるや国会召集して冒頭で解散したり)、

とかいうのも、「法律上明文で禁じられていないなら何をやってもいいだろう」という発想があるように思われてなりません。

話がだいぶそれましたが、要するに、法律は文字に書かれていることがすべてではない、ということです。

法律の精神、心というものを忘れてはいけません。

長年積み重ねられてきた実務にはそれなりの合理性があることが多いものです。

英米法の先例拘束性も、そういう人類の知恵でしょう。

なので、長年の実務をくつがえすには、それなりの理由があるべきだと思います。

優良誤認表示の定義には限定はないので風景のイラストも含まれる、というのは、形式論としては正しいですが、私には、原産国告示制定時の議論のほうが、執行の明確性や事業者の表現の自由に対する配慮があり、文字に落とし込めない法律の心をくみ取ろうとしている点で正しいものがあるようにみえます。

少なくとも、イラストを含めるかどうか議論してあえて外すという判断をしたというのは、とても成熟した大人の判断であったと思います。

村田園は本件について係争中のはずですので、いずれ出る裁判所の判断に注目したいと思います。

2017年10月 5日 (木)

包装に不当表示のある商品をならべた小売店の責任

メーカーが作成した商品パッケージに不当表示があった場合、その商品を、そのまま店頭で並べた小売店も、不当表示の責任を負うのでしょうか。

この問題については消費者庁ホームページのQ&Aの6番で、

「製造業者がその内容を決定した表示が容器に付けられた商品を小売業者が仕入れ、それをそのまま店頭に並べ、消費者がその表示を見て商品を購入した場合、容器に付けられた表示に不当表示があったとき、小売業者も表示規制の対象になるのでしょうか。」

という質問に対して、

「表示の内容を決定したのが製造業者であり、小売業者は、当該表示の内容の決定に一切関与しておらず、単に陳列して販売しているだけであれば、当該小売業者は表示規制の対象にはなりません。」

と、明確に回答されています。

パッケージに不当表示があっても、商品を並べているだけの小売店は不当表示の主体にはならない、ということですね。

でも、これが当然の、唯一絶対の解釈か、というとそういうわけでもありません。

小売店も、表示の存在を認識しながら自己の責任でその商品を販売しているのだから、責任を負うべきだ、という考え方もありえます。

ちょっと古い文献ですが、

利部修二編『商品の原産国表示の実務』(1974年商事法務研究会)

という文献では、「不当な表示の責任主体」という表題のところで、

「不当な表示のされている商品を販売している小売業者もその商品を陳列することによって自らもその不当表示をしていることになる。」

と、断言しているのです!(p82)

さらに続けて、

「しかし、行政的には、実際にその表示を施したメーカーに対して是正措置を命ずるのがもっとも効率的であるし、それによって不当な表示の排除という目的が達せられるので、通常メーカーに対してのみ法的措置を命じている。」

と、小売業者が命令の対象にならないのはあくまで行政効率上の理由にすぎない、とダメ押しされています。

昔の公取委はこういう解釈をしていたのですね。

条文の解釈としては、景表法5条柱書の、

「事業者は、自己の供給する商品又は役務の取引について、次の各号のいずれかに該当する表示をしてはならない。」

でいうところの、表示を「し」というのはどのような行為をさすのか、という問題です。

現在の消費者庁の見解は、表示の内容の決定に関与することが表示を「し」にあたる行為だし、昔の公取委の見解は、自分の責任でその表示を店に並べることでも表示を「し」にあたる、ということなのでしょう。

たしかに、「し」という文言だけをながめてもこたえはでなさそうですし、自分の店に並べているのに何も責任を負わないというのでいいのかといわれると、たしかに昔の公取委の見解のほうが合理性があるような気もしないではありません。

不当な表示を消費者の目に触れさせないようにするという措置命令の目的からしても、消費者に一番近い小売店のところで首根っこをおさえたほうが効率的だ、という場合もありえないではありません。(たとえばメーカーが悪徳業者で、夜逃げしてしまったような場合。)

この論点は、実務的にはベイクルーズ事件で決着がついたところですが、上記公取のような解釈も昔はあった、ということは知っておいてよいと思います。

少なくとも、条文の文言をながめても一義的に答えの出ない、実は奥の深い問題なのだ、ということは納得できます。

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