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2017年7月 7日 (金)

トイザらス事件の残したもの

横田直和「日本トイザらスによる優越的地位の濫用事件審決について-「正常な商慣習に照らして不当な行為」の認定を中心に-」関西大学法学論集66巻3号(2016・9)189頁

という論文に、この事件が関係者の取引におよぼした影響をうかがわせる興味深い記述があります。

ちょっと長いですが、p218の注38を以下に引用します。

「本件の審判において、王子ネピアの参考人は、公取委の調査開始後にトイザらスからの返品や減額の要請はなくなったものの、当初の取引価格の交渉が非常に厳しいものとなり、トイザらスから提示のあった低い価格を受け入れざるを得ないため、実際に売れ残り品が生じてから減額の交渉を行っていた従前のほうが、透明感があって好ましかった旨を述べている(公正取引情報2396号3頁)。

ちなみに、王子ネピアの納入商品は紙オムツ等であって、同社ではトイザらスの店頭における販売状況を踏まえ多頻度の配送を行っているはずであるが、減額が問題となるのは最後の配送商品のみであるので、従前の取扱いではそれ以前の配送商品に係る取引条件には関係がないものであった。

しかし、現在では、新規商品の取扱い時や毎年の取引交渉時において、すべての配送時の商品に係る取引条件が売れ残りリスクをトイザらスが負担する形で決定されているため、王子ネピアにとっては、公取委の調査開始により取引条件が悪化したことになっていると考えられる。」

(ちなみに上記引用部分で王子ネピアとされているのは公開版の審決書では「I」とされている企業です。

同論文は公正取引情報などから丹念に情報を収集して審決書では伏字にされている当事者名や商品名を明らかにしており、それだけでも非常に価値があります。

同論文によると、その他の当事者で具体名が判明しているのは、

G→ユニ・チャーム

K→ピジョン

J→テンヨー(玩具問屋)

B→NRS(エポック社の子会社)

A→カワダ

です。商品名についても、たとえばピジョンの哺乳瓶やユニ・チャームの「ムーニー」、王子ネピアの「GENKI」など、一部補充されています。

ついでに、ネット情報により推測できたものとしては、審決書p43の「新商品」というのは、その発売日(平成22年3月13日)から、「シルバニアファミリーあかりの灯る大きな家」というおもちゃではないか、と推測されます。)

上記引用部分は、本件審決の不当性を裏付ける、非常に重要な指摘だと思います。

つまり、取引当事者間でリスクに対する耐性に差がある場合には、リスク回避的な当事者(本件ではトイザらス)からリスク選好的な当事者(納入業者)にリスクを移転するのが効率的だという経済理論を、上記引用部分が裏付けているように思われるのです。

一般的に、小売店はメーカーに比べてリスク回避的です。

その理由は、小売マージンのほうがメーカーのマージンよりも小さい、ということもあるでしょうし、メーカーは多数の商品から1つでも大ヒットすれば他の損失は回収できるけど、小売店はそのような収益構造になっていない、ということもあるでしょう。

リスクを取りたがらない小売店に対して、とくに新規参入メーカーなどが売れ残りの買取りを約束するなどして、在庫リスクを引き受けることはよくあることかと思われます。

そういうリスクの移転ができないと、小売店は、確実に売れる商品以外は売りたがらないわけです。

本件での返品も、トイザらスから納入業者への合理的なリスクの移転であった可能性が理論的には従来から指摘できましたが、上記引用部分は、それを当事者の証言として裏付けている、といえそうです。

要するに、リスクをきらう小売店が事後的な返品によってリスクの移転をすることを禁じられると何が起こるかというと、小売店は少ない在庫しか置かない、あるいは、購入価格を下げる、という形によって、できるだけ事前のリスク移転(事前の手段による事後的な損失の回避)をしようとするわけです。

そのため、理論的には、小売店の在庫が過小になり、売れ行きがよかったケースにおいて欠品が生じることになります。

欠品は小売店にとって、(欠品がなければもっと利益をあげられたという意味で)不利益ですが、リスクを嫌う小売店にとっては、売れなかったときの在庫リスクのほうがこわいので、それでもかまわないわけです。

このように、公取委の調査(あるいは本件審決)が、当事者間の効率的な取引慣行をさまたげることになってしまった可能性が大いにあります。

だいたい、本件審決の認定は非常におおざっぱで、取引の実態に即した判断をまったくしていません。

取引依存度が0.5%でも優越的地位が肯定されるなど、取引依存度がほとんど意味を持たないので、実際には、どちらが減額・返品を申し出たかだけで濫用かどうかを判断している(納入業者が申し出たものは濫用ではない)ような様相を呈しています。

こういう、きわめておおざっぱな認定になったのも、課徴金納付命令に対する審判なのでたくさんの取引先についてのたくさんの証拠(参考人含む)を取り調べなければならなかったために、これくらいおおざっぱな認定にしないと審決を書けないと審判官が思ったためではないか、と想像されます。

もし一対一の民事訴訟で濫用行為や優越的地位が争われたら、裁判所はこれほど大雑把な認定はしないのではないかと思います。

しかも審決を読むと分かりますが、審決の認定は各取引相手方について、細かい事実関係は異なるものの、大筋では全く同じ認定をしており、悪く言えばコピペのオンパレードです。

それぞれの取引先の実情について具体的に認定しているのは、唯一、どちらが申し出たか、という一点についてのみです。

取引依存度も、なんだかんだ言って、結論先にありきのこじつけとしか思えないような、コピペ満載のおおざっぱな認定になっています。

いろんなところでいろんな人が言っていることですが、優越的地位の濫用は課徴金導入後の最初の5件の正式事件について課徴金納付命令がなされ、すべてについて審判で争われています。

公取はそれに懲りたのか、その後、優越的地位の濫用は正式事件がぱったりとなくなり、平成26年6月5日に課徴金納付命令がなされたダイレックス事件を最後に3年以上も正式事件がなく、代わりに、優越定期地位濫用事件タスクフォースによる注意が急増しています(このことは、拙稿「裁量型課徴金制度と確約制度に関する独禁法改正について」法律時報1107巻でも指摘しました)。

ともあれ、こんなおおざっぱな認定で優越的地位の濫用が認定されるルールが結果として残ってしまったことは、きわめて不幸なことです。

公取は、自分が取り上げる価値が思う事件だけを取り上げればいいので、結論としてはそんなに不当なことにはならないのかもしれませんが(それでも私は、トイザらス事件の結論の相当部分は不当だと思っていますし、立法論としては優越的地位の濫用なんて廃止すべきだと思っています)、実務では、この審決で示された公取の判断枠組みが公式なルールになる可能性があります。

これは非常に不幸なことです。

しかもそのルールというのが、きわめて単純化すれば、

そこそこ大きい小売業者(優越事業者)が自分から減額・返品を求めれば、(相手方の取引依存度にかかわらず)濫用になる

ということです。

これを文字どおり適用すると、いかにおそろしいことになるか、少し考えてみればわかることです。

(ということは、本件審決のルールをまに受けている事業者がそんなに多くはない、ということかもしれません。)

また、裏を返せば、

相手方から申し出させれば濫用にならない、

ということなので、これはこれで問題です。

濫用行為は取引の実態に即して認定しなければならないのは当然ですが、それを公取に、紋切型の、「正常な商慣習は現にある商慣習ではない」という理屈で、独断と偏見で濫用行為を認定されたのでは、たまったものではありません。

何が濫用にあたるのか(経済合理性がない行為か)は、そもそもビジネスを知らない公取が判断できるのかについてすら大いに疑問のありうるところであり、その点をゆずって仮に判断できるとしても、その判断のためには公取は一生懸命取引の実態を謙虚に学ばなければならないはずです。

そしてその際に、その行為に経済合理性があるのかどうかという理論的バックボーンは不可欠なはずです。

本件審決はとうていそのような要求水準を満たしているとはいえません。

そういった、モヤモヤした気持ちがずっとあったのですが、上記横田論文は、上記引用部分以外にも、取引の実態に即した評価をさまざまなリソース(日経新聞の「私の履歴書」も含め!)に基づいて丁寧に行っており、非常に説得力があるとともに、わたしなどは胸のつかえがとれて、とてもすっきりしました。

やはり、(経済学者だけでなく)法律家こそ、ガイドラインの重箱の隅をつつくような議論ばかりではなく、このような、地に足の着いた(具体的事実に基づいた)議論をしなければなりません。

※この論文は横田先生ご自身から抜き刷りを頂戴しました。ありがとうございました。この場を借りてお礼申し上げます。なお、インターネットでも手に入ります

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