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2017年6月 9日 (金)

日本でのハブアンドスポーク型カルテルの事例?

日本でハブアンドスポーク型のカルテルが処分を受けた事例として郵便区分機談合事件があげられることが時々あります。

でも私は、郵便区分機事件はハブアンドスポーク型のカルテルではないと思います。

たとえば、

池田毅「直接の連絡によらない『非典型カルテル』の近時の発展と求められる競争法コンプライアンス-ハブ・アンド・スポーク(hub-and-spoke)とシグナリング(signaling)を中心に」(NBL1039号36ページ)

という論文では、郵便区分機事件について、

「同事件では、郵便区分機を供給していた2社〔東芝と日本電気〕が郵政省の調達事務担当者の内示に従って入札を行っており、2社が直接に相互の連絡を行わなくても受注調整を行うことが可能となっており、調達事務担当者をハブとしたハブ・アンド・スポークと評価できる事案である。」

と説明されています(44頁)。

しかし同論文によるハブ・アンド・スポーク型カルテルの定義は、

「事業者が直接競争者にコンタクトするのではなく、何らかの仲介者(ハブ)を介して価格情報等をやりとりすることによってカルテルを行うことをいう。」

というものです。

つまり、情報を「やりとり」する主語は、あくまで、カルテル参加者である(複数の)事業者です。

この定義に従えば、郵便区分機事件でいえば、

①東芝が、(郵政省を介して)日本電気に「価格情報等」(受注意向?)を伝え、

②日本電気が、(郵政省を介して)「価格情報等」(受注意向?)を伝える、

という事実がなければならないはずです。

あるいは、

①東芝が、(郵政省を介して)日本電気に「価格情報等」(受注意向?)を伝え、

②日本電気が、(郵政省を介して)東芝に、①を了承する旨を伝えた、

(その反対の、日本電気→東芝、も同様)

という事実関係がなければならないはずです。

しかし、このような何らかの「価格情報等」が東芝と日本電気との間でやりとりされたという事実が審決書からは出てきません。

むしろこの事件では、

「番号区分機の開発に当たり、被審人東芝は、機器をコンパクトにする短手一貫方式というコンセプトに立つと、郵便物の供給、搬送及び集積の一連の工程が左側から右側に流れていく右流れ型が最もシンプルであったことから、右流れ型を採用し、その後同社の区分機類は、基本的に右流れ型として開発されることになった。

他方、被審人日本電気は、ドイツのSEL社からの技術導入という経緯から、上記工程が右側から左側に流れていく左流れ型の番号区分機を開発し、その後同社の区分機類は、基本的に左流れ型として開発されることになった。」(審決書8頁)

という歴史的な経緯から、東芝が右流れ型、日本電気が左流れ型を採用したことがあとあとまで影響して暗黙の合意が成立したという要素が強いようです。

少なくとも、両社が郵政省を介して受注意向を伝えあっていた、というような事実はありません(そんなことしなくても暗黙の合意が成立していた)。

もちろん、東芝と日本電気が、「東芝は右流れ、日本電気は左流れにする」という情報を、郵政省を介して伝え合った、という事実もありません。

むしろ事案をよく見ていくと、

「被審人2社は、郵政省から読取率の目標値案の提出及び新型区分機等の見込価格の提出を求められたことを受けて、平成6年4月26日、打合せを行い、これらのことについて検討を行った。」(審決書84頁)

というような事実があり、直接の情報交換に近いことまでやっています。

(ただ、違反として認定されたのはあくまで右流れと左流れですみ分けるという合意なので、見込価格の協議をしたことは、かかるすみわけの合意とは直接は関係しないともいえそうですが。)

それに、そもそもこの事件をハブアンドスポークというなら、すべての官製談合がハブアンドスポークになってしまい、日本ではハブアンドスポークの事例は五万とある、ということになってしまわないでしょうか?

こういう食い違いが出てくるのは、同論文が、郵便区分機事件を、

「2社が直接に相互の連絡を行わなくても受注調整を行うことが可能となって」

いたというだけで、ハブ・アンド・スポークと評価したためです。

つまり、

直接に相互の連絡を行わなくても受注調整を行うことが可能

な場合の中には、

「直接に相互の連絡を行わなくても、仲介者を介して情報交換をすることで受注調整をする場合」

と、

「直接に相互の連絡を行わず、かつ、仲介者を介する情報交換なく、受注調整をする(できてしまう)場合」

というのがあるはずであり、定義上は、前者だけがハブアンドスポークのはずですが、後者に該当する(官製談合はすべて後者)にすぎないのに、ハブアンドスポークだ、といってしまっている、というのがこのような食い違いが生じた原因だと思います。

なので残念ながら、郵便区分機事件をいくら丹念に読んでも、ハブアンドスポークカルテルについて留意すべき教訓を導き出すことはできません。

いちおう、上では、「ハブ・アンド・スポーク」の定義らしきものを出発点に議論を進めましたが、やはり、定義のはっきりしない目新しい言葉を使って分析するときには、慎重にやらないと物事の本質を見失っていたずらに議論が混乱するし、場合によっては、その概念を導入することで何らかの有益な示唆が得られるのかどうかというところからよく考えないといけない、ということなんだろうと思います。

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