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2017年4月 2日 (日)

日経朝刊「デジタルカルテルの挑戦状」という記事について

今朝(4月2日)の日経朝刊に、

「デジタルカルテルの挑戦状 AIが価格調整 法的責任は」

という記事がありました。

見出しを見たときは、「お~、いよいよ来たかぁ」と思いましたが、中身を読むと「あれれ??」という感じでした。

というのは、そこで紹介されているウーバーの訴訟が、まったく的外れ(見出しとかみ合っていない)だったからです。

ウーバーの事件というのは、この記事によると、ウーバーが同社の価格アルゴリズム(AI?)にしたがってウーバーの運転手(ウーバーの社員ではない)に価格を提示するのが、独立事業者であるウーバーの運転手の価格カルテルを促している、というものだそうです。

でもこの事件の本質は、ウーバーの価格が何らかのアルゴリズムで算定されているかどうかとか、そのアルゴリズムがAIを使ったものなのか、とは何の関係もありません。

ウーバーの価格がアルゴリズムを使ったものでなく、たとえばウーバーの経理部長が鉛筆なめなめ、「この時間帯はこれくらいの料金がいいかなぁ」と決めたものであっても、独禁法の分析の構図はまったく同じです。

「アルゴリズム」や「AI」とは、何の関係もありません。

したがって、

「同社のアルゴリズムは個人事業主間の反競争的な協調行為を促す可能性がある」(池田毅弁護士)

というコメントも、この記事の本来のテーマとの関係では的外れです。

さらに続けて、ちょっと長いですが興味深いので引用すると、

「『在庫量を適正化するために、AIでサプライチェーン全体を最適化するシステムを導入した場合、独禁法上の問題はないでしょうか』。池田弁護士は昨年、ある企業から相談を受けた。

余剰在庫を減らす目的で商品や部品を調達する企業をネットワークで結びAIに発注などを管理させる。するとこれらの企業に在庫を減らすために値下げ販売する誘因が働かなくなり、結果として価格は高止まりする。最終的に消費者への販売価格に転嫁される――こんなメカニズムが働く可能性があるという。」

なんだそうです。

これなんかも、なぜ問題なのか、私には理解できません。

というのは、在庫削減はあきらかに効率性を向上させるからです。

「こんなメカニズムが働く可能性」を問題視するというのは、あたかも、事業者が見込み違いの発注をした結果生じるたたき売りによって消費者が享受するタナボタ的な利益も独禁法上保護すべきであるというかのようですが、それは(競争法の守備範囲である)競争により消費者が享受する利益とは別次元の話です。

それにこのシステムでは、このサプライチェーンに参加する企業の競争的行動を何ら制約していません。

在庫リスクと独禁法といえば、経済学的には、リスク回避的な販売店のリスクを再販売価格拘束などさまざまな垂直制限によりメーカーが引き受けることで、販売店がより多くの量を販売してくれる(十分な在庫を積んでくれる)、という理論が思い出されます(Deneckere, R., Marvel, H.P., Peck, J. ‘Demand Uncertainty and Price Maintenance: Markdowns as Destructive Competition’, The American Economic Review (1997) 87(4): 619-641)。

より一般的に、垂直制限によりリスク回避的な取引当事者からリスク中立的な取引当事者にリスクを移転することが効率的であることは、学部レベルの経済学の教科書にも載っていることであり、いわば経済学の常識です。

また根本的な話として、この例も、AIだからどうのこうのという問題ではありません。

(実際の相談の詳細をそのまま記事にはできないので、実は大事な事実が記事では端折られてるのかもしれませんが。)

AIによるカルテルというので思いつく(おそらく多くの独禁法弁護士が想像する)のは、たとえば、ウーバーのような会社がもう1社あって、いずれもAIで価格設定して、AIがお互いの価格を読みあうために、結果的に協調的な結果が意思の連絡なくできてしまうのではないか、という場面です。

ウーバーのケースは、この記事にもあるように、独立事業者であるドライバー間の協調を促しているという構図でちょっと複雑なので、もっと単純化すれば、タクシー会社が2社あって、AIで価格設定しているために、お互いの価格を読みあって、結果的に協調的な価格になる、というような場合です。

記事も、昨年10月のOECD文書が、

「自ら学習して他の機械と協調するAIが介在する場合は、企業間の価格調整の意図の立証が非常に困難」

と指摘したことに触れていますが、ここでの「企業間」というのが、上の例では「タクシー会社間」ということです。

決してOECD文書は、ウーバー事件の「ドライバー間」の価格調整のような話をしているわけではありません。

記事によると

「ウーバーの価格は混雑時には平時の最大8倍に跳ね上がることもある」

とされていますが、たしかにこれはこれで問題視する向きがあるかもしれませんが(私は、これは単に需給関係を反映しただけなので、競争法上は問題視すべきでないと思います)、カルテルとは何の関係もない問題です。

これに近い話としては、AIを使うと、消費者ごとの支払い意欲をAIが予測して、ぎりぎりまで高い価格を設定できてしまう、という完全価格差別が生じる、ということが現に起こっています。

たとえば(以前もどこかで書きましたが)、あるアメリカの航空会社では、エコノミーからビジネスにアップグレードできる価格を、どうやら過去のその顧客のアップグレード歴に基づいて算定しているらしいです。

そのため繰り返しアップグレードしていると、「こいつはたくさん払うやつだ」(支払い意欲が高い)と思われて、高めの価格が設定される、という仕組みらしいです。

AIとビッグデータが加われば、それこそ、年齢や性別などさまざまな情報を使って価格差別をすることがありえます。

ちょっと違いますが、聞いた話では、JRの駅の自販機は購入客の性別なんかを識別して、たとえば男性ならコーヒー飲料の種類をたくさんならべる、ということができるものがあるらしいです。

これを価格差別に利用することも、やろうと思えばできるはずです。

経済学的な議論としては、価格差別は総余剰を増すので独禁法で禁止するべきではありませんが、一消費者としては、たしかに納得いかないものがあります。

ウーバーの事件は、どちらかというとこの価格差別(顧客ごとではなく時間や場所ごと)に近いともいえますし、時間帯や場所が違うなかで価格に差を設けるのはそもそも市場が違うのだから価格差別(=同じ市場での価格差)の問題ですらなく、たんに需要に合わせて価格が調整されている、しごくまともな市場の話に過ぎないわけです。

それが問題ににされているのは、形式的に、ウーバーの運転手が同社の従業員ではないためです。

アメリカは独立事業者間の合意は当然違法で一気に厳しくなるので、どの範囲で一つの事業者といえるのかはとても大きな問題です。

イメージとしては、コンビニの本部がフランチャイジーに価格の拘束をしたら、フランチャイジー間の協調を促進したといわれかねない、というくらいの話です。

でも日本の場合はそのあたりかなりおおらかなので、たとえば2つのセブンイレブンの店舗の価格を本部が拘束したからといって、当然違法にはならないことはもちろん、ひょっとしたら、「セブンイレブンは全体で一つの競争単位だ」という判断にすらなりかねません(ガイドラインの建前では、そうではありませんので、あくまでホンネレベルでの話ですが)。

「コンビニチェーンは全体で一つの競争単位だ」という発想が色濃く見えたのが、ファミリーマートとサンクスの統合案件です。

あれなども、各店舗が独立の競争単位だという発想から公取がスタートすれば、あそこまで審査が長引くこともなかったはずです。

ともあれ、ウーバーがカルテルだといわれるのは以上のような米国の特殊事情があるわけで、AIとは何の関係もありません。

独禁法は形に見えない競争というものを扱うためか、目新しい事件が起きるとこういう勘違いが起こりがちです。

誰と誰が競争しているのか、どの市場での競争がどのように阻害されているのかを、きちんと見極めることが重要です。

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