« 2017年2月 | トップページ

2017年3月

2017年3月17日 (金)

競争法フォーラムで発表しました。

昨日(3月16日)、競争法フォーラムで、

「プラットフォームビジネスと最恵国待遇条項(MFN)」

というタイトルで発表をさせていただきました。

ご参考までにレジュメを貼り付けておきます。

「170316jclfmfn.pptx」をダウンロード

今まで発表した中ではおそらくRIETI(独立行政法人経済産業研究所)での発表に次ぐくらいのプロの集まりだったので、かなり気合が入りましたcoldsweats01

限られた時間でお伝えしきれなかったことも多かったのですが、発表の中で紹介した、

Boik, A., and Corts, K., 2016, “The Effects of Platform Most-Favored-Nation Clauses on Competition and Entry,” Journal of Law and Economics, vol. 59: 105-134.

という論文は、なかなか読みごたえがあります。

とくに、プラットフォームにおいてMFNがどのように価格や参入に影響を及ぼすのかという論理の筋道を(主に数式ですが)追っていくと、「なるほど」と納得することしきりです。

たとえば、

2つのプラットフォームがMFNを採用した場合のプラットフォームの均衡利潤は、総需要が十分に非弾力的(具体的には、需要をqi=a-bpi+dpjと置いたときに、d>b/2)な場合には、MFNがない場合の均衡利潤より大きい

というところなどは、法律家みたいに「諸般の事情を考慮する」とか「ケースバイケースで判断する」とか適当なことをいわないで、明確な線が(理論上ではありますが)引けてしまうところに、経済学の凄味を感じます。

経済モデルの中にはかなりきつい前提をおいて、「そんなこと実際にどれだけあるのかわからない」というようなものも少なくないですが、このモデルは非常に単純で、かつ、結構有意味な答えが出る点が秀逸だと思います。

正直、自分の能力の限界で全部の論理を終えないところもあるのですが、それでも、簡単な微分と非協力ゲームの基礎を知っていれば8割がたは理解できます。

プラットフォームとMFNについて関心のある方は、ご一読をお勧めします。

数式を一行一行追うごとに、

「なるほど、そういうことか!」

と納得すること請け合いです。

2017年3月16日 (木)

ドイツ証券に対する警告について

3月15日、ドイツ証券に対して、欧州国債の取引に関する不当な取引制限(カルテル)の疑いで警告がなされました

気になったのは、本日(3月16日)の日経朝刊で、

「公取委は実際に受注を分け合ったのは数回だったことなどから明確な独禁法違反とは認定せず、行政指導の警告にとどめた。」

とされていることです。

しかし、ハードコアカルテルについて、数回だけだったから警告というのはいかがなものでしょうか。

アメリカだったら一発で刑務所行きの可能性もあるのに、なんとも甘いといわざるをえません。

ひょっとしたら、外部からはうかがい知れないけれど誰の目から見ても「これで排除措置命令はないんじゃない?」という事情があるのかもしれませんが、公取委の公表文だけみても、なぜ警告にとどまったのか、理由がまったくわかりませんし、報道からも、それはわかりません。

また日経記事によると、

「同じ顧客から複数銘柄の見積もり依頼があった場合、両社が分け合って受注できるように調整していた」

ところ、

「実際に受注を分け合ったのは数回だった」

ということで警告にとどまった、ということらしいのですが、これだとまるで実際に分け合った取引だけが違反のように見えてしまいます。

法的にはそうではなくて、

ドイツ証券:「お前のとこ、○○(クライアント名)から例の件、見積もり依頼あった?」

シティ:「ないよ。」

ドイツ証券:「あっそ。」

というのでも、立派なカルテルです。

きっと課徴金の対象にもなるでしょう。

そのあたり、誤解のないようにしたいものです。

万が一公取委が、ドイツ証券とシティの市場シェアが低いから競争の実質的制限の立証に不安を覚えていたために今回の警告になったのだとしたら、それも大きな問題です。

というのは、たとえ市場シェアが低くても、情報交換の結果両社で均等に割り振ることができたこと自体が、需要者がすべての証券会社に見積もりをとっているわけではないことをうかがわせ、市場シェアの低い会社でもそのような市場の不完全性を利用してカルテルを行うことは十分にありうるからです。

また、カルテルの課徴金は義務的であり公取委に裁量はないことが建前ですが、けっきょく、正式処分をしないことで課徴金も課さずに済んでしまうというのも、なんとなく釈然としないものがあります。

ここでの国債の取引がどれくらいの額だったのかわかりませんが、もし売上の10%の課徴金がかかったら(しかも前述のように、実際に分け合った案件だけでなく情報交換した案件も対象になるとしたら)、けっこうな額になったのではないでしょうか。

それに、警告ですませると、被害者が損害賠償請求をするのにも支障が出てきます。

きちんと調査をやっていれば当然被害者にも事情を聴いているでしょうから、被害者が被害者となっていることすら知らない、ということはきっとないのでしょうけれど、排除措置命令が出ていれば事実上違反の事実が推定されるので、それがないというのは被害者にはつらいものがあります。

日経によれば両社のコメントも、ドイツ証券が、

「警告を受ける以前から既に再発防止策を実施済みだ」

シティグループ証券が、

「警告を受けていないのでコメントする立場にない」

という、なんとも素っ気ないコメントです。

日本企業なら、

「警告を受けたのは遺憾」

とかなんとか、それなりの反省の色を示すのがお約束ですし、仮に「注意」どまりや、何もなしに調査が終わっても、調査を受けただけでまともな日本企業なら過剰反応ともいえるほどにコンプライアンス徹底に取り組むものですが、さすが外資系、そのあたりはとてもドライです。

別に注目を浴びるのが公取委の仕事ではないのでかまわないのですが、ドイツ証券とシティグループが日本の公取委から排除措置命令を受けたらそれなりに海外メディアでも取り上げられたでしょう。

注目されないだけならかまわないのですが、もし、

「日本ではちょっとくらいならカルテルをやっても警告どまり」

なんていう誤ったとらえ方を海外でされたら、よろしくないことだと思います。

それに今回はまだ「警告」なので公表されましたが、日経記事によると、

「シティグループ証券は再発防止策が十分だとして警告は見送った」

ということなので、これまでもハードコアカルテルで警告を逃れた、ひいてはまったく公表されることなく終わった、という案件もあるのではないか?ということが疑われます。

また弁護士的には、シティはどのような再発防止策だったので「十分」と認められたのか、また反対に、なぜドイツ証券は十分と認められなかったのか、というところも、今後のコンプライアンス促進の観点から、明らかにしてほしいところです。

ちなみに去年の5月25日から、リニエンシーの適用事業者は全件公表されることになりましたが、警告どまりだと課徴金納付命令も出ず、リニエンシーが「適用」されることもないので、誰が申請したかも公表されないことになるのですね。

このように、本件の処理にはいろいろと考えさせられるものがあります。

2017年3月10日 (金)

ドイツ証券に対する警告に関する報道について

昨日(3月9日)の日経夕刊に、

「ドイツ証券に警告へ 公取委 欧州国債 利回り調整か」

という記事が出ていました。

驚いたのがその中での「警告」にする理由で、

「この2社の担当者はインターネット上のチャットで〔欧州国債の利回りなどを〕協議していたという。公取委は組織的な行為とは言えないことなども踏まえ、警告が妥当と判断したとみられる。」

とされていたことです。

組織的な行為とはいえないから警告、というのは、どういうことなんでしょうか。

独禁法(なかでも排除措置命令)の目的は公正かつ自由な競争の確保であり、組織的かどうかは本質的ではありません。

日本の独禁法は基本的に企業を名宛人にした行政措置なので、従業員が業務上行った違反行為は当然(あるいはほぼ当然)に企業の行為とみなさないと、排除措置命令が出せない場合が出てきてしまいます。

行政処分という制度を取る以上、従業員の行為は企業の行為とみなす、というのでないと、筋がとおりません。

おそらく、同じく行政処分だけである欧州でも、そういう考え方だろうと思います。

もし欧州の弁護士に、

「日本では、組織的な行為ではない場合には、ハードコアカルテルが警告どまりになる(ことがある)」

といったら、きっと、「なにそれ?」という顔をされると思います。

個人の刑事責任を追及する米国のような制度であれば、企業のまったく知らないところで従業員が違法行為をしていた場合には企業は訴追を免れる、ということはありえます。

反トラスト法ではそういう例は聞いたことがありませんが、米国の外国公務員贈賄(FCPA)では、従業員に対してコンプライアンス教育をしっかりやっていたのに従業員が無視して贈賄をしたというケースで、モルガンスタンレーが法人訴追を免れた、というケースがあります。

日本の刑法の一般論としても、両罰規定があれば必ず法人も起訴されるわけではなく、組織的な関与がなければ起訴されない、ということは普通にあります。

このように、個人や法人の責任を追及することに主眼がある刑事法の場合には、組織的関与がなければ法人は訴追しないというのは、非常に納得感があります。

これに対して排除措置命令は競争回復が目的なわけですから、組織的関与があるかどうかは本来問題とすべきではないのです。

もし組織的関与がない場合には法人には排除措置命令を出さない(出せない)という制度をとるのであれば、個人に対する排除措置命令を導入しないとつじつまが合いません。

ハードコアカルテルは発覚しにくいですから、ほんらい、一罰百戒的に正式処分を打つべきです。

もうすでになくなっている行為だから警告にとどめる(今回の警告の理由がそうかはわかりませんが)、というのも、ハードコアカルテルの場合には妥当ではありません。

今回の件が欧米で摘発されているLIBORやデリバティブなどの金融商品関連の事件とどういう関係にあるのかはよくわかりませんが、少なくとも、海外ではどんどん正式事件として摘発されている(競争法か、市場に対する詐欺罪かは、ともかく)のに、日本では警告どまりというのも、国際的な観点からは見劣りがします。

うがった見方をすれば、外資系企業だから甘い処分ですませたのではないか、とすら疑われてしまいます。

公取委にはあまり英語ができる職員がいませんから、外国企業に対して及び腰になるというのは想像ができます。

かつて知り合いの外国の弁護士が、日本の公取委の幹部の方が海外の会議で配布した資料というのをくれたことがあって、その中での犯則事件についての説明で、

「日本では外国企業を刑事訴追することはない」

と堂々と書いてあるのをみてひっくり返りそうになったことがあります。

「検察庁を巻き込むのは大変だし、ホンネはそうなんだろうけど、何も国際会議で言うことないのに」と思いました。

やっぱり、外国の会社に対して弱腰だとみられるのは、とてもよろしくないと思います。

日経の記事によれば警告に落ちた主な理由は組織的関与の欠如だったようですが(それ自体、妥当な理由でないことは前述のとおりです)、なぜ排除措置命令ではなく警告なのかという理由はふつう警告書には書かれませんし、報道発表でも、ふつうはそのような理由の説明はありません。

しかし、今回のようなケースは警告にとどめた理由の説明が強く求められると思います。

そうでないと、

組織的関与がないと警告どまりになるのでは?

とか、

公取委は外国企業に弱腰なのでは?

という、疑心暗鬼を招きます。

毎年恒例の雑誌「公正取引」の座談会で話題になりそうなテーマではありますが、あれも、建前上は公取委の方のコメントは個人的見解なので、やはりプレスリリースなりで正式に説明してほしいところです。

でもそれはきっと難しいでしょうから、事務総長定例会見でどなたか記者の方が質問していただけないでしょうか

最近の公取は、景表法では富山の家具屋さんの二重価格表示に措置命令を出すのに(3月8日布屋商店に対する措置命令)、ハードコアカルテルが警告というのは、いかにもバランスが悪い。

今年に入ってから、下請法(2月23日ニッド、3月2日プレナス、3月7日あらた)とか、消費税転嫁法(2月22日スーパーホテル、3月9日帝国データバンク)については正式処分が相次いでいますが、本丸の独禁法がこれではさみしいかぎりです。

ちょっと、リソースの振り分け方がおかしいんじゃないでしょうか。

2017年3月 8日 (水)

流通取引慣行ガイドライン改正に関する3月6日日経朝刊記事について

3月6日(月)日経朝刊法務面に、流通取引慣行ガイドライン改正に関する記事が載っていました。

でもこの記事にはいろいろと問題があります。

まず、

「独禁法は・・・正当な理由なく供給先を選別することなどを公正な競争を阻害する『不公正な取引方法』として禁じている。」

というのは、控えめにいって誤解を招きます。

正当な理由がなければ供給先を選別できないなんてことを言い出したら、取引相手の選択の自由と真っ向から衝突してしまいます。

そんなことはありえません。

記事の「図」では、取引先による横流しを

「原則として禁止できない」

とされていますが、これもかなり誤解を招きます。

実際には、横流しの禁止は問題ない場合のほうが多いです。(たとえば市場シェア25%のセーフハーバーにみたない場合)

それどころか、横流しを一切禁止する(つまり消費者にしか売ってはいけないとする)ことすら、問題ない場合の方が多いくらいです。

というわけで、

「実は例外的に、販路を制限できる場合もある。」

として資生堂事件最高裁判決にふれるのも、かなり誤解を招きます。

というのは、同事件は同記事ものべるように対面販売の義務付けが問題になった事例であり、これが(唯一とはいわないまでも)「例外的」に販路を制限できる場合だとすると、対面販売の義務付けのような販売方法の制限ではない制限の場合(たとえば卸売販売を一切禁じるとか、再販売先を指定する一店一帳合制)には、「原則」にもどって原則として禁止されることになってしまいます。

資生堂事件で突如「それなりの合理的な理由」という基準が出てきたようにみえるのは、他の態様の制限とのバランスからも、価格への影響など何らかの反競争的効果があることを前提にした基準であるとみるか、当事者が販売方法の制限の妥当性だけを争ったからそういう判示になったとみるべきです。

なので、資生堂事件の基準をあたかも販路制限一般に適用がある例外であるかのようにいうのは、とても誤解を招きます。

選択的流通制について、

「現行の指針でも『選択的流通』という例外規定があり、①品質の保守(ママ)②適切な使用の確保③消費者利益の確保---の観点から合理的理由があれば、一定基準を満たした流通業者だけに自社商品の取り扱いを認め、他の業者への転売を禁止することが認められている。」

と紹介しているのも問題です。

というのは、もちろん①②③の要件を満たせば転売禁止できるのですが、仮に満たさなくても、取引先制限一般の基準(価格が維持されるおそれ)をクリアすれば問題ないからです。

つまり、選択的流通と取引先制限は二重のスクリーニングになっています。

このように、この記事にはいろいろ問題があるのですが、それがまさに独禁法のわかりにくさであり、流通取引慣行ガイドラインのわかりにくさ、ということなのだと思います。

このような誤解を解くために私はこのブログやいろいろな講演で情報発信をしているのですが、私ごときの情報発信ではいかんともしがたいものがあります。

独禁法が門外漢にわかりにくいのは法律の性質上あるていど仕方がない(文言が抽象的で肝心の考え方はどこにも書いていない)のかもしれませんが、ガイドラインがわかりにくいというのはそれ自体問題だと思います。

だって法律解釈をわかりやすく示すのがガイドラインというものでしょう。

ひとつこの記事をフォローすると、なにもガイドラインをこのように解釈するのは日経だけの話ではなくて、きっと世の中の多くのところでそのように考えられていることの反映ではないか、と思います。

もしそういう間違いを犯すのが弁護士に相談しないためである場合には、「弁護士に相談してくださいね」ということなのですが、困ったことに、独禁法に関しては弁護士のなかにも間違ったアドバイスをする人が多いと思われるのです(セカンドオピニオンをする経験上そう思います)。

というわけで、新しいガイドラインは、

独禁法の体系を理解している人には誤解なく理解できる

というようなものではなくて、

独禁法の門外漢がガイドラインだけをみても、まずは大きな誤解をしない

というものを目指してほしいです。

2017年3月 7日 (火)

不実証広告規制ガイドラインの10・15モードの記載についての疑問

不実証広告ガイドライン第3-2では、提出資料が

「客観的に実証された内容のもの」

に該当するのは

① 試験・調査によって得られた結果

② 専門家、専門家団体若しくは専門機関の見解又は学術文献

のいずれかの場合であるとされ、さらに、(1)アでは、①について、

「試験・調査によって得られた結果を表示の裏付けとなる根拠として提出する場合、当該試験・調査の方法は、表示された商品・サービスの効果、性能に関連する学術界又は産業界において一般的に認められた方法又は関連分野の専門家多数が認める方法によって実施する必要がある。」

としたうえで、その例として、

「自動車の燃費効率試験の実施方法について、10・15モード法によって実施したもの。」

というものが挙げられています。

しかしこの例は、ガイドラインに載せるのはあまりふさわしくないと私は思います。

というのは、10・15(じゅう・じゅうご)モードと実際の燃費にはけっこうなかい離があるからです。

とくにハイブリッド車については、10・15モードでは電池をフル充電して試験してよいことになっているため、実際の燃費と10・15モードとの間に大きなかい離があるものもあるようです。

つまり電池容量を大きくすれば理論的にはいくらでも10・15モードはよくできるわけです。

なので、むしろ10・15モードで計測した燃費については、10・15モード燃費であることを明記しないと優良誤認表示になる可能性さえある、といえると思います。

少なくとも実際の表示では、10・15モードであることを明記したうえで、

「実際の燃費は使用状況により異なります。」

という断り書きまであるのが常ですので、実際に事件になることは今後もないでしょう。

また細かい解釈論を述べれば、

10・15モードが実燃費と違うことはドライバーにとっては常識なので誤認はない

とか、

10・15モードで表示することが社会的な慣習になっている、

とか、いろいろ反論もありえます。

ですが、ではそれがガイドラインに典型例として載せる例として適切か、といえばそうではないでしょう。

もしガイドラインを文字通り受け取るなら、

「実際の燃費は使用状況により異なります。」

というような表示はまったくナンセンスな記載、ということになるでしょうが(だってガイドラインが典型的にOKな場合と言っているのですから)、そんなふうに考えている関係者はまずいないでしょう。

実際、先日の三菱自動車の燃費偽装事件の消費者庁の命令をみると、実燃費より良い燃費を表示していたことが問題とされたのではなく、10・15モードで計測したように表示しながら10・15モードで定められた方法で計測していなかったことが問題とされています。

もしガイドラインを文字通り受け取るなら、そのような認定は本質を外している(本質は表示通りの「性能」があるかどうかであって、政府の定めた方法によるかどうかは関係ないはず)だからです。

(ただ、命令の考え方としては、

「実燃費とのかい離を問題にするとそのかい離が『著しく優良』であるほど大きいことを認定しないといけなくて大変なので、手堅く『10・15モードと表示しながら10・15モードではなかった』というところで違反を認定した」

という実務的な配慮があったのかもしれません。)

ともかく以上のような理由で、10・15モードはこのガイドラインにのせる典型例としては、ふさわしくないと思います。

ほかの例でも、JISを基準にすればいいとか、ちょっとお上の基準を重視しすぎに思われます。

「JIS基準で測れば良好な性能は出ないけれど、実際に近い使用状況で測れば良好な性能がでる」ということも、場合によってはあるのではないでしょうか。

政府のガイドラインなので政府の基準を重視するというのは役人のメンタリティとしてはやむを得ないのかもしれませんが、景表法の誤認は一般消費者を基準とすべきことからすると、お上の基準が絶対であるかのようなガイドラインは好ましくないと思います。

« 2017年2月 | トップページ