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2017年1月13日 (金)

無償の供給行為は景表法上の「取引」か?

景表法上の「景品類」は、

「顧客を誘引するための手段として、

その方法が直接的であるか間接的であるかを問わず、くじの方法によるかどうかを問わず、

事業者が自己の供給する商品又は役務の取引(不動産に関する取引を含む。以下同じ。)に付随して

相手方に提供する物品、金銭その他の経済上の利益であつて、

内閣総理大臣が指定するもの」

と定義されていますが(2条3項)、ここでの「取引」に、無償の取引は含まれるでしょうか。

そもそも「無償の取引なんて問題になることあるの?」という疑問を持たれる方もいらっしゃるかもしれませんが、たとえば平成14年3月29日のtoto特別会員に関する公取委の事前相談回答では、入会金が1000円の場合懸賞で提供できるのは2万円まで、との回答がなされています。

そうすると、入会無料の会員権の場合は、何を基準にするのか(0円だとすると景品はまたっく付けられないのか?)、さらに考えると、そもそも無料でも「取引」なのか?という疑問がわいてくるわけです。

文言上でヒントになりそうなのは、定義告示運用基準3(2)の、

「販売のほか、賃貸、交換も『取引』に含まれる。」

という部分です。

ここでの問題は、

「等」

に何が含まれるか(贈与などの無償行為が含まれるか)ということです。

具体例の、「販売」「賃貸」「交換」はいずれも有償行為なので、そのことからすると、まずは「取引」は無償行為にかぎると考えてよさそうです。

さらにこの点についてはより具体的に、

公正取引委員会取引部長相場照美編『わかりやすい景品表示法』

のp53に、

「民間放送会社とラジオ・テレビの視聴者、広告代理店と新聞・雑誌の読者との間には商品・役務の売買の関係がないので『取引』がありません。」

と説明されています。

まず、ここで「民間放送会社」といっているのは、受信料を取っているNHKをのぞく趣旨でしょう。

そういったことから考えると、

「売買の関係がないので」

というのも、民法上の売買契約かどうかを問題にしているのではなくて(その証拠に対象に「役務」が含まれていますし)、有償かどうかを問題にしていると考えるのが自然でしょう。

(ちなみに同じページでは、指定告示運用基準に明記されている「販売」「賃貸」「交換」「銀行と預金者との関係」「クレジット会社とカードを利用する消費者との関係」のほか、「委託」というのも挙げられていますが、「売買」を有償行為の代名詞として使っている同書の文脈からすれば、「委託」も有償の「委託」に限る趣旨と思われます。)

つまり、「取引」は有償の行為に限られる、ということです。

当たり前のことかもしれませんが、当たり前のことでもちゃんと書いてあると、実務ではとても助かります。

ちなみに、

内閣法制局法令用語研究会『法律用語辞典』

では、「取引」は、

「商人間又は商人と一般人との間において営利目的で行われる売買行為。実質的な意味での商行為と同義に用いられることが多い。例、『不当な対価をもって取引すること』(独禁2⑨2)」

と定義されており、ここでも「売買行為」というのは、商品役務の有償提供行為のことでしょうから、やはり有償行為に限られます。

普通の日本語としても「取引する」といえば、何らかの対価を交換することでしょうから、やはり有償なのでしょう。

たぶんtotoのケースもそうですが、最近は、企業のキャンペーンもどんどん複雑になっていて、直接本体取引に結び付くのかどうか明らかでない(取引付随性があるのか明らかでない)行為に対して、おまけ的なものを提供することが多くなってきているように思います。

そして、本体取引に結び付くのかどうか明らかでない(少なくとも結びつかないという議論も相当説得力のある)行為におまけをつける場面では、そのような行為が無償であればそもそも「取引」に該当しない、と議論できることも、けっこうありがたかったりします。

totoのケースも、ほんらいはtotoを買ってもらうことが目的なのはあきらかですが、公取委回答では、将来購入されるであろうtotoとの取引付随性を問題にするという発想がまったくなく、会員権自体を、スポーツ施設優待などの特典のついた役務であると考えているフシがあり、それでいいのかよくわからないところがあります。

・・・と、通常の(←何をもって「通常」というかはさておき)取引の場合には、取引は有償行為に限る、といっていいと思うのですが、悩ましいのが、定義告示運用基準で、

「銀行と預金者との関係」(つまり預金取引)

も、「取引」に該当する、と明記されていることです。

一部の外国銀行の中には預金額が少ないと手数料を取られるというところも少なくともかつてはありましたが、日本の銀行では、預金者から手数料をとるというところは、おそらくないと思います(もちろん引き出しや振り込みに手数料がかかるのは別で、純粋に預金をするだけの場合の手数料のことです)。

そうすると、預金取引は「無償」ということになってしまわないでしょうか。

この問題については、預金取引については、全国銀行公正取引協議会のホームページのQ&Aで、

「<照会事例20> 普通預金口座開設時の取引価額

 普通預金口座開設者を対象として景品類の提供を行う場合の取引価額はどのように考えればいいのか。

<回答>

 預金残高の条件を設けなければ、基本的には、取引を条件とするが取引価額が確定しない場合にあたるため、取引価額は100円となる。

したがって、クローズド懸賞であれば2,000円までの景品、総付景品であれば、景品規約施行規則第2条により、1回につき1,500円以内の景品を提供することができる。

なお、普通預金取引において通常行われる「最低」の取引額が100円を超えるのであれば、その額を取引価額とすることができるが、既存預金者の「平均」取引額を取引価額とすることはできない。 」

という回答がなされています。

この、

普通預金取引において通常行われる「最低」の取引額が100円を超えるのであれば、その額を取引価額とすることができる

という部分は、預金額を取引額と整理していると考えられます。

たんに預けているだけとはいえ、ともかく100万円預金するなら100万円の現金を銀行に提供しなきゃいけないということです。

(ここでは、厳密には、「取引」の有償性の要件(仮にそのようなものがあるとして)、の問題(景品類の定義の問題)と、景品額算定基準の「取引価額」の問題(提供できる景品額の問題)をごちゃまぜにしている点で理屈のごまかしがあるのですが、両者を分ける積極的な理由もないので、ごちゃまぜにしていいと思います。)

そうすると、100万円の預金取引の取引額は100万円であって、無償ではない、ということになります。

ただ、理屈をこねだすとよくわからなくなるのが、定義告示運用基準3(4)で、

「自己が商品等の供給を受ける取引(例えば、古本の買入れ)は、「取引」に含まれない。」

とされていることからして、

「賃貸」が「取引」に含まれると明記されている(3(2))ことからすれば、その裏返しの「賃借」は「取引」に含まれないのではないか、

そうすると、

銀行が預金者からお金を借りるという点で「賃借」と似たようなところのある預金契約も、「取引」に含まれないと解するのが論理的ではないか、

さらにストレートにいえば、

預金取引は民法上の消費寄託契約(民法666条)なのだから、無償での消費寄託は無償行為であり「取引」には該当しないというのが論理的ではないか、

といった疑問が次々にわいてきます。

運用基準に書いてある以上、どんなに理屈をこねても結論は変わらないのですが、以上のような検討から何が分かるかというと、「取引」にはおそらく、

①消費者が景品類提供者に金銭等を提供する(=有償の)「取引」

と、

②消費者は何ら金銭的負担をさせないけれど、景品提供事業者が何らかの利益(預金取引であれば運用益)を得ることができる取引

の2種類があるのではないか、ということです。

そして、全国銀行公正取引協議会の整理は、預金取引は①だ(預金分の負担をさせているので)、ということと思われますが、前述のような購入取引は「取引」に含まれない問うこととの整合性も説明しやすいように思うのです。

それに、取引の実態をみれば、銀行は預金者から何らかの経済的利益を得ようと思っているのではなくて、預金された金銭をさらに貸し出して利益を得ようとしているのですから、銀行が景品をつけてでも預金を集めたいのは運用益を得るための原資を得たいからにほかならないわけです。

そうすると、②のカテゴリーも「取引」に含まれると整理するのがすっきりすると思われます。

おそらく全国銀行公正取引協議会(と、おそらく消費者庁も)の整理と思われる、預金分の現金を預けておく必要があるのでその分が取引価額なのだ(なので預金額があることを根拠に有償取引とするのだ)、という整理だと、まだ銀行預金の場合には引き出そうとするとATMまで行かなきゃいけないとか、それなりに拘束されている負担感があるので、それほど不都合や違和感はないのかもしれません。

しかし、これがたとえばPASMO(東京の地下鉄用プリペイドカード。今はコンビニとかいろんな場所で使える)へのチャージだったりすると、チャージした分現金を拘束されている、といわれると、かなり違和感があります(感覚的にはPASMOへのチャージは現金の代わりそのものです)。

ただそう考えると、銀行預金の場合には(手数料を取らないので)取引額がゼロになり、運用益を得られるというメリットがあるのに景品をつけて預金を集めることができなくなってしまうので、どちらかというと結論の妥当性から逆算して、預金額を取引額としている、ということなのではないか、という気がします。

たとえば金塊1キロ(時価にして480万円くらい)を1か月1000円で預かってくれるサービスの場合、取引価格は1000円でしょう。

これを、

「480万円の金塊を準備しなけりゃいけないので、取引価格は480万円だ(なので総付なら96万円まで景品をつけていい)」

という人は、きっといないんじゃないでしょうか?

あるいは、赤ちゃんを1日5000円で預かってくれるベビーシッターの場合、取引価格は5000円でしょう。

これを、

「赤ちゃんはプライスレス(値段はつけられない)なので、取引価格は無限大であり、よって総付けは無限につけられる」

という人はいないと思います。

(あんまりいい例ではないですが、頭の体操とお考えください。)

すると預金の場合も、480万円の預金をしたから取引額は480万円だというのは、理屈の上ではちょっとおかしいように思われます。

と、いろいろと考えてみると、景品規制は理屈では一筋縄にはいかない、ということがよくわかります。

この問題にどう理屈上決着をつけるかといえば、結局、一般消費者がどのように認識するか、というところに行きつかざるをえない、と個人的には考えています。

つまり、

480万円の預金をするときには480万円を提供しているので480万円が取引価額と考えるのが一般消費者の感覚だ、

というのに対して、

480万円の金塊を1000円で預けるときには1000円が取引価額と考えるのが一般消費者の感覚だ、

というしか説明のしようがないと思います。

また、景品規制の趣旨からすれば、一般消費者の認識を基準にするのは、それほどおかしなことではない、ともいえます。

なお景品規制は当局の判断も少なく、そのわりに悩むことが多いのですが、最近、大江橋法律事務所の同僚である古川昌平弁護士(元消費者庁)の執筆した、

「景品規制の最新動向(上)(下)――ノーアクションレター制度に基づく照会・回答の紹介と若干の検討」NBL 1087号(2016年12月1日号)・1088号(同月15日号)

で分析されているノーアクションレターなども、なかなか参考になります。

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