JASRACに対する課徴金納付命令の可能性
昨年9月にJASRACが審判取り下げをして、排除措置命令が確定したと報じられています。
そこで、JASRACの包括徴収が独禁法違反であることが確定したわけですが、JASRACは平成21年独禁法改正施行の前後にまたがって包括徴収を行っていたので、改正法施行後の行為については課徴金を課さなければならないのかが問題となります。
この点に関して、
村上政博「裁量型課徴金制度の制度設計~平成28年2月公取委研究会報告書設置に際して~」国際商事法務44巻4号(2016年)543頁
の545頁では、
「現在係争中の重大事件である日本音楽著作権協会事件の行為とクアルコム事件の行為とを比較しても、日本音楽著作権協会事件の行為は排除型私的独占に該当するかが争われており違反になると課徴金納付が命じられるが、クアルコム事件の行為は拘束条件付取引に該当するかが争われているため独占禁止法違反になるとしても課徴金納付が命じられることはない。」
と断言されています。
また平成22年4月12日白石忠志教授ゼミ「独禁法事例研究」第1回私的独占事件のレジュメでは、
「本件命令は平成21 年2 月27 日に出され、JASRAC は現在も問題となった行為を継続している。
排除型私的独占に対する課徴金賦課の施行は22 年1 月1 日であるので、それ以降の問題行為に対しては、審決・判決により、公取委は自動的に課徴金を賦課することになるのかどうか(本件の場合に、審決・判決が数年後に確定して、公取委がJASRAC に課徴金を賦課することになるのかどうか)が問題となる。
ただし、数年後に確定する審決・判決は、21 年2 月27 日時点での違反行為に対する判断であることから、課徴金賦課の対象となるか否かは疑問の余地がある」
「JASRAC は、事実上、違反とされる行為を現在も継続中であり、審決・判決が確定した時点において、公取委が新たに調査して新しい事案として命令を下すことはあり得る。
ただし、JASRAC は21 年中に東京高裁から執行免除を受けたうえで行為を継続しているのであり、それでもなお課徴金を賦課し得るのかどうかが問題となる。」
との指摘がなされています。
仮に課徴金が課されるとして次に問題となるのは課徴金額の算定基礎です。
林秀弥「研究ノート 裁量型課徴金制度のあり方について」法政論集248号(2013)250頁
のp235では、
「日本音楽著作権協会事件において、JASRACの営む著作権管理業務とは、『音楽著作物の管理の委託を受け、音楽著作物の利用者に対し、著作権を管理する音楽著作物の利用を許諾し、その利用に伴い当該利用者から使用料を徴収し、管理手数料を控除して著作者及び音楽出版者に分配する業務』とされているが、本件における売上額を管理楽曲の利用許諾料とするか、管理手数料とするか。」
という問題点が指摘されています。
つまり、改正法施行後のJASRACの行為が課徴金の対象になることは、学説ではほぼ当然のこととして論じられています。
たしかに白石先生がご指摘のように、排除措置命令の対象になった行為は課徴金施行前の行為なので、課徴金施行後の行為の違反とは別だ、というのは形式論としてはそのとおりです。
しかし、明らかに同じ行為が行われているのに、課徴金施行前の行為については排除措置命令まで出しておきながら、施行後の行為は何ら取り上げないというのは、課徴金を課すか課さないかについて裁量が認められていない現行法(独禁法7条の2第1項柱書の「命じなければならない」)においては、法的に認められないでしょう。
確かに、非裁量型課徴金のもとでも、正式事件として取り上げるかどうかは公取委の裁量はありえますし、事件の重さに照らしてハードコアカルテルすら不問に付したり警告ですませたりすることができないわけではありません。
しかしながら、JASRAC事件のような大騒ぎした事件について、課徴金をかけるのがめんどうだから取り上げない、というのでは説明がつきません。
ほかに課徴金を課さない理由として考えられるのは、
違反行為を始めたのは課徴金施行前で、課徴金をかけるつもりで事件化したわけではないから
というのは(これがたぶん公取委のホンネでしょう)、法律論としても妥当性の問題としても成り立ちませんし、
課徴金施行前からやっていた行為について課徴金を課すのは酷だ
というのは(JASRACにしてみればそう言いたいでしょうが)、経過措置の明文に反するので、やはり法律論としては成り立ちません。
JASRACの件については平成28年9月14日の事務総長会見でも質問が出ているのですが、記者さん方も、どうせ質問するなら課徴金のことを聞けばよかったのに、と思います。
まあ、公取委が課徴金を課さなくても、文句を言う人は誰もいないでしょうから、このままうやむやに終わってしまう可能性もありますが、公取委が国民に対して説明責任を果たすことを期待したいと思います。
私的独占についてはハードコアカルテルと違って争いの余地が大きく、公取委の調査があっても企業がただちにその行為をやめるとは限りません。
JASRACやNTT東日本みたいに、最高裁まで何年も争われる(その間課徴金が積み上がっていく)事件が、今後もきっとあるはずです。
(逆にいえば、そのようなとんでもない事態が予想されるからこそ、公取委は私的独占を怖くて使えない(何でも取引妨害で処理してしまう)、ということなのかもしれません。)
そう考えると、争っている間中、その行為をやめない限り課徴金が積み上がっていくというのは、名あて人の防御権の侵害であり、非裁量型課徴金というのは、じつに、愚かな制度だと思います。
そのように考えていくと、愚かな現行法を解釈でカバーするためには、白石先生の、
「ただし、JASRAC は21 年中に東京高裁から執行免除を受けたうえで行為を継続しているのであり、それでもなお課徴金を賦課し得るのかどうかが問題となる。」
という指摘にあるとおり、排除措置命令について執行免除をえた場合には課徴金は課せられないという解釈が非常に魅力的にみえてきます。
ちなみに、もし今後私的独占に課徴金納付命令がなされたら、少なくとも命令がなされた時点までの違反行為に対して課徴金を課せば事件処理としては終わり、となる可能性が高いです。
つまり、命令後に継続した違反行為(当事者が争った場合)に対して、さらに7条の2第1項が義務的命令であることを根拠に2回目の課徴金納付命令を出す、ということは、きっとないんだろう、と予想されます。
そして、このような処理(いったん課徴金納付命令を出した場合には、当事者がこれを争って違反行為を継続した場合でも、命令後の違反行為については2度目の命令はしないという処理)は、当事者の防御権に配慮するものとして、現行の7条の2第1項の解釈としても許されるのでしょう。
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