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2017年1月

2017年1月30日 (月)

三菱自動車の課徴金納付命令について

1月27日、三菱自動車の燃費偽装に対する措置命令と課徴金納付命令が出ました

課徴金納付命令(と報道)を読んで気が付いたことを書き留めておきます。

■対象車種について

課徴金の対象になっているのはいわゆる普通車だけであり、軽自動車は対象になっていません。

同日日経記事によると、

「返金計画が未提出、または不十分と判断した三菱自の普通車など5車種の売上高の3%相当額とした。

軽自動車については両社の返金計画を認め、その実施状況を踏まえて判断する。」

ということです。

■表示媒体について

違反が認定されたのは、カタログとウェブサイトだけになっています。(これは三菱と日産の排除措置命令でも同様です。)

広告としてはほかにも、テレビCMや新聞広告、新聞チラシ、雑誌広告、などが考えられ、広い意味での表示には、自動車本体に貼られる

「平成30年燃費基準20%達成車」

などのステッカー(?)なども思いつきますが、これらは対象になっていません。

これらの媒体では燃費について表示していなかった、ということは考えにくいので、なぜカタログとウェブサイトだけが対象になったのかはわかりません。

■返金計画について

前記日経記事によれば、軽自動車については三菱と日産が消費者庁に返金計画を提出していることがわかります。

また、「未提出」なのは、各社それぞれの判断なのでよいのですが、「不十分」というのは、どのような点が不十分と判断されたのか、気になるところです。

■日産への課徴金について

日産も返金計画を提出しているということは、おそらく過失の有無は争わない立場なのであろう、とうかがえます。

不当表示であることを知らずに不当表示をしていた場合には、知ってから速やかに不当表示をやめれば課徴金はかからない、というのが消費者庁の見解です。

OEM先にだまされたという気の毒な場合にはまさに「速やかに」やめたかどうかが問われるわけですが、本件の日産のような場合でも課徴金がかかりうるということは、消費者庁に、「速やかに」やめたと認めてもらうのは、実際にはかなり大変なのだろうと想像されます。

とくに本件の場合には、日産も自動車メーカーなので、自社で検査をしたら表示どおりの燃費が出なかったと分かった時点で、「知った」ということになるのではないかと考えられます。

報道によれば2015年11月に日産は実測値と届出値との間に明らかな差があることに気づいたとされていますが、その時点で「知った」ことになるわけです。

その後三菱に原因を問い合わせたとか、その原因が三菱の偽装であることがわかったとかいう事実は、日産がいつ「知った」かとは関係のないことです。

というのは、不当表示は表示と実際が異なれば成立するのであり、その原因が納入業者の偽装であるか計測ミスであるかといったことは関係がないからです。

・・・と、理屈は以上のとおりなのですが、知ってから「速やかに」やめるのが本件では事実上きわめて困難であったであろうことは、容易に想像できます。

不当表示の原因がまだ分からないのに、ともかく公表して販売も中止する、というのは、かなり勇気がいるからです。

日産としては、記者会見なり、プレスリリースなりをするとしても、できれば、「わが社には責任はないんですよ(悪いのは三菱ですよ)」といった内容にしたいところでしょう。

それは人情としては非常によく理解できます。

このあたりは消費者庁による実態に即した柔軟な解釈を期待したいところです。

■課徴金対象行為について

課徴金対象期間については、カタログ上の不当表示について、始期はカタログをディーラーに最初に出荷した日、終期は最後に出荷した日、とされています。

カタログがディーラーに届いた日でもなければ、カタログが消費者の目に触れた日でもありません。

つまり、課徴金対象行為は「カタログの出荷」ということです。

課徴金ガイドラインでも同様のことが述べられていますので、それを確認した形になっています。

■誤認解消措置について

命令では、三菱自動車が平成28年9月11日に誤認解消措置をとったことが認定されています。

誤認解消措置をとったあとの売上には課徴金はかかりませんが、本件では、取引をした最後の日が8月12日と認定されているので、結果的には、誤認解消措置が課徴金の減額には結び付いていません。

■自主申告について

命令では、三菱自動車が平成28年8月31日午後に消費者庁に自主申告したことが認定されています。

ただ、それは調査開始の通知を受けた時(平成28年5月27日又は同年8月31日午前)よりもあとなので、課徴金納付命令があるべきことを予知してなされたものとして、課徴金の半額減額は認められていません。

「午前」「午後」とわざわざ明記していることからもわかるように、日付ではなく、時間的な前後で「予知」していたかどうかが認定されます。

当たり前にみえるかもしれませんが、類似の制度の独禁法上のリニエンシーでは、条文上、「調査開始日」の前には1位全額免除で同日以後は3割減額、というふうに、日を単位にしています。

それと比べると、景表法の条文に忠実な運用をしているといえます。

またそのような時間的前後関係が問題となりうることから、消費者庁では調査の開始の通知をして「予知」の有無を明確にしていることがうかがえます。

■調査開始の通知について

それと関連して、命令では、

「前記1の課徴金対象行為についての調査の開始」

を通知した、と記載されていますが、おそらく、「前記1の課徴金対象行為」とはいっても、命令の対象26車種を具体的に特定して通知したのではないのでしょう。

どの車種で不当表示がなされたかは調査をしてみてわかるのであり、調査開始時に通知することは不可能または困難だからです。

もし具体的に対象車種まで特定して通知していたら、後から分かった車種についてはさらに通知をされるまでは自主申告して半額免除されてしまい、不都合でしょう(でも場合によっては、そのような減額を認めることが「不都合」でない、という事案も、今後はあるかもしれません。)

それから、本件では調査開始の通知が平成28年5月27日と同年8月31日午前の2回なされているようですが、なぜ2回になったのかは不明です。

ちなみに、日経新聞電子版2016年5月25日では、

「三菱自動車の燃費データ不正問題で、消費者庁が不当表示を禁じた景品表示法に違反していないか調査を始めたことが25日、関係者への取材で分かった。」

と報じられているので、新聞報道があってすぐに消費者庁に駈け込めば、間に合う(調査開始前に消費者庁からリークされる?)可能性もありそうです。

なお、自主申告の減額の有無を判断するためだけであれば最初の調査開始通知よりも後に自主申告がなされたことさえ認定できればいいはずですが、なぜ5月27日の通知に加えて8月31日の通知にまで言及されているのかは定かではありません。

■不当表示期間について

全26商品(※普通の意味での車種ではなく、1グレードで1商品と数えています)のうち、「デリカD:5」の「CHAMONIX」についてだけは、不当表示期間が8月12日までと認定されています(他の25商品は8月30日)。

理由はわかりません。たぶん、事実がそのとおりだった、ということなのでしょう。

このように、課徴金が導入されたためにいままでにはない細かいところが気になってきます。今後、「公正取引」に載るであろう担当官解説に期待しましょう。

2017年1月26日 (木)

JASRACに対する課徴金納付命令の可能性

昨年9月にJASRACが審判取り下げをして、排除措置命令が確定したと報じられています。

そこで、JASRACの包括徴収が独禁法違反であることが確定したわけですが、JASRACは平成21年独禁法改正施行の前後にまたがって包括徴収を行っていたので、改正法施行後の行為については課徴金を課さなければならないのかが問題となります。

この点に関して、

村上政博「裁量型課徴金制度の制度設計~平成28年2月公取委研究会報告書設置に際して~」国際商事法務44巻4号(2016年)543頁

の545頁では、

「現在係争中の重大事件である日本音楽著作権協会事件の行為とクアルコム事件の行為とを比較しても、日本音楽著作権協会事件の行為は排除型私的独占に該当するかが争われており違反になると課徴金納付が命じられるが、クアルコム事件の行為は拘束条件付取引に該当するかが争われているため独占禁止法違反になるとしても課徴金納付が命じられることはない。」

と断言されています。

また平成22年4月12日白石忠志教授ゼミ「独禁法事例研究」第1回私的独占事件のレジュメでは、

「本件命令は平成21 年2 月27 日に出され、JASRAC は現在も問題となった行為を継続している。

排除型私的独占に対する課徴金賦課の施行は22 年1 月1 日であるので、それ以降の問題行為に対しては、審決・判決により、公取委は自動的に課徴金を賦課することになるのかどうか(本件の場合に、審決・判決が数年後に確定して、公取委がJASRAC に課徴金を賦課することになるのかどうか)が問題となる。

ただし、数年後に確定する審決・判決は、21 年2 月27 日時点での違反行為に対する判断であることから、課徴金賦課の対象となるか否かは疑問の余地がある」

「JASRAC は、事実上、違反とされる行為を現在も継続中であり、審決・判決が確定した時点において、公取委が新たに調査して新しい事案として命令を下すことはあり得る。

ただし、JASRAC は21 年中に東京高裁から執行免除を受けたうえで行為を継続しているのであり、それでもなお課徴金を賦課し得るのかどうかが問題となる。」

との指摘がなされています。

仮に課徴金が課されるとして次に問題となるのは課徴金額の算定基礎です。

林秀弥「研究ノート 裁量型課徴金制度のあり方について」法政論集248号(2013)250頁

のp235では、

「日本音楽著作権協会事件において、JASRACの営む著作権管理業務とは、『音楽著作物の管理の委託を受け、音楽著作物の利用者に対し、著作権を管理する音楽著作物の利用を許諾し、その利用に伴い当該利用者から使用料を徴収し、管理手数料を控除して著作者及び音楽出版者に分配する業務』とされているが、本件における売上額を管理楽曲の利用許諾料とするか、管理手数料とするか。」

という問題点が指摘されています。

つまり、改正法施行後のJASRACの行為が課徴金の対象になることは、学説ではほぼ当然のこととして論じられています。

たしかに白石先生がご指摘のように、排除措置命令の対象になった行為は課徴金施行前の行為なので、課徴金施行後の行為の違反とは別だ、というのは形式論としてはそのとおりです。

しかし、明らかに同じ行為が行われているのに、課徴金施行前の行為については排除措置命令まで出しておきながら、施行後の行為は何ら取り上げないというのは、課徴金を課すか課さないかについて裁量が認められていない現行法(独禁法7条の2第1項柱書の「命じなければならない」)においては、法的に認められないでしょう。

確かに、非裁量型課徴金のもとでも、正式事件として取り上げるかどうかは公取委の裁量はありえますし、事件の重さに照らしてハードコアカルテルすら不問に付したり警告ですませたりすることができないわけではありません。

しかしながら、JASRAC事件のような大騒ぎした事件について、課徴金をかけるのがめんどうだから取り上げない、というのでは説明がつきません。

ほかに課徴金を課さない理由として考えられるのは、

違反行為を始めたのは課徴金施行前で、課徴金をかけるつもりで事件化したわけではないから

というのは(これがたぶん公取委のホンネでしょう)、法律論としても妥当性の問題としても成り立ちませんし、

課徴金施行前からやっていた行為について課徴金を課すのは酷だ

というのは(JASRACにしてみればそう言いたいでしょうが)、経過措置の明文に反するので、やはり法律論としては成り立ちません。

JASRACの件については平成28年9月14日の事務総長会見でも質問が出ているのですが、記者さん方も、どうせ質問するなら課徴金のことを聞けばよかったのに、と思います。

まあ、公取委が課徴金を課さなくても、文句を言う人は誰もいないでしょうから、このままうやむやに終わってしまう可能性もありますが、公取委が国民に対して説明責任を果たすことを期待したいと思います。

私的独占についてはハードコアカルテルと違って争いの余地が大きく、公取委の調査があっても企業がただちにその行為をやめるとは限りません。

JASRACやNTT東日本みたいに、最高裁まで何年も争われる(その間課徴金が積み上がっていく)事件が、今後もきっとあるはずです。

(逆にいえば、そのようなとんでもない事態が予想されるからこそ、公取委は私的独占を怖くて使えない(何でも取引妨害で処理してしまう)、ということなのかもしれません。)

そう考えると、争っている間中、その行為をやめない限り課徴金が積み上がっていくというのは、名あて人の防御権の侵害であり、非裁量型課徴金というのは、じつに、愚かな制度だと思います。

そのように考えていくと、愚かな現行法を解釈でカバーするためには、白石先生の、

「ただし、JASRAC は21 年中に東京高裁から執行免除を受けたうえで行為を継続しているのであり、それでもなお課徴金を賦課し得るのかどうかが問題となる。」

という指摘にあるとおり、排除措置命令について執行免除をえた場合には課徴金は課せられないという解釈が非常に魅力的にみえてきます。

ちなみに、もし今後私的独占に課徴金納付命令がなされたら、少なくとも命令がなされた時点までの違反行為に対して課徴金を課せば事件処理としては終わり、となる可能性が高いです。

つまり、命令後に継続した違反行為(当事者が争った場合)に対して、さらに7条の2第1項が義務的命令であることを根拠に2回目の課徴金納付命令を出す、ということは、きっとないんだろう、と予想されます。

そして、このような処理(いったん課徴金納付命令を出した場合には、当事者がこれを争って違反行為を継続した場合でも、命令後の違反行為については2度目の命令はしないという処理)は、当事者の防御権に配慮するものとして、現行の7条の2第1項の解釈としても許されるのでしょう。

2017年1月23日 (月)

割引券は「値引」(定義告示1項柱書ただし書)か

割引券の提供については総付告示2項3号(価額の2割の制限が適用されない場合の1つ)で、

「自己の供給する商品又は役務の取引において用いられる割引券その他割引を約する証票であつて、正常な商慣習に照らして適当と認められるもの」

と言及されており(つまり、「割引券」には価額の2割という制限なし)、これを受けて総付運用基準4項では、

「4 告示第二項第三号の「自己の供給する商品又は役務の取引において用いられる割引券その他割引を約する証票」について

(1) 「証票」の提供方法、割引の程度又は方法、関連業種における割引の実態等を勘案し、公正な競争秩序の観点から判断する。

(2) 「証票」には、

金額を示して取引の対価の支払いに充当される金額証(特定の商品又は役務と引き換えることにしか用いることのできないものを除く。)

並びに

自己の供給する商品又は役務の取引及び他の事業者の供給する商品又は役務の取引において共通して用いられるものであって、同額の割引を約する証票

を含む。」

と定められています。

さて、世の中で普通にある割引券は、そもそも景品類に該当するのでしょうか。

ここでの問題意識は、

割引券というのは要するに、それを持っていると値引きが受けられるということであり、たんなる値引と同じなのではないか、

それが、「券」(証票)が発行されるだけで、純粋な「値引」と違うものと評価されるのはおかしいのではないか、

ということです。

この点について、

公正取引委員会取引部長長谷川古編『新しい景品規制』(昭和52年国際商業出版)

のp95では、

「近年ミソも計り売りよりも容器包装入りで売られることが多くなりましたが、

顧客に対して計り増しにかえて、次にミソを購入する際の割引券を手渡しした場合、

この割引券は〔定義告示1項ただし書の〕値引ではなく、景品類として取り扱われます

と説明され、さらにp115では、

「前述のように、このようなサービス券〔注・次回購入時に使えるミソの割引券〕は景品類として扱われます(95頁参照)が、

これを他の物品や役務を景品にするのと同様に規制するのではなく、値引と同様に取り扱おうとするのが、この〔総付告示〕2項3号の考え方なのです。」

と説明されています。

つまり割引券は、定義告示上の「値引」には該当せず、景品類の定義上は景品類なんだけれど、値引と同様に景品規制の枠外に置こうというのが総付告示の趣旨なのだ、ということです。

ある意味で素朴な、また、ある意味で定義告示と総付告示の論理的な体系に忠実な解釈だといえます。

ところが、これに対して、

真渕『景品表示法〔第4版〕』(緑本)

のp207では、総付運用基準4の解説として、

「自己の供給する商品または役務の取引において用いられる割引券その他割引を証する証票については、

それが自己との取引に用いられ、

取引通念上妥当と認められる基準に従っているもの

である場合は、

『正常な商慣習に照らして値引と認められる経済上の利益」となり、

そもそも景品類に該当しない(定義告示運用基準6(3)ア・・・)。」

と、オーソドックスな割引券については、定義上そもそも景品類に該当しない(値引なので)、と整理したうえで、

(なお定義告示運用基準6(3)アでは、

「原則として、「正常な商慣習に照らして値引と認められる経済上の利益」に当たる」

場合の具体例の1つとして、

「ア 取引通念上妥当と認められる基準に従い、取引の相手方に対し、支払うべき対価を減額すること(複数回の取引を条件として対価を減額する場合を含む。)

(例 「×個以上買う方には、○○円引き」、

「背広を買う方には、その場でコート○○%引き」、

「×××円お買上げごとに、次回の買物で○○円の割引」、

「×回御利用していただいたら、次回○○円割引」)。」

という例があげられています。)

さらに、自他共通割引券について、

「他方、自己だけでなく他の事業者との取引においても共通して用いることができる割引券等(自他共通割引券等)については、

景品類に該当し得る場合もあるものと考えられるが、

仮に該当する場合場合であっても

自己との取引について値引と同様の効果がもたらされる可能性があることから、それが正常な商慣習に照らして適当と認められるのであれば、総付景品の規制の適用除外とされている」

つまり、自他共通割引券については定義上は景品類に該当しうるけれど、特別に総付景品規制の適用除外にしているんだ、と説明しています。

まとめると、

①長谷川編では、割引券は「値引」に該当しない(「景品類」に該当する)

②緑本では、割引券は、

(ア)自社割引券→「値引」に該当する(「景品類」に該当しない)

(イ)自他共通割引券→

①「値引」に該当するもの(「景品類」に該当しないもの)

②{値引」に該当しないもの(「景品類」に該当するもの)

があるが、

①→「景品類」には該当しない

②→総付運用基準4の条件(=自他同額の値引き)をみたせば総付規制が適用されない、

というように整理できます。

さて、長谷川編と緑本と、どちらが妥当でしょうか。

わかりやすさという点では、券(証票)が発行されてれば景品っぽいので景品類だ、という長谷川編の考え方も魅力的です。

割引券が発行されると、事実上、譲渡されてしまうことは防げないので、その意味でも、独立した経済上の利益っぽい感じがして、景品類っぽくみえる、ともいえます。

他方、景品規制の趣旨にかんがみれば、「券」が発行されているだけで自店割引券まで「値引」ではない、というのは形式的すぎる(紙になっただけで一般消費者がウキウキして自由な選択が害されるというのは素朴すぎる)と思われ、その点では、少なくとも自店割引券については潔く「値引」だと言い切る緑本のほうに魅力を感じます。

ただ緑本の、自社割引券と自他共通割引券で理論上の位置づけまで変えるという考え方は複雑でわかりにくいのが難点です。

このようにいろいろ考えると、結局、長谷川編のように、ともかくも「券」が発行されている場合には定義上は景品類と扱い(「値引」とは扱わない)、その景表法上の制限をどうするかは総付告示と懸賞告示で処理する、というのがすっきりしていてよいと思います。

(結局どんな値引きであっても、くじで値引きが与えられるかどうか決まる場合には景品類とみなされるのですし。)

いずれにしてもどのような場合に景表法違反になるかという結論は変わらず、あくまで理論的な問題(説明の仕方の問題)に過ぎないのですから、緑本の説明はちょっと複雑すぎます。

なお総付告示2項3号は「証票」という言葉を使っていますが、今では、この言葉にはあまり意味はないというべきでしょう。

たしかに、たとえば内閣法制局法令用語研究会『法律用語辞典』では、「証票」は、

「一定の事項が記載、表示されている紙片」

と定義されていますが、まさか今の時代に総付告示2項3号の「証票」が紙に限るという人はいないでしょう。

さらに、ミソを計り売りしていた昭和50年代ならいざしらず、現在では電子的なものもあるわけですから、プラスチックの「ポイントカード」すら発行されないようなポイントサービス(純粋に電子的なもの)も、ここでいう「証票」に該当すると考えて差し支えないと思われます。

このように細かい論点をいろいろ考えるにつけ、景品規制の告示は細かいところまで書き過ぎではないか、細かいところまで書いてボロがでるくらいならいっそ全部運用基準のほうで処理したほうがすっきりしていいのではないか、という気がしてなりません。

2017年1月21日 (土)

ショッピングモールが提供する景品

ショッピングモール運営者が、モールへの来訪者に景品を提供する場合、景品規制の適用はあるでしょうか。

なんとなく、適用がないとするのは据わりが悪いような気がしますが、条文をみるとなかなか微妙です。

定義告示で景品類は、

「顧客を誘引するための手段として・・・

事業者が

自己の供給する商品又は役務の 

取引に附随して

相手方に

提供する物品、金銭その他の経済上の利益」

と定義されています。

(そのあとにある「次に掲げるもの」は、ほとんど限定になっていないので省略します。)

ここで、モールはテナントに場所を貸しているだけで、商品の仕入れなどには一切タッチしておらず、モールで買い物をするためにモールの会員になる必要もない、とします。

もちろん、モールとテナント(店舗)との間には資本関係もないとします。

とすると、モールはモール来訪者に対して供給する

「自己の供給する商品又は役務」

というものがないんではないか、ということが問題になることが分かります。

ちなみに、小売店が来店者に景品をつける場合には取引付随性あり(定義告示運用基準4(2)ウ)とされれていますが、これはあくまで小売店自身が商品を販売していることが前提です。

つまり、「自己の供給する商品」の要件は難なく満たします。

よって、みずからは商品の販売をしないモール運営者の場合には、やはり「自己の供給する商品」の要件を正面から考えないといけません。

ところで、懸賞の場合には、地域の商店街なんかが行ういわゆる共同懸賞というものがありますが(懸賞告示4項)、これは参加者自体が小売業者であるか、(一般消費者に役務を提供する)サービス業者であることが前提になっており、いずれでもないモール運営者の場合には適用されません。

(ちなみに、インターネット上の電子モールについては、地域的に結びついた商店の集合とはいえないので共同懸賞は実施できない、というのが当局担当者の見解です(澤田明朗 公正取引委員会事務総局経済取引局取引部消費者取引課長補佐「景品表示法相談コーナー」公正取引610号(2001年8月号)76頁)。)

このモール運営者による景品提供の問題を考えるのに参考になる記述として、真渕編著『景品表示法〔第4版〕』(通称、緑本)p187では、

「(2)景品提供の相手方の問題」

として、

「取引の相手方ではない第三者に対して経済上の利益を提供することにより、

取引の相手方にいかなる形であれ経済上の利益がもたらされると客観的に認められるならば、

当該取引の相手方に対し景品類を間接的に提供したとみてよい。」

と説明されています。

これをモールのケースにあてはめると、

「取引の相手方ではない第三者〔=テナントへの来店者〕に対して経済上の利益〔=景品〕を提供することにより、

取引の相手方〔=テナント〕にいかなる形であれ経済上の利益〔=来店者の増加など?〕がもたらされると客観的に認められるならば、

当該取引の相手方〔=テナント〕に対し景品類を間接的に提供したとみてよい。」

ということになりそうです。

(モール運営者とテナントとの間の出店契約を「取引」と解しています。)

そうすると、すくなくともこの記述の枠内で考えるかぎり、テナントは事業者なので、総付景品の適用はないことになります。

(懸賞の場合には、相手方が事業者でも景品規制が適用されます。ただし消費者庁の管轄外である可能性が高いです)。

たしかに、モールがこういう企画を随時行うことによりテナントを誘引するという側面もないことはないので、論理的にはこういう理解もありえますが、こういう企画はやっぱりお客さんに来てもらいたいからやっているのであって、ちょっと実態とかけはなれた切り口になっていることは否めません。

そこで、緑本の続ぎをみると、

「例えば、学校の生徒(取引の相手方)がある商品を買うと、学校(第三者)にピアノが提供されるような場合である。

この場合、第三者に提供された経済上の利益(ピアノという物)と、生徒が受け取る経済上の利益(ピアノが使えるという利益)との形態が異なっていても、景品類を間接的に提供したと認める妨げにはならない。」

と説明されています。

つまり、ピアノを生徒に間接的に提供している、という整理ですね。

しかし、これをモールのケースに置き換えると、

「例えば、テナント(取引の相手方)が出店契約をすると、来店者(第三者)におまけが提供されるような場合である。

この場合、第三者〔=来店者〕に提供された経済上の利益(おまけという物)と、テナントが受け取る経済上の利益(来店者の増加?)との形態が異なっていても、景品類を間接的に提供したと認める妨げにはならない。」

となります。

これはかなり変ですね。

ピアノとピアノを利用できる利益なら、「モノ」と「モノを使用できる利益」なので、かなり近い感じはしますが、おまけと来店者増の利益というのは、因果関係はあるのでしょうけれど、かなり遠い気がします。(この程度の因果関係なら、新聞広告と来店者増との間にも認められ、およそ景品とは関係のなさそうな場合まで景品といわざるをえない場合が出てきそうです。)

それに、繰り返しますが、この整理だとテナントが事業者のため総付の対象外とならざるをえません。

やはり緑本の記述は、モールのような場面を想定していないといわざるをえないでしょう。

なので、緑本の、

「取引の相手方ではない第三者に対して経済上の利益を提供することにより、

取引の相手方にいかなる形であれ経済上の利益がもたらされると客観的に認められるならば、

当該取引の相手方に対し景品類を間接的に提供したとみてよい。」

という記述は、一般論としてはやや疑問であり、かなり割り引いて読む(ピアノとピアノ利用権のように、かなり近い場合に限定して読む)必要がありそうです。

少なくとも、モール運営者が来店者におまけをあげることがテナントの売り上げ増につながるとして、それを、「いかなる形であれ」利益がもたらされてるのだからテナントにおまけを間接的に提供したというのは、相当無理があります。

というわけで、緑本の記述はモールが提供する景品のような場合を想定していない、というほかないでしょう。

ところで、モール運営者がテナントに企画を持ちかけ、テナントに費用の一部負担を求める場合のように、モール運営者とテナントが共同で企画を行っていると認められる場合には、テナントが景品類提供の主体になることは明らかですが、やはり、モール運営者のほうは、自己の供給する商品役務の要件がクリアできません。

(この共同企画の論点自体、たとえば、

その企画のために特にテナントに費用を出させた場合とか、

企画は特定せずに一般的な広告宣伝費として普段テナントから徴収していた資金から企画費用をねん出する場合とか、

そういう広告宣伝費名目でもテナントからは徴収せず普段の賃料から企画費用をねん出する場合とか、

さまざまなバリエーションがあり、なかなか難しい問題です。)

さて、どう考えればいいでしょうか。

やはり私は、現行景表法の解釈としては、一般消費者と取引関係のないショッピングモール運営者が単独で行う一般消費者への景品提供企画には、景品規制は適用されないと解するほかないと思います。

ショッピングモール運営者は、モールという「場」(サービス)を一般消費者に対して提供しているのだ、といってみても、入場料でも取るのでないかぎり、そのような無償のサービスは「取引」には該当しないので、やはり景品提供者とするのは無理でしょう。

あるいは、ショッピングモール運営者とテナントは一般消費者の目から見たら一体なので、テナントの販売する商品もモール運営者の「自己の供給する商品」だ、という理屈も考えられますが、かなり乱暴な理屈であるといわざるをえません。

(ちなみにまったくの別分野ですが、インターネットショッピングモールの運営者である楽天が同ショッピングモールの出店者が行った商品の販売のための展示や販売に関して、商標法2条3項2号や不競法2条1項1号および2号の「譲渡のために展示」や「譲渡」の主体には当たらない、とした事例として、東京地裁平成22年8月31日判決・判タ1396号312頁があります(チュッパチャップス事件)。

控訴審の知財高裁(平成24年2月14日判決・判例時報2163号179頁)は、一定の場合にはウェブページの運営者も責任を負うとしつつ、本件においては、被控訴人は、商標権侵害の事実を知り又は知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるときから合理的期間内にこれを是正しているから、差止め・損害賠償責任を負うものではないとして、商標権者による控訴を棄却しました。)

緑本p171では、フランチャイズの場合には、

「フランチャイズチェーンの加盟店が供給する商品または役務の取引も、フランチャイズチェーンの本部にとって『自己の』供給する商品または役務の取引に該当する。」

と説明されていますが、フランチャイズくらいザーとジーの間に一体感がある(と一般消費者が認識する)場合だからこそこの解釈が成り立つのであって、ショッピングモールとテナントの場合は同列には論じられないでしょう。

以上のことは、リアルのショッピングモールのみならず、インターネットのショッピングモール運営者でも同様でしょう。

(ただしネットの世界には「来店者」という概念がなく、商品の購入を応募の条件としたり購入により応募が容易になったりするのでなければ取引付随性なしとされる、という違いがあります(「インターネット上で行われる懸賞企画の取扱いについて」。)

とくにネットの世界では、一般消費者から直接売上を上げるのではなくて、とにかく集客して、その顧客基盤を活用して別の側面でもうける、という多面市場的なプラットフォームビジネスが、今後ますます盛んになることが予想されますが、そのようなビジネスに、現在の景品規制では対応できないのではないでしょうか。

しかも、景品提供主体の問題がクリアできても、次に、取引価額や売上予定額(懸賞の場合)が何なのか、という問題もあります。

ついでにいえば、不当表示規制については、自ら商品を供給しないショッピングモール運営者の責任は問えない(だから問題だ)、という指摘はいろんなところでなされており、反対に、現行法でも不当表示の責任を問えるという説は見たことがないので、そのこととのバランスからいっても、景品規制でだけ行為主体を広げるというのはかなりはばかられるように思います。

実に悩ましい問題だと思います。

まあ消費者庁は、景品規制を積極的に運用するつもりはさらさらないでしょうし(消費者庁になってから景品規制の正式事件はゼロです)、そういうことからすると、もし聞けば、このケースも何ら悩みなく、

「商品役務を一般消費者に提供していないモール運営者は、「取引」をしていないので、景品類の提供主体にはなりません。」

と、あっさり回答される可能性が高いと思います。

2017年1月20日 (金)

お年玉年賀はがきに関する緑本の記述の疑問

真渕編著『景品表示法(第4版)』p188のコラムで、

「(2)景品提供の相手方の問題」

というテーマで、

「・・・日本郵便(株)がお年玉つき年賀はがきの当選者(通常、年賀はがきの差出人(購入者)ではなく、受取人である)に対する賞品は、これらの経済上の利益(・・・賞品)が取引の相手方(・・・差出人)にもたらされるとはいえず、景品類には該当しない。」

という説明がなされています。

しかしこれはおかしいんじゃないでしょうか。

確かに景表法2条3項は、「景品類」を、

「顧客を誘引するための手段として、その方法が直接的であるか間接的であるかを問わず、くじの方法によるかどうかを問わず、事業者が自己の供給する商品又は役務の取引(不動産に関する取引を含む。以下同じ。)に付随して相手方に提供する物品、金銭その他の経済上の利益であつて、内閣総理大臣が指定するもの」

と定義しているので、取引の「相手方」に提供しないかぎり景品類には該当しないというのは、形式的な文言解釈からいうと、いちおう正しいとはいえます。

しかし、通常の法律解釈の感覚では、利益の受け手を取引相手方が指定できる場合にも、「相手方」(はがきの購入者)に対する提供であると、合理的に解釈できるのではないでしょうか。

それに、緑本も「通常」という断り書きをしているように、お年玉年賀はがきは別に投函せずに(あるいは自分あてに投函して)自分で賞品と交換することもできますから、そういうことまで考えると、形式論としても緑本の説明はおかしく、形式論としてこの解釈が成り立つためには、購入者自身は賞品を受け取れないとしておかないといけないんじゃないかという気がします。

ちなみに、

利部(かがべ)修二「実務家のための景品表示法基礎講座-2-」公正取引466号(1989年8月号)p39

では、かつての郵便局が「事業者」に該当するかというまったく別の論点についての記述ではありますが、

「お年玉はがきについては、特別の法律により賞品の提供が認められているが、もしその法律がなければ、この賞品提供は景品表示法上の問題になるはずのものと考えられる。」

とされています。

私はこっちのほうが常識的な解釈じゃないかと思いますね。

ちなみにこの「特別の法律」というのは、

「お年玉付郵便葉書等に関する法律」

のことで、その1条2項には、

「前項の金品の単価は、同項の郵便葉書の料額印面又は同項の郵便切手に表された金額の五千倍に相当する額を超えてはならず、その総価額は、お年玉付郵便葉書等の発行総額の百分の五に相当する額を超えてはならない。」

と規定されています。

さらに3条1項では、

「第一条第一項の金品は、同項の郵便葉書若しくは同項の郵便切手を貼り付けて料金が支払われた郵便物の受取人又はその一般承継人(同項の郵便葉書又は同項の郵便切手を貼り付けて料金が支払われた郵便物が配達されなかつたときは、その郵便葉書若しくは郵便切手の購入者又はその一般承継人)に、最寄りの会社の営業所(郵便の業務を行うものに限る。)において支払い、又は交付する。 」

と規定されていて、配達されなかった年賀はがきの場合は購入者に賞品を交付することが明記されています。

まあ、社会的実態としては、自分で受け取るなんていうのは例外的なので無視していいというのが緑本の発想なのでしょうが、印刷した年賀はがきって、あまることもけっこうあるのであり、無視していいほどの例外だと割り切ってしまうのはかなり思い切った解釈だと思います。

なお細かいことをいえば、法解釈論としては、「お年玉付郵便葉書等に関する法律」には景表法を明示的に適用除外する規定はありません。

ただ、「お年玉付郵便葉書等に関する法律」は昭和24年の制定で、制定当時の1条2項は、

「前項の金品の単価は、2万円をこえてはならず、その総価額は、お年玉つき郵便葉書の発行総額の100分の5に相当する額をこえてはならない。」

とされており、その後、

昭和43年5月28日法律第71号〔第二次改正〕 で2万円が3万円になり、

昭和55年12月11日法律第109号〔郵便法等の一部を改正する法律二条による改正〕 で3万円が5万円になり、

昭和60年5月1日法律第32号〔第三次改正〕で5万円が、「お年玉等付郵便葉書の料額印面に表された金額の五千倍に相当する額」

という現在の形になっていますので、昭和60年改正が景表法に優先する(後法は前法を破る)、と説明してもいいですし、性質上、「お年玉付郵便葉書等に関する法律」2条は景表法の特別法である(特別法は一般法を破る)と説明してもいいと思います。

いずれにせよ緑本の解説は、この特別法の存在を無視して景表法をいきなり論じている点でも、やや難があるように思われます。

(おそらく緑本の立場からは、そもそもお年玉年賀はがきは景表法上の景品規制の対象外であり、景表法上はほんらいいくらの賞品をつけてもいいのだけれど、「お年玉付郵便葉書等に関する法律」でとくに制限をしているのであって、同法は景表法とは無関係、という整理になるのでしょうけれど。)

さらに緑本が、本来は特別法に任せておけば触れる必要がなかった論点について、こんな一般論をぶち上げてしまったために、はがきと同じようなお互いに送りあう商品に景品をつけるという類似の企画が民間で行われた場合に景表法で規制できない、という不都合があるように思われます。

(みなさん、世の中にそういうのがないか、探してみてください。)

まあ、しょせん景品規制の場合は、不当表示規制と異なり、文言を曲げてまで拡張解釈するインセンティブが消費者庁にないというのも十分に理解できますので(なお緑本の記述は初版から変わらないので、公取時代も同じ解釈です)、これはこれでいいのかもしれませんが、なんだか釈然としないですね。

ともあれ、緑本がこれだけはっきりといっている以上、実務的には、これに従っておけばいいと思います。

ただし、 緑本がいっているのはあくまで景品規制についてだけであって、刑法上の賭博罪や富くじ罪については別途考えておく必要があります。

景品規制のアドバイスをしていると、

違反でないと思っていたのが違反になる

ということはあんまりなくて、

違反だろうと思って調べたり消費者庁に聞いたら違反ではないということが分かる、

というパターンが多いような気がしています。

そういう、普段とは反対の方向に間違えがちなのが、景品規制です。

2017年1月19日 (木)

景表法の課徴金の経過措置に関する立案担当者解説の疑問

課徴金の1号案件が待たれる改正景表法ですが、課徴金に関する規定は平成26(2014)年11月改正の施行日である2016年4月1日以後に行われた課徴金対象行為(優良・有利誤認表示行為)について適用されることになっています。

したがって、施行日前に行われた課徴金対象行為については、課徴金は課せられません。

そこで、施行日前に行われた優良・有利誤認表示行為によって一般消費者の誤認が残存していたとしても、かかる誤認が残存していた期間の事業者の売上額に対して課徴金が課されるのか、ということが問題となります。

ここで、立案担当者解説である、

黒田他編著『逐条解説平成26年11月改正景品表示法 課徴金制度の解説』

では、施行日の前後にまたがって継続的に優良・有利誤認表示行為が行われていた場合には、

「施行日(または、施行日から課徴金対象行為が開始することを前提とした課徴金対象期間の終期から3年間遡った日のいずれか遅い日)が課徴金対象期間の始期となる。」

と説明されています(125頁)。

つまり、施行日前後をまたぐ不当表示の場合には施行日が課徴金の起算日だ、ということです。

この解説は、毎日不当表示行為が行われている場合にはいいのかもしれませんが、一般論としては、疑問があります。

つまり、改正法附則2条(経過措置)の規定に照らすと、優良・有利誤認表示行為が毎日ではなく、たとえば1か月に1回ずつなど断続的に行われていたような場合には、施行日後最初に優良・有利誤認表示行為がなされた日が課徴金算定期間の始期であると考えざるをえないと思います。

改正法附則2条(経過措置)では、

「この法律による改正後の不当景品類及び不当表示防止法(以下「新法」という。)第2章第3節〔注・課徴金〕の規定は、

この法律の施行の日(附則第7条において「施行日」という。)以後に行われた新法第8条第1項に規定する課徴金対象行為について適用する。」

というように、施行日以後に行われた優良・有利誤認表示行為についてのみ課徴金の規定が適用されると明記されています。

まず前提として、

「課徴金対象期間」

の始期は、

「課徴金対象行為をした期間」

の始期であり(3年の上限は単純化のため無視します)、

「課徴金対象行為をした期間」

とは、

「事業者が課徴金対象行為(優良・有利誤認表示をする行為)を始めた日からやめた日までの期間」(課徴金ガイドライン第4-1(2))

なのですから、

「課徴金対象期間」

の始期は優良・有利誤認表示行為を始めた日です。

以上の理解を前提に、改正附則2条を論理的に読めば、同条における

課徴金対象行為

とは、

「施行日以後に行われた課徴金対象行為」

という意味であると解さざるをえないと思われます。

立案担当者解説のように、施行日前の優良・有利誤認表示行為と施行日後の優良・有利誤認表示行為との間に連続性が認められるかぎり全体を一つの違反行為とみて、施行日後最初に優良・有利誤認表示行為が行われた日よりも前に施行日までさかのぼって課徴金対象期間とするのであれば、その旨の明文の規定が必要でしょう。

ところが前述のとおり、改正附則2条ではむしろ、課徴金の規定は施行日以後に行われた課徴金対象行為のみに適用される、という正反対のことが明示されてしまっています。

経過措置とはまさにこのような「針の穴に糸を通すような」問題に対処するためのものであるはずで、立案担当者解説のような、文言上の根拠がない常識的感覚にもとづく解釈はすべきでない思います。

(経過措置に関する管轄官庁の解釈が裁判所でくつがえされた有名な事例として、映画の著作物に関する著作権の延長の有無が問題となったシェーン事件判決(最高裁平成19年12月18日判決)があります。

同判決は、立法者には1953年作品を保護しようとする意思があったとのパラマウント側の主張を、

「そのような立法者意思が、国会審議や附帯決議等によって明らかにされたということはできず、法案の提出準備作業を担った文化庁の担当者において、映画の著作物の保護期間が延長される対象に昭和28年に公表された作品が含まれるものと想定していたというにすぎない」

として退けました。当然のことでしょう。)

ちなみに、排除型私的独占に対して課徴金が導入された2009(平成21)年改正独占禁止法(2010年1月1日から施行)の課徴金に関する経過措置である同改正附則5条は、同改正により課徴金が導入された排除型私的独占等について、

「課徴金の納付を命ずる場合において、当該違反行為が施行日前に開始され、施行日以後になくなったものであるときは、当該違反行為のうち施行日前に係るものについては、課徴金の納付を命ずることができない。」

という定め方をしています。

この定め方であれば、

「当該違反行為」

という形で、連続した違反行為は1つの違反行為と認めることが明らかにされているので、施行日から課徴金を課すことができることに何の問題もありません。

景品表示法の改正附則でも同様の定め方をしておけば施行日の売上額から調金の対象とすることは何ら問題なくできたはずです。

なお、課徴金ガイドラインでは、課徴金対象期間に関する各想定例の説明において、

「『課徴金対象行為をした期間』は、各事業者が課徴金対象行為を毎日行っていない場合(例えば、週に1回行っていた場合、月に1回行っていた場合)であっても、異なるものではない。」(第4-1(5)・8頁)

としており、これ自体は妥当な解釈だと思いますが、だからといって、施行日以後いまだ優良・有利誤認表示行為が行われていない期間について、施行日前の優良・有利誤認表示行為に基づく誤認を根拠に課徴金を課すことは、改正附則2条の明文の規定に反すると言わざるをえないと思います。

2017年1月18日 (水)

ウィンターモデルの均衡条件の導出

柳川・川濱編『競争の戦略と政策』にも紹介されている垂直制限の経済モデルに、「ウィンターモデル」というものがあります。

このモデルは、同一ブランド内の小売店で買いまわる需要者に対してはサービス競争よりも価格競争のほうが有効なため、ブランド間競争が存在するとサービスが過小に提供されてしまうことを示すモデルです。

そしてこのモデルでは、再販拘束がサービスの過小供給への対策として有効であるとされます。

この結論だけでも独禁法弁護士にとってはとても魅力的なのですが、柳川・川濱p247では、モデルのキーポイントである、

「卸価格の操作だけでサービス水準を最適化するには、製造業者と小売業者の価格弾力性の比がサービス弾力性の比に等しいという特殊な条件がある場合に限られる。」

という部分について、

「この条件とその導出の詳細に関してはWinter [1993]を参照されたい。」(注2)

とされていて、やっぱり納得感をもって理解するためにはきちんとモデルを理解する必要があると思いましたので、

Winter, R. A. [1993], "Vertical Control and Price versus Nonprice Competition," Quartely Journal of Economics, 108, p.p. 61-76

にしたがって、この条件を導出しておきます。(この論文はネットで購入可能です。)

一見複雑に見えますが、ほとんどは四則計算で理解可能(ほんの一部、高校レベルのかんたんな微分が必要)です。

前提として、メーカーと、小売店1、小売店2がいる単純な状況を想定し、

c:メーカーの限界費用

w:卸売価格

S1:小売店1のサービス提供費用

S2:小売店2のサービス提供費用

P1:小売店1の小売価格

P2:小売店2の小売価格

s:ある消費者の小売店1からの距離

1-s:ある消費者の小売店2からの距離(小売店1と2の距離は1)

T(S1):小売店1内での探索時間

T(S2):小売店2内での探索時間

R:需要者の留保価格

θ:需要者の時間の機会費用

と置き、需要者は小売店1と2の間およびθの最大値と最小値の間の空間に均等に分散していると仮定します。

すると、当該商品を買うか買わないかぎりぎりの需要者が位置する境界線は、

P1+sθ+T(S1)θ=R

で表され、小売店1と2の境界にいる需要者が位置する境界線は、

P1+sθ+T(S1)θ=P2+(1-s)θ+T(S2)θ

と表されます。

(sθはその需要者の小売店1までの移動コスト、T(S1)θは小売店1内での探索コスト、です。右辺も同様に考えれば理解できます。)

さらに、小売店1の利潤は、

π1(P1,S1;P2,S2)=(P1-w)・q(P1,S1;P2,S2)-S1

と表されます。

((P1-w)は小売店1のマージン、qは小売店1の販売数、S1は、小売店のサービス支出です。)

またメーカーと小売店1,2の結合利潤は、

Π(P1,S1;P2,S2)

=(P1-c)・q(P1,S1;P2,S2)+(P2-c)・q(P2,S2;P1,S1)-S1-S2

と表されます。

以上を前提に、小売価格の小売店利潤への影響を小売店1についてみると(小売店2についても対称)、

∂π1/∂P1

=∂Π/∂P1-(w-c)∂q1/∂P1-(P2-c)∂q2/∂P1

(-(w-c)∂q1/∂P1は、価格の垂直的外部性、-(P2-c)∂q2/∂P1は、価格の水平的外部性であることがわかります。)

となり、サービスの小売店1への影響は、

∂π1/∂S1=∂Π/∂S1-(w-c)∂q1/∂S1-(P2-c)∂q2/∂S1

となります。

ここで、価格の水平的外部性と垂直的外部性が打ち消しあうときに卸売価格は最適(w*)となるので、

-(w-c)∂q1/∂P1-(P2-c)∂q2/∂P1=0

となり、ここから、

w*=c-(P*-c)(∂q2/∂P1)/(∂q1/∂P1)・・・①

が導かれます。

同様に、最適サービス量(S*)の条件は、サービスの垂直的外部性と水平的外部性が打ち消しあうことなので、

-(w-c)∂q1/∂S1-(P2-c)∂q2/∂S1=0

です。

そして、①より、

-(∂q1/∂P1)/(∂q2/∂P1)= (P2-c)/(w-c) ・・・①’

②より、

-(∂q1/∂S1)/(∂q2/∂P1)= (P2-c)/(w-c) ・・・②’

なので、最適価格と最適サービスが提供される条件は、

(∂q1/∂P1)/(∂q2/∂P1)= (∂q1/∂S1)/(∂q2/∂P1)・・・③

となります。

ここで、柳川・川濱の、

「卸価格の操作だけでサービス水準を最適化するには、製造業者と小売業者の価格弾力性の比がサービス弾力性の比に等しいという特殊な条件がある場合に限られる。」

といっているのは、メーカーが単純な従量制卸売価格(w)を設定するだけで(つまり二部料金制を用いずに)小売店の最適なサービス支出(S*)を誘導できるのは、

ξPr/ ξPM= ξSr/ξSM

の場合に限られる、ということです。

(ここでは、

ξPr:価格の小売店需要に対する弾力性

ξPM:価格の市場(メーカー)需要に対する弾力性

ξSr :サービスの小売店需要に対する弾力性

ξSM:サービスの市場(メーカー)需要に対する弾力性

です。)

しかし実際には、小売店間境界上の需要者が商品境界上の需要者よりも時間コストが低い(店舗間を探し回ることを厭わない)ため、

ξPr/ ξPM > ξSr/ξSM

となる、というのがウィンターの帰結です。

つまり、小売店は価格競争を重視し過ぎている(ブランド内競争における価格競争重視がブランド間競争におけるよりも著しい)、ということです。

さて、前述のとおり今回のテーマである、

ξPr/ ξPM= ξSr/ξSM

を、以下で導出しておきます。

まず定義より、

価格の小売店需要に対する弾力性( ξPr )=(P1/q1)(∂p1/∂P1)

価格の市場需要に対する弾力性(ξPM)=(P1/Q)(∂Q/∂P1)

サービスの小売店需要に対する弾力性(ξSr )= (S1/q1)(∂q1/∂S1)

サービスの市場需要に対する弾力性(ξSM)= (S1/Q)(∂Q/∂S1)

です。

ここで、あたりまえですが、

Q=q1+q2

であることがポイントです。

そこで、③がなりたつときにξPr/ ξPMを変形していくと、

ξPr/ ξPM

={(P1/q1)(∂q1/∂P1)}/{(P1/Q)(∂Q/∂P1)}

=(Q/q1){(∂q1/∂P1)/(∂Q/∂P1)}

=(Q/q1) [(∂q1/∂P1)/{(∂q1/∂P1)+(∂q2/∂P1)}] 

(∵ Q=q1+q2より、(∂Q/∂P1)=(∂q1/∂P1)+(∂q2/∂P1))

=(Q/q1)[1/{1+(∂q2/∂P1)/(∂q1/∂P1)}]

=(Q/q1) [1/{1+(∂q2/∂S1)/(∂q1/∂S1)}]  (③より)

=(Q/q1)[(∂q1/∂S1)/{(∂q1/∂S1)+(∂q2/∂S1)}]

=(Q/q1){(∂q1/∂S1)/(∂Q/∂S1)}

=ξSr/ξSM

となり、ξPr/ ξPM とξSr/ξSMが等しいことが導かれます。

これで、

「卸価格の操作だけでサービス水準を最適化するには、製造業者と小売業者の価格弾力性の比がサービス弾力性の比に等しいという特殊な条件がある場合に限られる。」

とうことが正しいことが分かります。

2017年1月13日 (金)

無償の供給行為は景表法上の「取引」か?

景表法上の「景品類」は、

「顧客を誘引するための手段として、

その方法が直接的であるか間接的であるかを問わず、くじの方法によるかどうかを問わず、

事業者が自己の供給する商品又は役務の取引(不動産に関する取引を含む。以下同じ。)に付随して

相手方に提供する物品、金銭その他の経済上の利益であつて、

内閣総理大臣が指定するもの」

と定義されていますが(2条3項)、ここでの「取引」に、無償の取引は含まれるでしょうか。

そもそも「無償の取引なんて問題になることあるの?」という疑問を持たれる方もいらっしゃるかもしれませんが、たとえば平成14年3月29日のtoto特別会員に関する公取委の事前相談回答では、入会金が1000円の場合懸賞で提供できるのは2万円まで、との回答がなされています。

そうすると、入会無料の会員権の場合は、何を基準にするのか(0円だとすると景品はまたっく付けられないのか?)、さらに考えると、そもそも無料でも「取引」なのか?という疑問がわいてくるわけです。

文言上でヒントになりそうなのは、定義告示運用基準3(2)の、

「販売のほか、賃貸、交換も『取引』に含まれる。」

という部分です。

ここでの問題は、

「等」

に何が含まれるか(贈与などの無償行為が含まれるか)ということです。

具体例の、「販売」「賃貸」「交換」はいずれも有償行為なので、そのことからすると、まずは「取引」は無償行為にかぎると考えてよさそうです。

さらにこの点についてはより具体的に、

公正取引委員会取引部長相場照美編『わかりやすい景品表示法』

のp53に、

「民間放送会社とラジオ・テレビの視聴者、広告代理店と新聞・雑誌の読者との間には商品・役務の売買の関係がないので『取引』がありません。」

と説明されています。

まず、ここで「民間放送会社」といっているのは、受信料を取っているNHKをのぞく趣旨でしょう。

そういったことから考えると、

「売買の関係がないので」

というのも、民法上の売買契約かどうかを問題にしているのではなくて(その証拠に対象に「役務」が含まれていますし)、有償かどうかを問題にしていると考えるのが自然でしょう。

(ちなみに同じページでは、指定告示運用基準に明記されている「販売」「賃貸」「交換」「銀行と預金者との関係」「クレジット会社とカードを利用する消費者との関係」のほか、「委託」というのも挙げられていますが、「売買」を有償行為の代名詞として使っている同書の文脈からすれば、「委託」も有償の「委託」に限る趣旨と思われます。)

つまり、「取引」は有償の行為に限られる、ということです。

当たり前のことかもしれませんが、当たり前のことでもちゃんと書いてあると、実務ではとても助かります。

ちなみに、

内閣法制局法令用語研究会『法律用語辞典』

では、「取引」は、

「商人間又は商人と一般人との間において営利目的で行われる売買行為。実質的な意味での商行為と同義に用いられることが多い。例、『不当な対価をもって取引すること』(独禁2⑨2)」

と定義されており、ここでも「売買行為」というのは、商品役務の有償提供行為のことでしょうから、やはり有償行為に限られます。

普通の日本語としても「取引する」といえば、何らかの対価を交換することでしょうから、やはり有償なのでしょう。

たぶんtotoのケースもそうですが、最近は、企業のキャンペーンもどんどん複雑になっていて、直接本体取引に結び付くのかどうか明らかでない(取引付随性があるのか明らかでない)行為に対して、おまけ的なものを提供することが多くなってきているように思います。

そして、本体取引に結び付くのかどうか明らかでない(少なくとも結びつかないという議論も相当説得力のある)行為におまけをつける場面では、そのような行為が無償であればそもそも「取引」に該当しない、と議論できることも、けっこうありがたかったりします。

totoのケースも、ほんらいはtotoを買ってもらうことが目的なのはあきらかですが、公取委回答では、将来購入されるであろうtotoとの取引付随性を問題にするという発想がまったくなく、会員権自体を、スポーツ施設優待などの特典のついた役務であると考えているフシがあり、それでいいのかよくわからないところがあります。

・・・と、通常の(←何をもって「通常」というかはさておき)取引の場合には、取引は有償行為に限る、といっていいと思うのですが、悩ましいのが、定義告示運用基準で、

「銀行と預金者との関係」(つまり預金取引)

も、「取引」に該当する、と明記されていることです。

一部の外国銀行の中には預金額が少ないと手数料を取られるというところも少なくともかつてはありましたが、日本の銀行では、預金者から手数料をとるというところは、おそらくないと思います(もちろん引き出しや振り込みに手数料がかかるのは別で、純粋に預金をするだけの場合の手数料のことです)。

そうすると、預金取引は「無償」ということになってしまわないでしょうか。

この問題については、預金取引については、全国銀行公正取引協議会のホームページのQ&Aで、

「<照会事例20> 普通預金口座開設時の取引価額

 普通預金口座開設者を対象として景品類の提供を行う場合の取引価額はどのように考えればいいのか。

<回答>

 預金残高の条件を設けなければ、基本的には、取引を条件とするが取引価額が確定しない場合にあたるため、取引価額は100円となる。

したがって、クローズド懸賞であれば2,000円までの景品、総付景品であれば、景品規約施行規則第2条により、1回につき1,500円以内の景品を提供することができる。

なお、普通預金取引において通常行われる「最低」の取引額が100円を超えるのであれば、その額を取引価額とすることができるが、既存預金者の「平均」取引額を取引価額とすることはできない。 」

という回答がなされています。

この、

普通預金取引において通常行われる「最低」の取引額が100円を超えるのであれば、その額を取引価額とすることができる

という部分は、預金額を取引額と整理していると考えられます。

たんに預けているだけとはいえ、ともかく100万円預金するなら100万円の現金を銀行に提供しなきゃいけないということです。

(ここでは、厳密には、「取引」の有償性の要件(仮にそのようなものがあるとして)、の問題(景品類の定義の問題)と、景品額算定基準の「取引価額」の問題(提供できる景品額の問題)をごちゃまぜにしている点で理屈のごまかしがあるのですが、両者を分ける積極的な理由もないので、ごちゃまぜにしていいと思います。)

そうすると、100万円の預金取引の取引額は100万円であって、無償ではない、ということになります。

ただ、理屈をこねだすとよくわからなくなるのが、定義告示運用基準3(4)で、

「自己が商品等の供給を受ける取引(例えば、古本の買入れ)は、「取引」に含まれない。」

とされていることからして、

「賃貸」が「取引」に含まれると明記されている(3(2))ことからすれば、その裏返しの「賃借」は「取引」に含まれないのではないか、

そうすると、

銀行が預金者からお金を借りるという点で「賃借」と似たようなところのある預金契約も、「取引」に含まれないと解するのが論理的ではないか、

さらにストレートにいえば、

預金取引は民法上の消費寄託契約(民法666条)なのだから、無償での消費寄託は無償行為であり「取引」には該当しないというのが論理的ではないか、

といった疑問が次々にわいてきます。

運用基準に書いてある以上、どんなに理屈をこねても結論は変わらないのですが、以上のような検討から何が分かるかというと、「取引」にはおそらく、

①消費者が景品類提供者に金銭等を提供する(=有償の)「取引」

と、

②消費者は何ら金銭的負担をさせないけれど、景品提供事業者が何らかの利益(預金取引であれば運用益)を得ることができる取引

の2種類があるのではないか、ということです。

そして、全国銀行公正取引協議会の整理は、預金取引は①だ(預金分の負担をさせているので)、ということと思われますが、前述のような購入取引は「取引」に含まれないということとの整合性も説明しやすいように思うのです。

それに、取引の実態をみれば、銀行は預金者から何らかの経済的利益を得ようと思っているのではなくて、預金された金銭をさらに貸し出して利益を得ようとしているのですから、銀行が景品をつけてでも預金を集めたいのは運用益を得るための原資を得たいからにほかならないわけです。

そうすると、②のカテゴリーも「取引」に含まれると整理するのがすっきりすると思われます。

おそらく全国銀行公正取引協議会(と、おそらく消費者庁も)の整理と思われる、預金分の現金を預けておく必要があるのでその分が取引価額なのだ(なので預金額があることを根拠に有償取引とするのだ)、という整理だと、まだ銀行預金の場合には引き出そうとするとATMまで行かなきゃいけないとか、それなりに拘束されている負担感があるので、それほど不都合や違和感はないのかもしれません。

しかし、これがたとえばPASMO(東京の地下鉄用プリペイドカード。今はコンビニとかいろんな場所で使える)へのチャージだったりすると、チャージした分現金を拘束されている、といわれると、かなり違和感があります(感覚的にはPASMOへのチャージは現金の代わりそのものです)。

ただそう考えると、銀行預金の場合には(手数料を取らないので)取引額がゼロになり、運用益を得られるというメリットがあるのに景品をつけて預金を集めることができなくなってしまうので、どちらかというと結論の妥当性から逆算して、預金額を取引額としている、ということなのではないか、という気がします。

たとえば金塊1キロ(時価にして480万円くらい)を1か月1000円で預かってくれるサービスの場合、取引価格は1000円でしょう。

これを、

「480万円の金塊を準備しなけりゃいけないので、取引価格は480万円だ(なので総付なら96万円まで景品をつけていい)」

という人は、きっといないんじゃないでしょうか?

あるいは、赤ちゃんを1日5000円で預かってくれるベビーシッターの場合、取引価格は5000円でしょう。

これを、

「赤ちゃんはプライスレス(値段はつけられない)なので、取引価格は無限大であり、よって総付けは無限につけられる」

という人はいないと思います。

(あんまりいい例ではないですが、頭の体操とお考えください。)

すると預金の場合も、480万円の預金をしたから取引額は480万円だというのは、理屈の上ではちょっとおかしいように思われます。

と、いろいろと考えてみると、景品規制は理屈では一筋縄にはいかない、ということがよくわかります。

この問題にどう理屈上決着をつけるかといえば、結局、一般消費者がどのように認識するか、というところに行きつかざるをえない、と個人的には考えています。

つまり、

480万円の預金をするときには480万円を提供しているので480万円が取引価額と考えるのが一般消費者の感覚だ、

というのに対して、

480万円の金塊を1000円で預けるときには1000円が取引価額と考えるのが一般消費者の感覚だ、

というしか説明のしようがないと思います。

また、景品規制の趣旨からすれば、一般消費者の認識を基準にするのは、それほどおかしなことではない、ともいえます。

なお景品規制は当局の判断も少なく、そのわりに悩むことが多いのですが、最近、大江橋法律事務所の同僚である古川昌平弁護士(元消費者庁)の執筆した、

「景品規制の最新動向(上)(下)――ノーアクションレター制度に基づく照会・回答の紹介と若干の検討」NBL 1087号(2016年12月1日号)・1088号(同月15日号)

で分析されているノーアクションレターなども、なかなか参考になります。

2017年1月12日 (木)

倒産品処分セール(ないし閉店セール)に関する緑本の記述について

真渕博編著『景品表示法〔第4版〕』(通称、緑本)のp295で、

「Q9 倒産処分品、工場渡し価格等の安さを強調する用語を用いた表示は問題があるか。」

という設問に対して、

「・・・実際には倒産品の処分のための販売でなかったり、

倒産品処分ではあるが通常の販売価格で商品が販売されている場合、

・・・このような表示を行い、一般消費者に著しく有利な価格で販売していると誤認されるときは、不当表示となるおそれがある。」

と回答されています。

しかし、

倒産品処分ではあるが通常の販売価格で商品が販売されている場合

も不当表示というのはおかしいと思います。

なぜなら、倒産処分品であるという表示自体は事実だからです。

それ以上に、通常より安くなきゃいけないということはないでしょう。

事実をありのままに書いているのに不当表示になるというのは、景表法がぜったいに超えてはいけない一線です。

もちろん、その場合の表示の意味は消費者の視点から考える必要がありますが、事実をありのままに書いたものが不当表示というのはよっぽどの場合でしょう。

たとえば、「倒産処分品!」という表示と併せて「激安!」とか書いていれば、不当表示になるかもしれませんが(それでも私は、抽象的な「激安!」程度の表示では、不当表示とすべきではないと思います)、「倒産処分品」という表示だけで不当表示となるというのはありえないと思います。

以前、消費税増税前は、駆け込み需要のために実は家電は割高だった(税込みでも増税後のほうが安かった)、ということを書きましたが、たとえばそういう場合に、

「消費税増税直前セール」

という表示をしただけで、「セール」という文言のために、不当表示になるのでしょうか?

私はそれは行き過ぎだと考えます。

緑本では上記回答の理由として、

「一般消費者は、倒産品処分という表示から、通常、事業者の倒産に伴い、採算を度外視した安い価格で販売されている商品との認識を・・・持つと考えられる。」

と述べていますが、これも決めつけすぎではないでしょうか。

ちなみに倒産品処分セール(ないしは類似の閉店セール)については消費者庁の考えも揺れていて、たとえば二重価格表示ガイドラインでは、

「・ A寝具店が、「製造業者倒産品処分」と強調して表示しているが、実際には、表示された商品は製造業者が倒産したことによる処分品ではなく、当該小売店が継続的に取引のある製造業者から仕入れたものであり、表示された商品の販売価格は従来と変わっていないとき。」

というように、価格が従来と変わっていないことが要件とされていたり、消費者庁ホームページのQ&Aでは反対に、

「Q42

当店は,販売価格の安さを一般消費者に対してアピールするために,閉店時期は未定ですが,「閉店セール」と称したセールを長期間実施しようと考えていますが問題ないでしょうか。

A. 「閉店」する場合に,「閉店セール」と称して,在庫商品を処分するために通常販売価格(もしくは自店旧価格)よりも安い価格で販売を行うことがあります。

このような処分セールに係る表示は,社会通念上,一般的には閉店までの「一定期間のみ特別に値引きが行われている」という認識を一般消費者に与えます。

しかし,実際には閉店し,廃業する予定がなかったり,閉店する時期が確定していないにもかかわらず,「閉店セール」と称したセールを長期間行っているような場合には,

一般消費者に対し,あたかも「今だけ特別に値引きが行われている(購入価格という取引条件が著しく有利である)のではないか」という誤認を与え,不当表示に該当するおそれがあります。 」

というように、価格が安いか高いかは問題にしていません。

私はホームページのQ&Aの立場が正しいと考えています。

倒産品でなくても実際に格安になっているなら事件化しない、というのはたんに消費者庁の執行方針の問題で、法律解釈論ではありません。

もちろん緑本は建前の上では執筆者の個人的見解であると、4版はしがきにも明記されてはいるのですが、いずれにせよ、これだけ結論が割れるというのはいかがなものかと思います。

ただこれをみても、景表法が「ウソさえ書かなければいいんだろ?」というほど単純な法律ではないことがうかがえます。

2017年1月 5日 (木)

【お知らせ】法律時報に寄稿しました。

法律時報2017年1月号(89巻1号)の

「特集 独占禁止法の現代的課題」

という特集に

「裁量型課徴金制度と確約制度に関する独占禁止法改正について」

という論文を寄稿させていただきました。

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とても歴史のある法律専門誌に執筆させていただけて、たいへん光栄でした。

わたしの論文はタイトルのとおりの内容なのですが、今回は解釈論を論じるでもなく、判例評釈をするでもなく、まして実務のポイントを解説するでもなく、ほとんど純粋な政策論です。

こういうものをわたしに書く資格があるのか(世の中に何か付け加えることができるのか)、われながら心もとないのですが、せっかくの機会ですので、普段感じていることを手掛かりに、頭をひねりながら書き上げました。

おかげさまで編集者の方からは、「脚注まで読みごたえがある」とのお言葉をいただきましたhappy01

論文というのは人に読まれないと意味がないですが、とくにこういう政策論を論じるものは読んでもらえないとさみしいものがあるので(解釈論は「自分は正しいことを言っているのだ」というだけで一種の満足感があるのですが)、このテーマにご関心のある方は、読んでいただけるとうれしいです。

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