ブランド内競争と小売サービスの関係
ブランド内競争が小売サービスに及ぼす影響について
Tirole, "The Theory of Industrial Organization" p 182
のモデルに従って、整理しておきます。
前提として、小売レベルは完全競争(ブランド内競争が活発)であり、
需要関数: q=D(p,s) 〔pは価格、sはサービス量〕
消費者余剰: S(p,s)
サービス1単位あたりのコスト: Φ(s)
とすると、メーカーと小売店が統合された垂直統合企業が得る利益は、
[p-c-Φ(s)]D(p,s) ・・・①
となります。
そこで、垂直統合企業が利益を最大化するサービス量の条件は、①をsで偏微分して0とすると、
-Φ’(s)D(p,s)+[p-c-Φ(s)]・∂D/∂s=0
であり、整理すると、
[p-c-Φ(s)]・∂D/∂s=Φ’(s)D(p,s)・・・②
となります。
次に、メーカーと小売店が別々の企業である場合(垂直分離企業)に、どれだけサービスが提供されるかについて考えてみます。
消費者は、完全競争の下では最適な価格とサービス量のミックスを提供する小売から購入する(できる)ので、前述のように小売レベルでの完全競争を前提とすると、小売レベルでの完全競争は、「消費者厚生を最大化する価格とサービス量のミックス」と置き換えることが可能です。
(ただし、小売に損が出てはいけませんので、
p=pw+Φ(s) [ただし、pwは卸売価格]
という条件がつきます。)
小売レベルの完全競争は、消費者余剰、すなわち、
S(p,s)[⇔S(pw+Φ(s),s)]・・・③
を最大化します。
(つまり、p=pw+Φ(s)という制約条件のもとでの消費者余剰の最大化問題です。)
次に、消費者余剰Sを最大化するサービス量(s)の条件を求めます。
ここで、S(p,s)をsで偏微分したくなりますが、
p=pw+Φ(s)
という制約条件があるためにpとsは相互に独立ではないので、sで単純に偏微分することはできません。
そこで、ラグランジュ乗数法を用いて、
Z=S(p,s)+λ(pw-p+Φ(s))
と置き、λとpとsで偏微分して、
∂Z/∂λ=pw-p+Φ(s)=0・・・④
∂Z/∂p=∂S/∂p-λ=0・・・⑤
∂Z/∂s=∂S/∂s+λΦ’(s)=0・・・⑥
が、消費者余剰Sを最大化するためのサービス量(s)の条件となります。
これを解くと、
∂S/∂s=-λΦ’(s) 〔⑥より〕
=-∂S/∂p・Φ’(s) 〔⑤より、λ=∂S/∂p〕
=D・Φ’(s) 〔∂S/∂p=-D(総需要を価格で(偏)微分すると需要関数となる)より〕
となり、結局、
∂S/∂s=D・Φ’(s)・・・⑦
が、メーカーと小売店が別々の企業で、かつ、小売レベルで十分な競争がある場合の、サービス提供量となります。
整理すると、垂直統合企業のサービス提供量は、
[p-c-Φ(s)]・∂D/∂s=Φ’(s)D・・・②
となり、垂直分離企業(かつブランド内競争あり)のサービス提供量は、
∂S/∂s=Φ’(s)D・・・⑦
となります。
ここで、②も⑦も、右辺は、需要量に限界サービスコストを乗じたもの、つまり、全需要者に対して追加で1単位サービスを提供した場合の費用であることがわかります。
これに対して、②(ブランド内競争なし)と⑦(ブランド内競争あり)の左辺を比べると、②(ブランド内競争なし)の場合には、サービスを一単位増やした場合の需要量の増加(∂D/∂s)に、マージン([p-c-Φ(s)])を乗じたものであることがわかります。
つまり、②(ブランド内競争なし)の場合には、垂直統合企業は、サービスを1単位増やした場合の費用増(Φ’(s)D)が、サービスを1単位増やした場合の増加利益に等しくなるように、サービス量を決定します(独占企業の行動の特徴です)。
これに対して、⑦(ブランド内競争あり)の左辺は、サービスを1単位増やした場合の消費者余剰の増加分(∂S/∂s)であることがわかります。
つまり、⑦(ブランド内競争あり)の垂直分離企業は、サービスを1単位増やした場合の費用増(Φ’(s)D)が、サービスを1単位増やした場合の消費者余剰の増加分(∂S/∂s)に等しくなるように、サービス量を決定します(ソーシャルプランナーの行動の特徴です)。
別の言い方をすれば、
垂直統合企業(≒独占企業)は、限界的需要者に対する影響だけをみてサービス量を決定し、
垂直分離企業(≒ソーシャルプランナー)は、限界的需要者のみならず、それ以外の需要者(inframarginal consumers)への影響をもみて(つまり、平均的需要者への影響をみて)サービス量を決定する、
ということです。
別の見方をすれば、小売業者間の競争がメーカーに負の外部性を与える(垂直的外部性)、つまり、ブランド内競争があると、小売業者がメーカーの望むレベルの小売サービスを提供しない、ということです。
(なお、ここで言っているのは、あくまで垂直的外部性(小売が競争のために限界的需要者だけをみて小売サービスを提供してしまうことによるメーカーへの外部性)のことであって、水平的外部性(いわゆるフリーライダー問題)とはまったく別の問題です。)
小売レベルの競争がある場合に独占企業の目からみてサービス提供量が過小になるか過大になるかは場合によりますが、単純にいえば、
限界的需要者が平均的需要者よりも小売サービスを高く評価している場合には、小売レベルの競争があると独占に比べて小売サービスの提供が過大になり、
限界的需要者が平均的需要者よりも小売サービスを低く評価している場合には、小売レベルの競争があると独占に比べて小売サービスの提供が過小になる、
という関係があります。
しかし、総余剰の観点からは、競争がいいのか独占がいいのかは、一概にはいえません。
上の分析は、メーカーが設定する卸売価格(pw)を所与のものとして分析していますが、pwは、垂直統合企業(=独占企業)における仮想的卸売価格(fictitious wholesale price)を超えるかもしれないからです。
(ここで、垂直統合企業における仮想的卸売価格は、pm-Φ(sm)と定義されます。〔pmは独占価格、smは独占企業が提供するサービス量〕)
「一概にはいえません」というと、暗闇に放り出されたようでフラストレーションがたまるので、
A. Michael Spence, "Monopoly, quality, and regulation" (1975)
に従って、結論だけ簡単に述べると、抽象的には、
①限界的消費者によるサービスに対する評価と平均的消費者によるサービスに対する評価と、
②独占企業が産出量を削減する程度
の2つの要素次第であり、より具体的には、
供給量が増えるにしたがってサービスへの評価が下がっていく場合(∂P/∂q・∂s<0)には、
独占による産出量削減が少ないと、サービスの供給が(社会的な最適量に比べて)過小となり、
独占による産出量削減が多いと、サービスの供給が過大となり、
供給量が増えるにしたがってサービスへの評価が上がっていく場合(∂P/∂q・∂s>0)には、
独占による産出量削減が少ないと、サービスの供給が過小となり、
独占による産出量削減が多いと、サービスの供給が過大となる、
というように整理されます。
これくらい複雑になるととても法執行の指針にはなりそうもありませんが、理屈の上では何が正しいのか答えが出てしまう、というのは経済学のすごいところだと思います。
法学の観点からいえるのは、メーカーがブランド内競争を制限することにより小売サービスをより最適に提供できるかもしれない、ということくらいでしょう。
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