最恵国待遇条項(MFN)と流通取引慣行ガイドライン
最恵国待遇条項が流通取引慣行ガイドライン第1部第6-1(対抗的価格設定による競争者との取引の制限)に該当するという見解があるようですが、間違いです。
山本一郎(個人投資家・ブロガー)「アマゾン(amazon)が独占禁止法違反の疑いで公正取引委員会に突入される」
流通取引慣行ガイドラインをみてみましょう。
該当箇所は、
「(2) 市場における有力な事業者が、
継続的な取引関係にある取引の相手方に対し、
その取引関係を維持するための手段として、
〔①〕自己の競争者から取引の申込みを受けたときには必ずその内容を自己に通知し、
〔②〕自己が対抗的に販売価格を当該競争者の提示する価格と同一の価格又はこれよりも有利な価格に引き下げれば、相手方は当該競争者とは取引しないこと又は自己との従来の取引数量を維持すること
を約束させて取引し、
これによって当該競争者の取引の機会が減少し、他に代わり得る取引先を容易に見いだすことができなくなるおそれがある場合には、
当該行為は不公正な取引方法に該当し、違法となる(一般指定11項(排他条件付取引)又は12項(拘束条件付取引))。」
というものです。
たとえば市場における有力な事業者をA社、A社に商品を供給している取引相手方をB社、A社の競合をR社とすると、ここで言っているのは、次のようなことです。
(なおガイドラインは、価格を「引き下げ」ることが、B社にとって有利だ、ということなので、A社が売主、B社が買主という想定ですが、以下では、上記意見が言及するアマゾンの場合に合わせて、A社を買主、B社を売主と、逆にしています。よって、買取価格を引き上げることが、売主B社にとって有利となります。
また報道によれば、実際の事件ではマーケットプレイスへの出品価格が問題になっているようですが、MFNの反競争性を語る上では売買でもマーケットプレイスでもおおむね同じなので(あるいは、マーケットプレイスの価格の拘束の方が、顧客価格にダイレクトに響くので、売買より反競争性がむしろみとめられない)、ここでは上記「意見」の議論の流れに乗せて売買として説明を進めます。)
ここでガイドラインがいっているのは、
「もしR社から、うち(=A社)よりも高く買い取るというオファーがあったら教えてね。
そしたら、うち(=A社)は、もっと高く買い取るからさ。
でも、うち(=A社)がもっと高く買い取ることにしたら、R社には売らないでね(あるいは、うちへの販売量は現状キープでお願いね)。」
ということです。
つまりこういうアレンジをすると、R社が商品を調達できなくなって困るんじゃないか、ということです。
(ちなみに、このガイドラインのシナリオにうまく乗るのは、供給者の数が限られている場合でしょう。いかにA社が巨大でも、極めて多数の供給者がいれば、全部高値で買い取ることは不可能で、R社は、A社と取引していない供給者からいくらでも商品調達できそうです。
もしA社が、多数の供給者の中からキラーコンテンツに絞ってこういうアレンジをしたら、R社は困るかもしれませんが、キラーコンテンツを有利な条件で囲い込もうというのは通常の競争であり、それ自体を独禁法違反というのは、かなり躊躇を覚えます。
せいぜい、行為者があまりにあこぎな手段を使った場合に、公取委お得意の「困った時の取引妨害」が出てくるくらいじゃないでしょうか。)
ここで、ガイドラインの事例とアマゾンのケースを比較してみましょう。
まず、ガイドラインの事例では、相手方B社に最も有利な価格を申し出ているのはA社のほうです。
この点で、最も有利な(安い)価格を自己(アマゾン)に対して提示するよう納入業者に求めた(と報じられている)アマゾンのケース(「最も有利な価格」を申し出(させられ)ているのはB社)と、まったく異なります。
次に、ガイドラインで問題視されているのは、前述のとおり、競合のR社が商品を調達できなくなることですが、最恵国待遇条項の問題点はそうではありません。
報道では、公取委は、アマゾンが納入業者の価格設定の自由を拘束したこと自体が問題なんだみたいな報じられ方がされていますが、いま一つよくわかりません。
MFNの反競争性については、機会があればそのうち書きますが、価格決定の自由の拘束自体が問題ではありません。
企業が有利な条件で調達するのはあたりまえだからです。
もし価格を下げさせること自体が独禁法違反なら、すべての値下げ交渉が独禁法違反になりかねません。
一般的にいわれているのは、シェアの大きな買手が納入業者にMFN義務を負わせると、納入業者が他の納入先(買手)に対して値下げをするインセンティブを失ってしまい価格が高止まりすることです。
しかし、そのような効果が出るためには拘束する側が相当なシェアがないと無理なはずであり、できるだけ有利な取引条件の獲得を目指す本来のMFNの競争促進的機能とのバランスで、微妙な判断となるわけです。
(ご興味のある方は、
Jonathan B. Baker, Vertical Restraints with Horizontal Consequences: Competitive Effects of "Most-Favored-Customer" Clauses, 64 Antitrust L.J. 517 1995-1996
をご覧ください。)
最後に、適用条文も違います。
ガイドラインの事例は、排他条件付取引がメインです(A社が、B社に、自己(=A社)とだけ取引させようとしている、あるいは、R社と取引させないようにしている)。
これに対して、アマゾンは、納入業者に対して、「楽天と取引するな」といっているわけでは決してありません。つまり、排他条件付取引の要素はまったくありません。
前記意見の執筆者は法律専門家ではないようですが、それを割り引いても、不正確な理解に基づいて、
「報じられている内容が事実だとするならば、ど真ん中の拘束条件付き取引で、独占禁止法で禁じられている内容です」
とか、
「ここまで教科書どおりの競争阻害行為をやらかすアマゾンはマジ確信犯じゃないかと思う」
というのは、いくらなんでもひどいと思います。
ネットにはこの手の不正確な情報が溢れていますし、みなさんそのつもりで読まれているのだとは思うのですが、紹介されているのもYahooというメジャーな媒体なので、あまり議論が混乱してもいけないと思い、あえて指摘させていただいた次第です。
なお、MFNについては、
本多航・和久井理子「最恵待遇条項(MFN条項)と独禁法」(立教大学大学院法学研究 47巻1号56頁, 2015年)
が、よくまとまっていると思います。ネットで入手可能です。
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今回取り上げられているのは納入業者ではなく、マーケットプレイス出展者に対するガイドラインですよ。
Amzonマーケットプレイスで出品する店舗が自サイトや楽天市場などのモールでも出店している場合、Amazonマーケットプレイスで販売しているよりも安い価格で他のサイト・モールで出店することを禁じたガイドラインです。
投稿: | 2016年8月10日 (水) 13時44分
コメントありがとうございます。ご指摘を踏まえ本文を修正しました。
投稿: 弁護士植村幸也 | 2016年8月18日 (木) 11時36分