「MFNは競合への価格を上げる」という議論について
最恵国待遇条項(MFN)が反競争的だという議論としてありうるものとして、
「MFNは、MFN義務を負うサプライヤーの他の買手(=MFNで守られた買手以外の買手)に対する販売価格を引き上げるように拘束するものだ」
という議論が考えられます。
しかし、このような議論は、経済学的発想のないナイーブな法律家が犯してしまいがちな、間違った(控え目にいって不正確な)議論だと思います。
このような議論が想定しているのは、
「自分には、他社に対するのより安く売れ」
というのは、裏返せば、
「他社には、自分に対するのより安く売れ」
ということなのであるから、MFN義務を負うサプライヤーの他社に対する販売価格の拘束である、あるいは、ライバル費用の引上げである、ということなのだろうと考えられます。
しかしまず、そのような言葉遊びで独禁法違反かどうかが決まるはずがありません。
次に、ある合意(MFNなど)が反競争性を有するのかどうかについては、当該合意がある場合とない場合を比べて、ある場合のほうが、ない場合よりも、競争が制限されることが必要です。
いわば、ない場合をベンチマークにして、ある場合の反競争性を判断しなければならない、ということです。
ここで参考になるのが、
Steven C. Salop, Practices that (Credibly) Facilitate Oligopoly Co-ordination
の脚注20で言われていることです。
(この論文はMFNの協調促進効果についての先駆的な経済学の論考ですが、MFNの排除効果を考える上でもなかなか示唆に富むものがあります。)
同脚注では、
It should be noted that buyers who are well informed about the prices paid by other buyers may induce a de facto, if not explicit, MFN policy.
他の買手が支払う価格をよく知っている買手は、明示的なものではなくても、事実上のMFNポリシーを導入するかもしれない。
とされています。
つまり、競合他社の購入価格がわかるのであれば買手の価格交渉力が増し、事前にMFNを定めていなくても、個別交渉で競合他社の購入価格までの引き下げを要求し、それに応じない場合には取引を拒絶する、という価格交渉方針を採用することによって、事実上MFNポリシーを採用したのと同じこととすることができる、ということです。
このような事実上のMFNポリシーを禁止するということは、値引き交渉を禁止するのと紙一重ですから、独禁法上は慎重でなければならないでしょう。
次に、論理的に考えると、そもそもMFN条項が競合への販売価格を上げることを約束させるものだという理屈自体がおかしいです。
というのは、MFN条項が禁止するのは、
「MFN義務を負うサプライヤーが、他の顧客に対してMFNで保護される顧客に対して販売するのよりも安く販売すること」(選択的値下げ、selective price cut)
だけであって、
「MFN義務を負うサプライヤーが、MFNで保護される顧客に対しても、それ以外の顧客に対しても、同じように安く売ること」(一律値下げ、general price cut)
は、何ら禁止されていないのです。
つまり、MFNは、一部の顧客に対する選択的値下げ(一種の差別対価)は禁止するものの、全部の顧客に対する一律の値引きは禁止しないのです。
(ちょっと理屈としては遠いですが(しかも差別対価の何が問題なのかがわかっていればあまり説得力のない議論だということもわかるのですが)、日本の独禁法では、差別対価が不当な取引制限として禁止されていることからすると、差別対価ではなく同一の価格設定を求めることになるMFNは、むしろ差別対価を是正するものである、という議論も、独禁法の素人に対しては、それなりに受けがいいかもしれません。)
これに対する反論として、
「一律値引きは禁止されないとはいっても、実際には、一律値引きしか許されない場合には選択的値引きが許される場合に比べて売手の値引きのインセンティブが阻害されるのではないか」
という議論があるかもしれませんが、確かにMFNにそのような要素がありうることがあるとしても、そのような要素が競争に与える影響というのは通常限定的であると思われます。
つまり、大きな流れでいえば、売手が値下げをしようとするかどうかは、そのライバルたちの価格設定で決まるわけです。
価格は市場で決まる、という、当たり前のことです。
したがって、売手の市場で活発な競争が行われている限りは、そのような活発な競争が価格に与える影響がきわめて大きいのであって、MFNが競争(売手の価格設定)に与える影響というのは、通常わずかであるわけです。
MFNだけを取り出してみれば、「MFNはライバルへの価格を上げる合意だ」という短絡的な発想が出てくるわけですが、MFNの競争に与える影響を評価する上では、当然、市場競争全体の中でMFNがどのような効果を有するのかを評価しなければなりません。
このことは、独禁法の解釈上当然であるとともに、きわめて重要なことだと思います。
こういう、競争の枠組みの中で反競争性を評価するという発想がないと、規制当局の目から見てちょっと風変わりな(そしてしばしば、事業者の立場からすれば革新的な)契約形態が出てきたらすぐに「人為的な拘束だ」という発想になりがちで、非常に危ういと思います。
なおMFNの協調促進効果の文脈で、選択的値下げは一律値下げよりもライバルに発覚しにくい(発覚までのタイムラグが長い)ので、ライバルが相互に高価格を設定するナッシュ均衡は、(例えばMFNがあるため)一律値下げのみが行われる場合には維持されるが、選択的値下げが可能な場合には崩壊する、という議論があります(前掲Salop論文p277)。
もし一律値下げと選択的値下げの効果の違いがこのdetection lagだとすると、detection lagの差がなさそうな市場、たとえば価格の透明性が高い市場では、MFNのために一律値下げのみが行われるケースと、MFNがないため選択的値下げが行われるケースとで、均衡価格は大差なさそう、ということもいえそうです。(このことが排除効果にどのような意味を持つのかについては、さらに検討を要します。)
なお、遡及的MFN(retroactive MFN)の場合には、全顧客に対する値引きであっても抑止する効果があるので、反競争性が相対的に強いとされています(前掲Salop論文p276)。
これに対して非遡及的MFN、あるいは同時的MFN(contemporaneous MFN)の場合には、選択的値引きを抑制するだけなので、反競争性(協調促進効果)は相対的に小さいのです(前掲Salop論文p276)。
また、「ライバルへの販売価格を上げる」という点にMFNの排除効果を見出そうとする場合には、排他条件付取引とのバランスを考える必要があります。
つまり、排他条件付取引は、いわば、
「ライバルに対しては無限大(∞)の価格で販売しなければならない」
という拘束なわけですから、それに比べればMFNなんていうのは、
「ライバルに対しては、自分に対してと同等以上の価格で販売しなければならない」
というだけのことですから、はるかに生ぬるいわけです。
そうすると、排他条件付取引のセーフハーバーが日本では市場シェア20%、国際的には30%であることをふまえるならば、MFNのセーフハーバーはもっと高いところにあってしかるべきということです。
また、MFNは(品質やサービスや供給量ではなく)価格という重要な競争手段(?)に関する拘束なので違法性が強い、という議論(そのような議論は聞いたことすらありませんが)にも、説得力はありません。
まず日本では、垂直制限を価格拘束と非価格拘束とに分けて、価格拘束は当然違法に限りなく近い原則違法、非価格拘束は限りなく当然合法に近い合理の原則、ですが、それは、取引相手方が競争的に行動すること(典型的には、値下げ)を妨げる方向での合意であることが当然の前提になっているはずです。
これに対してMFNは、自分に対しては安く売ってほしいという、いわば競争過程そのものの合意なわけですから、通常の価格/非価格の二分論が適用できないことは明らかです。
また、MFNが「ライバルには高く売ってほしい」という合意ではないことは前述のとおりです(一律値下げは禁止されないので)。
以上のようにいろいろと考えると、
「MFNは競争者への価格を上げる拘束なので違法」
という議論は間違いであり、
「MFNは(非価格ではなく)価格の拘束なので違法性が強い」
という議論も間違いです。
さらに、排他条件付取引よりもはるかに生ぬるい排除効果しかないことも明らかであり、これが何を意味するのかというと、たとえば市場シェア6割くらいの事業者が排他条件付取引を行えば確かに違法の可能性が高いけれど、同じシェアでもMFNなら問題ないことも、具体的な市場の競争状況次第では十分にありうる、ということです。
このように、MFNの排除効果を認定するためには、経済学の視点に基づいて非常に緻密な競争分析を行う必要があり、経済学の素養のない純粋法学系の人たちが論理の言葉遊びだけで(あるいは行為の外形だけで)違法、適法を判断するのは無理なんだろうなと思います。
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