« 2016年7月 | トップページ | 2016年9月 »

2016年8月

2016年8月29日 (月)

本日日経朝刊の下請法の記事について

8月29日日経朝刊法務面に、

「下請法違反監視強まる 公取委、指導最多『買いたたき』に的」

という記事があります。

その中で、

「発注企業が調達先を分散し、この部品メーカーの納入量は年々減ったのに、単価は据え置かれたままだった。

こうしたケースについて、下請法に詳しい村田恭介弁護士は、『大量発注を前提とした単価に据え置くことは、同法違反の買いたたきに該当しうる』と話す。」

という記述があります。

この村田弁護士のコメント自体は下請法テキストにも同じことが書いてあるので、それ自体は問題ないのですが、そのような考え方が、

「発注企業が調達先を分散し、この部品メーカーの納入量は年々減ったのに、単価は据え置かれたままだった」

という、世の中で普通にいくらでもありそうなケースに適用があるというのは、いくらなんでも厳しすぎると思います。

本当に村田弁護士は、このようなケースに該当するルールとしてこのようなコメントをされたのでしょうか?

(まあ、文末が「うる」なので、たんに可能性を言っているだけだととらえれば、間違いではないのですが、それを言い出すと、

「植村幸也は2020年東京オリンピックで金メダルを取りうる」

というのも間違いではないわけで、この記事をさらっと読んだ読者は大いに誤解するのではないかという気がします。)

この、大量発注を前提にした見積額をそのまま少量発注に適用するというのは、今まで想定されていたのは、たとえば1万個発注する前提で見積もりを出したのに1000個しか発注されなくて、でも同じ金額が適用された、というような極端な場合だったと思います。

(1万個→1000個、というのが、例として適切な割合かは議論のありうるところでしょうが、要するに、固定費が到底回収できないような少量発注だから買いたたきになる、ということです。)

それが、納入量が、「年々減った」、たとえば毎年10%ずつ減ったとして、5年目(1年目の1×0.9^4≒66%(もし毎年20%ずつ減ったら5年目で1年目の41%)になったくらいで買いたたきになるものでしょうか?

この設例では、「価格は据え置かれたままだった」ということになっていますが、同じような例で価格も毎年5%ずつくらい下げさせているものも、とくにこのデフレのご時世ですから、世の中ではいくらでもあるのではないでしょうか。

さらに設例では、「発注企業が調達先を分散」したのが納入量が減った原因ということになっていますが、もっと世の中で普通にありそうな、たんに発注企業の完成品の需要が年々減ったので下請への部品発注量も年々減った、という場合でも買いたたきになるのでしょうか?

親事業者側の事情(調達先を分散したか、完成品の売れ行きが悪いか、など)は、買いたたきの判断には影響しないはずなので(買いたたきの要件は、「同種又は類似の内容の給付に対し通常支払われる対価に比し著しく低い下請代金の額を不当に定めること」ですが、この「不当に」に親事業者の完成品の売れ行きが悪いことを含めて読むのは、下請法のこれまでの解釈からして相当無理があります)、親事業者の完成品の需要が年々減った場合にも、買いたたきになると解さざるをえないのではないでしょうか?

というわけで、わたしはこの記事の設例はかなり問題だと思っています(ちょっと煽りすぎです)。

この記事によれば、

「平成14年度以降、『買いたたき』(で公取委が指導した件数)が急増。

15年度の指導は631件と2年前の7倍強となり、違反件数全体を押し上げている。」

ということなので、ここ最近で指導のレベルでは買いたたきの執行が強化されたのかもしれませんが、もし、「納入量が年々減った」というくらいで指導しているとしたら、市場経済への露骨な介入です。

もしそんなことを本気でやっているとしたら、当事務所の長澤弁護士が同記事で、

「特に製造業は調達のグローバル化が進んでいる。下請法の厳格な運用を嫌って外資系企業が発注を減らしたり、国内の大企業が海外調達を加速したりすれば元も子もない」

とコメントしているとおりの懸念が生じるでしょう。

これは予想ですが、納入量が「年々減った」場合に勧告までいくのは、ちょっと考えられなくて、今後もせいぜい指導どまりだと思います。

過去の事例でも買いたたきで勧告になったのは、かなり特殊な事例です。納入量(納入金額ではありません)が「年々減った」くらいで据え置きが買いたたきで勧告になるとはとうてい思えません。

そもそも買いたたきの指導の中には、明らかに違法となるようなものはほとんどないと想像されますが、そのような、明らかに違法とはいえないような指導に対してどのような対応をとるかは、それぞれの親事業者の考え方次第だと思います。

ただ、親事業者の側も、そういう指導もありうることを想定して、発注量が減っても据え置くことの正当性を裏付ける資料を準備しておいたほうがよいかもしれません。

それと、公取委も、独立行政委員会なのですから、あまり政府の意向で運用方針を大きく変えるのはいかがなものかと思います。

公取委が独立行政委員会であるのは、政府からの独立性を保つためなのではなかったのでしょうか。

べつに今の日本で競争政策が政府から独立していなければならないとは思いませんが、委員会方式は、

意思決定が遅くなるとか、

大臣庁の大臣にくらべて委員長がリーダーシップを取りにくいとか、

委員のポストが財務省の天下り先になるとか、

いろいろデメリットもあるわけで、政府べったりの組織なら独立行政委員会である必要はないのではないかという気がします。

2016年8月24日 (水)

「MFNは競合への価格を上げる」という議論について

最恵国待遇条項(MFN)が反競争的だという議論としてありうるものとして、

「MFNは、MFN義務を負うサプライヤーの他の買手(=MFNで守られた買手以外の買手)に対する販売価格を引き上げるように拘束するものだ」

という議論が考えられます。

しかし、このような議論は、経済学的発想のないナイーブな法律家が犯してしまいがちな、間違った(控え目にいって不正確な)議論だと思います。

このような議論が想定しているのは、

「自分には、他社に対するのより安く売れ」

というのは、裏返せば、

「他社には、自分に対するのより安く売れ」

ということなのであるから、MFN義務を負うサプライヤーの他社に対する販売価格の拘束である、あるいは、ライバル費用の引上げである、ということなのだろうと考えられます。

しかしまず、そのような言葉遊びで独禁法違反かどうかが決まるはずがありません。

次に、ある合意(MFNなど)が反競争性を有するのかどうかについては、当該合意がある場合とない場合を比べて、ある場合のほうが、ない場合よりも、競争が制限されることが必要です。

いわば、ない場合をベンチマークにして、ある場合の反競争性を判断しなければならない、ということです。

ここで参考になるのが、

Steven C. Salop, Practices that (Credibly) Facilitate Oligopoly Co-ordination

の脚注20で言われていることです。

(この論文はMFNの協調促進効果についての先駆的な経済学の論考ですが、MFNの排除効果を考える上でもなかなか示唆に富むものがあります。)

同脚注では、

It should be noted that buyers who are well informed about the prices paid by other buyers may induce a de facto, if not explicit, MFN policy.

他の買手が支払う価格をよく知っている買手は、明示的なものではなくても、事実上のMFNポリシーを導入するかもしれない。

とされています。

つまり、競合他社の購入価格がわかるのであれば買手の価格交渉力が増し、事前にMFNを定めていなくても、個別交渉で競合他社の購入価格までの引き下げを要求し、それに応じない場合には取引を拒絶する、という価格交渉方針を採用することによって、事実上MFNポリシーを採用したのと同じこととすることができる、ということです。

このような事実上のMFNポリシーを禁止するということは、値引き交渉を禁止するのと紙一重ですから、独禁法上は慎重でなければならないでしょう。

次に、論理的に考えると、そもそもMFN条項が競合への販売価格を上げることを約束させるものだという理屈自体がおかしいです。

というのは、MFN条項が禁止するのは、

「MFN義務を負うサプライヤーが、他の顧客に対してMFNで保護される顧客に対して販売するのよりも安く販売すること」(選択的値下げ、selective price cut)

だけであって、

「MFN義務を負うサプライヤーが、MFNで保護される顧客に対しても、それ以外の顧客に対しても、同じように安く売ること」(一律値下げ、general price cut)

は、何ら禁止されていないのです。

つまり、MFNは、一部の顧客に対する選択的値下げ(一種の差別対価)は禁止するものの、全部の顧客に対する一律の値引きは禁止しないのです。

(ちょっと理屈としては遠いですが(しかも差別対価の何が問題なのかがわかっていればあまり説得力のない議論だということもわかるのですが)、日本の独禁法では、差別対価が不当な取引制限として禁止されていることからすると、差別対価ではなく同一の価格設定を求めることになるMFNは、むしろ差別対価を是正するものである、という議論も、独禁法の素人に対しては、それなりに受けがいいかもしれません。)

これに対する反論として、

「一律値引きは禁止されないとはいっても、実際には、一律値引きしか許されない場合には選択的値引きが許される場合に比べて売手の値引きのインセンティブが阻害されるのではないか」

という議論があるかもしれませんが、確かにMFNにそのような要素がありうることがあるとしても、そのような要素が競争に与える影響というのは通常限定的であると思われます。

つまり、大きな流れでいえば、売手が値下げをしようとするかどうかは、そのライバルたちの価格設定で決まるわけです。

価格は市場で決まる、という、当たり前のことです。

したがって、売手の市場で活発な競争が行われている限りは、そのような活発な競争が価格に与える影響がきわめて大きいのであって、MFNが競争(売手の価格設定)に与える影響というのは、通常わずかであるわけです。

MFNだけを取り出してみれば、「MFNはライバルへの価格を上げる合意だ」という短絡的な発想が出てくるわけですが、MFNの競争に与える影響を評価する上では、当然、市場競争全体の中でMFNがどのような効果を有するのかを評価しなければなりません。

このことは、独禁法の解釈上当然であるとともに、きわめて重要なことだと思います。

こういう、競争の枠組みの中で反競争性を評価するという発想がないと、規制当局の目から見てちょっと風変わりな(そしてしばしば、事業者の立場からすれば革新的な)契約形態が出てきたらすぐに「人為的な拘束だ」という発想になりがちで、非常に危ういと思います。

なおMFNの協調促進効果の文脈で、選択的値下げは一律値下げよりもライバルに発覚しにくい(発覚までのタイムラグが長い)ので、ライバルが相互に高価格を設定するナッシュ均衡は、(例えばMFNがあるため)一律値下げのみが行われる場合には維持されるが、選択的値下げが可能な場合には崩壊する、という議論があります(前掲Salop論文p277)。

もし一律値下げと選択的値下げの効果の違いがこのdetection lagだとすると、detection lagの差がなさそうな市場、たとえば価格の透明性が高い市場では、MFNのために一律値下げのみが行われるケースと、MFNがないため選択的値下げが行われるケースとで、均衡価格は大差なさそう、ということもいえそうです。(このことが排除効果にどのような意味を持つのかについては、さらに検討を要します。)

なお、遡及的MFN(retroactive MFN)の場合には、全顧客に対する値引きであっても抑止する効果があるので、反競争性が相対的に強いとされています(前掲Salop論文p276)。

これに対して非遡及的MFN、あるいは同時的MFN(contemporaneous MFN)の場合には、選択的値引きを抑制するだけなので、反競争性(協調促進効果)は相対的に小さいのです(前掲Salop論文p276)。

また、「ライバルへの販売価格を上げる」という点にMFNの排除効果を見出そうとする場合には、排他条件付取引とのバランスを考える必要があります。

つまり、排他条件付取引は、いわば、

「ライバルに対しては無限大(∞)の価格で販売しなければならない」

という拘束なわけですから、それに比べればMFNなんていうのは、

「ライバルに対しては、自分に対してと同等以上の価格で販売しなければならない」

というだけのことですから、はるかに生ぬるいわけです。

そうすると、排他条件付取引のセーフハーバーが日本では市場シェア20%、国際的には30%であることをふまえるならば、MFNのセーフハーバーはもっと高いところにあってしかるべきということです。

また、MFNは(品質やサービスや供給量ではなく)価格という重要な競争手段(?)に関する拘束なので違法性が強い、という議論(そのような議論は聞いたことすらありませんが)にも、説得力はありません。

まず日本では、垂直制限を価格拘束と非価格拘束とに分けて、価格拘束は当然違法に限りなく近い原則違法、非価格拘束は限りなく当然合法に近い合理の原則、ですが、それは、取引相手方が競争的に行動すること(典型的には、値下げ)を妨げる方向での合意であることが当然の前提になっているはずです。

これに対してMFNは、自分に対しては安く売ってほしいという、いわば競争過程そのものの合意なわけですから、通常の価格/非価格の二分論が適用できないことは明らかです。

また、MFNが「ライバルには高く売ってほしい」という合意ではないことは前述のとおりです(一律値下げは禁止されないので)。

以上のようにいろいろと考えると、

「MFNは競争者への価格を上げる拘束なので違法」

という議論は間違いであり、

「MFNは(非価格ではなく)価格の拘束なので違法性が強い」

という議論も間違いです。

さらに、排他条件付取引よりもはるかに生ぬるい排除効果しかないことも明らかであり、これが何を意味するのかというと、たとえば市場シェア6割くらいの事業者が排他条件付取引を行えば確かに違法の可能性が高いけれど、同じシェアでもMFNなら問題ないことも、具体的な市場の競争状況次第では十分にありうる、ということです。

このように、MFNの排除効果を認定するためには、経済学の視点に基づいて非常に緻密な競争分析を行う必要があり、経済学の素養のない純粋法学系の人たちが論理の言葉遊びだけで(あるいは行為の外形だけで)違法、適法を判断するのは無理なんだろうなと思います。

2016年8月19日 (金)

アマゾンへの立入検査について

公正取引委員会が8月8日(月)、アマゾンに立入検査に入りました。

(いきなり余談ですが、月曜日に立入検査することもあるんですね。通常は火曜日あたりが多いみたいです。)

アマゾンがマーケットプレイスの出品者に、競合サイトへの出品よりも安く出品すること(最恵国待遇、MFN)を義務付けていることが、拘束条件付取引に該当すると判断されているようです。

たとえば朝日新聞の記事では、

「公取委は、アマゾンジャパンが日本の取引先との契約で、ライバル社に自社よりも安い値段で出品する際はアマゾンに通知する▽最低でもライバル社と同じ価格でアマゾンに出品する――などの条項を付けていたとみている模様だ。」

と報じられています。

MFNには反競争的な側面があることは以前から指摘されていますが、私は、このアマゾンの事件を違反にするのはかなり難しいのではないかとみています。

まず、MFNには協調促進効果があるといわれていますが(MFN義務を負ったサプライヤーが、他の顧客への値引きのインセンティブを失うため)、今回の公取委が目を付けたのはおそらくそこではないと思われます。

もし協調促進効果を問題にするなら、

①楽天やヤフーもMFNを採用していること、または、

②アマゾンが圧倒的なシェア(少なくとも過半数)を握っていること、

が必要(あるいは控えめにいって極めて重要な要素)であると思われるところ(しかも①なら楽天やヤフーも違反者)、今回そういう話ではさそうだからです。

それに、仮に各社単独で(合意なく)MFNを採用した場合、協調促進効果を理由に日本の拘束条件付取引に該当するというのは相当無理があります(あるいは、すくなくともこれまでの公正競争阻害性の考え方を大きく変える必要があります)。

そこで競争者(楽天やヤフー)を排除する効果が問題視されているのではないかと想像されます。

しかし、MFNに排除効果が認められるためには、けっこうきつい条件が必要です。

たとえば、以前ご紹介した、

本多航・和久井理子「最恵待遇条項(MFN条項)と独禁法」(立教大学大学院法学研究 47巻1号56頁, 2015年)

では、どのような場合に排除効果が認められやすいのかについて、

①競争者(楽天など)に対するよりも有利な条件を要求する場合(追加優遇型MFN)、

②ライバルが品質は劣るが安い価格で原材料を調達し品質は劣るが安い商品を供給する戦略の場合、

③MFNが市場で相当のシェアを占める売手に対して課されている必要がある、

④MFN対象取引が、MFN義務を負う売手にとって相当の重要性を占めていると悪影響が生じやすい、

⑤MFNで保護される買手が、市場で相当の地位を占めている場合に悪影響が生じやすい、

⑥遡及型MFNは排除効果が大きい、

と整理されています。

まず、今回のアマゾンのケースは追加優遇型ではなさそうなので、①は該当しません。

ヤフーが出店料を無料にしていることなどを考えると、出品者の正味での受取価格(=販売価格-出品料)は、むしろヤフーに出品する場合のほうが出品者に有利(MFNのために出品価格が同価格なら、出品者はヤフーに出品したほうが有利)なんではないか、という気すらします。

②の、いわばライバルの差別化戦略は、重要な要素で、アメリカで相当数の先例がある医療保険の分野でもおそらく重視されている要素ですが、おそらくネット販売の分野では成り立ちにくいと思います。

というのは、医療保険の分野では、新規参入者は、保険のカバー範囲や保険適用対象病院数では劣るけれども安い保険料で参入する、ということがありそうですが、ネット販売では、品揃えを絞ったからといって価格を下げられるとは思えず、そのような戦略を採る参入者はそもそもいなさそうに思われる(そもそもそのような戦略の参入者がいないので、MFNで排除効果が生じることもない)からです。

ちょっとわき道にそれますが、医療保険ではカバーする範囲や適用対象病院数というのは、かなり重要な競争の要素だと思います。

むかし、「保険の窓口」で生命保険の契約をしたときに、がん保険を勧められました。

(ちなみに「保険の窓口」は、複数社の保険を公平な立場で比較して勧めてくれて、特定の保険会社のものを推奨するということもなかったので、非常に説得力のある説明でした。)

営業の方によると、「今考えられる中で最良のがん保険だと思います」ということだったのですが、私がまっさきに気になったのは、

「適用される病院数が少ないなあ」

ということでした。その保険は、特定の病院で治療を受けた場合にしか保険金が出ない商品だったのです。

営業の方によると、「これからまだまだ増えるはずである」ということでしたが、それでも、具体名は忘れましたが、慶応病院とか虎の門病院とか、メジャーどころが入っていなかったような気がします。それで、その保険には入らないことにしました。

ガンの治療ともなれば命がかかっているわけで、そこで、良い先生がいるけれどその病院は保険でカバーされていない、というのでは、いったい何のための保険なのか、という気がしたわけです。

しかも、自分が将来ガンになったときに、良い先生がどの病院に在籍しているかなんてわからないわけで、そうすると、ほとんどすべての病院が対象になっているくらいでないと、怖くってその保険は買えないわけです。

このように、医療保険の分野では、どれだけたくさんの病院がカバーされるのかというのがきわめて重要な競争上の要素なのではなないかと思います。

Anthony J. Dennis, Most Favored Nation Contract Clauses under the Antitrust Laws, 20 U. Dayton L. Rev. 821 1994-1995

という論文p832によれば、

Ocean State Physicians Health Plan, Inc. v. Blue Cross & Blue Shield of Rhode Island, 883 F.2d 1101 (1st Cir. 1989)

では、被告Blue Crossが採用したMFNのために、原告Ocean Stateと契約していた1200人の医師のうち350人が、原告Ocean Stateとの契約を解除した、とされていますが、前記のがん保険の例が示すように、医療保険の分野では、それだけの医師が離脱すれば原告にとってけっこうな痛手だったのではないかと想像されます。

なので、MFNの排除効果に納得感があります。

これに対してアマゾンのケースは、どうなんでしょうか。

品揃えはもちろん重要かもしれませんが、ネットショッピングのユーザーは複数のプラットフォーム間をクリック一つで行ったり来たりできるので(二面市場やプラットフォームの議論でいわれる、いわゆるマルチ・ホーミング)、新規参入者は多少品揃えに劣っても価格でマッチするとか、いろいろ対抗手段はありそうです。

これに対して、雇用主が従業員のために複数の医療保険会社と契約するということは、あるのかもしれませんが、あまり考えにくいように思います。

あるいは、雇用主が条件のちがいで毎年複数の医療保険会社の間を行ったり来たりするということも考えにくい(スイッチングコストが高い)と思われます。

しかも、Blue Crossとちがって、アマゾンは圧倒的なシェアを持っているわけでもないですから、アマゾンのMFNによって出品者が楽天との契約を解除するということも、考えにくいでしょう。

なお、MFNの排除効果については、

「ある商品の小売市場への新規参入を計画する事業者がおり、その事業者は、その商品を供給者から安価で仕入れて、需要者に安価で販売するというビジネスを予定していたとする。

このような事案において、その商品の供給者と既存の小売業者との間の売買契約で、既存の小売業者が供給者から商品代金について最恵国待遇を受ける旨が規定されていた場合、供給者としては、既存小売業者の卸売価格への影響を避けるため、参入希望者への安価での卸売りを拒絶することが想定される。

その結果、参入希望者の小売市場への参入が阻止される結果となる可能性がある。」

と説明されることがありますが(中野清登「最恵国待遇条項が競争に与える影響」(ビジネスロージャーナル2015年11月号72頁、74頁)、このような説明は一見わかりやすいですが、これを額面どおり受け取るのは危険です。

というのは、これだと、既存業者は、安価で参入する参入者を手をこまねいて見ていなければならない(受入れ戦略(accommodation)を強いられる)ということになりかねないからです。

もちろん、既存業者としても、新規参入プラットフォームで同じ出品者が自分のところよりも安く出品していたら、「うちでも安く出してください」といえてしかるべきです。

やはりMFNの反競争性は、既存業者と差別化を図る新規参入者が排除されるという面を考えないと説明できないように思われます。

さらに、個別の値下げ交渉と事前のコミットメント(MFN)で、反競争性にどのような影響がおよぶのか(究極的には、売手の価格と供給量の決定にどのような影響を及ぼすのか)を考える必要があります。

そうでないと、「競争者に対するのと同じ値下げを要求したらアウト」みたいな、競争自体を否定する、とんでもない議論になりかねません。

さて本論に戻って、次に、

③MFNが市場で相当のシェアを占める売手に対して課されている必要がある、

という点ですが、これもどうなんでしょうね。

たしかに、個人が日常的に買う物のほとんどがアマゾンで手に入りますから、商品単位(メーカー単位)でみれば相当のシェアを占める売手にMFN義務がかされているのかもしれませんが、マーケットプレイスの出品者は基本的に小売店のように思われ、そうすると、日本中の小売店のうちの相当のシェアを占める売手に対してMFNが課されているのかというと、そんなこともないような気がします。

これに関連して、そもそも本件で市場をどう画定するのか(小売全般か、インターネット小売か)は、大きな問題です。

私は、ネット販売だけで市場を画定するのは無理なんじゃないかと思っています。

常識的に、ネットと路面店は競合しているでしょうし、SSNIPテストを行えば、当然、ネットも路面店も同じ市場になるのではないでしょうか。

(ただ、企業結合以外の分野では、公取委の市場画定は「気分」で判断しているようなところがあるので、このあたり公取委がどう考えているかは、よくわかりません。)

これと関連して、順番は変わりますが、

⑤MFNで保護される買手が、市場で相当の地位を占めている場合に悪影響が生じやすい、

についてみてみると、仮にネット販売だけで市場が画定されるとしても、ある統計によれば、

「2013年の大手EC事業者によるBtoC市場規模は約4兆円(全体では11兆円

出典1 東洋経済

・楽天市場 約1.8兆円

・Amazon 約1.4兆円

・ヤフー!ショッピング 0.32兆円

出典2 「インターネット通販TOP100 調査報告書2014」 p.15

・楽天市場 1.73兆円

・Amazon.co.jp 1.1兆円程度

・ヤフー!ショッピング 0.31兆円

ということなので、アマゾンのシェアは10%(≒1.1兆円÷11兆円)くらい、仮に「大手EC事業者」だけに絞っても(さすがに市場画定として無理がありますが・・・)、28%(≒1.1兆円÷4兆円)にとどまります。

ただ、アマゾンと楽天はビジネスモデルがちがうので売上を比べるのは無意味という見方もありますし、直販とマーケットプレイスの関係もよくわかりません。

ともあれ、単純化すれば、アマゾンのシェアはそんなに高くなさそうです(とくに小売業全体で見た場合)。

欧州の垂直制限規則では、垂直制限のセーフハーバーは30%です。

米国ではむかし、DOJの高官が、MFNのセーフハーバーは35%だと言ったそうです(前記Dennis論文の844頁)。

日本でも最近、流通取引慣行ガイドラインが改正されて、垂直制限(の一般ではないですが)のセーフハーバーが、20%に引き上げられました。

こうしてみると、日本のアマゾンは、海外ではセーフハーバーで救われるくらいのシェアしかない、ということになりそうです。

と、みていくと、どうもアマゾンが「市場で相当の地位を占めている」というのも、いいにくいんじゃないかという気がします。(とくに、「市場」を、小売業全体ととらえた場合。)

1つ戻って、

④MFN対象取引が、MFN義務を負う売手にとって相当の重要性を占めていると悪影響が生じやすい、

についても、そこまでアマゾンに依存しているメーカーや流通業者って、どれくらいいるのでしょうね。

少なくとも、Blue Crossのケースでは、お医者さんは、Blue Crossと契約しないと話にならない(日本でいえば保険指定が取り消されたも同然、といえば言い過ぎでしょうか)、というのと比べると、ぜんぜん違うような気がします。

最後の、

⑥遡及型MFN

は、アマゾンのケースは該当しなさそうです。

家電製品が典型ですが、そもそも消費財は値崩れが激しいものが多いですから、遡及型MFNなんて、合理性がありません。

以上の各要素のほかに考えられる要素としては、参入障壁とか、スイッチングコストとかが考えられます。

私の感覚では、ネット販売なんていうのは参入障壁もスイッチングコストも低いビジネスの最たるものではないかという気がするのですが、この点については、

Martha Samuelson, etc., Assessing the Effects of Most-Favored Nation Clauses, ABA Section of Antitrust Law Spring Meeting 2012

で、プラットフォームビジネスはネットワーク外部性などのために参入障壁が高くなりがちで、使い慣れやブランドロイヤルティからスイッチングコストも高い、という評価がなされており、そういわれればそうかなぁという気もします。

(ちなみにこの論文は、プラットフォームビジネスではMFNの効果はプラスにもマイナスにも倍増される、ということをいっており、なかなか興味深いものがあります。)

いずれにせよ、このあたりはまさに市場の競争状況を具体的にみないとわからないので、門外漢にはなんともいえません。

以上はMFNの排除効果の議論ですが、効率性も検討する必要があります。

よくいわれるのは、MFNはいちいち価格交渉をする手間(取引費用)を省く、ということです。

これは、アマゾンのような、きわめて多数の商品を扱っているビジネスの場合には、非常に大きなメリットのように思われます。

もしMFNがないと、アマゾンは膨大な数の商品をモニターしなければならず、モニターするだけでも大変なのに(モニターは、ひょっとしたら、なんとかボット、みたいなソフトウェアで自動的にできるのかもしれませんが)、そのあと、個別に交渉するなんてことを考えると、気が遠くなりそうです。

それから、マーケットプレイスへの出品価格については、それがダイレクトな小売価格なので、消費者の選択に与える影響が極めて大きく、そのため、プラットフォームとしては、価格をマッチさせる必要性がきわめて大きいといえます。

(もし通常の、メーカーから小売店への売買のようなものだったら、卸価格が即小売価格になるわけではないので、卸価格をマッチさせる必要はそれほど高くないかもしれません。)

これも、マーケットプレイスではとくにMFNの必要性が高い事情といえます。

さらに、フリーライドの問題もあります。

たとえば、楽天トラベルでめぼしいホテルに当たりを付けて、直接そのホテルに電話したほうが安く泊まれる、なんてことになったら、だれも楽天トラベルを通じて予約しなくなるでしょう。

もしアマゾンのマーケットプレイスでも、マーケットプレイスでめぼしい商品を探して、メーカー直販サイトやその小売店の直営サイトでもっと安い値段で買えるとしたら、同じように、フリーライドの問題が生じます。

MFNは、このフリーライドの問題を軽減できます。(ただ個人的には、何でもかんでもフリーライドと言いたがる論者には、私は懐疑的ですが。)

それから、じゃっかん前述と重複しますが、やはりMFNの反競争性を考えるためには、プラットフォーム間の競争がどの程度活発か(活発であれば、MFNの反競争性は表れにくい)、川下市場での競争は活発か(活発なら、仮に川上で排除が生じても、川下の競争のために、プラットフォームは独占利潤を得てもそれを消費者に還元せざるを得なくなる)、といったことも考える必要があります。

私は別にインターネット販売業界の専門家でもないですが、それでも、常識的に想像される競争環境からほんの上っ面をなめただけでも、これくらい、アマゾンのMFNには反競争効果がなさそうな事情が、ごろごろ出てくるわけです。

というか、すべての考慮要素が、アマゾンのMFNに反競争性のないこと、および、効率性が高いこと、を強く示しているように思えてなりません。

公取委は立入検査までしたのですから、それなりの根拠を持ってやっているのだと想像されますが、成り行きに注目したいと思います。

ただ、優越的地位の濫用ではないのですから、間違っても、

「出品者の価格決定の自由を侵害した」

とか、

「MFNの受け入れを余儀なくさせた」

とかいったような、昭和40年代に戻ったような恥ずかしい議論はしないでもらいたいと思います。

2016年8月 9日 (火)

最恵国待遇条項(MFN)と流通取引慣行ガイドライン

最恵国待遇条項が流通取引慣行ガイドライン第1部第6-1(対抗的価格設定による競争者との取引の制限)に該当するという見解があるようですが、間違いです。

山本一郎(個人投資家・ブロガー)「アマゾン(amazon)が独占禁止法違反の疑いで公正取引委員会に突入される」

流通取引慣行ガイドラインをみてみましょう。

該当箇所は、

「(2) 市場における有力な事業者が、

継続的な取引関係にある取引の相手方に対し、

その取引関係を維持するための手段として、

〔①〕自己の競争者から取引の申込みを受けたときには必ずその内容を自己に通知し、

〔②〕自己が対抗的に販売価格を当該競争者の提示する価格と同一の価格又はこれよりも有利な価格に引き下げれば、相手方は当該競争者とは取引しないこと又は自己との従来の取引数量を維持すること

を約束させて取引し、

これによって当該競争者の取引の機会が減少し、他に代わり得る取引先を容易に見いだすことができなくなるおそれがある場合には、

当該行為は不公正な取引方法に該当し、違法となる(一般指定11項(排他条件付取引)又は12項(拘束条件付取引))。」

というものです。

たとえば市場における有力な事業者をA社、A社に商品を供給している取引相手方をB社、A社の競合をR社とすると、ここで言っているのは、次のようなことです。

(なおガイドラインは、価格を「引き下げ」ることが、B社にとって有利だ、ということなので、A社が売主、B社が買主という想定ですが、以下では、上記意見が言及するアマゾンの場合に合わせて、A社を買主、B社を売主と、逆にしています。よって、買取価格を引き上げることが、売主B社にとって有利となります。

また報道によれば、実際の事件ではマーケットプレイスへの出品価格が問題になっているようですが、MFNの反競争性を語る上では売買でもマーケットプレイスでもおおむね同じなので(あるいは、マーケットプレイスの価格の拘束の方が、顧客価格にダイレクトに響くので、売買より反競争性がむしろみとめられない)、ここでは上記「意見」の議論の流れに乗せて売買として説明を進めます。)

ここでガイドラインがいっているのは、

「もしR社から、うち(=A社)よりも高く買い取るというオファーがあったら教えてね。

そしたら、うち(=A社)は、もっと高く買い取るからさ。

でも、うち(=A社)がもっと高く買い取ることにしたら、R社には売らないでね(あるいは、うちへの販売量は現状キープでお願いね)。」

ということです。

つまりこういうアレンジをすると、R社が商品を調達できなくなって困るんじゃないか、ということです。

(ちなみに、このガイドラインのシナリオにうまく乗るのは、供給者の数が限られている場合でしょう。いかにA社が巨大でも、極めて多数の供給者がいれば、全部高値で買い取ることは不可能で、R社は、A社と取引していない供給者からいくらでも商品調達できそうです。

もしA社が、多数の供給者の中からキラーコンテンツに絞ってこういうアレンジをしたら、R社は困るかもしれませんが、キラーコンテンツを有利な条件で囲い込もうというのは通常の競争であり、それ自体を独禁法違反というのは、かなり躊躇を覚えます。

せいぜい、行為者があまりにあこぎな手段を使った場合に、公取委お得意の「困った時の取引妨害」が出てくるくらいじゃないでしょうか。)

ここで、ガイドラインの事例とアマゾンのケースを比較してみましょう。

まず、ガイドラインの事例では、相手方B社に最も有利な価格を申し出ているのはA社のほうです。

この点で、最も有利な(安い)価格を自己(アマゾン)に対して提示するよう納入業者に求めた(と報じられている)アマゾンのケース(「最も有利な価格」を申し出(させられ)ているのはB社)と、まったく異なります。

次に、ガイドラインで問題視されているのは、前述のとおり、競合のR社が商品を調達できなくなることですが、最恵国待遇条項の問題点はそうではありません。

報道では、公取委は、アマゾンが納入業者の価格設定の自由を拘束したこと自体が問題なんだみたいな報じられ方がされていますが、いま一つよくわかりません。

MFNの反競争性については、機会があればそのうち書きますが、価格決定の自由の拘束自体が問題ではありません。

企業が有利な条件で調達するのはあたりまえだからです。

もし価格を下げさせること自体が独禁法違反なら、すべての値下げ交渉が独禁法違反になりかねません。

一般的にいわれているのは、シェアの大きな買手が納入業者にMFN義務を負わせると、納入業者が他の納入先(買手)に対して値下げをするインセンティブを失ってしまい価格が高止まりすることです。

しかし、そのような効果が出るためには拘束する側が相当なシェアがないと無理なはずであり、できるだけ有利な取引条件の獲得を目指す本来のMFNの競争促進的機能とのバランスで、微妙な判断となるわけです。

(ご興味のある方は、

Jonathan B. Baker, Vertical Restraints with Horizontal Consequences: Competitive Effects of "Most-Favored-Customer" Clauses, 64 Antitrust L.J. 517 1995-1996

をご覧ください。)

最後に、適用条文も違います。

ガイドラインの事例は、排他条件付取引がメインです(A社が、B社に、自己(=A社)とだけ取引させようとしている、あるいは、R社と取引させないようにしている)。

これに対して、アマゾンは、納入業者に対して、「楽天と取引するな」といっているわけでは決してありません。つまり、排他条件付取引の要素はまったくありません。

前記意見の執筆者は法律専門家ではないようですが、それを割り引いても、不正確な理解に基づいて、

「報じられている内容が事実だとするならば、ど真ん中の拘束条件付き取引で、独占禁止法で禁じられている内容です」

とか、

「ここまで教科書どおりの競争阻害行為をやらかすアマゾンはマジ確信犯じゃないかと思う」

というのは、いくらなんでもひどいと思います。

ネットにはこの手の不正確な情報が溢れていますし、みなさんそのつもりで読まれているのだとは思うのですが、紹介されているのもYahooというメジャーな媒体なので、あまり議論が混乱してもいけないと思い、あえて指摘させていただいた次第です。

なお、MFNについては、

本多航・和久井理子「最恵待遇条項(MFN条項)と独禁法」(立教大学大学院法学研究 47巻1号56頁, 2015年)

が、よくまとまっていると思います。ネットで入手可能です。

2016年8月 8日 (月)

村田園「万能茶」に対する措置命令について

平成28年3月10日に、株式会社村田園の「万能茶」という商品について、優良誤認表示で措置命令が出ています。

この事件は、原材料が日本産であるかのように表示したのに、実際には、その多くが外国産であった、というものです。

この事件の特徴的なのが、表示のどこにも「国産」と表示していないのに、国産であるように誤解される表示だったと消費者庁が認定したことです。

問題視された表示は、

①「阿蘇の大地の恵み」と記載(対象商品[1]ないし[4])

②日本の山里を思わせる風景のイラストの記載(対象商品[1]ないし[4])

③「どくだみ・柿の葉・とうきび・はと麦・甜てん茶ちゃ・くま笹・あまちゃづる・はぶ茶 甘かん草ぞう・大豆・田舎麦・桑の葉・枸杞くこ・ウーロン茎・びわの葉・浜茶」と記載(対象商品[1]及び[2])

④「どくだみ・柿の葉・とうきび・はと麦・くま笹・あまちゃづる・ゴール ドはぶ茶・甘かん草ぞう・大豆 甜てん茶ちゃ・田舎麦・桑の葉・浜茶・枸杞くこ・グァバ茶・霊れい芝し・びわの葉・極上プーアル茶・南天・かりん」と記載(対象商品[3])

というものです。

実際の措置命令を見てもらったほうがわかりやすいですが、①の「阿蘇の大地の恵み」というのは、どうやら登録商標であり、

「阿蘇の大地の恵み(R) 村田園 万能茶」

で、商品名を構成しているようにもみえます。

この「阿蘇の大地の恵み」という表示が阿蘇地方で栽培された原材料であるかのように誤解されると認定されたのでしょう。

私も「阿蘇の大地の恵み」という表示をみれば、阿蘇地方の大地で栽培されたものだと誤解すると思います。

さらに、同表示が、原材料と同一視野に見える形で表示されていることも、原材料が国産であるかのような誤解を招くとされたのでしょう。

挙げられている原材料も、「どくだみ」とか、「柿の葉」とか、いかにも和風の材料だったことも影響しているかもしれません。

もし原材料が、「ローズヒップ」とか、「オレンジピール」とか、「ブラックベリーリーフ」とかだったら、またちょっと違ったかもしれません。

これに対して、②の「日本の山里を思わせる風景のイラスト」というのは、それだけで原材料が国産と誤解させるというのはちょっと無理じゃないかという気もしますが、不当表示かどうかは表示の全体をみて判断すべきですし、このようなイメージ広告的なものにも消費者庁が積極果敢に執行していったことは、高く評価されるべきだと思います。

とくに健康食品の業界では、はっきりと表示しないイメージ的なものであれば景表法には違反しないという観点から、どうやって効果効能(本件では原産地)を明示せずにそれらしいイメージを消費者に植え付けるのかに腐心されているようです。

弁護士としてというよりも、一消費者として、このような不誠実な、消費者を愚弄した、利益至上主義のビジネスのやり方には、強い憤りを覚えます。

「はっきり効果効能を書きさえしなければ大丈夫だ」という誤った業界認識を正すものとして、本措置命令は非常に重要です。

本件は村田園が訴訟で争っているようです。

報道によれば、「国産とは明示していない」「電話で問い合わせを受ければ国産でないと回答していた」という主張だそうです。

打消し表示は本体表示と同一視野に見やすい形でしないといけないので、「電話で問い合わせを受ければ国産でないと回答していた」というのは景表法上は無意味ですが、「国産とは明示していない」というのは争点になるでしょう。

でも、「国産と明示しない限り国産ではない」、あるいはより強く、「国産と明示していない商品は外国産だ」と一般消費者が認識するかといえば、そんなことはないでしょう。

いかにも国産っぽい商品内容で、いかにも国産っぽい表示をしていれば、反対の表示がない限り、国産だと認識するはずです。

なので、村田園の主張は、

「一般消費者は、国産と明記していないのに国産と誤解することはない」

ということなのでしょうけれど、私の目には、

「国産と明記していないのに国産と誤解する消費者の方が悪い」

という主張にみえます。(前者なら景表法上まともな反論ですが、後者なら主張自体失当です。)

とかく事業者は、不当表示については消費者庁がどう考えるかばかりを気にしがちです(弁護士として相談を受けるのはこの点ばかりです)。

ですが、消費者庁に対してしようとしているその説明を、一般消費者に対して胸を張ってできるのか、胸に手を当てて考えてみるべきではないでしょうか。

事業者は、消費者庁のほうをみるのではなく、消費者のほうをみるべきです。

それで売れなくなるような商品なら、本来、市場競争の中で売れてはいけないのです。

消費者庁には、ぜひがんばってもらいたいと思います。

2016年8月 1日 (月)

ガンジャンピングについて

ガンジャンピング(gun jumping)というのは、企業結合期日前の共同行為のことで、結合実行前に当事者間で協調的な行動をとったり情報交換をしたりすることです。これが、独禁法違反になるのではないかが議論されています。

そもそも「ガンジャンピング」(和製英語でいえば、「フライング」)という言葉自体、ルール違反で失格、という意味合いを連想させますが、そういう意味では法務担当者の目を惹く、なかなかうまいネーミングとはいえそうです。

しかし、日本では、少なくとも企業結合規制で引っかからない(≒合算シェアの低い)大半の事案では、ガンジャンピングを気にする必要はありません。

そもそもガンジャンピングとして議論されているものには、実体法違反と手続法違反があります。

そのうち、実体法違反については、ガンジャンピングの実例がある米国では企業結合とカルテルの違法基準が異なることがポイントです。

つまり米国では、競争者間の共同行為は当然違法と判断されるのに対して、企業結合は競争の実質的制限があってはじめて違法と判断されます。

ここが日本と決定的に違うところです。

(細かいことをいえば、競争者間の共同行為でも、ジョイントベンチャーなどいわゆる非ハードコアカルテルは合理の原則で判断されますが、企業結合前の当事者間にはジョイントベンチャーのような事業活動の一体化がないので、当然違法で判断されるわけです。)

つまり米国では、たとえ合併交渉中であっても、合併が実現するまでは競争者としてふるまうことが要求されているわけです。

これに対して日本では、企業結合もカルテルも、違法性の基準は競争の実質的制限の一本です。

そこで、米国では、

市場シェアの小さい競争者間の合併の場合でも、合併前の共同行為が当然違法として違法とされることになる

のに対して、日本では、

合併自体に問題ない(競争の実質的制限が生じない)なら、その前の共同行為も問題ない(競争の実質的制限が生じない)、

ということになります。

なので日本では、企業結合として問題のないケース(つまり企業結合のほとんどすべての案件)では、ガンジャンピングで何をしても問題ない、ということになります。

次にガンジャンピングの手続面についても、アメリカと日本でかなり考え方が異なります。

アメリカでは、待機期間が満了するまでは、benefitial ownership(実質的に所有者としての利益を享受できる地位)を取得してはならないということになっていて、形式的な所有権譲渡さえなければかまわないというわけではありません。

実際アメリカでは、どう考えても競争制限効果のなさそうな、市場シェアの小さな当事者間の結合が、ガンジャンピングで差し止められたりしています。

これに対して日本では、あくまで法的に(形式的に)所有権譲渡がなされていたかどうかが重視され、そこに実質判断が入ってくることはあまり想定されていません。

そのことは、最近のキヤノンによる東芝メディカルシステムズの株式取得が、「グレーだがクロとはいえない」ということで、結果的に不問に付されていることからもうかがえます(新聞報道では、次は刑事告発するそうですが)。

以上のことから、実体面でも手続面でも、日本では、企業結合審査で問題視されそうな事案(たとえば2次審査に行って一部条件が付きそうな案件など)をのぞいて、ガンジャンピングは気にする必要はない、ということになります。

さらにいえば、結合の実体面で問題がありそうな事案であっても何もできないわけではなく、結合前の共同行為(情報交換など)それ自体で競争の実質的制限が生じない限りは違法(カルテル)にはならないので、その意味でも、やろうと思えば相当なことができます。

おそらく公取委も、ガンジャンピングを積極的に取り締まろうという発想はないと思います(法律が違うのだから、当然といえば当然です)。

ガンジャンピングは一時期、一部の弁護士が大騒ぎしたので有名になってしまいましたが、大騒ぎされた論点が必ずしも重要な論点ではない、という例だと思います。

(なお、ガンジャンピングについては、白石忠志『独占禁止法(第2版)』324頁以下に、丁寧かつ正確にまとめられています。)

« 2016年7月 | トップページ | 2016年9月 »

フォト
無料ブログはココログ