公正取引委員会が8月8日(月)、アマゾンに立入検査に入りました。
(いきなり余談ですが、月曜日に立入検査することもあるんですね。通常は火曜日あたりが多いみたいです。)
アマゾンがマーケットプレイスの出品者に、競合サイトへの出品よりも安く出品すること(最恵国待遇、MFN)を義務付けていることが、拘束条件付取引に該当すると判断されているようです。
たとえば朝日新聞の記事では、
「公取委は、アマゾンジャパンが日本の取引先との契約で、ライバル社に自社よりも安い値段で出品する際はアマゾンに通知する▽最低でもライバル社と同じ価格でアマゾンに出品する――などの条項を付けていたとみている模様だ。」
と報じられています。
MFNには反競争的な側面があることは以前から指摘されていますが、私は、このアマゾンの事件を違反にするのはかなり難しいのではないかとみています。
まず、MFNには協調促進効果があるといわれていますが(MFN義務を負ったサプライヤーが、他の顧客への値引きのインセンティブを失うため)、今回の公取委が目を付けたのはおそらくそこではないと思われます。
もし協調促進効果を問題にするなら、
①楽天やヤフーもMFNを採用していること、または、
②アマゾンが圧倒的なシェア(少なくとも過半数)を握っていること、
が必要(あるいは控えめにいって極めて重要な要素)であると思われるところ(しかも①なら楽天やヤフーも違反者)、今回そういう話ではさそうだからです。
それに、仮に各社単独で(合意なく)MFNを採用した場合、協調促進効果を理由に日本の拘束条件付取引に該当するというのは相当無理があります(あるいは、すくなくともこれまでの公正競争阻害性の考え方を大きく変える必要があります)。
そこで競争者(楽天やヤフー)を排除する効果が問題視されているのではないかと想像されます。
しかし、MFNに排除効果が認められるためには、けっこうきつい条件が必要です。
たとえば、以前ご紹介した、
本多航・和久井理子「最恵待遇条項(MFN条項)と独禁法」(立教大学大学院法学研究 47巻1号56頁, 2015年)
では、どのような場合に排除効果が認められやすいのかについて、
①競争者(楽天など)に対するよりも有利な条件を要求する場合(追加優遇型MFN)、
②ライバルが品質は劣るが安い価格で原材料を調達し品質は劣るが安い商品を供給する戦略の場合、
③MFNが市場で相当のシェアを占める売手に対して課されている必要がある、
④MFN対象取引が、MFN義務を負う売手にとって相当の重要性を占めていると悪影響が生じやすい、
⑤MFNで保護される買手が、市場で相当の地位を占めている場合に悪影響が生じやすい、
⑥遡及型MFNは排除効果が大きい、
と整理されています。
まず、今回のアマゾンのケースは追加優遇型ではなさそうなので、①は該当しません。
ヤフーが出店料を無料にしていることなどを考えると、出品者の正味での受取価格(=販売価格-出品料)は、むしろヤフーに出品する場合のほうが出品者に有利(MFNのために出品価格が同価格なら、出品者はヤフーに出品したほうが有利)なんではないか、という気すらします。
②の、いわばライバルの差別化戦略は、重要な要素で、アメリカで相当数の先例がある医療保険の分野でもおそらく重視されている要素ですが、おそらくネット販売の分野では成り立ちにくいと思います。
というのは、医療保険の分野では、新規参入者は、保険のカバー範囲や保険適用対象病院数では劣るけれども安い保険料で参入する、ということがありそうですが、ネット販売では、品揃えを絞ったからといって価格を下げられるとは思えず、そのような戦略を採る参入者はそもそもいなさそうに思われる(そもそもそのような戦略の参入者がいないので、MFNで排除効果が生じることもない)からです。
ちょっとわき道にそれますが、医療保険ではカバーする範囲や適用対象病院数というのは、かなり重要な競争の要素だと思います。
むかし、「保険の窓口」で生命保険の契約をしたときに、がん保険を勧められました。
(ちなみに「保険の窓口」は、複数社の保険を公平な立場で比較して勧めてくれて、特定の保険会社のものを推奨するということもなかったので、非常に説得力のある説明でした。)
営業の方によると、「今考えられる中で最良のがん保険だと思います」ということだったのですが、私がまっさきに気になったのは、
「適用される病院数が少ないなあ」
ということでした。その保険は、特定の病院で治療を受けた場合にしか保険金が出ない商品だったのです。
営業の方によると、「これからまだまだ増えるはずである」ということでしたが、それでも、具体名は忘れましたが、慶応病院とか虎の門病院とか、メジャーどころが入っていなかったような気がします。それで、その保険には入らないことにしました。
ガンの治療ともなれば命がかかっているわけで、そこで、良い先生がいるけれどその病院は保険でカバーされていない、というのでは、いったい何のための保険なのか、という気がしたわけです。
しかも、自分が将来ガンになったときに、良い先生がどの病院に在籍しているかなんてわからないわけで、そうすると、ほとんどすべての病院が対象になっているくらいでないと、怖くってその保険は買えないわけです。
このように、医療保険の分野では、どれだけたくさんの病院がカバーされるのかというのがきわめて重要な競争上の要素なのではなないかと思います。
Anthony J. Dennis, Most Favored Nation Contract Clauses under the Antitrust Laws, 20 U. Dayton L. Rev. 821 1994-1995
という論文p832によれば、
Ocean State Physicians Health Plan, Inc. v. Blue Cross & Blue Shield of Rhode Island, 883 F.2d 1101 (1st Cir. 1989)
では、被告Blue Crossが採用したMFNのために、原告Ocean Stateと契約していた1200人の医師のうち350人が、原告Ocean Stateとの契約を解除した、とされていますが、前記のがん保険の例が示すように、医療保険の分野では、それだけの医師が離脱すれば原告にとってけっこうな痛手だったのではないかと想像されます。
なので、MFNの排除効果に納得感があります。
これに対してアマゾンのケースは、どうなんでしょうか。
品揃えはもちろん重要かもしれませんが、ネットショッピングのユーザーは複数のプラットフォーム間をクリック一つで行ったり来たりできるので(二面市場やプラットフォームの議論でいわれる、いわゆるマルチ・ホーミング)、新規参入者は多少品揃えに劣っても価格でマッチするとか、いろいろ対抗手段はありそうです。
これに対して、雇用主が従業員のために複数の医療保険会社と契約するということは、あるのかもしれませんが、あまり考えにくいように思います。
あるいは、雇用主が条件のちがいで毎年複数の医療保険会社の間を行ったり来たりするということも考えにくい(スイッチングコストが高い)と思われます。
しかも、Blue Crossとちがって、アマゾンは圧倒的なシェアを持っているわけでもないですから、アマゾンのMFNによって出品者が楽天との契約を解除するということも、考えにくいでしょう。
なお、MFNの排除効果については、
「ある商品の小売市場への新規参入を計画する事業者がおり、その事業者は、その商品を供給者から安価で仕入れて、需要者に安価で販売するというビジネスを予定していたとする。
このような事案において、その商品の供給者と既存の小売業者との間の売買契約で、既存の小売業者が供給者から商品代金について最恵国待遇を受ける旨が規定されていた場合、供給者としては、既存小売業者の卸売価格への影響を避けるため、参入希望者への安価での卸売りを拒絶することが想定される。
その結果、参入希望者の小売市場への参入が阻止される結果となる可能性がある。」
と説明されることがありますが(中野清登「最恵国待遇条項が競争に与える影響」(ビジネスロージャーナル2015年11月号72頁、74頁)、このような説明は一見わかりやすいですが、これを額面どおり受け取るのは危険です。
というのは、これだと、既存業者は、安価で参入する参入者を手をこまねいて見ていなければならない(受入れ戦略(accommodation)を強いられる)ということになりかねないからです。
もちろん、既存業者としても、新規参入プラットフォームで同じ出品者が自分のところよりも安く出品していたら、「うちでも安く出してください」といえてしかるべきです。
やはりMFNの反競争性は、既存業者と差別化を図る新規参入者が排除されるという面を考えないと説明できないように思われます。
さらに、個別の値下げ交渉と事前のコミットメント(MFN)で、反競争性にどのような影響がおよぶのか(究極的には、売手の価格と供給量の決定にどのような影響を及ぼすのか)を考える必要があります。
そうでないと、「競争者に対するのと同じ値下げを要求したらアウト」みたいな、競争自体を否定する、とんでもない議論になりかねません。
さて本論に戻って、次に、
③MFNが市場で相当のシェアを占める売手に対して課されている必要がある、
という点ですが、これもどうなんでしょうね。
たしかに、個人が日常的に買う物のほとんどがアマゾンで手に入りますから、商品単位(メーカー単位)でみれば相当のシェアを占める売手にMFN義務がかされているのかもしれませんが、マーケットプレイスの出品者は基本的に小売店のように思われ、そうすると、日本中の小売店のうちの相当のシェアを占める売手に対してMFNが課されているのかというと、そんなこともないような気がします。
これに関連して、そもそも本件で市場をどう画定するのか(小売全般か、インターネット小売か)は、大きな問題です。
私は、ネット販売だけで市場を画定するのは無理なんじゃないかと思っています。
常識的に、ネットと路面店は競合しているでしょうし、SSNIPテストを行えば、当然、ネットも路面店も同じ市場になるのではないでしょうか。
(ただ、企業結合以外の分野では、公取委の市場画定は「気分」で判断しているようなところがあるので、このあたり公取委がどう考えているかは、よくわかりません。)
これと関連して、順番は変わりますが、
⑤MFNで保護される買手が、市場で相当の地位を占めている場合に悪影響が生じやすい、
についてみてみると、仮にネット販売だけで市場が画定されるとしても、ある統計によれば、
「2013年の大手EC事業者によるBtoC市場規模は約4兆円(全体では11兆円)
出典1 東洋経済
・楽天市場 約1.8兆円
・Amazon 約1.4兆円
・ヤフー!ショッピング 0.32兆円
出典2 「インターネット通販TOP100 調査報告書2014」 p.15
・楽天市場 1.73兆円
・Amazon.co.jp 1.1兆円程度
・ヤフー!ショッピング 0.31兆円
ということなので、アマゾンのシェアは10%(≒1.1兆円÷11兆円)くらい、仮に「大手EC事業者」だけに絞っても(さすがに市場画定として無理がありますが・・・)、28%(≒1.1兆円÷4兆円)にとどまります。
ただ、アマゾンと楽天はビジネスモデルがちがうので売上を比べるのは無意味という見方もありますし、直販とマーケットプレイスの関係もよくわかりません。
ともあれ、単純化すれば、アマゾンのシェアはそんなに高くなさそうです(とくに小売業全体で見た場合)。
欧州の垂直制限規則では、垂直制限のセーフハーバーは30%です。
米国ではむかし、DOJの高官が、MFNのセーフハーバーは35%だと言ったそうです(前記Dennis論文の844頁)。
日本でも最近、流通取引慣行ガイドラインが改正されて、垂直制限(の一般ではないですが)のセーフハーバーが、20%に引き上げられました。
こうしてみると、日本のアマゾンは、海外ではセーフハーバーで救われるくらいのシェアしかない、ということになりそうです。
と、みていくと、どうもアマゾンが「市場で相当の地位を占めている」というのも、いいにくいんじゃないかという気がします。(とくに、「市場」を、小売業全体ととらえた場合。)
1つ戻って、
④MFN対象取引が、MFN義務を負う売手にとって相当の重要性を占めていると悪影響が生じやすい、
についても、そこまでアマゾンに依存しているメーカーや流通業者って、どれくらいいるのでしょうね。
少なくとも、Blue Crossのケースでは、お医者さんは、Blue Crossと契約しないと話にならない(日本でいえば保険指定が取り消されたも同然、といえば言い過ぎでしょうか)、というのと比べると、ぜんぜん違うような気がします。
最後の、
⑥遡及型MFN
は、アマゾンのケースは該当しなさそうです。
家電製品が典型ですが、そもそも消費財は値崩れが激しいものが多いですから、遡及型MFNなんて、合理性がありません。
以上の各要素のほかに考えられる要素としては、参入障壁とか、スイッチングコストとかが考えられます。
私の感覚では、ネット販売なんていうのは参入障壁もスイッチングコストも低いビジネスの最たるものではないかという気がするのですが、この点については、
Martha Samuelson, etc., Assessing the Effects of Most-Favored Nation Clauses, ABA Section of Antitrust Law Spring Meeting 2012
で、プラットフォームビジネスはネットワーク外部性などのために参入障壁が高くなりがちで、使い慣れやブランドロイヤルティからスイッチングコストも高い、という評価がなされており、そういわれればそうかなぁという気もします。
(ちなみにこの論文は、プラットフォームビジネスではMFNの効果はプラスにもマイナスにも倍増される、ということをいっており、なかなか興味深いものがあります。)
いずれにせよ、このあたりはまさに市場の競争状況を具体的にみないとわからないので、門外漢にはなんともいえません。
以上はMFNの排除効果の議論ですが、効率性も検討する必要があります。
よくいわれるのは、MFNはいちいち価格交渉をする手間(取引費用)を省く、ということです。
これは、アマゾンのような、きわめて多数の商品を扱っているビジネスの場合には、非常に大きなメリットのように思われます。
もしMFNがないと、アマゾンは膨大な数の商品をモニターしなければならず、モニターするだけでも大変なのに(モニターは、ひょっとしたら、なんとかボット、みたいなソフトウェアで自動的にできるのかもしれませんが)、そのあと、個別に交渉するなんてことを考えると、気が遠くなりそうです。
それから、マーケットプレイスへの出品価格については、それがダイレクトな小売価格なので、消費者の選択に与える影響が極めて大きく、そのため、プラットフォームとしては、価格をマッチさせる必要性がきわめて大きいといえます。
(もし通常の、メーカーから小売店への売買のようなものだったら、卸価格が即小売価格になるわけではないので、卸価格をマッチさせる必要はそれほど高くないかもしれません。)
これも、マーケットプレイスではとくにMFNの必要性が高い事情といえます。
さらに、フリーライドの問題もあります。
たとえば、楽天トラベルでめぼしいホテルに当たりを付けて、直接そのホテルに電話したほうが安く泊まれる、なんてことになったら、だれも楽天トラベルを通じて予約しなくなるでしょう。
もしアマゾンのマーケットプレイスでも、マーケットプレイスでめぼしい商品を探して、メーカー直販サイトやその小売店の直営サイトでもっと安い値段で買えるとしたら、同じように、フリーライドの問題が生じます。
MFNは、このフリーライドの問題を軽減できます。(ただ個人的には、何でもかんでもフリーライドと言いたがる論者には、私は懐疑的ですが。)
それから、じゃっかん前述と重複しますが、やはりMFNの反競争性を考えるためには、プラットフォーム間の競争がどの程度活発か(活発であれば、MFNの反競争性は表れにくい)、川下市場での競争は活発か(活発なら、仮に川上で排除が生じても、川下の競争のために、プラットフォームは独占利潤を得てもそれを消費者に還元せざるを得なくなる)、といったことも考える必要があります。
私は別にインターネット販売業界の専門家でもないですが、それでも、常識的に想像される競争環境からほんの上っ面をなめただけでも、これくらい、アマゾンのMFNには反競争効果がなさそうな事情が、ごろごろ出てくるわけです。
というか、すべての考慮要素が、アマゾンのMFNに反競争性のないこと、および、効率性が高いこと、を強く示しているように思えてなりません。
公取委は立入検査までしたのですから、それなりの根拠を持ってやっているのだと想像されますが、成り行きに注目したいと思います。
ただ、優越的地位の濫用ではないのですから、間違っても、
「出品者の価格決定の自由を侵害した」
とか、
「MFNの受け入れを余儀なくさせた」
とかいったような、昭和40年代に戻ったような恥ずかしい議論はしないでもらいたいと思います。