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2016年7月21日 (木)

企業結合届出の脱法規制について

最近何かと注目を集めている企業結合の届出の脱法行為について、以下にまとめておきます。

独禁法17条では、

「何らの名義を以てするかを問わず、第九条から前条〔16条〕までの規定による禁止又は制限を免れる行為をしてはならない。」

とされています。

いわゆる、脱法行為の禁止です。

ここで、「禁止」「制限」というのは、株式取得に関する10条を例に説明すれば、実体規定である1項の、

「会社は、他の会社の株式を取得し、又は所有することにより、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる場合には、当該株式を取得し、又は所有してはなら・・・ない。」

という規定のみならず、届出に関する規定である8項の、

「第二項の規定による届出を行つた会社は、届出受理の日から三十日を経過するまでは、当該届出に係る株式の取得をしてはならない。」

という規定も含むと読めますし、私も、文言どおり素直に、届出規制違反(手続違反)の脱法も17条でカバーされると考えるべきと思います。

問題は、これに対する制裁(エンフォースメント)です。

まず排除措置命令についてみてみると、企業結合に対する排除措置命令の規定である17条の2第1項では、

「第十条第一項、第十一条第一項、第十五条第一項、第十五条の二第一項、第十五条の三第一項、第十六条第一項又は前条〔17条〕の規定に違反する行為があるときは、

公正取引委員会は、・・・

事業者に対し、株式の全部又は一部の処分、事業の一部の譲渡その他これらの規定に違反する行為を排除するために必要な措置を命ずることができる。」

とされています。

これをみると、10条(株式取得)、11条(銀行・保険会社の議決権制限)、15条(合併)、15条の2(分割)、15条の3(共同株式移転)、16条(事業譲受)については、それぞれ1項、つまり、実体規定違反のみが排除措置命令の対象となる(手続規定は対象とならない)ことが、文言上明らかです。

これに対して、17条については、

前条〔17条〕の規定に違反する行為」

とされているだけで、実体規定の脱法か、手続規定の脱法かをとわず、排除措置命令の対象となるようにも読めます。

ところが17条の2では、出せる命令の具体例として、

「株式の全部又は一部の処分、事業の一部の譲渡」

を挙げており、実体規定違反を想定しているように読めます。

というのは、手続違反の株式取得という「行為を排除するために必要な措置」とは、手続を履践させること、と考えるのが素直であり、手続違反があったから株式や事業の譲渡を命じるのは、異論もあるかもしれませんが、筋が違うと思われるからです。

実際、根岸『注釈独占禁止法』p330では、17条の2の説明において、

「〔17条の2〕1項は、会社が、株式保有、合併、会社の分割、事業の譲受け等およびそれらの脱法行為が一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる場合・・・に、会社を含む『事業者に対し』て違反行為の排除措置を命じる。」

と解説されており、脱法行為に関して排除措置命令を出せるのは競争の実質的制限がある場合、つまり実体規定違反の場合、に限られる、と読めます。

白石忠志『独占禁止法(第2版)』p362でも、17条の解説として、

「それらの〔企業結合規制と事業支配力過度集中の〕各条文における行為要件が形式的に過ぎる場合に、間隙を埋める機能を提供する。それに対し、弊害要件は、もともと抽象的概念であって柔軟に解釈できるのであるから、その外延のすぐ外にあるものを拾うことは許されないであろう。」

と、「行為要件が形式的に過ぎる場合に、間隙を埋める」のが17条であると説明されており、17条が実体規定の脱法規定であることを前提にしています。

また17条の2の文言上も、

「違反する行為があるときは」

と、現在形で書かれており、たとえば待機期間経過前に取得者の事実上の支配の及ぶ第三者に株式を移転して代金を決済してしまうというようなことをしても、それは待機期間経過前に違反していた(違反状態にあった)だけであって、待機期間経過後は違反する行為が「ある」とはいえない(せいぜい、「あった」にすぎない)のではないか、ということも問題になりそうですし、

「違反する行為を排除するために必要な措置」

という文言も、待機期間中の脱法的クロージングについては、何を「排除」するのかよくわからない、ということも問題になりそうです。

以上のような文言解釈もさりながら、

10条から16条までの具体的な規定については実体規定違反に対してのみ排除措置命令が出せるに過ぎないのに、これらの脱法規定である17条でだけ手続的脱法でも排除措置命令を出せるとしたら、あまりにアンバランスだ、

という議論も、至極もっともに思われます。

というわけで、現行法上は、待機期間経過前の脱法的クロージングは、17条の規定(禁止規定)には違反するものの、17条の2により排除措置命令を出すことはできない、という、いかにも中途半端なことになります。

次に、刑事罰について考えてみます。

まず、まったく届け出をせずに株式取得等を実行した場合には、10条2項違反となり、91条の2第3号で、200万円以下の罰金に処せられます。

また、届出は一応したけれども、待機期間中に株式取得をした場合(10条8項違反)にも、同じく、200万円以下の罰金が科されます(91条の2第4号)。

しかし、株式取得等についての脱法(17条違反)については、刑罰は、銀行・保険会社の株式保有制限(11条)の脱法をのぞき、ありません。

(17条違反の刑罰については、銀行・保険会社の株式保有制限(11条)の脱法に限り、1年以下の懲役または200万円以下の罰金が科せられるだけです(91条)。

ちなみに、平成21年改正(法律第51号)前の、株式取得が事後報告の時代だった91条〔企業結合規制違反の罪〕は、

「第九十一条

次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は二百万円以下の罰金に処する。

一 第十条第一項前段〔競争を実質的に制限する株式取得の禁止。なお後段は不公正な取引方法による株式取得の禁止〕の規定に違反して株式を取得し、又は所有した者

二 第十一条第一項〔銀行・保険会社による議決権保有の規制〕の規定に違反して株式を取得し、若しくは所有し、又は同条第二項の規定に違反して株式を所有した者

三 第十三条第一項〔役員兼任の規制〕の規定に違反して役員の地位を兼ねた者

四 第十四条前段〔会社以外の者による株式保有の規制〕の規定に違反して株式を取得し、又は所有した者

五 前各号に掲げる規定による禁止又は制限につき第十七条の規定に違反した者

となっており、脱法(旧91条5号)については、

株式取得の実体規定(91条1号)

銀行・保険会社の株式保有(91条2号)

役員兼任(91条3号)、および、

会社以外の株式取得の実体規定(不公正な取引方法による取得の部分はのぞく。91条4号)、

の違反の脱法が、刑罰の対象となっていました。

つまり今回のテーマとの関係では、競争を実質的に制限する株式取得が1年以下の懲役または200万円以下の罰金の対象でした。

これに対して、株式取得が事前届出となった平成21年改正後の91条〔銀行・保険会社の議決権保有の制限違反等の罪〕は、

第九十一条    

第十一条第一項の規定に違反して株式を取得し、若しくは所有し、若しくは同条第二項の規定に違反して株式を所有した者

又は

これらの規定による禁止若しくは制限につき第十七条の規定に違反した者

は、一年以下の懲役又は二百万円以下の罰金に処する。

というふうに、

銀行・保険会社の株式保有(旧91条2号)

とその脱法だけが、残ったわけです。)

つまり今回のテーマとの関係では、仮に17条に手続規定(10条2項や8項)の脱法が含まれるとしても、そもそも17条違反に刑罰がないので、結局、手続違反の脱法については刑事罰は課せられないのではないか、ということが問題になります。

しかし、これは、そもそも17条とは何なのか、という問題と、罪刑法定主義との関係から考える必要があります。

つまり、17条がなければ脱法は処罰されないのか、あるいは、排除措置命令の対象とならないのか、という問題です。

これについては、17条がなくても、脱法は刑事罰で処罰されるし、排除措置命令の対象にもなる、と考えるのが、普通の法律家の感覚ではないかと思います。

脱法を禁じるためにいちいち脱法禁止規定を置かないといけないとしたら、世の中の法律すべてに脱法禁止規定が必要になってしまうでしょう。

実際には、明文で脱法禁止規定がなくても、解釈で妥当な結論を図っているのだと思います。

刑事罰を科す場合には罪刑法定主義の問題がありますが、電気窃盗事件(電気が「財物」に該当するとした判例)をみてもわかるように、程度問題です。

キヤノン株式会社による東芝メディカルシステムズ株式会社の株式取得についての公取委のプレスリリースでは、

「しかしながら,キヤノンは届出の前に,東芝メディカルの普通株式を目的とする新株予約権等を取得し,その対価として,実質的には普通株式の対価に相当する額を株式会社東芝(法人番号2010401044997)(以下「東芝」という。)に支払うとともに,キヤノンが新株予約権を行使するまでの間,キヤノン及び東芝以外の第三者が東芝メディカルの議決権付株式を保有することとなった。」

ということで、そもそも届出をする前に、「第三者」に株式を譲渡していたようです。

これに対して同プレスリリースでは、

「これら一連の行為は,独占禁止法に基づく企業結合審査において承認を得ることを条件として最終的にキヤノンが東芝メディカルの株式を取得することとなることを前提としたスキームの一部を構成し,上記第三者を通じてキヤノンと東芝メディカルとの間に一定の結合関係が形成されるおそれを生じさせるものである。」

「公正取引委員会は,これら一連の行為が,キヤノンが当委員会への届出を行う前になされたことは事前届出制度の趣旨を逸脱し,独占禁止法第10条第2項の規定に違反する行為につながるおそれがあることから,今後,このような行為を行わないよう,キヤノンに対して注意を行うとともに,上記スキームの実行に関与していた東芝に対して,今後,事前届出制度の趣旨を逸脱するような行為に関与することのないよう申入れを行った。」

とされており、10条2項の脱法が問題視されていたことがわかります。

ただ前述のように、手続違反については、手続違反そのもの(10条2項)違反であれ、脱法規定(17条)違反であれ、17条の2で排除措置命令を出すのは難しそうです。

(前述のように、そもそも通説的見解は、17条は実体規定の脱法であって、手続規定の脱法には適用されないと考えているようですし、そうであればなおさらです。)

日経新聞の記事では、

「公取委の品川武企業結合課長は会見で「前例のない事案で違反に問えないが問題がある行為」として「黒でないがグレー。こうしたチャレンジはやめてほしい」と話した。

今後同じ手法で企業買収する際、事前届け出がなければ刑事告発する。」

と報じられているのも、17条の規定なしで、手続の脱法については、直接、91条の2第3号(10条2項違反の不届出の罪)、または、同条4号(10条8項の待機期間中の株式取得禁止の違反の罪)で、罪に問えるという認識であると考えられます。

ただ、以上の議論に対しては、

手続規定の脱法については、91条が、11条2項(銀行・保険会社の株式取得の認可)の違反の脱法だけについて刑事罰を科しているのだから、その反対解釈として、11条2項以外の手続違反の脱法については刑事罰に問えないのではないか、

という反論もあり得るところです。(私はあまり説得力のある議論とは思いませんが。)

このように考えると、脱法禁止規定というのはむしろ議論を混乱させるだけの無用の長物ではないかという気もしてきます。

(気分的には、脱法禁止規定があったほうが柔軟に脱法を禁止しやすい、ということはあるかもしれませんが。)

いずれにせよ、脱法禁止規定を通じてではなく直接91条の2第3号や第4号でいくとなると、今回のキヤノンのケースを例にとれば、「第三者」というのがキヤノンと実質的に一体といえるのか、という、問題の核心に迫らざるを得ず、刑事罰のハードルはけっして低くはないでしょう。

それでも今回、こういうケースが起きたことは、次からは刑事告発をする大義名分が公取委にもできたわけで、仮に結果として無罪となる可能性があっても、公取委は刑事告発する可能性が高いのではないかと思います。

もしそれで無罪になったら、本格的に法改正がなされるのではないでしょうか。

その場合には、重たい手続の刑事罰ではなく、欧州のような課徴金が検討されるかもしれません。

そういうわけで、次は本当に危ないと思います。みなさん、脱法はやめておきましょう。

なお当然のことですが、キヤノンのケースが「脱法」にあたるかどうかは、細かい事情をしらないので、私にはわかりません。また基本的に、個別案件に対する私見はブログでは書かないことにしています。

品川課長の、「黒でないがグレー」というコメントの、「黒ではないが」という部分からすると、公取委も違法だという認定はできなかったんだろうなぁとうかがえる、ということくらいしかいえません。

また、本件は性質上海外の競争法の適用がありうるものと思われますが、今のところ、海外当局からも違法だという声が上がっていないことからすると、日本の公取委だけが弱腰だということでもないんではないかと思います(ただ、日本企業同士の買収で実体法上は問題ない事案を、海外当局があえて手続違反で摘発するのが妥当なのか、そこに口を挟める(挟むべき)なのは日本の公取委だけではないのか、という議論は別途ありうるとは思います。)

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コメント

いつも面白く拝読させて頂いております。

正直、ここが一番勉強になります!!

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