村上『条解』の差別対価の記述
村上他編著『条解独占禁止法』(弘文堂)
の、差別対価(2条9項2号)のところの、「判審決例の展開」の部分(p138)をみると、
「これまで、本号が適用された事例は存在しない。」
と記載されていますが、これは、差別対価の事例がないという意味ではありません。
その少し上の、
「1 各項の歴史・趣旨および他の項との関係」
の最後にも、
「本号〔2条9項2号〕と一般指定3項との関係については、一般指定③―1参照。」
と書いてあるように、たとえば有名なザ・トーカイ事件などは、すべて一般指定3項のところに書いてあります。
(ただ、「一般指定③-1」(p187)をみても、まさに両項の「関係」についてしか書いておらず、事例は「3 判審決例の展開」に書いてあるのですが。)
2009(平成21)年改正で差別対価が法定の差別対価とそれ以外の差別対価に書き分けられたことを知らない人が、差別対価の事例を集めようと思ってp138のところだけみると、ぎょっとするかもしれません。
ご注意ください。
なお細かいことをいうと、
「これまで、本号が適用された事例は存在しない。」
という表現は、
①2条9項2号の適用が肯定された事例は存在しない
という意味なのか、それとも、
②2条9項2号が争点になって公取や裁判所が判断した事例は存在しない
という意味なのか、ちょっとはっきりしません。
たぶん、筆者の意図としては、②(判断された事例がない)なのだと思います。
というのは、もし①(適用肯定例がない)なら、争点になったけれど結論として適用が否定された事例がまったく載らないことになって、コンメンタールとしてまったく意味のない、片手落ちの情報となりますし、現に、一般指定3項のところには、同項の適用が争点となって結論として否定されたトーカイ事件も載っているからです。
とはいえ、
「これまで、本号が適用された事例は存在しない。」
という語義の解釈としては、むしろ①(適用肯定例がないだけ)とも読めます。
あるカテゴリーの事例が存在するかどうかというのは、きわめて重要な情報です。
「ない」ということを書くためには、継続的にその問題点をウォッチしているか、過去にさかのぼってしらみつぶしにリサーチするか、ともかくたいへんな労力を要するからです。
それだけに、権威あるコンメンタールに「存在しない」と書かれていることは、非常に重要な意味をもちます。
ですので、「存在しない」という記述をするときには、何が「存在しない」のか(=主語)を、これっぽっちも疑義が無いように、書いていただけると、余計なことに気をもまなくてすむので、とても助かるのにな、と思います。
もしここでの、
「これまで、本号が適用された事例は存在しない。」
ということの意味が、(私の期待どおり)
②2条9項2号が争点になって公取や裁判所が判断した事例は存在しない
という意味なら、およそ2条9項2号について争点になって裁判所なり公取委なりが何らかの判断をした事例は、公開されていない裁判例も含めて1件もない、という意味となり、少なくとも同書出版以前の事例は調べる必要がなくなりますので、(リサーチの労力を省くという点で)コンメンタールとして非常に価値のあることを言っていることになります。
コンメンタールというのはこういう使い方をされるものだということ、また、だからこそ、わずかな記述でもゆるがせにできないものであることが、ご理解いただけるのではないかと思います。
ちなみに、同書刊行後の事例では、
標準必須特許の侵害の第三者への告知が差し止められた事例――イメーション対ワンブルー事件――東京地判平成27・2・18
という、FRAND宣言に従ったロイヤルティの提示をライセンサーがしたといえるかが問題となった事例で、差別対価(2条9項2号)を原告(ライセンシー側)が主張した、ということがありました。
この事件では差別対価とは別の不競法の論点で決着がつきましたが、そういう場合は、きっと、
「本号が適用された事例」
にはカウントしないのだろうな、と思います。
(余談になりますが、FRANDのND,つまり、non-discriminatoryに違反して差別的なライセンスをしたら、独禁法2条9項2号または一般指定3項の差別対価になるのか、その場合の違法基準は非FRAND事件と同じなのか違うのか、というのは、面白い論点だと思います。)
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