加賀見一彰「優越的地位の濫用規制」の濫用の規制:法・法学と経済学との相互対話を目指して」を読んで
掲題の論文が非常におもしろかったので、要点を記しておきます。
同論文ではセブン-イレブン事件(そういえば鈴木会長が辞任されましたね。)を中心に優越的地位の濫用規制の問題点を論じていますが、まず、同事件の排除措置命令はフランチャイズガイドラインを無視していると批判されています。
つまり、フランチャイズガイドラインでは、見切り販売の制限について、
「(見切り販売の制限)
○ 廃棄ロス原価を含む売上総利益がロイヤルティの算定の基準となる場合において、本部が加盟者に対して、正当な理由がないのに、品質が急速に低下する商品等の見切り販売を制限し、売れ残りとして廃棄することを余儀なくさせること(注4)。
(注4) コンビニエンスストアのフランチャイズ契約においては、売上総利益をロイヤルティの算定の基準としていることが多く、その大半は、廃棄ロス原価を売上原価に算入せず、その結果、廃棄ロス原価が売上総利益に含まれる方式を採用している。この方式の下では、加盟者が商品を廃棄する場合には、加盟者は、廃棄ロス原価を負担するほか、廃棄ロス原価を含む売上総利益に基づくロイヤルティも負担することとなり、廃棄ロス原価が売上原価に算入され、売上総利益に含まれない方式に比べて、不利益が大きくなりやすい。」
が優越的地位の濫用にあたるとされており、見切り販売の制限が優越的地位の濫用にあたるのは、
「廃棄ロス原価を含む売上総利益がロイヤルティの算定の基準となる場合」
であることが前提とされているところ、最高裁平成19年6月11日判決で、
「本件条項所定の『売上商品原価』は、実際に売り上げた商品の原価を意味し、廃棄ロス原価及び棚卸ロス原価を含まないものと解するのが相当である。」
と認定されて、この前提が成り立たないことが明らかにされた、にもかかわらず、ガイドラインに明示されていることに明らかに該当しない行為を濫用とするのはガイドラインの無視だ、と批判されています。
まったくもっともな批判だと思います。
たしかにガイドラインでは、
「例えば、次のような行為等により、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与える場合には、本部の取引方法が独占禁止法第二条第九項第五号(優越的地位の濫用)に該当する。」
というふうに、例示ではあるのですが、見切り販売という具体的な行為について具体的な前提を置いて違反だといっている以上、その具体的な前提に該当しない場合には違反ではないと考えるのは当然でしょう。
まあ、公取委のガイドラインなんて所詮この程度のもの、ということかもしれません。
同論文ではそのほか、
①取引外部への影響(例、消費者は濫用により利益を受けること)を考慮しなければ濫用の問題性を認定できないはずである。
②規制対象となる行為の選択・分析が断片的・一面的であり、全体的・総合的な意味や効果を理解できない。
③なぜ特定の行為や仕組みが導入され、どのように機能するのかという視点がなければ、それらの行為や仕組みを評価知ることもできない。
などと批判されています。
①については、竹島前委員長の、
「安く売れれば消費者は喜びますが、”納入業者いじめ”で安くすることは、競争の在り方としてはおかしいと思います。」
「納入業者の足元を見て、不当な値引きや協賛金を要求し、それを値引きの原資の一部にするのは、長い目で見て決して消費者のためにならない。隙あらば利益を搾り取ろうという行為は見過ごせません。」
という発言を引きながら、
「『おかしいと思います』だけなら子供の論理である。
『おかしい』『消費者のためにならない』ことを裏付けるメカニズムを明らかにし、さらに、実際に、規制がネットで社会的利益をもたらすことを定量的に示すべきであろう。」
と、厳しく批判されています。
こちらも、まことにごもっともな批判だと思います。
『おかしいと思います』だけなら子供の論理である」という部分は、たしかに、
「おかしいもん!」
というのは駄々をこねる子供がよく言うので、説明は不要ですね(笑)。
これに対して、
「『おかしい』『消費者のためにならない』ことを裏付けるメカニズムを明らかにし」
というのは、法律家にはなかなか理解できないかもしれません。
私も経済学を勉強して分かってきたのですが、経済学では、一定のルールなど、外生的な(exogenous)要因を所与の前提(assumption)として、利益最大化行動をとるプレイヤーの行動を分析し、その結果どのような市場均衡状態がもたらされるのか、という分析をするので、この「メカニズム」という発想が非常にしっくりきます。
そこで、所与の前提(ルールなど)が変わると市場の結果がどうかわるのか、というメカニズム(因果の流れ、ともいえます)をあきらかにせよ、というのです。
正直言って、法律家は結果しかみないし、ルールがプレイヤーの将来の行動にどのような影響を与えるかという発想に乏しいので(あるいは、そのような発想があっても、分析するツールをもたないので)、「メカニズムを明らかに」というのは、なかなか理解できないのだろうと思います。
その次の、
「規制がネット〔正味〕で社会的利益をもたらすことを定量的に示す」
というのは、経済学の社会厚生(social welfare)あるいは総余剰(total surplus)のことを言っているのは明らかであり、これも法律家にはなかなか理解できない概念です。
このように、この論文を読むと、法律家と経済学者の「相互対話」が進まない理由が、はからずも明らかになります(苦笑)。
最近は公取でも企業結合の分野などで経済分析が用いられるようになったので、経済学が露骨に無視されることは減ったと思いますが、それでも、優越的地位の濫用や下請法の運用においては、経済学は完全に無視されていると思います。
経済学を知ってて意図的に採用しないという判断をするならまだいいのですが、要するに、経済学を知らない、というレベルです。
法律家はもっと経済学の知見に謙虚に耳を傾けるべきだと思います。
ちなみに、私なりに①(取引外部への影響)を別の切り口からいえば、
優越的地位濫用規制により消費者の負担で納入業者を保護する
というのは、
高関税をかけて消費者の負担で国内農家を保護する
というのと、構造的には同じわけです。
違いがあるとすれば、
優越的地位の場合には、「濫用は不当だ」という、公正・正義に裏付けられた規制根拠がある(少なくとも公取はあると信じている)
のに対して、
関税の場合には、自由競争の結果をゆがめるものなので(国内農家の保護以外に)規制根拠がない、
という違いがあり、だからこそ競争政策上も優越的地位の濫用には正当性があるが関税にはない、ということになるのでしょうけれど、ほんとうにそのような違いがあるのか(優越的地位の濫用もたんなる中小企業保護ではないか)は、十分に吟味する必要がある問題であり、簡単には答えは出ないでしょう。
少なくとも、「公取が濫用と考えたものが濫用だ」というようなルールでは、規制を正当化するのは難しいでしょう。
さらに同論文では、セブンーイレブンの反論が非常に合理的だったのに公取も独禁法学者もマスコミもまともに取り上げなかった、と憂慮されています。
いずれも非常に説得力があります。
どうして独禁法学者や実務家は、こういったまともな議論をしないのでしょうか。
優越的地位の濫用は弱い者いじめだから、弱い者いじめをする者を擁護すると非難されることをおそれているのでしょうか。
私も依頼者にアドバイスするときは、「公取の規制の現状はこうだから」という話にならざるを得ないのですが、決して現状追認にとどまってはならないと思います。
(ちなみに同論文では、公取の運用に懸念を表明する当事務所の長澤弁護士の座談会での発言がかなり詳細に引用されています。)
私も、おかしいことはおかしいと、主張していきたいと思います(もちろん、「子供の論理」にならないように、きちんと理屈も説明していこうと思います)
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はじめてご連絡差し上げます。
別件でWeb検索していたら、自分の名前が出てきて、「うわ、責められてたらやだな~」とか思いながら、こちらの記事にたどり着きました。
植村先生のブログは以前からときどき拝読させていただいていたのですが、いままで自分の論文についてコメントされていることには気がつきませんでした。
ポジティブに評価していただきありがとうございます。
当該論文で取り上げている「セブン-イレブン事件」については「いくらなんでも法学者が批判するだろう」と当初は思っていて、じつはしばらくお蔵入りにしていました。しかし、数年たっても目立った批判が無く、むしろ事件の「結果だけ」が独り歩きし始めたので、急いで論文にしたという経緯があります。
論文中でも強調したことですが、「法・法学としておかしな議論」についてすら批判しない法律家・法学者に対して、私は非常に懐疑的です。
それに対して、批判するべきものは批判するというスタンスの植村先生のブログは、とても勉強になり、また、楽しみでもあります。
今後とも、さらなるご活躍を祈念しております。
では
投稿: 加賀見(本人)です | 2016年7月11日 (月) 15時34分
加賀見先生
メッセージをいただき、大変光栄です。
先生のこの論文はとても勉強になり、ぜひ一人でも多くの人に知ってもらいたくて取り上げさせていただいた次第です。
独禁法に関心のある経済学者の方が日本ではまだまだ少ないように感じており(実はたくさんいらっしゃるのかもしれませんが、法学側の人間には難し過ぎて意味がわからない)、先生のような、法学側に歩み寄った論考を発表していただける方は、非常に貴重であると考えています。
経済学者の方の経済学の論考に本質的な批判をするような力は私にはとうていありませんが、これからも法学と経済学の相互理解をめざして勉強させていただきますので、ひきつづき、ご指導のほどよろしくお願いいたします。
投稿: 弁護士植村幸也 | 2016年7月12日 (火) 13時40分
こちらこそ、過分のお褒めのお言葉をいただき、恐縮です。私のほうこそ、実務に携わっている方の発言や記述は大いに勉強になります。
今後とも、よろしくお願い申し上げます。
投稿: 加賀見です | 2016年7月14日 (木) 01時44分