村上『条解』の課徴金の「契約基準」の解説の疑問
村上政博他編『条解独占禁止法』(弘文堂)p343で、課徴金の契約基準の説明のところに、
「前記(a)の引渡基準の例外として、
違反行為にかかる商品または役務の対価がその販売にかかる契約の締結に定められる場合で、
引渡基準で算定した額と、契約に定められた商品の対価の額との間に著しい差異が生じる事情があると認められるときは、
契約により定められた商品の対価の額を合計する方法により売上額を決定する(独禁令6条)。
この算定方法を契約基準という。」
と説明されています。
しかし、これは不正確というか、一番肝心なところが抜けています。
引渡基準と契約基準の違いは、
①カルテル実行期間中に引き渡した商品に課徴金をかけるのか(引渡基準)
②カルテル実行期間中に契約した商品に課徴金をかけるのか(契約基準)
の違いです。
ところが、村上『条解』では、契約締結がカルテルの実行期間内である、という一番大事な説明(契約の時期の問題)が抜けています。
(それと、
「契約の締結に定められる場合」
というのは、
「契約の締結の際に定められる場合」
あるいは、
「契約に定められる場合」
の誤記ですね。)
契約基準の意味を知っている人は自分の頭で補って読めるかもしれませんが、そうでない人は、この説明で、実行期間中に(引渡ではなく)契約締結した商品役務の売上に課徴金がかかるということを読み取るのは無理だと思います。
村上『条解』のような、
「違反行為にかかる商品または役務の対価がその販売にかかる契約の締結に定められる場合で、」
というような説明だと、代金が契約締結の時に定められている場合とそうでない場合で区別される(そして、引渡基準との差が著しければ契約基準が適用される)かのように読めてしまいます。
独禁令(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律施行令 (昭和五十二年十二月一日政令第三百十七号))6条では、
「法第七条の二第一項 に規定する違反行為に係る商品又は役務の対価がその販売又は提供に係る契約の締結の際に定められる場合において、
実行期間において引き渡した商品又は提供した役務の対価の額の合計額と
実行期間において締結した契約により定められた商品の販売又は役務の提供の対価の額の合計額
との間に著しい差異を生ずる事情があると認められるときは、
同項に規定する売上額の算定の方法は、
実行期間において締結した契約により定められた商品の販売又は役務の提供の対価の額を合計する方法とする。 」
というように、「実行期間において締結した契約」であることが明記されています。
ちなみに根岸『注釈』p174では、「契約基準」の意味は、
「実行期間において締結した契約により定められた商品の販売又は役務の提供の対価の額」
であると、はっきり書かれています。
白石忠志『独占禁止法(第2版)』p532でも、
「『契約基準』とは、実行期間中に締結された契約の対価の額の合計額を売上額とする手法を便宜上そう呼んでいるものである。」
と明記されています。
村上『条解』の旧版的な位置づけにある厚谷他編『条解独占禁止法』p273でも、
「・・・実行期間内に引渡しまたは提供した商品・役務の対価の合計額と、実行期間内に締結した契約に定められた対価の額の合計との間に著しい差異が生ずる事情があると認められるときは、実行期間内に締結された契約の額を合計する方法による」
と明記されています。
また、村上『条解』では続けて、
「独禁令6条は、不当な取引制限等について合意がなされてから商品の引渡しまたは役務の提供まで期間を要するのが通常であり、かかるタイムラグにより、引渡基準による金額が、実行期間中の不当な取引制限等に基づく事業活動の結果を適切に反映しない結果が生じうることを考慮したものである。」
と説明していますが、不当な取引制限の合意から商品の引渡しまでの時間が長いか短いかは、独禁令6条の趣旨とは無関係です。(カルテル合意がされてから商品の引渡しまでの期間が長いか短いか問題にしても意味がありません。)
ここの、
「不当な取引制限等について合意がなされてから商品の引渡しまたは役務の提供まで期間を要するのが通常」
というのは、
「契約がなされてから商品の引渡しまたは役務の提供まで期間を要するのが通常」
の間違いではないかと思います。
(まあそれでも、これが「通常」だといわれてしまうと、ではどうして引渡基準ではなく契約基準を原則としないのか、と疑問がわいてしまうのですが、そのあたりは根岸『注釈』に分かりやすく説明されています。)
せっかくの本格コンメンタールなのですから、ちゃんとしてほしいものです。