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2015年10月 1日 (木)

トイザらス審決について

去る平成27年3月26日に出たトイザらスに対する審決についてコメントします。

まったく、ひどい審決が出たものです。

問題の規範は、

「ところで,取引の相手方に対し正常な商慣習に照らして不当に不利益を与える行為(以下「濫用行為」ということもある。)は,通常の企業行動からすれば当該取引の相手方が受け入れる合理性のないような行為であるから,

甲〔=優越する側〕が濫用行為を行い,乙〔=劣後する側〕がこれを受け入れている事実が認められる場合,

これは,乙が当該濫用行為を受け入れることについて特段の事情がない限り,乙にとって甲との取引が必要かつ重要であることを推認させるとともに,

『甲が乙にとって著しく不利益な要請等を行っても,乙がこれを受け入れざるを得ないような場合』にあったことの現実化として評価できるものというべきであり,

このことは,乙にとって甲との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すことに結び付く重要な要素になるものというべきである。」

という部分です。

要するに、濫用行為がある限り、原則として優越的地位も認められる、ということです。

まず、こんなことはガイドラインに一言も書いていません。事業者の行為規範であるべきガイドラインに一言も書かれていないことを当局が突然言い出すというのでは、いったい何のためのガイドラインか、という気がします。

また、明らかに法律上別の要件として書き分けているものをいっしょくたにしてしまっている、という点に、形式的な難点があります。

たとえていえば、製造物責任のような明文の規定もないのに、民法の一般不法行為において、違法行為があったら過失を推定する、なんて解釈をするようなものです。

さらに、そもそも一般論としてこのようなことを言い出すと、問題ない行為を問題ありとしてしまうリスク(いわゆるfalse positive)が大きすぎます。

世の中で、なぜそれが乙にとってメリットになるのかよくわからない、一見濫用っぽい行為というのがある場合、大きく分けて

①乙にとって直接的なメリットがあることを、公取委が見落としている場合、

②乙にとって長い目で見れば取引継続にメリットがある場合、

③乙にとって長い目で見ても取引継続にメリットがあるかどうか不明な場合、

があるのではないかと思います。

①の例としては、たとえば、小売店に商品知識がないため、商品陳列を小売店に任せたのでは怖くてやってられない、という場合があります。

②は、本来、「濫用」というべきではないと私は考えていますが、公取実務では、直接的なメリットがないといけないことになっているので、これも濫用です。

でも、こういった「濫用」をすべて違法だといいだすと、長期的な関係で成り立っているビジネスの実態からかけ離れてしまいます。

そういう過剰規制の問題を軽減する(絞りをかける)ことが、優越的地位の要件には期待されていたわけです。

でも、対等の当事者間でも長期的関係を重視した契約をすると違法となるというのでは、不自由でやってられないのではないかと心配になります。

しかも問題なのは、

「正常な商慣習に照らして不当に不利益を与える行為」

というのを、公取は、はたから見て不自然に見える行為、というくらいに、きわめておおざっぱにとらえていることです。

昔米国で、新たな商品を、販売せずにリースだけに限るのが濫用になるのか争われた事例がありましたが、そこでも、伝統的なビジネスに照らして不自然だから濫用だという主張がけっこうありました。それと同じようなことです。

公取委は、事件を取り上げるか取り上げないか、というレベルで絞りをかけられるので、結論としては、(公取が取り締まりたいと考える事案だけを取り締まる、という意味で)妥当な結論になるのかもしれません。

しかし、裁判規範(審判規範)というのは一般論として機能するわけですし、独禁法を執行するのは公取委だけではなく裁判所も執行するわけですから、濫用一本で勝負を決めてしまう規範では、過剰規制のリスクが大きすぎると思います。

目の前にある、お膳立てされた事例に適用する限りでは問題ない、という規範ではだめなのです。世の中に行われている取引すべてに適用して妥当な結論を導ける規範でないといけません。 

独禁法では完璧な規範は無理だとしても、おおむね正しい結論が導ける、という程度の精度は必要でしょう。

もしトイザらス審決の規範でいくなら、次善の策として、「濫用」の認定を慎重にやるべきで、少なくとも長期的に見てメリットのある行為や、間接的にでもメリットのある行為は、「濫用」ではない、とすべきでしょう。

また、公取の規範だと、お互いがお互いにとって不可欠な関係にある場合にも優越的地位の濫用が認められるという結論になりがちで、それも問題だと思います。

少なくとも、お互いがお互いにとって不可欠な関係にある場合は、一見濫用っぽい行為でも、長期的な関係を重視した結果であるとみるのが自然でしょう。

また、濫用行為があったのだから優越的地位にあると推認される、というのは、物事の一面しかとらえていないと思います。

もしそのような推認が経験則として成り立つなら、反対に、優越的地位にないにもかかわらず濫用っぽく見える行為が行われた場合には、原則として乙の自由な意思決定の結果である、という経験則も、同じくらい成り立つのではないでしょうか。

そして、優越的地位の方が、取引依存度とか、まだ客観的事情によって認定できるので、そちらを推認の根拠事実にする方が、合理的な気がします。

これに対して何が濫用かは、公取委の主観できまってしまう、といっても過言ではありません。

少なくとも、公取は、取引依存度が数%とかきわめて低い場合には、なぜそれにもかかわらずそのような濫用行為に乙が応じたのかを、慎重に調べるべきだと思います。

つまり、優越的地位の立証を事実上不要とするのであれば、濫用の認定は一層慎重に行うのが筋だと思います。

あと、これは推測ですが、審決が優越的地位の立証を不要とするかのような判断を示したのは、課徴金の導入が大きく影響しているのではないでしょうか。

つまり、優越的地位の濫用に課徴金が導入されてから、濫用はもちろんですが、優越的地位を審判で争われることが多くなり、その主張立証が公取委にとって大変なので、

「いっそ、はしょってしまえ!」

という発想です。

課徴金導入前から伝統的に公取委は、「乙は甲との取引を強く望んでいた」など、必ず優越的地位を排除措置命令で認定していたので、それを不要とするかのようなルールは、もし課徴金がなければ公取委も採用しなかったのではないでしょうか。

エンフォースメントが厳しくなると事実認定が厳しくなる(白石先生流にいうと、ペナルティエリア内ではファウルが取られにくくなる)ということはよくありますが、逆に、エンフォースメントが厳しいために、当事者が一生懸命争い、そのために事実認定(立証ルール)がゆるくなってしまった、という珍しい例のような気がします。

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