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2015年8月29日 (土)

垂直的制限の5つの判断基準

流取ガイドラインが改正されて、垂直的制限行為の判断基準が「明確化」されました。

本当に「明確」になったのか?というのは議論のあり得るところですが、それはともかく、ガイドラインの5つの要素というのは、

① ブランド間競争の状況(市場集中度、商品特性、製品差別化の程度、流通経路、新規参入の難易性等)〔ブランド間競争〕

② ブランド内競争の状況(価格のバラツキの状況、当該商品を取り扱っている流通業者の業態等)〔ブランド内競争〕

③ 垂直的制限行為を行うメーカーの市場における地位(市場シェア、順位、ブランド力等)〔拘束者の地位〕

④ 垂直的制限行為の対象となる流通業者の事業活動に及ぼす影響(制限の程度・態様等)〔被拘束者が受ける影響〕

⑤ 垂直的制限行為の対象となる流通業者の数及び市場における地位〔被拘束者の地位〕

の5つです。

優先順位もなくただ羅列されても、なかなかビジネスの指針にはなりにくいのですが、私の感覚に基づいてあえて順位をつけてみます(排除型は別の要素があるので後で別に考慮し、ひとまず競争停止型を想定します)。

①から⑤の中では、①(ブランド間競争)が最も大事、そのなかでも、差別化の程度が、飛びぬけて重要です。

なぜかというと、ブランド内競争の制限が問題になるのは事実上差別化されていない商品(石油とか)の場合だけであって、差別化がないと分かった瞬間にブランド内競争は事実上考慮する必要がなくなるからです。

なので、①(ブランド間競争)の中身を重要な方がから並べると、

差別化→集中度→商品特性→流通経路→参入の難易度

です。

ただしこれにはトリックがあって、以上の順序の中で、差別化と集中度は事実上セットで考慮されていて、差別化の程度が高ければ集中度が低くても十分問題になります(ドレッシングとかウィンナーとか)。

商品特性というのは、たとえば耐久財か(耐久財だと乗り換えが起きにくくブランド間競争が働きにくい)、使用方法が複雑か(複雑だと乗り換えが起きにくい)、事前説明やアフターサービスが重要か(重要だと、販売方法の制限が合理的と認められやすい)、品質が重要か(品質が重要だと価格競争が起きにくい)、といったことかと思います。

技術開発が活発(活発な方が垂直的制限は問題が少ない)か、とか、モデルサイクルが短いか(短い方が問題は少ない)、というのも、「商品特性」に入ってくるでしょう。

流通経路を知るのは競争の実態を知るのに不可欠です。たとえば代理店が数社か多数か、二段階か多段階かで、競争の実態や、需要者の特性が見えてきたりします。

参入の難易度は、理論的には最も重要なのですが(参入障壁が低ければ市場支配力は生じ得ない)、日本の産業、しかも垂直的制限がなされるような産業は成熟していることが多く、参入障壁が低いから垂直制限が許される、というような、参入障壁が決定打あるいは重要な要素になる場合は、実際には少ないように思います。

次に重要なのはおそらく、

② ブランド内競争の状況(価格のバラツキの状況、当該商品を取り扱っている流通業者の業態等)〔ブランド内競争〕

ですが、これもややトリッキーです。

「価格のバラツキ」というのは、同一ブランド内で価格がばらついているほうがブランド内競争が働いているということなのですが、これは、価格がほぼ斉一化している場合には再販が疑われるというようにしか使えないのではないかと思います。

たとえていえば、「価格のバラツキの状況」というより、「価格のバラツキの有無」というのがホンネでしょう。

しかも、再販以外の垂直的制限では使えない基準のような気もします。

たとえばテリトリー制の場合には、むしろ価格のバラツキがないことはテリトリー間での競争が働いているのではないかというプラスの可能性があるわけですが、ガイドラインはおそらくそういうつもりで「価格のバラツキ」に言及しているのではないと思います。

その他、(再販ではない純粋な)販売方法の制限では、価格のバラツキはプラスにもマイナスにも働かないのではないかという気がします。つまり、同じ販売方法の制限が、価格のバラツキが大きいから適法になったり違法になったりすることはないと思います。

そもそも理論的なことを言えば、「価格のバラツキ」(price dispersion)は、それ自体、協調の証拠とはならず、たんに情報が不完全であるだけだ、という可能性はあります(ブランド間のバラツキにこのことはもっとも当てはまりますが、理屈の上ではブランド内のバラツキも同じはずです)。

流通業者の業態というのは、スーパーか、専売店(ブティック)か、安売り業者か、ネット業者か、とかいうことが考えられますが、いろんな業態があった方が競争制限は生じにくいのでしょう。

また、専売店の場合、多品種を扱う総合店舗に比べて、メーカーと販売店の利害が一致しやすいので(たとえば総合店舗では特定メーカーの商品をおとり廉売につかったりするインセンティブがある)、同じ垂直的制限でも競争制限をもたらす可能性が相対的に高いかもしれません。

次に重要なのはおそらく、

③ 垂直的制限行為を行うメーカーの市場における地位(市場シェア、順位、ブランド力等)〔拘束者の地位〕

ですが、市場シェアと順位は、差別化の大きな市場ではあまり意味がありません。差別化の小さい市場では、逆に決定的に重要な気がします。

差別化が強い市場では、市場シェアや順位よりむしろ、ブランド力が重要でしょう。

拘束者の地位の例示に、総合的事業能力を入れなかったのは、垂直的制限と優越的地位の濫用を明確に区別する意図がみえて、大変好ましいと思います。

次は、

④ 垂直的制限行為の対象となる流通業者の事業活動に及ぼす影響(制限の程度・態様等)〔被拘束者が受ける影響〕

でしょう。

ただ、実際のケースでは、制限の程度や態様が緩やかだから問題ないという場合はまずなくて(それではそもそも制限する意味がないことが多い)、どちらかというと消極的要件です。

最後の、

⑤ 垂直的制限行為の対象となる流通業者の数及び市場における地位〔被拘束者の地位〕

も、被拘束者の数が少ないからOKという場合は、少なくとも、典型的に垂直的制限が問題になる差別化された市場ではまず考えられません。

もし被拘束者の数や市場シェアが小さいからOKという場合があるとすれば、排他条件付取引のような排除型の場合でしょう。

でも、①から⑤の基準は、そもそも排除型をあまり想定していないような気もします。

垂直的制限についていえば、実務的には公取委は再販にしか興味がありませんので(というか、再販と取引妨害くらいしか摘発する能力がなく、たまに(取引妨害ではない純粋な)排除型を摘発しようとすると、JASRACのようなとんでもないことになり、世界中で調査されているグーグルにはまったく関心がない)、流通分野のガイドラインでもありますし、これはこれでよいのかなと思います。

それでもあえて排除型の場合の①から⑤の優先順位をつけると、まずは、

① ブランド間競争の状況(市場集中度、商品特性、製品差別化の程度、流通経路、新規参入の難易性等)〔ブランド間競争〕

が重要で、中でも流通経路が重要でしょう。

次に、

③ 垂直的制限行為を行うメーカーの市場における地位(市場シェア、順位、ブランド力等)〔拘束者の地位〕

が重要でしょう。メジャーなメーカーが制限を加えるから流通業者はいうことを聞くわけです。

それと並んで、

⑤ 垂直的制限行為の対象となる流通業者の数及び市場における地位〔被拘束者の地位〕

も重要でしょう。拘束される流通業者の数が多い方が競争メーカーは排除されやすいわけです。

ただ実際には、拘束者の市場シェアが高ければ(③)拘束される流通業者の数も多い(⑤)という関係にあることが多いと思います。

次に、

④ 垂直的制限行為の対象となる流通業者の事業活動に及ぼす影響(制限の程度・態様等)〔被拘束者が受ける影響〕

が大事といえば大事かもしれませんが、排除型の場合には拘束される流通業者も満足している可能性があるので(特に不確実性が高く新規参入者の商品を積極的に売るインセンティブがない場合)、あまり決定打ではないと思います。

逆にいうと、ゆるやかな拘束でも違法となるようにしないと具合が悪いことが出てきそうです。

最後の、

② ブランド内競争の状況(価格のバラツキの状況、当該商品を取り扱っている流通業者の業態等)〔ブランド内競争〕

は、まさにブランド内競争のことなので排除型には関係ありません。

こういうことを見ても、以上の①から⑤の要素は再販などの競争停止型を想定していることがよくわかります。

でも、今回の改正の背景には流通業者の力が強くなってきたということがあったわけですから、流通業者がメーカーを拘束して他の流通業者を排除する、というような思考もあってよかったのではないかと思います。

以上、わたしなりにまとめてみましたが、垂直的制限の厳密な評価はやはり産業組織論の基礎知識がないと難しく、①~⑤の要素を見てもただの羅列に見えてしまうのは、ある程度仕方ないのでしょう。

産業組織論を勉強すると、①から⑤もすっきりと整理できるし(たとえば、ある垂直制限行為で、行為者の残余需要曲線が垂直方向に動くのか、競争者の費用曲線が上方シフトするのか、差別化の程度により需要者の行動がどう変わるのか、それによる厚生への効果はどうなのか、など)、例示されていない要素に出くわしたときにそれが競争上どのような意味を有するのかもおおよそ想像できます。(これは、クライアントに有利な事情を引き出す競争法弁護士としては、重要なことだと思います。)

裏からいえば、経済学を知らないと、ある行為に対して、経済学からみれば明らかに反対の、誤った判断をしてしまう、という可能性があります。

なので、産業組織論を勉強するのがおすすめですが、その時間のない人には、私がここで書いたことが少しでも参考になればと思います。

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