流取ガイドラインの原案からのとある変更点
流通取引慣行ガイドラインの原案から成案への変更箇所の1つに、原案第2部の2では、
「流通分野において公正かつ自由な競争が促進されるためには,各流通段階において公正かつ自由な競争が確保されていることが必要であり,
流通業者間の競争とメーカー間の競争のいずれか一方が確保されていれば他方が減少・消滅したとしても実現できるというものではない。」
となっていたのが、成案では、
「流通分野において公正かつ自由な競争が促進されるためには,各流通段階において公正かつ自由な競争が確保されていることが必要であり,
流通業者間の競争とメーカー間の競争のいずれか一方が確保されていれば他方が失われたとしても実現できるというものではない。」
となった。というものがあります。
これは、パブコメ6番で、
「流通業者間の競争が減少・消滅したとしても、垂直的制限行為にメーカー間の競争を促進する効果が認められ、最終的に一般消費者の利益が増加する場合も考えられる。このような場合においては適法とすべきである。」
なので、上記部分は削除するか、あるいは、
「ただし、3(3)に記載のとおり、非価格制限行為については、流通業者間の競争が多少制限されたとしても、メーカー間の競争が確保されていれば、通常問題となるものではない。」
と加えるべきである、というコメントが出て、それに対して、削除は適切でないと回答するとともに、
「なお、ご指摘を踏まえて、明確化の観点から、次のとおり修正しました。」
と回答されて、成案への修正となったものです。
この部分は、案外重要ではないかと思います。
つまり原案では、
「・・・流通業者間の競争とメーカー間の競争のいずれか一方が確保されていれば他方が減少・消滅したとしても実現できるというものではない。」
となっていたので、どちらかが「減少」または「消滅」したらだめだ、と読めたわけです。
ポイントはもちろん、「減少」のほうにあり、原案では、一方が減少したら、即アウトだ、と読めたわけです。
これが成案では、
「・・・流通業者間の競争とメーカー間の競争のいずれか一方が確保されていれば他方が失われたとしても実現できるというものではない。」
と、「減少」が落ちたので、一方が減少するだけなら(つまり失われていなければ)OKの余地がある、と読めるようになったわけです。
このように、変更の経緯を見れば望ましい方向への変更であったように見えるのですが、それでも私は、ガイドラインの考え方は正しくないと思います。
まず、成案で修正された後段はさておき、そもそも、前段の、
「流通分野において公正かつ自由な競争が促進されるためには,各流通段階において公正かつ自由な競争が確保されていることが必要であり,」
という部分が問題です。
この、
「各流通段階」
という文言からは、たとえば、1次卸、2次卸、3次卸・・・といた場合には、それぞれ(「各」)段階で競争が確保されている必要がある、と読めます。
しかしそれは厳しすぎるでしょう。
多段階的な流通制度の場合には、途中を素っ飛ばした方が競争的だ、ということはよくあることです。
なのに各段階の競争を確保する必要があると断言すると、ある流通段階を素っ飛ばす(取引拒絶する)ことが独禁法違反だと誤解されないか心配になります。
あるいは、各段階での競争を強調すると、メーカーが流通業者を1社に絞ると、少なくとも流通段階でのブランド内競争はなくなるのですから、そういうことまで違法となるのか?という誤解を生むのではないかという気もします。
公取委にしてみれば、
「ある流通段階を素っ飛ばすことも競争の1つだ」
あるいは、
「素っ飛ばされた流通業者は競争に負けたので、競争の当然の結果だ」
ということなのかもしれませんが、そういうことは競争法の考え方が分かっている人のいえることで、世の中の99%以上の競争法をよく知らない人たちに対して誤解のないようにすることも、この手のガイドラインでは大切なことではないかと思うのです。
この、「各流通段階」という表現に象徴されていますが、公取委の頭の中には、
メーカー
↓
一次卸
↓
二次卸
↓
三次卸
↓
小売
↓
消費者
といったような、多段階的流通網の図ががっちり頭の中にあって、それぞれの段階で横の競争が必要、というイメージが強すぎるのではないでしょうか。
そういう固定化したイメージでは、競争の実態(とくに、ブランド内競争の制限によるブランド間競争の促進)をつかむことは困難ではないかという気がします。
次に、後段の解釈に入ると、そもそも後段の主語がよくわかりません。
つまり、後段は、
「流通業者間の競争とメーカー間の競争のいずれか一方が確保されていれば他方が失われたとしても実現できるというものではない。」
といっていますが、主語を、
「流通分野における公正かつ自由な競争の促進」
と考えて、
「流通分野における公正かつ自由な競争の促進は、流通業者間の競争とメーカー間の競争のいずれか一方が確保されていれば他方が失われたとしても実現できるというものではない」・・・①
と読むのか、それとも、主語を、
「流通分野における公正かつ自由な競争」
と考えて、
「流通分野における公正かつ自由な競争は、流通業者間の競争とメーカー間の競争のいずれか一方が確保されていれば他方が失われたとしても実現できるというものではない。」・・・②
と読むのか、ということです。
日本語の文章としては②がしっくりくるのでおそらく②が正しいのではないかと思いますが、そうすると、前段と異なり、後段はにわかに違法適法の基準を言っていることになりそうです。
とうのは、前段は競争が「促進」されるかどうかをいっているので、独禁法上違法かどうかとは直接関係がない(「促進」されなくても、現状維持なら適法のはずなので)といえますが、もし後段を②のように読むと、
「流通分野における公正かつ自由な競争は、・・・実現できるというものではない。」
ということになり、公正かつ自由な競争が実現できないなら違法の可能性がかなり高いからです。
なのでむしろ、日本語としてのしっくりさ加減は措いて、論理的に、①と読むのが正しいのかもしれません。
そうすると、後段も、適法違法とは一応関係ないことになります。
「この部分は総論部分で直接違法性の判断基準を述べたところではないのだから、こんなにギリギリ考えなくてもよいではないか」との見方もあるかもしれませんが、ガイドラインはこういう細かいところも気を遣うべきだと思います。
ちなみに、こういう主語がよくわからないのは日本語のあいまいさのなせるわざで、英語では起こらないだろうな、と思って、気になって公取委のガイドライン英訳をみてみると、この部分は、
「Promoting free and fair competition in the distribution sector will be attained though assuring free and fair competition in each level of distribution;
it cannot be accomplished simply by securing either competition among distributors or manufacturers as long as the other one is eliminated.」
となっていました。この、「it」が何を指すのか、英語でもあいまいですね
でも、「日本語だとこちらがしっくりくる」というソフトな面での考慮が外れるので、英文を素直に読むと、私の目には、「it」はpromotingを指しているように見えます。
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