選択的流通に関するガイドラインとパブコメ回答の矛盾
改正流・取ガイドライン第2部の3〔=「垂直的制限行為に係る適法・違法性判断基準」〕(2)〔=「垂直的制限行為によって生じる競争促進効果」〕エでは、
「メーカーが、自社商品に対する顧客の信頼(いわゆるブランドイメージ)を高めるために、当該商品の販売に係るサービスの統一性やサービスの質の標準化を図ろうとする場合がある。
このような場合において、当該メーカーが,取引先流通業者の販売先を一定の水準を満たしている者に限定したり、小売業者の販売方法等を制限したりすることが、当該商品の顧客に対する信頼を高める上で有効となり得る。」
と規定されています。
この、
「当該メーカーが,取引先流通業者の販売先を一定の水準を満たしている者に限定したり」
という部分は、選択的流通を意味していることは明らかと思われます。
つまりガイドラインでは、ブランドイメージの向上を選択的流通による競争促進効果と認めていることになります。
ところがパブコメ128番では、
「ブランドイメージの維持・向上についても、消費者の満足を高めるという広い意味での消費者の『利益』を高めることになるから、『それなりの合理的な理由』として〔第2部第2の5の「選択的流通」のところに〕例示すべきである。」
というコメントに対して、
「いわゆる『選択的流通』が、通常問題とならないためには、当該選択的流通が消費者の利益の観点からそれなりの合理的な理由に基づいている必要があります。
ブランドイメージの維持・向上については、メーカーの商品の競争力の向上にはつながると考えられますが、消費者の利益とは一概にはいえないものと考えます。」
との回答がなされています。
つまりパブコメ回答では、ブランドイメージの維持・向上が認められても選択的流通は必ずしも適法にならない、といっています。
まず、ブランドイメージの維持向上は欧州の選択的流通では競争促進効果の代表格なのにこれを選択的流通のルールで考慮しないというのはいかがなものかという気がしますが、それは措くとしても、この回答は、上記で引用したガイドライン本文と矛盾するのではないでしょうか。
1つの考えられる説明は、ガイドラインの選択的流通の
「消費者の利益の観点から〔の〕それなりの合理的な理由」
というのは、これを満たせば選択的流通が(ほぼ)適法になるための、いわば「当然適法」の要件なので、「それなり」という言葉が連想させるよりも非常にハードルが高い要件である(あるいは、狭い概念である)、ということです。
しかも、ガイドラインが「それなり」という、かなりゆるやかな文言になってしまっているために、パブコメ回答では、「消費者の利益の観点から」という文言で絞り込んでいこう、という意識がはたらいた、ということです。
このように考えると、ブランドイメージの向上は、選択的流通が当然に適法になるための
「消費者の利益の観点から〔の〕それなりの合理的な理由」
には該当しないけれど、だからといって違法と決まるわけではなく、パブコメ回答142番に回答されているように、
「通常問題とならない場合に該当しな場合には、他の垂直的制限行為と同様、第2部の3(1)〔垂直的制限行為に係る適法・違法性判断基準についての考え方〕の適法・違法性判断基準に従って判断されることになります。」
ということで、垂直制限の一般論に照らして再度判定され、そこではブランドイメージの向上は競争促進効果として考慮される、という理屈です。
理屈としては筋が通っていますが、非常に分かりにくいと思います。
やはり、普通の人の目には、ガイドラインとパブコメ回答は矛盾しているように見えるのではないでしょうか。
このような無理な解釈を招いている最大の原因は、選択流通の適法性の判断基準を、
「消費者の利益の観点から〔の〕それなりの合理的な理由」
という、抽象的で、かつ、よく分からない、しかも、欧州のガイドラインに照らしても唐突感のある要件にかからしめているからではないかと思います。
私は、
「消費者の利益の観点から〔の〕それなりの合理的な理由」
なんていう要件を、聞いたことがありません。
よく似ているのに、販売方法に関する制限の場合の、
「当該商品の適切な販売のためのそれなりの合理的な理由」
というのがありますが、枕詞が
「消費者の利益の観点から〔の〕」
か、
「当該商品の適切な販売のための」
かで、ご覧のように、結果は大違いです。(「消費者の利益の観点」を狭く解するパブコメ回答のような解釈だと、こんなアクロバティックな解釈ができてしまうわけです。)
しかもパブコメ回答のように「消費者の利益の観点」を文字通り律儀に解釈する立場だと、なぜ販売方法の制限の場合には純粋な消費者の利益以外も考慮されるのか、両者の違いは何なのか、疑問がわいてこざるをえません。
ひょっとしたら、販売方法はメーカーの自由であるのが原則であるのに対して選択的流通はそこまでメーカーの自由を認めるべきではない、という理屈かもしれませんが、もしそうなら、競争制限効果を厳しめに見るとかで対応すべきであって、消費者利益を純粋培養することで的を小さくするというのは、手段と目的がかみ合っていないと思います。
欧州の選択流通は、その経済的合理性はさておき、長い歴史の下で積み上げられた詳細なルールにより運用されています。
それを、「消費者の利益の観点から〔の〕それなりの合理的な理由」なんていう一言で片付けようとするのは、そもそも無理な話だと思います。
もし、「消費者の利益の観点から〔の〕それなりの合理的な理由」の意味をパブコメ回答128番のようにブランドイメージの維持向上を含まないと解するとすると、欧州では高度なアフターサービスを要する消費財とともに選択的流通の主要な対象である高級ブランド品は、日本では選択的流通の対象ではない、(少なくとも、入口審査の当然適法のところでは救われず、一般論に回されてしまう)ということになりそうです。
たしかに、ブランドイメージの向上といえば当然適法になってしまうというのが緩すぎるという常識論は理解できますが、もしそうなら、選択的流通のルールをもう少していねいに作りこむべきだったのではないでしょうか。
欧州と違って日本ではタテの制限は「ゆるゆる」なので、それでも結論としては大過ないのかもしれませんが(←これを言い出すと、なぜ選択的流通をわざわざガイドラインに入れたのか?という話になってしまいますが、周知の通り、規制改革実施計画のせいです)、いかにも不格好なルールだと思います。
以上のように、ガイドラインの選択的流通の規定にも、パブコメ回答の内容にも問題があると思いますが、一応つじつまは合っている以上、両方とも、無視するわけにはいかないのでしょう。
この点に限らず、改正ガイドラインをみていると、公取委は本当に選択的流通の意味がわかっているのか、疑問に思われてきます。(この点は、追々、このブログでも書いていきたいと思います。)
規制改革実施計画でむりやりやらされたからこういうことになってしまったのでしょうけれど、付け焼刃で改正されては実務が混乱します。
でも、できてしまったものは仕方ないので、在野法曹としては、今後も改正ガイドラインには厳しい目を向けていくとともに、実務に無用な混乱が起きないように正しい情報を発信していきたいと思います。
(ここまで書いてきて、
「パブコメ回答128番の担当者は、ガイドラインの総論部分を読まずに、質問に筋肉反射してしまったのではないか??」
という、恐ろしい考えがたった今浮かんできました。公取さん、まさか、そこまで堕ちてないですよね???)
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