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2015年8月 6日 (木)

再販と「より競争阻害的でない他の方法」

今年3月に改正された流通取引慣行ガイドラインでは、再販の「正当な理由」について、

「 『正当な理由』は、メーカーによる自社商品の再販売価格の拘束によって実際に競争促進効果が生じてブランド間競争が促進され、それによって当該商品の需要が増大し,消費者の利益の増進が図られ、当該競争促進効果が、再販売価格の拘束以外のより競争阻害的でない他の方法によっては生じ得ないものである場合において、必要な範囲及び必要な期間に限り、認められる」

という規定が入りました。

憲法で習った、より制限的でない他の方法(less restrictive alternative、LRA)の基準を思い起こさせます。

私は、この改正ガイドラインが出てから、どうして再販にLRAの基準が適用されるのか、納得がいっていません。

一番の理由は、「正当な理由」というものが保護しようとしている価値が競争なのであれば、競争促進効果と競争阻害効果を天秤にかける、という基準一本で行けばいいはずで、わざわざLRAの基準で二重に縛りをかける理由が分からない、ということです。

以前、弁護士会の勉強会でも、

「LRAの基準というのは、たとえば薬の安全供給と薬局の営業の自由というような、2つの価値を考慮する必要がある場合には意味があるが、競争という1つの価値を実現しようとする場合には意味がないのではないか。」

という問題提起をしました。

つまり、

①薬の安全性

②営業の自由

という2つの価値があって初めて(しかもその両者が相反する場合に初めて)、①薬の安全性を実現する政策の中で、最も②営業の自由の侵害が少ない方法を採る、という考え方が意味を有するのではないか、ということです。

なお、LRAの基準が独禁法に登場するのは今度の流・取ガイドラインがはじめてではなく、たとえばSCE事件審決では、横流し禁止は、その目的の合理性が認められ、かつ、当該目的を達成する手段として競争制限効果の小さい他の代替的手段が存在しない場合に正当化される、としています。

具体的には、

「仮に被審人が主張する横流し禁止の目的〔注・流通の効率化等〕に合理性が認められるとしても,

こうした目的競争制限効果の小さい他の代替的手段によっても達成できるものであって,

被審人が横流しを禁止すべき必要性・合理性の程度は低いものというべきである。」

なので、ガイドラインにLRAの基準が登場したときも、「なんとなくそういうもの」という空気が漂っていたのではないかと思います。

しかしSCE事件も、よく見ると、流通の効率化という「目的」に合理性が認められる場合に、「手段」として許されるか、という議論の中でLRAが出てきているのであって、競争阻害効果が生じない上に重ねてより競争制限的な代替手段の不存在を適法性の要件にしているわけでは決してありません。

それに、「必要性・合理性の程度は低い」といっており、あくまで程度問題として、あるいは合理的理由判定の一要素としてLRAを考慮しているに過ぎず、流・取ガイドラインのように、LRAの不存在を適法性の要件にしているわけではありません。

もう1つ、マイクロソフト事件審決でも、

「さらに,被審人が主張するようなウィンドウズシリーズの安定性は,

IBMやソニーが指摘するように,

本件非係争条項を,特許権による差止請求のみを禁止する内容に変更するという方法(査第53号証,第65号証)や,

富士通等と締結したクロスライセンス契約等の他の契約を締結する方法など,

本件非係争条項に比べより競争制限的ではない他の方法でも達成することが可能であったこと

及び,

被審人が主張する上記安定性は,主にウィンドウズシリーズのパソコン用OS機能において求められるものであるから,「Windows Media Player」等のAV機能を実現するアプリケーションソフトウェアをウィンドウズシリーズから分離してパソコン用OSのみを販売するという方法・・・によって図ることも可能であったこと

を考慮すると,被審人の主張する競争促進効果は,本件非係争条項のパソコンAV技術取引市場における悪影響を覆すに足りるものとはなり得ない。」

と、LRAらしきことが述べられていますが、ここでも、ウィンドウシリーズの安定性という別の目的があって、それを実現するためにLRAが存在するかどうかが論じられているのであって、NAP条項が競争制限的でない上に、さらに、LRAが存在しないことが求められているわけではありません。

またここでも、LRAの不存在はあくまで反競争性判定の一要素となっているに過ぎず、LRAの不存在が適法性の要件になっているわけではありません。

もう一つ加えると、遊戯銃事件・東京地裁平成9年4月9日判決でも、自主基準の実施方法が自主基準の合理的な目的のための方法として相当であること、という要件を立てたうえで、

「本件92Fの流通により、消費者及びその周辺社会の安全という法益に重大な危険性が認められ、右危険を未然に防止するため他に適当な方法が存在しない場合には・・・」

と、LRAっぽいことををいっていますが、これも、安全性という別の法益があるからこそ成り立つ議論です。

つまり、流・取ガイドラインの、

① 再販売価格の拘束によって実際に競争促進効果が生じてブランド間競争が促進されること

② それによって当該商品の需要が増大し,消費者の利益の増進が図られること

③ 当該競争促進効果が、再販売価格の拘束以外のより競争阻害的でない他の方法によっては生じ得ないものであること

④ 必要な範囲及び必要な期間に限ること、

のうち、③を独立に抜き出すのは余分であって、せいぜい①の判断の一要素に過ぎないと考えるべきであり、現に、SCE事件もマイクロソフト事件もそのような立場になっていると思われるのです(ただし、①の内容は問題の行為類型により異なりうるでしょう)。

LRAと一括りにするから議論が混乱するので、何が主語で、何が目的語なのか、きちんと見ていけば足りる話だと思います。

そもそもLRAがあったら常に違法だという理屈は、独禁法の一般論としてはありえません。

そんなことを、たとえば企業結合で言い出したら、先日のスカイマークの債権者集会のスポンサー決定でも、デルタがスポンサーになった方が競争制限的でないのだから(LRAの存在)、ANAがスポンサーになるのは常に違法だ、ということになってしまいます。

実際にはそうではなくて、ANAがスポンサーになっても競争の実質的制限が生じない、という判断が先にあるはずで、かつ、それで終わり、ピリオドです。

議論する価値があるとすれば、ANAがスポンサーになると競争の実質的制限が生じるが、他のありうるいかなる手段よりもまし、というような場合にどうするか、でしょう。

もしガイドラインのように、再販に限ってLRAの不存在が適法性の要件だというなら、なぜそうなのか、説得的に説明すべきです(そして、そのような説明は不可能です)。

ここで、再販は競争制限効果がとくに強い、というのは理由になりません。なぜなら、それは①と②の判断で終わっているはずだからです。

このように、論理的に考えればガイドラインに私のような疑問がわくのは当然だと思います。

なので、どうしてこんな当たり前のことを誰も言わないのか疑問でしたが、このたび、

Gabriel A. Feldman, "Misuse of the Less Restrictive Alternative Inquiry in Rule of Reason Analysis" (2009)

という論文に、私とまったく同じ意見が述べられているのを見つけました。

同論文p587には、

「合理の原則の付加的な決定的要件(dispositive prong)としてより制限的でない代替的手段を用いることの基本的な欠点は、それが[シャーマン法]1条の基本的な目的を変更してしまい、当該制約後の(あるいは当該制約の存在する)競争状態と、代替的制約の存在する競争状況と、を比較することにより、それ[=合理の原則]自身をシカゴ取引所事件のミッション(注・正味の競争効果の判定)から逸脱させてしまうことである。

この[より制限的でない代替的手段の存在に関する]質問は、異議を申し立てられた制約がその代替的制約よりも効率的か非効率的かをわれわれに教えてくれるかもしれない。しかし、それは、当該制約の正味の効果を測るものではなく、したがって、シカゴ取引所事件最高裁判決が提起した根本的な質問(注・正味の競争効果)を避けるものなのである。

利用可能な他の選択肢ほど効率的ではない制約は、悪いビジネス判断の直接的証拠かもしれないが、正味の反競争的効果の証拠ではない。」

「The basic flaw of the use of the less restrictive alternative as an additional dispositive prong of the rule of reason is that it changes the fundamental purpose of the Section 1 analysis and divorces itself from the mission of Chicago Board of Trade by comparing the state of competition after (or with) the restraint with the state of competition with alternative restraints. This inquiry may tell us if the challenged restraint is more or less efficient than its alternatives, but it does not measure the net effect of the restraint and therefore avoids the fundamental question raised by the Supreme Court in Chicago Board of Trade.130 A restraint that is not as effective as available alternatives may be direct evidence of a bad business decision, but it is not evidence of net anticompetitive effect.」

と論じられています。

その他にも、

反トラスト法上違法かどうかは、正味で競争促進的なのか競争制限的なのかで判断すべきであって、「適法か」、それとも、「もっと適法か」、を問題にすべきでない、

とか、

最も効率的な方法を選ぶことを強制するべきではない、

とか、

反トラスト法では、問題となる行為がある場合とない場合を比べるべきなのに、より制限的でない代替手段のテストは、問題となる行為がある場合と、代替的手段がある場合を比べている、

など、言葉を変えて繰り返しLRAの基準が批判されています。

憲法でLRAの基準が用いられることについても、

「もし法律およびその法律が保護する権利が、その他の目標を達成するために侵害されなければならないのであれば、かかる侵害の程度は最大限最小化されなければならない。

異議を申し立てられた手段が当該目標を達成することや、達成された目標の利益が公衆への害を上回ること、を示すだけでは不十分である。

そうではななくて、言論、宗教その他の基本的人権が問題になっている場合には、法は『及第点』あるいは『合理的な』結果以上のものを要求するのである。

すなわち、用いられた手段は最適なものであり、なくてはならないものであり、または、最も制限的でない(注・人権等を最も制約しない)ものでなければならないのである。」

「If a law, and the rights protected by that law, must be violated to achieve some other goal, the extent of the violation should be minimized to the greatest possible extent. It is not enough to show that the challenged measure achieves the stated goal, or that the benefits of the achieved goal outweigh the harm to the public. Instead, when speech, religion, or some other fundamental right is at stake, the law demands more than a “satisfactory” or “reasonable” result; the means used must be optimal, necessary, or the least restrictive.」

と論じられています(p594)。

まったくその通りだと思います。

ちなみにこの論文によると、米国の少なくとも下級審ではLRAの基準が合理の原則にたびたび用いられているそうですが、再販に限ってLRAの基準を用いているのではなさそうでした。

また、最高裁で合理の原則にLRAの基準を用いるものはなく、また、ジョイントベンチャーに付随的な制約(ancillary restraint)といえるか、という形でLRAが使われる、ということでした。

(なおこの論文でも、LRAが無意味と言っているのではなくて、反競争的な意図の立証には使える、といっています。)

そこで日本の議論に戻りますと、再販にLRAの基準を用いるとすれば、独禁法の目的には、

①競争制限の禁止あるいは競争の促進(→薬の安全性に相当)

とともに、

②小売店の価格決定の自由(→営業の自由に相当)

というものがあって、(あるいは、②が別の法律で保護されていて)②のほうが①よりも大事だ、という理屈でないと現行ガイドラインは説明がつかないと思うのです。(②は、ブランド内競争とか、別のものかもしれません。)

実際、上述のガイドラインでは、再販の「正当な理由」は、

「メーカーによる自社商品の再販売価格の拘束によって実際に競争促進効果が生じてブランド間競争が促進され」

「それによって当該商品の需要が増大し,消費者の利益の増進が図られ」

てもそれだけでは足りず、

「当該競争促進効果〔=ブランド間競争の促進〕が、再販売価格の拘束以外のより競争阻害的でない他の方法によっては生じ得ないものである場合」

でなければ認められないといっているのですから、競争促進が認められても、他のもっと良い方法があったらだめといっているわけです。

(ちなみにこの点については、パブコメ回答112番で、

「消費者の利益の増進が図られ、当該競争促進効果」が維持されている場合であっても、その他の要件(「競争制限的でない他の方法」、「必要な範囲内及び必要な期間」)が必要となるのか。(弁護士)」

という質問に対して、

「独占禁止法の趣旨・目的からすると『正当な理由』とは消費者利益の確保に資する場合に認められるものであり、こうした観点から、本指針では『正当な理由』は『再販売価格の拘束によって実際に競争促進効果が生じてブランド間競争が促進され、それによって当該商品の需要が増大し、消費者の利益の増進が図られ、当該競争促進効果が、再販売価格の拘束以外のより競争制限的でない他の方法によっては生じえないものである場合において、必要な範囲及び必要な期間に限り、認められる』と明確化しました。」

という、ガイドラインをコピペしただけの、なんとも木で鼻をくくったような回答がなされています。(なお質問者の「弁護士」は、私ではありません。)

文言上明らかなのですから、「貴見のとおりです。」といえばよいのにと思います。

パブコメ回答では、けっこう公取の考え方が明確化されたりすることが多いのですが、今回のパブコメ回答はそういうのがなく、公取のやる気のなさばかりが目立ちます。)

憲法の例では、薬の安全性の保護と薬局の営業の自由という、異なる利益を天秤にかけるのでまだわかりやすいのですが、独禁法の場合には、

「競争促進効果」が生じる、

といいながら、

「より競争阻害的でない他の方法」があってはいけない、

と、同じ利益を並べているのですから、たいへん分かりにくいです。

再販はそれでなくても競争促進効果が認められにくいのに、その高いハードルを越えてさらに、「もっと良い方法があるからダメ」と言ってるも同然で、再販は競争制限効果以外の理由で独禁法上望ましくないのだといっているように思います。

しかも、ガイドラインの文言では、代替的手段の方がコストがかからない、という主張は認められないように思います。

つまり、ガイドラインで、

「メーカーによる自社商品の再販売価格の拘束によって実際に競争促進効果が生じてブランド間競争が促進され、それによって当該商品の需要が増大し,消費者の利益の増進が図られ」

という部分は要するに再販によって自社の販売数量(quantity, q)が伸びる(「当該商品の需要の増大」)ことを言っているのですが(「消費者の利益の増進」は、ほぼ消費者厚生(Consumer Surplus, CS)と同じ意味と思われるので、販売数量が伸びれば普通は満たす)、その上で、

「当該競争促進効果〔=ブランド間競争の促進による自社ブランドの需要増〕が、

再販売価格の拘束以外のより競争阻害的でない他の方法によっては生じ得ないものである場合において、

必要な範囲及び必要な期間に限り、認められる」

ということであり、

「より競争阻害的でない他の方法によっては〔自社ブランドの販売数量増が〕生じ得ないものである」

必要がある、ということなので、たとえば、

小売店にサービス提供義務を課しても同じくらい販売数量は増えるが、モニタリングコストがかかって大変だ、

というのでは、それはたんなるコスト上の問題(事業上の必要性)なので、「正当な理由」とは認められない、というのがガイドラインの論理的な読み方のように思われます。

(なおここで、需要(demand, D)、つまり販売数量(q)が伸びる必要があるといっており、売上(価格×販売数量=pq)が伸びればいいとは言っていないことは、注意が必要だと思います。このあたりは、ミクロ経済学の基礎が分かっていればよく理解できます。)

つまり、

「小売店にサービス提供義務を課しても同じくらい販売数量は増える

という時点で、

「より競争阻害的でない他の方法によっては〔自社ブランドの販売数量増が〕生じ得ない

という要件を満たさないことが確定するので、

「モニタリングコストがかかって大変だ」

という言いわけをしても意味がない、ということです。

ガイドラインの基準がもし、

「より競争阻害的でない他の方法によっては〔再販と同程度の自社ブランドの販売数量増が〕生じ得ない」

という基準ではなくて、メーカーの利益も考慮した、

「より効率的な他の方法によっても、再販と同程度の自社ブランドの販売数量増が生じ得ない」

(これなら、サービス提供の義務付けは、「より効率的な方法」には該当しないので、再販と同等の需要増が生じても、この要件には反しなさそう)

とか、

「より競争阻害的でない他の方法によっては、メーカーに再販と同程度の利益増が生じ得ないものである」

(サービス提供の義務付けはコストがかかるので、利益が減るといえ、この要件は満たす)

とでもすれば、結論が違ったかもしれません。

メーカーが、代替案(=サービス義務付け)と再販を比べて同じ販売数量が見込めるのであれば、当然、より単価を高く、よりコストのかからない方をとるのが合理的であるわけですが、ガイドラインは、それはだめだといっているように読めます。

(メーカーの販売コストが(サービス義務付けにより再販よりも)上がることは競争阻害的なのだ、といえば、この要件は認められそうでし、実際、経済学の世界では、コストが下がることはprocompetitiveだという言い方をするので、不可能な解釈ではないのかもしれませんが、独禁法の解釈で1メーカーのコストが上がることを「競争阻害的」という、という言葉遣いは聞いたことがありませんし、公取もそんなつもりは鼻からないでしょう。)

再販と代替手段とでコストが異なる場合には、同じコストをかけることを前提に(=再販をするのと同程度のモニタリングコストしかかけないことを前提に)、代替手段でも同等の需要増が生じるか、を判断する、というのがガイドラインの読み方なのかもしれません。

(「より競争制限的でない他の方法」というのを、

「より競争制限的でなく、かつ、同等に効率的(as efficient)な他の方法」

とか、

「より制限的でなく、かつ、同等のコスト(at comparable cost)を要する方法」

とでも読み替えるのですかね。)

しかし私の目には、ガイドラインの文言上からは、そのようなことは読み取れません。

というか、そんな大事なことをガイドラインに書かなくてどうするんだ、と思います。

(「当然だから書かない」というのは、一般論として正しくないスタンスですし、本件の場合には、最悪のスタンスだと思います。)

パブコメだしときゃ良かったかなぁと反省しますが(出してもたぶん原案から変わらなかったでしょうけれど。。。)、いくらプロでも、問題点がすぐには見えてこない、ということはあるわけです。

ともあれ、少なくとも文言上は、今回の改正で公取が再販を認める余地は、ほとんどないことが、今までと同じか、今まで以上にはっきりしたのではないかと思われます。

今後は、ガイドラインの文言の欠点をカバーするような運用(相談事例を含む)がされることを望みます。

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