定義告示運用基準の学校法人の事業者性に関する記述の疑問
景表法の定義告示(「景品類等の指定の告示の運用基準について」)に、景表法の「事業者」についての説明があり、
「(2) 学校法人、宗教法人等であっても、収益事業(私立学校法第二十六条等に定める収益事業をいう。)を行う場合は、その収益事業については、事業者に当たる。」
という記述があります。
しかし、これはおかしいのではないでしょうか。
(なお、同運用基準は景品類に関する説明が多いですが、定義告示全般の運用基準であることは冒頭に明記されていますし、「事業者」は表示にも共通する要件なので、この説明も、表示に関してもあてはまります。)
そもそも、まともな法律論としては、独禁法の事業者性について白石忠志『独占禁止法(第2版)』p117に述べられているように、
「2条1項は・・・結局のところ、事業者とは事業をおこなう者であるという以上のことを述べてはいない。事例その他を総合して基準を打ち立てるしかない。」
「(事業者性は)現在では・・・消費者以外は事業者に該当し得る、という程度の意味しか持たない要件となっている。」
などと整理されているところにほぼ尽きているといえます。
裁判所がまともな法律論として受けいれるのは、芝浦屠場最高裁判決(平成元年12月14日)の、
「〔2条1項にいう〕事業はなんらかの経済的利益の供給に対応し反対給付を反復継続して受ける経済活動を指し、その主体の法的性格は問うところではない」
というものくらいであり(これが今の判例です)、独禁法(景表法)とはまったく関係のない私立学校法の条文を基準に独禁法(景表法)の事業者性を判断するなどというのは、まともな裁判官であれば思いつくことすらない基準だと思います。
このように、上記運用基準は確立した最高裁判例と異なる上、法律論として議論するにも値しないのですが、それ自体の内容としても、以下のように、筋が通っていないと思います。
まず、私立学校法26条では、
第二十六条 学校法人は、その設置する私立学校の教育に支障のない限り、その収益を私立学校の経営に充てるため、収益を目的とする事業を行うことができる。
2 前項の事業の種類は、私立学校審議会又は学校教育法第九十五条 に規定する審議会等(以下「私立学校審議会等」という。)の意見を聴いて、所轄庁が定める。所轄庁は、その事業の種類を公告しなければならない。
3 第一項の事業に関する会計は、当該学校法人の設置する私立学校の経営に関する会計から区分し、特別の会計として経理しなければならない。」
とされています。
これを受けて、「平成二十年文部科学省告示第百四十一号(文部科学大臣の所轄に属する学校法人の行うことのできる収益事業の種類)」の1条は、
「第一条 私立学校法第二十六条第一項の規定により文部科学大臣の所轄に属する学校法人の行うことのできる収益事業(当該学校法人の設置する学校の教育の一部として又はこれに付随して行われる事業を除く。以下「収益事業」という。)は、次条に掲げるものであって、次の各号のいずれにも該当しないものでなければならない。
一 経営が投機的に行われるもの
二 風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(昭和二十三年法律第百二十二号)第二条各項(第二項及び第三項を除く。)に規定する営業及びこれらに類似する方法によって経営されるもの
三 規模が当該学校法人の設置する学校の状態に照らして不適当なもの
四 自己の名義をもって他人に行わせるもの
五 当該学校法人の設置する学校の教育に支障のあるもの
六 その他学校法人としてふさわしくない方法によって経営されるもの」
としたうえで、2条では、
「第二条 収益事業の種類は、日本標準産業分類(平成十九年総務省告示第六百十八号)に定めるもののうち、次に掲げるものとする。
一 農業、林業
二 漁業
三 鉱業、採石業、砂利採取業
四 建設業
五 製造業(「武器製造業」に関するものを除く。)
六 電気・ガス・熱供給・水道業
七 情報通信業
八 運輸業、郵便業
九 卸売業、小売業
十 保険業(「保険媒介代理業」及び「保険サービス業」に関するものに限る。)
十一 不動産業(「建物売買業、土地売買業」に関するものを除く。)、物品賃貸業
十二 学術研究、専門・技術サービス業
十三 宿泊業、飲食サービス業(「料亭」、「酒場、ビヤホール」及び「バー、キャバレー、ナイトクラブ」に関するものを除く。)
十四 生活関連サービス業、娯楽業(「遊戯場」に関するものを除く。)
十五 教育、学習支援業
十六 医療、福祉
十七 複合サービス事業
十八 サービス業(他に分類されないもの)」
とされています。
このように、とくに「収益事業」が積極的に定義されているわけではなく、投機的であるなど一定の消極要件(1条)に該当しない事業で収益を上げるものは幅広く収益事業になり、ただ、
「当該学校法人の設置する学校の教育の一部として又はこれに付随して行われる事業」
は除かれる、ということなのでしょう。
つまり、ここで明らかなのは、「学校教育の一部」として行われる事業は、収益事業には該当しないとされていることです。(もちろん、学校教育そのものも、収益事業ではないのでしょう。)
でもそうすると、定義告示運用基準によれば、学校教育については私立学校は事業者ではないので、景表法の適用がないことになってしまいます。
そうすると、私立学校が生徒募集のチラシに、
「東大合格100人!」
とか書いてあるのが虚偽だったとしても、不当表示には該当しないことになるのでしょうか?
それとも、定義告示運用基準には、続けて、
「(3) 学校法人、宗教法人等又は地方公共団体その他の公的機関等が一般の事業者の私的な経済活動に類似する事業を行う場合は、その事業については、一般の事業者に準じて扱う。」
と説明されているので、そこでの、「一般の事業者の私的な経済活動に類似する事業」に該当するとでもするのでしょうか?
でも学校教育が「一般の事業者の私的な経済活動に類似する事業」に該当するというのは、たぶん定義告示運用基準の意図するところではなさそうです。(そんなこといったら、(2)が、完全に空振りになってしまいます。)
なお宗教法人法では、
「(公益事業その他の事業)
第六条 宗教法人は、公益事業を行うことができる。
2 宗教法人は、その目的に反しない限り、公益事業以外の事業を行うことができる。この場合において、収益を生じたときは、これを当該宗教法人、当該宗教法人を包括する宗教団体又は当該宗教法人が援助する宗教法人若しくは公益事業のために使用しなければならない。 」
と定められていますが、「収益事業」の定義はとくになく、もっぱら税法の関係で収益事業か否かが論じられているだけのようです。
この、景表法上の事業者性の問題が深刻なところは、景表法の事業者は独禁法の事業者と同じ意味なので(片桐編著『景品表示法(第3版)』p37)、そうすると、独禁法でも学校教育については適用除外ということになってしまわないか、ということです。
(ちなみに、緑本p37でも、事業者性は、「営利を目的としているかどうか」は問わない、と明記されているので、運用基準も、営利性を問題にしているのではないのでしょう(あやしいですが)。そうするとたぶん運用基準は、営利性ではなく、公共性を問題にしている、ということなのでしょう(これも、無理矢理合理的に説明しようとするとそうなるということで、運用基準の起草者がそこまで考えていたかはあやしいと思いますが)。)
ともあれ、もし運用基準の事業者性の定義が独禁法にもそのままあてはまるとすると、最近京都の私立学校がお互いの間で転校生を受け入れないよう合意したことがカルテルにあたるとしておそれがあるとして公取委から警告がなされた事件がありましたが、それと矛盾するのではないでしょうか?
この点に関して、根岸編著『注釈独占禁止法』p7では、教育事業についても独禁法や景表法が適用されてきた数々の事例を挙げたうえで、
「このような先例に従えば、私立大学や国立大学法人も経済事業を行う範囲においては独禁法や景表法の適用を受ける事業者に含まれるものと解される」
と結ばれています。
つまり、私立学校の教育事業にも全面的に独禁法や景表法が適用されている事例がいくらでもあるわけです。
(でも、上記『注釈』も、「経済事業を行う範囲においては」とまとめているので、私立学校間の転校制限協定が警告された事件でも、「経済事業ではないので事業者ではない」と反論したら公取委はどう判断したのか、たいへん興味深いものがあります。)
結局、私立学校は収益事業に限って事業者にあたるとする運用基準1(2)の規定は、無視するほかないでしょう。
こういう運用基準を何十年も放置してきた公取委の罪は重いと思います。
ひょっとしたら学校法人と宗教法人を所管する文部省に気を遣う事情がその当時あったのかもしれませんが、明らかな誤りや、明らかに誤解を招くような基準を放置すると、実務への影響は無視できません。
今からでも遅くないので、消費者庁は運用基準を改正すべきと思います。
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元公取委の利部修二氏は、「実務家のための景品表示法基礎講座−二−」(公正取引466号)39頁において、以下のように解説しています。ご参考まで。
「②学校法人、宗教法人等、その本来の目的とする活動が経済活動でない法人であっても、収益事業を行う場合は、その収益事業については、事業者に当たる。例えば、学校の出版事業がそうであるし、お寺が境内で食堂を経営しているような場合は、その食堂の事業についてはそのお寺が事業者に当たるということである。
③学校法人、医療法人、宗教法人等の収益事業以外の、本来目的の事業についても、それが、一般の事業者の私的な経済活動に類似する事業であるかどうかによって判断され、そうであれば、一般の事業者に準じて取り扱われる。その事業がある程度継続的なもので、営利目的ではないにしても収支採算が償うことを考慮して経営が行われる場合、事業遂行の形態が私企業に類似している場合、特にその事業分野において私企業と競争関係にあるような場合は、これに当たることが多いであろう。
各種学校の教育施設等について生徒募集の際に行われた不当表示、予備校の生徒の大学進学率等についての不当表示が景品表示法違反として問題になったことがある。また、幼稚園の入園料の協定が独占禁止法違反として問題にされた例もある。」
投稿: | 2015年8月19日 (水) 11時24分
ご丁寧に教えていただき、どうもありがとうございます。
かなり幅のある判断基準ですし、その根拠もよくわかりませんが、
「私企業と競争関係にあるような場合は、これに当たることが多いであろう」
ということからすると、学校については、塾や予備校などもあるので、本来目的の事業である教育事業についても、事業者にあたらない場合はほぼなさそうですね。
それに対して宗教法人は、事業者にあたらない余地がまだありそうだし、それでもよいのかもしれませんね。
お寺さんが檀家の奪い合いをすることを独禁法が求めているとも思えませんし(半分冗談です)。
投稿: 弁護士植村幸也 | 2015年8月19日 (水) 11時43分
運用基準の2(3)が、根拠なのでしょう。
投稿: | 2015年8月19日 (水) 13時22分
運用基準2(2)の規定ぶりから、なぜ「私立学校は収益事業に限って事業者にあたる」という解釈になるのか分かりませんが(そのように解釈すると、運用基準2(3)とは何を定めたものと解釈するのでしょうか。。)、結局、消費者庁は運用基準を改正すべきなのですか?
投稿: | 2015年8月19日 (水) 14時09分
収益事業については運用基準2(2)で読んで、本来目的の教育事業については運用基準2(3)で読む(したがって、学校法人は進学率を偽るような表示について景品表示法上の責任を負う)というのが常識だと思っていたのですが、法律解釈の基本を熟知していらっしゃる弁護士の方はそのようには解釈しないのでしょうか?
投稿: | 2015年8月21日 (金) 12時14分
本文の内容が誤りなのかどうかについては、答えていただけないのでしょうか?
投稿: | 2015年8月26日 (水) 16時37分