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2015年8月11日 (火)

選択的流通の位置づけ論

池田毅著「流通・取引慣行ガイドライン~改正の意義と実務への影響~」(ビジネス法務2015年6月号p142)

という論文に、選択的流通に関して、

「・・・選択的流通といっても、日本法上はこれまで販売方法の制限として評価されてきた行為の一部であり、何か新しいことができるようになるわけではない。」

という記述があります(p148)。

このうち後半の、「何か新しいことができるようになるわけではない。」というのはそのとおりですが、前半の、選択的流通が、

「販売方法の制限として評価されてきた行為の一部であ(る)」

という部分は不正確です。

まず、選択的流通では流通業者にさまざまな義務が課せられ、その義務は販売方法に関するものに限られません。

たしかに販売方法に関するもの(中でも、資生堂事件のような対面販売義務)が目立つのは事実ですが、本場の欧州で問題になった義務にはほかにも、

最低量の購入義務

在庫の保持義務

販売促進義務

地域制限

顧客制限

事前の一括注文・一括受取義務

販売目標の設定

品揃え義務

など、さまざまなものがあり、必ずしも「販売方法」の制限とはいえないものもたくさんあります。

なので、選択的流通を販売方法の制限の一種というのは違うと思います。

ちなみに、

川濱昇「改正『流通・取引慣行ガイドライン』の位置づけ」(公正取引776号10頁)

では、

「ところで、選択的流通という名称の取引形態は〔日本では〕知られていないが、法的な規制対象としては販売方法の制限と取引先制限の組み合わせで理解可能ではないかという感想もあるかもしれない。

花王化粧品販売最高裁判決・・・は選択的流通の基準を示しているように見えるかもしれないが、この判決は選択的流通のような強固で閉鎖的なシステムの競争阻害効果の評価を明らかにするものではない。

選択的流通は販売方法の遵守だけではなく、販売をする上での適格性の基準を作り有資格の者に限定するというシステムも含めて考察する必要がある。」

と述べられており、選択的流通をたんなる販売方法の制限の一種とみる姿勢を戒めいています。

なので、理屈の上では選択的流通は既存の規制のどれかに無理に当てはめるのではなく、独立した規制対象と位置付けるのが正しいのかもしれません。

しかし、それでは過去の議論の蓄積とのつながりが失われてしまいます。

そこで、選択的流通に必ず伴う未承認販売業者への転売禁止という形式面に着目して、ガイドラインおよびパブコメ回答131番(池田論文p146の注6で批判されています)のように、取引先の制限と整理する方が、池田論文の整理よりは正しいと思います。

この、選択的流通の位置づけ論をまさに論じているのがパブコメ130番で、そこでは、

「選択的流通は、販売地域の制限、取引先の制限、販売方法の制限など他の非価格制限行為が伴うことが想定されるため、『3 流通業者の販売地域に関する制限』の前に記載されるべきである。」

との質問に対して、公取は、流通業者の取引先に関する制限の後に記載するのが適当だと回答しています(ただし、その理由は選択的流通の定義をコピペしただけで、真意ははかりかねますが、取引先制限という共通する形式面に着目したということなのでしょう)。

なので、

いろいろな制限があるという実質面に着目して総論部分に位置付けるか、

あるいは、

取引先制限が共通するという形式面に着目して最後に持ってくるか

は、いわば好みの問題かもしれません。

これに対して、販売方法の制限と位置付けるのは、形式面からも実質面からも正当化は困難だと思います。

何より、池田論文の立場では、選択的流通では販売方法の制限しかできないのではないかという誤解が生じかねません。

(ひょっとしたら、選択的流通っぽい唯一の事件が資生堂・花王事件で、これが販売方法の事件だったので、それに引きずられてしまったのでしょうか?)

選択的流通についてはこれからもいろいろな人がいろいろなことをいうでしょうけれど、だからこそ、位置づけ論のような基礎がしっかりしていないと、議論が混乱するおそれがあると思います。

ともあれ、いろんな人がいろんなことをいうことで議論が深まるのは、大変結構なことだと思います。

少なくとも、当たり障りのないことばかりいう論者や外国文献を翻訳するだけの論者よりは、自分の考えをはっきりいう論者のほうが、私は社会的に大いに意味があると思います。

私も今回いろんな意見に触れて理解が深まりましたので、このご縁に感謝したいと思います。

ところで、池田論文p147に、

「これ〔注・選択的流通の要件〕を満たさない制限についても販売方法の制限として許容される限りにおいて、独占禁止法上の問題にはならない余地があると考えられる。」

という「考え」が述べられていますが(ここでも、「販売方法の制限」に限定しているのは問題ですが・・・)、この点についてはパブコメ142番で、

「いわゆる選択的流通が問題ない場合の基準を示しているが、基準に該当しない場合には、第2部の3(1)〔=垂直的制限行為に係る適法・違法性判断基準についての考え方〕の判断基準に照らして個別に検討されることを明示すべきではないか。」

という質問に対して、

「・・・通常問題とならない場合に該当しない場合には、他の垂直的制限行為と同様、第2部の3(1)の適法・違法性判断基準に従って判断されることになります。」

と、はっきり回答されているので、こちらを引用した方が親切であったと思います。(131番を引用するならなおさら。)

そして、この点(選択的流通で救われなくても一般論で救われること)を考えるにつけ、選択的流通を販売方法制限の一種と位置付けることの問題点が浮き彫りになるように思います。

というのは、もともと販売方法の制限は、

「当該商品の適切な販売のためのそれなりの合理的な理由」

という、とてもゆるやかな基準で判断されているので、販売方法の制限に該当する選択的流通を、わざわざ選択的流通という狭い穴(「針の穴」とはいいませんが)を通して適法と主張するメリットがないからです。

「狭い穴」という理由は、1つには、

「消費者の利益の観点から〔の〕それなりの合理的な理由」

がかなり狭そうであることと、何よりも、

「他の流通業者に対しても同等の基準が適用される」

ことを要求しているために、基準を満たす流通業者とは取引を強いられる(取引義務がある)、ということです。

(厳密にいうと取引義務があるというのは正確ではなく、取引をしないと選択的流通の、ほぼ例外なく適法という基準で判断されるのではなく、非価格的垂直制限の一般論で判断されてしまう、ということなのですが。)

オーソドックスに販売方法の制限でいくなら、取引義務などは問題にすらならないでしょうから、これはメーカーにとってはそれなりの負担なのではないかという気がします。

これが、取引先制限や地理的制限なら、販売方法の制限よりも基準が厳しいので、選択的流通の狭い穴を通す意味も、ひょっとしたらあるかもしれません(ただ、日本では垂直的非価格制限はもともと「ゆるゆる」なので、この意義も大してないとは思いますが)。

しかしそれでも、取引義務が生じてしまうという問題は残ります。

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