色、香り、味は「表示」か
「無果汁の清涼飲料水等についての表示」(昭和48年公取告示4号)
の1項3号では、
「1 原材料に果汁又は果肉が使用されていない清涼飲料水、乳飲料、はつ酵乳、乳酸菌飲料、粉末飲料、アイスクリーム類又は氷菓(以下「清涼飲料水等」といい、容器に入つているもの又は包装されているものに限る。)についての
次の各号の一に該当する表示であつて、
当該清涼飲料水等の原材料に果汁又は果肉が使用されていない旨が明瞭に記載されていないもの
(1号、2号省略)
三 当該清涼飲料水等又はその容器若しくは包装が、果汁、果皮又は果肉と同一又は類似の色、又は味に着色、着香又は味付けがされている場合のその表示」
が、景表法4条3号(指定告示)の不当表示に該当すると指定されています。
ここで、「着色」が「表示」に該当するというのはいいとしても、「着香」や「味付け」が「表示」であるというのは、ちょっといかがなものでしょうか。
(なお、
「~がされている場合のその表示」
というのは、日本語がぎこちないですが、「その表示」というのが意味するところは、「着色」、「着香」、「味付け」自体を「表示」とみているというべきであって、「こういう色が付いています」、「こういう香りがします」、「こういう味がします」ということを文章なりで表示していることではない、ということは争いはないでしょう。
緑本(第3版)p129でも、僅少果汁清涼飲料水等に関する説明のなかに、
「原材料として果汁が5%未満の量しか使われていないにもかかわらず、清涼飲料水等の容器に果汁の色を着けた場合には、使用されている果汁の割合を『果汁○%』と明瞭に表示しないと不当表示となる。」
と、色を着けたこと自体が表示であることを前提にした解説がなされています。
唯一の排除命令事案である国分(株)でも、着香または着色が「表示」と認定されています。緑本p129)
というのは、定義告示では、「表示」の定義を、いろいろな言葉を駆使してできるだけ広くしようとしていますが、要は、
「広告その他の表示」
ということに落ち着くのであって(「表示」の定義の中に「表示」という言葉が出てきて定義が循環しているじゃないか、という問題はひとまず措きます)、要は、常識的な意味での「表示」はすべて「表示」(景表法2条4項)に該当する、とはいえそうです。
しかしそれでもなお、色はともかく、香りや味そのものを「表示」というのは、日本語の通常の意味を超えているのではないでしょうか。
そこで、定義告示と無果汁飲料告示が矛盾するのではないかが問題となりますが、どちらも同じ「告示」なので、法的な効力としては優劣はありません。
とすると、
「後法は前法を破る」
ということで、後にできた無果汁飲料告示が、「表示」の定義も含め、昭和37年にできた定義告示に優先する、と考えるのが素直な解釈かもしれません。
ところが、法解釈としては、それは成り立ちません。
というのは、景表法2条4項の定義の中自体に、
「広告その他の表示であって」
と書き込まれているからです。
つまり、内閣総理大臣は「広告その他の表示」の中から景表法上の「表示」を指定できるのであって、「広告その他の表示」を超えるものを景表法上の「表示」に指定することはできないわけです。
この点について、
内閣法制局法令用語研究会編『法律用語辞典』(有斐閣)
では、「表示」の語義について、
「ある事項を外部に分かるように、言語、動作、文字、図形その他の手段によって表すこと、又はその表された事柄。例、『意思表示』、『不当表示』等。」
と説明されています。
なので、無果汁飲料告示は、
「ある事項〔=果汁入りであること〕」
を、
「その他の手段〔=色、香り、味〕」
で表しているのだ、ということなのでしょう。
しかし、これもかなり無理矢理な解釈だと思います。
少なくとも、定義告示の、
「一 商品、容器又は包装による広告その他の表示及びこれらに添付した物による広告その他の表示
二 見本、チラシ、パンフレット、説明書面その他これらに類似する物による広告その他の表示(ダイレクトメール、ファクシミリ等によるものを含む。)及び口頭による広告その他の表示(電話によるものを含む。)
三 ポスター、看板(プラカード及び建物又は電車、自動車等に記載されたものを含む。)、ネオン・サイン、アドバルーン、その他これらに類似する物による広告及び陳列物又は実演による広告
四 新聞紙、雑誌その他の出版物、放送(有線電気通信設備又は拡声機による放送を含む。)、映写、演劇又は電光による広告
五 情報処理の用に供する機器による広告その他の表示(インターネット、パソコン通信等によるものを含む。)」
という定義ぶりをつぶさに見たときに受ける「表示」のイメージからは、かなりかけ離れているように思います。
とくに、すべての定義が、
「~による」
という縛りをかけており、いわば媒体や手段に着目した定義振りになっていることから考えると、商品の色や香りや味はどこに読み込むのか、という疑問もわきます(1号の「商品・・・による広告その他の表示」に読み込むのでしょうか?)。
何より、色はともかく香りや味は、商品の内容そのものであって、商品の「表示」というのは相当違和感があります。
このように考えると、香りや味を「表示」に指定する無果汁飲料告示は、景表法2条4項に違反している、という主張にもそれなりに説得力があるような気がします。
ともあれ実務上は、無果汁飲料告示が色や香りや味も「表示」であるとしている以上、実務上はそれに従うしかありません。
ただやっかいなのは、この問題が、無果汁飲料だけにとどまらない可能性がある、ということです。
つまり、上述のように、定義告示と無果汁飲料告示を「前法と後法」のように考えることはできず、2条4項の「表示」の定義は同項の、
「広告その他の表示」
の中の
「表示」
の意義しだい、となります。
そしてもし、
「(広告その他の)表示」
に、色や香りや味も含まれると考えると、必然的に、優良誤認表示における「表示」にも、色や香りや味が含まれることになるわけです。
そうすると、極端な話、本物に似せて作った、カニかまぼことか、合成みりん風調味料とかは、その色や香りや味自体が優良誤認表示であり、打消し表示をしないと優良誤認表示になってしまう、ということに、理屈の上ではならざるを得ないように思います。
しかし現実にはそこまで極端な態度を公取も消費者庁も取っているわけではありません。
たとえば、かつて世間を騒がせた牛脂注入肉問題でも、
「○○ステーキ」
や
「霜降り」
といったメニュー表示の記載を不当表示としているのであって、霜降りの外観自体が不当表示といっているわけではありません。
このように考えると、色、香り、味自体を「表示」とする無果汁飲料告示の考え方は、かなり異色なものであるということが分かります。
昔留学していたころに読んだ本に、
「Fast Food Nation」
という、ファーストフードの裏側に迫ったベストセラーがありました。
その中に、直火でこんがり焼いたハンバーガーの臭いを目隠しをして嗅がされた後に、目隠しを外したら目の前には化学薬品を染み込ませたガーゼがあった、という話がありました。臭いも薬品で着けているわけです。
「香り」も「表示」だというなら、こんなのも不当表示になりそうです。
立法論としてはそういうのを規制する(欺瞞的顧客誘引?)というのもありうるとは思いますが、表示規制として規制するのはどうなんでしょうか。
理屈の上では、色、香り、味も、
「その他の手段」
に含まれるということなのでしょうけれど、そんな解釈に納得するのは官僚と一部の頭の固い弁護士くらいであり、とうてい一般国民の納得は得られないと思います。
先日も、国会で防衛大臣が、他国軍への後方支援で提供可能な「弾薬」の定義にはミサイルも含まれると答弁して物議をかもしていましたが、つうづく、法律は言葉が大事だと思い知らされます。
でも、法律学が言葉遊びになってはいけません。
安保法案は明らかに違憲ですが(私は京大で佐藤幸治教授に憲法を習いましたが、
「いつまでぐだぐだいいつづけるのか」
というのは名言だったと思います)、景表法でも安保法案でも、国民の常識にかなった解釈が重要なのは同じだと思います。
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