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2015年7月24日 (金)

供述調書の閲覧拒否事由と懲戒の可能性について

平成25年独禁法改正の立案担当者解説である

岩成他編著『逐条解説・平成25年改正独占禁止法-審判制度の廃止と意見聴取手続の整備』(商事法務)

の73頁では、独禁法52条ただし書の従業員の供述調書の閲覧・謄写拒否事由としての

「第三者の利益を害するおそれがあるとき」

の具体例として、

「当事者が閲覧・謄写した自社従業員の供述調書の内容をもって当該従業員に対して懲戒等の不利益取扱いを行う可能性があるとき」

が挙げられています。

また現在パブコメ中の審査手続指針案にも、同じことが書いてあります。

しかし、私はこの解釈はおかしいと思います。

まず、違反行為を行った従業員を懲戒することは、企業の当然の権利です。

当然の権利の行使の結果懲戒されることがあったとしても、それは仕方のないことです。

米国では、違反行為を行った従業員を雇用し続けると量刑上不利益な扱いを受けたりすることすらあります。

文言解釈としては、52条1項ただし書の

「第三者の利益」

というのは、法的に保護されるべき利益を意味しており、「違反行為を行っても懲戒されない権利」なるものは法的保護に値するはずがありません。

公取の解釈は、これと逆に、「違反行為を行っても懲戒されない権利」を法的保護に値する権利であると考えないと成り立たない解釈であり、誤りであるというほかありません。

一体、公取は、ここでの「第三者の権利」を、どのようなものと考えているのでしょうか?

あえて公取の立場に立って考え、

「第三者の利益」

の内容をもう少し絞って考えてみて、たとえば、

「自己の公取への供述によっては不利益を受けない権利」

というものを、従業員の法的保護に値する権利として考えることができるでしょうか。

私はこれも無理だと思います。

このような、黙秘権や自己帰罪拒否特権的な権利が明文の規定もなく認められるわけがありません。

黙秘権や自己帰罪拒否特権は、刑事手続で憲法38条の明文の規定で認められているものであり、行政手続においてすら認められていません。それを、懲戒という、まったく私的な関係における制裁において明文の根拠なく認める理由は、なんらありません。

まして、「公取に対する供述による不利益」だけに限って従業員を特別に手厚く保護してあげる理由はまったくありません。

そして、「第三者の利益」が侵害されることを理由に閲覧謄写を拒否する場合には、利益の主体である当該第三者の同意があれば、当然、閲覧謄写は認められるべきです。

ところが、公取の解釈では、従業員の同意があっても閲覧謄写できないことになりかねません。

これはなによりも、公取の解釈が、従業員の利益を守ろうとするものではないからです。

みなさん薄々感づいておられると思いますが、このような解釈を公取がとる本当の理由は、なにも従業員の利益を保護したいためではなくて、懲戒をおそれて従業員が正直にしゃべってくれなくなるのではないか、という懸念であることは明らかです。

しかし、それは従業員の利益とは関係ないことであって、条文の文言も、立法趣旨も、明らかに逸脱しています。

実質的に考えても、公取が取った供述調書は、強制力を伴った客観的な証拠との整合性を十分検討したうえで取られているはずです(と、現在パブコメ中の審査手続きに関する指針案の第1-3(4)に書いてあります)。

ということは、公取の取った供述調書は客観的な事実に近いはずで(←これは半分皮肉ですが)、会社の内部調査だけによるよりも、より真実に迫った上で懲戒の内容を決めることができることになるはずです。

もし公取が、供述調書によったのでは従業員に不当に不利益を与えてしまうことになると懸念しているとしたら、そのような調書を取ること自体が間違いです。

むしろ、懲戒処分の根拠となり得ることを肝に銘じたうえで、公取は、真実に近い調書をとるべきではないでしょうか。

懲戒処分に用いられることがわかっていたら、公取も、無理な誘導を少しはしなくなるのではないかということも期待できます。

米国の弁護士が独禁法違反で従業員を事情聴取するときは、必ず、

「私は会社の弁護士であってあなたの弁護士ではないので、ここで話したことは将来あなたに裁判内外を問わず不利益に用いられる可能性がある。」

と断った上でインタビューを始めています。

それでインタビューに何の支障もありません。

同じことを公取ができないはずはありません。

また、上記逐条解説は、自社の従業員の調書を閲覧謄写する場合について述べていますが、理屈の上では自社従業員の供述調書の場合に限らず、他社従業員の場合も同じに扱わないとつじつまが合わないはずです。

そうすると、公取の解釈では、他社従業員の供述調書の中に自社従業員の違反行為への関与が記載されている場合に、その記載をもって自社従業員を懲戒することは許されないことになりそうですが、それだと、公取の立場からしても閲覧禁止の範囲が広すぎないでしょうか?

(この場合は、「他社従業員」が供述者、「自社従業員」が利益を害される第三者、ということなのでしょう。)

このような例を挙げていないことからも、

「他社(A社)の従業員の懲戒処分に用いられることを心配して供述を渋るような(B社の)従業員はいないであろう」

    ↓

「なので、B社の従業員の供述調書をA社がA社従業員の懲戒に用いることは構わないんじゃないか。」

    ↓

「でもB社がB社従業員の調書をB社従業員の懲戒に用いると、B社従業員は供述を渋るだろうな。」

というホンネが、大いに透けて見えるような気がします。

では実務上どうすればいいでしょうか。

もし、閲覧謄写申請書に、

「調書の内容は懲戒処分等には利用しません。」

という誓約文言が入っていても、上述のように、それは独禁法52条の誤った解釈に基づくものですから、無視してかまわないと思います。

もしこの問題を正面きって争いたい場合には、誓約文言があればそれを消して、なければ懲戒に用いることがありうると明示して、閲覧謄写申請し、拒否されたらその不当性を行政訴訟で争う、という選択肢が考えられますが、ふつうはしれっと申請して、こっそり懲戒処分に使うのではないでしょうか。

上述のように、公取の解釈は独禁法52条の解釈を誤っているので、それで何の問題もないと思います。

そのように正面切ってお上に立てつくのははばかられる、という典型的日本人の方は、念のため、閲覧謄写した調書をもとに従業員から聞き取りをし、その聞き取りの結果を懲戒処分の根拠にすればよいのではないでしょうか。

ともあれ、このような恥ずかしいことをガイドラインに書くのは、世界に恥をさらすようなものですから、ぜひやめておいた方がよいと思います。

ちなみに、上述のように、この閲覧謄写拒否の問題を52条の枠内で議論しようとするとあきらかに無理がありますが、政策論として、そういう特権を従業員に与えることは考えられるでしょうか。

私は、そのような政策も望ましくないと思います。

最近特に、カルテルの場合、たいてい企業は被害者で、従業員が加害者です。

一昔前は、カルテルは従業員が私腹を肥やすためにやるのではなくて、会社の利益を考えてやるのだ、という発想で、企業も加害者だ、みたいな発想だったかもしれません。

でも、コンプライアンスが厳しくなった今日、そのようなケースはますます少数になってきています。

一言でいえば、企業は一従業員の暴走によって、とんでもない迷惑を被っているわけです。

にもかかわらず、被害者的立場にある(そして、従業員の行為によって自社が課徴金を支払わされる)企業が、加害者である従業員の調書を見られないとしたら、また、仮に見られたとしても懲戒処分に用いられないとしたら、こんな不正義はないと思います。

従業員の取り調べに会社の弁護士を立ち会わせない理由として、

「会社の弁護士は従業員個人の弁護士ではない」

ということがいわれることがあり、一見もっともらしいですが、従業員が加害者で企業が被害者であるという現実にかんがみれば、このような理由が建前論にすぎないことがよく理解できると思います。

つまり、企業は従業員の行為の責任を必然的に負わされるのであって、公取での取り調べであることないこと言われては(というのは極端な例としても、誘導に乗せられてあいまいな記憶に基づいて断定的なことを言われては)、効率的な防御のしようがありません。

しかも、その結果は、従業員ではなくすべて企業に跳ね返ってくるのです。

さらに、現在の審査指針案では、閲覧することすらできない証拠に基づいて課徴金を課され、にもかかわらず、同じ証拠に基づいて従業員を懲戒することすらできないのです。

たとえば、従業員は会社の社内調査で頑として違反行為への関与を否定しているけれど、公取の調書では違反を認めている、というようなケースを考えると、公取の調書を懲戒処分の根拠に用いることができないのは明らかに不都合なように、私には思えます。

(実際には、①排除措置命令が出たという事実と、②当該従業員しか違反に関与し得る人が社内にいない(タマ違いの可能性がない)、という2点があれば、そしてさらに、③従業員に十分に弁解の機会を与えれば、供述調書まで直接調書として用いなくても、裁判上は懲戒処分は有効であるという認定になるので結論としては問題ないのかもしれませんが、それは結果論であって、望ましいあるべき姿ではないと思います。)

今回は立案担当者解説に従って「第三者の利益」に該当するかという観点から論じましたが、上述のように、政策論としてもこのような理由で閲覧拒否するのは妥当でないので、「その他正当な理由」にひっかけるのも、やっぱり無理だと思います。

もし「その他正当な理由」にひっかけるとしたら、公取の審査に支障がある、ということなのでしょうが、当然懲戒になるべき者が懲戒になっただけで審査に支障があるというのは乱暴すぎるでしょう。

前述のように、①排除措置命令が出て、②タマ違い(=人違い)の可能性がなく、③社内調査で十分な弁解の機会を与えれば、調書はなくても懲戒はできてしまうのですから、調書が懲戒の根拠に用いられてしまうことによる審査への追加的デメリット(=従業員の協力を得られないこと)は、調書を懲戒の根拠とすることによって適正に懲戒制度を運用できるようになる企業の多大なメリットに比べれば、微々たるものではないかと思います。

「正当な理由」は、例示である「第三者の利益」の侵害に匹敵するものでなければならないはずです。

公取の解釈では、「正当な理由」がある場合には拒否できるといっているのではなくて、調書の目的外使用を禁止するといっているに等しいと思います。

しかし、そのようなことは条文からはまったく読み取れません。

(もし、本来の目的(=当該違反行為の有無を確認する目的)以外の使用を一律に禁止したら、たとえば、再発防止に役立てるためというのも目的外使用になりそうですが、さすがに公取も異論なく認めるのでしょう。)

ちなみに、審査手続指針案の(注4)によると、閲覧・謄写申請書には目的外利用はしない旨の一文が置かれることになるようですが、以上のような次第ですので、この誓約文言にも、法的根拠はありません。

独禁法52条には、審判事件記録の謄写に関する平成25年改正前独禁法70条の15第2項(「公正取引委員会は、前項の規定により謄写させる場合において、謄写した事件記録の使用目的を制限し、その他適当と認める条件を付することができる。」)に相当する規定や、刑事訴訟法281条の4の規定のような目的外使用の禁止の規定があるわけではないことにも留意すべきです。

つまり、閲覧記録の目的外使用というのは当然に禁止されるわけではなくて、他の制度でも、明文の規定の下に禁止が認められているに過ぎないのです。

この点でも、目的外使用を一律に禁止する審査手続指針案第2-2(2)エの規定は問題だと思います。

ほかにも、企業がもっぱら懲戒目的で閲覧謄写を申請することは通常ないのであって、ふつうは違反事実の有無の確認だと思うのですが、そのような目的と懲戒目的が併存している場合はどうなのか、とか、事実の確認が主目的で懲戒は従の目的だという場合はどうなるのか(これでも閲覧謄写拒否されるなら、極めて不当でしょう)、とか、疑問は尽きません。

公取にはもう一度、何が正義なのか、よく考えてもらいたいと思います。

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