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2015年6月22日 (月)

平成26年度企業結合事例集について

平成26年度企業結合事例集が6月10日に公表されました

こちらも、気が付いたことを記しておきます。

まず全体的に、今回、経済分析を用いたことを前面に押し出すものが多くなりました。

これまでも経済分析は行われていたようですが、あまり事例集にもはっきり書かれていなかったので、今回の傾向はたいへん結構なことだと思います。

あとから振り返ったら、平成26年度は企業結合課の経済分析元年だった、ということになるかもしれません。

■ 事例1 佐藤食品によるきむら食品の包装もち製造販売事業譲受け

合計市場シェアが40%程度なので、とくに大きな問題もなく認められています。

若い人がお餅の食べなくなったので量販店にとって魅力的でない、というのが需要者からの競争圧力として考慮されているのが興味深いです。

なお、きむら食品が民事再生中という事情も考慮されています。

■ 事例2 マースによるP&Gのペットフード事業の譲受け

ドッグフードとキャットフードで市場を分けて、しかもそれぞれの中で「ドライタイプ」、「ウェットタイプ」、「療養食」と分けていますが、ちょっと狭すぎるんじゃないでしょうか。

犬と猫は味の嗜好が違うと説明されていますが、両者で必要な製造設備や技術、ノウハウは同じようなもので、そうすると、供給の代替性についてはそば屋とうどん屋くらいの違いしかないような気が、私にはします。

ひょっとしたら、需要の代替性の点からも、犬にとってのキャットフードは、関西人にとっての関東風うどんと同じくらいの選択肢かもしれません。(半分冗談です)

もう少しだけ真面目にいうと、需要の代替性という場合の需要者は、もちろん犬や猫ではなくて、飼い主です。

なので、需要の代替性を考えるときの正しい質問は、

「犬はキャットフードを食べるか」

ではなくて、

「犬の飼い主は、(ドッグフードの値段が上がったからといって)犬にキャットフードをやるか」

です。

■ 事例3 王子製紙の中越パルプ株式追加取得

王子製紙が10%弱から20%強まで中越パルプの株を買い増した事案です。

製紙業界で過去協調的な値上げをされていたことが、非常に重く見られています。

企業結合というのは、理屈ではなくて、究極的には将来の企業行動の予想という側面があるので、過去の行動が考慮されるのはやむを得ないでしょう。

そのため、両社の6品種の競合事業は独立して行い、これらについて事業提携するときには公取の事前了解を得ること、取締役の派遣は1人までにして、しかも社外にすること、問題解消措置措置の実施状況を年1回公取に報告すること、など、かなり厳しい条件がついています。

10%だと条件がついていなかったのが、20%だとここまで条件が付いたということで、今後も少数株式取得の問題解消措置の限界事例として、参考になると思われます。

需要の代替性について経済分析を用いて、異なる商品の価格間の相関関係と、価格比の定常性(ある系列がある時点において一定水準から乖離しても時間の経過とともに一定水準へ復帰する性質)を参考に判断していることが目を引きます。

ところで細かいことですが、いくつかの品種間の供給の代替性を論じる中で、

「これらの品種間において供給者の構成が一致しているわけではなく、供給者の市場シェアも相当程度異なっているため、供給の代替性が認められることのみをもって、一定の取引分野の商品範囲を○○○とすることは必ずしも適切ではない」

ということをいっています。

たとえば、「塗工紙等」の一種である「アート紙」について、

「塗工紙等は、標準的な塗工紙用抄紙機の生産設備において、特段の設備対応を要することなく生産することが可能であるため、塗工紙等の間には一定の供給の代替性があると考えられる。

しかし、塗工紙等のうちの各品種間において供給者の構成が一致しているわけではなく、供給者の市場シェアも品種ごとに相当異なっているため、この点〔=塗工紙等の間には一定の供給の代替性があるという点〕のみをもって、一定の取引分野の商品範囲を塗工紙等として画定することは必ずしも適切ではないと考えられる。」

と述べられています(16頁~17頁)。

たとえば、

塗工紙等

の中に

アート紙 (市場シェア:王子70%、X社20%、中越10%)

塗工紙等A (Y社60%、Z社40%)

があるとして、アート紙と塗工紙等Aとで、競争者の顔ぶれも市場シェアも全然違うじゃないか、なので2つを同じ市場とはみない、という理屈です。

でもこういう、競争者の顔ぶれがまったく異なる場合であっても、供給の代替性があるなら(=アート紙の値段が上がった時にY社が塗工紙等Aの生産をアート紙に振り向けるなら)、市場画定で考慮するというのがガイドラインの立場だったのではないでしょうか。

アート紙の競争者の顔ぶれと、塗工紙等Aの競争者の顔ぶれが同じかどうかは、市場画定には本質的には関係のないことであるはずです。まして、両商品で供給者の市場シェアまで一致している必要はないはずです。

たしかに感覚的には、供給の代替性がある商品間で、競争者の顔ぶれも市場シェアも似たようなものだったら、全部まとめて1つの市場だといいやすい、というのは分からないでもないですが(そういう場合だったら私も安心して「全部まとめて1つの市場ですね」とアドバイスするでしょう)、でも、理屈の上では、やっぱり変です。

供給の代替性がある(ようにみえる)にもかかわらず、競争者の顔ぶれがまったく違ったら、生産設備は共通だけれど、本当は供給の代替性はないのではないかを疑うべきで、それは歴史的な経緯であったり、ブランドイメージや販路や、顧客の使い慣れ(慣性)による事実上の参入障壁かもしれません。

なので、この部分の公取の判断は、結論としては正しい場合が多いものの(いわばルールオブサム)、一般論として理屈が独り歩きするのは、ちょっといかがなものかなと思います。

■ 事例4 ノバルティスによるグラクソ・スミスクラインの抗がん剤事業の譲受け

この事例は、承認待ちの医薬品(いわゆるパイプライン)について競争への影響を判断していることが目にとまります。(37頁)

以前、「Getting the Deal Through, Pharmaceutical Antitrust」(2012)という文献に寄稿したときの設問に、日本ではパイプラインの競争判断はどうやっているのか、という設問があり、外国ではそういう問題があるんだなぁと思った記憶があります。

■ 事例5 コスモ、昭和シェル、住商、東燃ゼネラルによるLPガス事業の統合

この事例では、価格決定フォーミュラが各社ことなるので価格等について共通認識にいたるのは容易ではない、と認定されています。(44頁)

LPガスは比較的コモディティ的な商品だと思うので、価格フォーミュラが違うといっても結果は似たようなものになるのではないかと想像してしまいそうですが、そうではないということですね。

私もかつて企業結合でクライアントから価格決定のフォーミュラを見せてもらったことがあります。もちろん相手方のは見ていませんので、似たり寄ったりかどうかは判断できませんでしたし、なので、フォーミュラが各社違うとかの主張すらもしませんでした。

各社のフォーミュラを全部見ることができる当局だからこそ、可能な判断なのでしょう。

■ 事例6 CKサンエツによる日本伸銅の株式取得

この事例では、錫リフローめっきの直接の需要者である端子ピン加工業者には材専用の加工設備しかない事業者が存在する(なので、本件株式取得により当事会社の錫リフローめっき線の市場シェアが7割になって、値上げされるかもしれない)にもかかわらず、川下のコネクタ用端子ピン需要者であるコネクタメーカーが材を用いた端子ピンと材を用いた端子ピンを価格や品質で使い分けていることを理由に、需要者からの競争圧力があると判断しています。

つまり、

コネクタメーカー→端子ピン加工業者(線材加工)→当事会社

          →端子ピン加工業者(条材加工)→錫リフローめっき条メーカー

というふうに、競争圧力がはたらく、より具体的には、線材の価格を上げるとコネクタメーカーが条材に乗り換えてしまうので、上げようにもあげられない、ということでしょう。

物事の本質をみれば、線材と条材が競争しているということなのですが、直接の需要者である加工業者が線材から条材に乗り換えられないときには、線材と条材は別市場という判断になりがちです。

こういうパターン(直接の需要者との関係では競合していないけれど、川下では競合している)はよく実務で発生します。

市場を形式的に判断する公取の傾向からすると、一部の需要者(=線材加工業者)でも排除されるなら違法だ、となりがちだったのですが、今回、そういう形式的な判断はしないのだということが明らかにされたのは、たいへん結構なことだと思います。

■ 事例7 ジンマーとバイオメットの統合(医療機器製造販売)

この事例では、問題解消措置として資産譲渡が求められるともに、統合実行後一定期間内に譲渡先と契約できなかったときには事業処分受託者(トラスティ trustee)が売却をする、ということになっています(67頁)。

トラスティは米国では一般的な制度なので、米国のレメディに平仄を合わせたのでしょう。

今後、純粋に国内でのM&Aにも採用されるための下地になるのではないでしょうか。

また、経済分析で、市場集中度がメーカー価格にプラスの影響を持つことがわかったとされています(66頁)。

手続的なところでは、1次審査で需要者へのヒアリングが行われたことが注目されます(52頁)。

また王子中越の事例と同じく、2つの商品で供給性が認められても1つの市場とは認めない(供給者の構成や市場シェアの状況が異なるので)という判断がされています。(56頁)

■ 事例8 KADOKAWAとドワンゴの共同株式移転

この事例では、有料動画配信事業などが問題になり、双方向市場では間接ネットワーク効果(コンテンツが増えると需要者の満足度が上がり、需要者の数が増えるとコンテンツが増える、という関係があること)が存在するので、ドワンゴには顧客閉鎖(ドワンゴが競争者からコンテンツ調達を拒否すること)のインセンティブがない、と判断されています。(73頁)

たしかにそのとおりでしょう。

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