「それなりに」の英訳
流通取引慣行ガイドラインが一部改正されましたが、改正ガイドラインでは、販売方法の制限について、最高裁判例に従って、
「それなりの合理的な理由」
という文言に改められています。
これを公取委の英訳でどう訳しているのか見てみたら、
「plausibly rational reasons」
と翻訳されていました。
「それなり」という曖昧な言葉を、かなり苦心して訳されたのではないかと思います。
plausibleというのは、日本語に訳しにくい言葉ですが、
「もっともらしい」
とか
「まことしやかな」
とか訳されることが多いようです。
この和訳を鵜呑みにすると、公取訳は、「それなりに」を、「もっともらしい」、「まことしやかに」と訳していることになり、たいぶ意味がずれるようにも見えます。
しかし、英語本来の「plausible」の意味は、本来そこまで怪しげな意味ではなくって、たとえばOxford Advanced Learners' Dictionaryでは、
「(of an excuse or explanation) reasonable and likely to be true」
「(弁解や説明が)合理的で、かつ、真実である可能性が高い」
と説明されており、かなりポジティブな言葉であることが分かります。
私も、plausibleという言葉を、あまりネガティブな意味でネイティブスピーカーが使っているのを聞いたことがありません。
一方、「それなり」を『新明解国語辞典』で調べると、
「十分ではないが、予測された程度に応じたものだと評価できる様子を表す。
『―におもしろい(意義がある・評価する)/―の価値はある』。」
と説明されています。(「まあそんなもんだろう」という感じでしょうか。)
「それなり」の一般的な語感はまさにその通りで、さすが『新明解』だと思います。
ただ、最高裁判例の「それなりに」というのを、まさに『新明解』のような意味と理解してよいかどうは、けっこう悩ましいところではないかと思います。
最高裁の「それなり」というのは、たぶん、
「裁判所は、販売方法の合理性みたいな、ビジネスのことはよくわかりませんから、合理性はあまり厳格にはみませんよ」
というメッセージなのではないでしょうか。
そうすると、「それなり」の本来の意味は『新明解』のいうようにかなりいい加減なものですが、最高裁の意図はそこまでいい加減なものではないと善解すると、そこそこポジティブなニュアンスのある「plausible」と訳すのは、あり得る訳ではないかという気がします。
また、でき上がりの、
「plausibly rational reasons」
という規範全体をみると、客観的な(神様の目から見た)「reasonable reason」ではなくて、「plausibly」という、やや曖昧さを残す規範となっていることが何となく伝わるので、そういう意味でも、これはこれでうまい訳かも、という気もします。
(法規範自体に、「plausibly」なんていうあいまいな言葉を使うこと自体について、英米国人は、ぎょっとするかもしれませんが。)
というわけで、「それなり」は、公取の訳に従って、「plausibly」と訳そうと思います。
「日本の判決文を英訳しようとするとうまく訳せないことが多くて困る」と、かつて研究者の方がおっしゃっていましたが、たしかにこの「それなり」も、判決を英訳すると妙な言葉や曖昧な論理を使っている場合にはすぐにばれてしまう、という好例のように思われました。
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