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2015年5月 7日 (木)

日豪独禁協定に関する日経記事(4月30日)と公取発表について

4月30日の日経朝刊に、

「公取委、豪当局と協定 証拠資料など相互提供 」

という見出しで、

「公正取引委員会は29日、オーストラリア競争・消費者委員会(ACCC)との間で、独占禁止法違反事件の証拠を共有できる協力協定を結んだ。調査で入手した電子メールや文書を交換することで情報収集機能を高め、国際的なカルテルの摘発増加につなげる。」

と書いてありました。

日米や日EUの協定でも、証拠の交換まではできないので、「思い切ったことをするもんだなぁ」と思うとともに、「どうしてオーストラリアなんだろう?(ICNの年次大会がシドニーであったので、そのお土産か?)」、などと変な勘繰りもしたりしました。

(従来の協定で証拠の交換ができないことは、同記事でも、「公取委が証拠共有まで踏み込んだ協定を結ぶのは初めてで、世界でも米豪間など数例にとどまる。」と書いてあります。)

ところが公取委のホームページをみて、ちょっと意味が分からなくなりました。

「概要」のところで、関連部分では、

「イ 各競争当局は,審査過程において違反被疑事業者等から入手した情報の共有を検討。」

となっていて、あくまで、(将来の課題として?)「検討」するだけであるかのように読めます。

「あれ?」と思って、協定の英語の正文のサブパラグラフ4.3をみると、

「Each competition authority will, where practicable and to the extent consistent with the laws and regulations of its country, give due consideration to sharing information obtained during the course of an investigation.

Each competition authority retains full discretion when deciding whether to share such information or not. The terms of use and disclosure of such information will be decided in writing on a case-by-case basis」

となっており、審査の過程で得た情報(つまり証拠)を共有することについて「適切に考慮する」(give due consideration)となっています。

しかも、「will」なので、(英文契約でwillとshallをどう使い分けるのかという論点はありますが)基本的には考慮義務があるといってよいと思います。

ところが公取委の仮訳では、

「各競争当局は、実行可能な場合で、かつ、自国の法令によって許容される限りにおいて、審査過程において入手した情報を共有することについて相応の検討をする

各競争当局は、当該情報を共有するか否かを決定するに際し、完全な裁量を保持する。当該情報の使用及び開示の条件は、場合によっては書面で決定される。」

と、されています。

これが先の「イ」の、「共有を検討」の出どころなのですね。

でも、「give due considration」というのは、義務とまではいえないけれど十分に考慮する、ということを表す常套句なので、お互いに裁量はあるにせよ、実際に相当程度の証拠の共有が行われる趣旨であろうと読み取れます。

それを、「相応の検討」と翻訳するのは、誤訳とはいいませんが、あまり適切な訳とはいえないと思います。

たとえば、政府の英訳法令データベースで、森林病害虫等防除法(暫定版)の7条の2(防除実施基準)(Pest Control Implementation Standards)をみると、

「第七条の二 農林水産大臣は、薬剤による防除が自然環境及び生活環境の保全に適切な考慮を払いつつ安全かつ適正に行われることを確保するため、森林病害虫等の薬剤による防除の実施に関する基準(以下「防除実施基準」という。)を定めなければならない。」

というのを、

「Article 7-2 (1) In order to ensure that control through pesticide application is implemented safely and properly, while appropriately giving consideration to conservation of the natural and living environment, the Minister of Agriculture, Forestry and Fisheries shall set standards concerning implementation of control of Forest Pests, etc. through pesticide application (hereinafter referred to as "Pest Control Implementation Standards").」

と英訳しています。

appropriateはdueと同じ意味なので、やはり日豪協定の「give due consideration」は、「適切な考慮を払う」と訳すべきでしょう。

しかも公取委の仮訳だと、「will」が訳出されていません。これは法令の翻訳として、ちょっと問題だと思います。

法令データベースで「相応の検討」で検索してもヒットしないので、「相応の検討」という用語は日本の法令では用いられていないものと思われます。

一般論としては、「検討する」を「consider」と訳すのは、かまわないと思います。

たとえば信託法附則4項では、

「前項の別に法律で定める日については、受益者の定めのない信託のうち学術、技芸、慈善、祭祀、宗教その他公益を目的とする信託に係る見直しの状況その他の事情を踏まえて検討するものとし、その結果に基づいて定めるものとする。」

というのを、

「The date specified separately by law set forth in the preceding paragraph shall be considered in light of the status of the review of trusts with no provisions on their beneficiaries which are created for academic activities, art, charity, worship, religion, or other public interest, as well as other circumstances concerned, and shall be determined based on such consideration.」

と英訳しています。

ですが、逆に、「consider」を「検討する」と訳してよい場合は、かなり限られると思われます。

少なくとも日豪協定4.3条においては、適切ではありません。

「検討する」という日本語から浮かぶ英語としては、むしろ、「study」とか、「investigate」とかではないでしょうか。

なお、証拠の共有を念頭においた条文として面白いものとして、日豪協定パラグラフ4.1では、

「Each competition authority will endeavour to render assistance to the other competition authority in the other’s enforcement activities to the extent consistent with the laws and regulations of the country of the assisting competition authority and the important interests of the assisting competition authority, and within its reasonably available resources.

Such assistance may include supporting the other competition authority in the application for approval of a separate governmental body of the country of the assisting competition authority if such approval is required to obtain information or evidence from enterprises or individuals of the country of the assisting competition authority.」

というのがあって、公取委の仮訳では、

「一方の競争当局は、自国の法令及び自己の重要な利益に適合する限り、かつ、自己の合理的に利用可能な資源の範囲内で、他方の競争当局に対してその執行活動について支援を提供するよう努力する。

そのような支援には、他方の競争当局が、支援を提供する競争当局の国内の企業又は個人から情報又は証拠を入手する際に、当該国の別の政府機関から同意を得ることが必要な場合において、当該政府機関から同意を得るための申請に係る支援が含まれ得る。」

とされています。

つまり、証拠の提供に自国の他の政府機関の承認が必要なら、その承認申請もする、ということですね。

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