排他取引の経済分析
標題のテーマで弁護士会の勉強会で発表しましたので、スライドを貼り付けておきます。
今回の発表で、Michael D. Whinston, “Lectures on Antitrust Economics, Chapter 4” (2008) を読んでみましたが、いろいろ学ぶところが多かったです。
この本(の4章)は、数学的に難しいところはほとんどなく(微分積分はほとんど出てきません。ほとんど足し算と引き算だけです)、「Lecture」の名に相応しい、直感的な説明をしてくれているので、理解しやすく(でも難しいですが)、とてもお薦めです。
中でも、排他取引の正当化理由としての関係特殊的投資の保護が、どのような場合に理由があって、どのような場合に理由がないのか、というのは、なるほど、と思いました。
売手2人、買手1人のモデルを前提に要約すると、
①ある投資が、買手が他の取引先と取引する価値に影響を与えないものである場合には、排他取引によって当該投資が促進されることはない(∵そのような投資は当事者の決裂利得(disagreement payoff)に影響を与えないので)
②売手が行うある投資が、買手が他の売手と取引する価値も上げるものである場合には、排他契約を締結することで投資が促進される(∵そのような投資はフリーライドのおそれがあり、当事者の決裂利得に影響を与えるので)
③売手が行うある投資が、買手が他の売手と取引する価値を下げるもの(買手の特定の売手に対する忠誠度を上げるような投資)である場合には、排他契約を締結することで投資が抑制される(∵排他契約のないときのほうが、買手の決裂利得が上がり、逆に、売手の交渉力は下がってしまうので)
ということです。
非効率的な既存事業者が効率的な既存事業者を排他契約で排除することはできないというシカゴ学派の主張は、排他契約の外部性を考慮していないなど、ポストシカゴ学派からの反論がいろいろとありますが、ポストシカゴ学派の反論も、排他契約の外部性を考慮して初めて成り立つ話なので、要は、具体的事案においてどちらの方がより妥当しそうかを見極めるのが大事で、どちらが一方的に正しいというものではありません。
ポストシカゴの議論が成り立つのは、かなり市場支配力のある既存事業者がいる場合でなければ成り立たないのではないかという気がしますし、そうすると、市場シェア10%で有力な事業者になり得るという流通取引慣行ガイドラインの定めは、いかにも現実に即していないといえそうです。
あと、今回の発表では、時間の関係と難し過ぎるので取り上げられなかったですが、
①契約に関与する当事者(例、メーカーと小売)間の競争により利益を受ける部外者(例、消費者)が存在する場合、他者排除の可能性がある(例えば、 メーカーと小売間の契約に関与しない最終消費者は、小売間の競争の利益を受ける)
②契約関与者の合計余剰は、部外者が享受する競争を減殺することで増加し、関与者全員の合計余剰を最大化する多当事者間契約(multi-party agreement)により、かかる競争を減殺が可能となり、この場合、他者排除の可能性がある(例えば、メーカーと複数小売の合計余剰は、小売間の競争を制限して小売価格を引上げることで増加する)
③多当事者間契約が締結不能だと、契約関与者間に生じる外部性のために、単純な(非排他的な)契約では合計余剰の最大化ができない可能性がある。この場合、外部性を除去するために排他契約が締結される可能性がある
というWhinston [1990]の議論が、面白かったです。
参考までに、Whinston p156のモデル(Hart-Tirole [1990])は、こんな感じです(楕円内が契約関与者)。
私は、「独禁法を理解するためには経済学を知る必要がある」とアメリカの教科書に書いてあったことを真に受けて、独禁法の専門家になるためには経済学の理解が必要だと信じて、留学中にコツコツ経済学と産業組織論の勉強をしていたのですが、日本に戻ってみると、経済学の議論が独禁法の法律実務で取り上げられることは、ほとんどありません。
(ところが、独禁法に詳しい法律家は、経済学を知らなくても、経済モデルに対する非常に鋭い指摘をできるようになるのが、面白いところです。)
いわゆる経済分析が企業結合などで用いられる機会が増えていますが、誤解を恐れずにいえば、あれは、ここでいう経済学ではなくて、どちらかというと統計学(計量経済学)です。
でも、独禁法が経済学から得られるメリットというのはたくさんあります。
少なくとも、頭が非常にクリアーになるし、その業界での競争の本質を見抜いて、それを言葉に表す能力は確実に上がります。
(反面、経済原則を無視した法律家の議論は、ますます理解困難になります。苦笑)
これからも、地道にコツコツ、独禁法実務に経済学の考え方を広げていけるよう、努力したいと思います。
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