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2015年1月29日 (木)

労働契約への独禁法の適用

アップルやグーグルが従業員の非勧誘協定について司法省と和解をしましたが、日本では、労働契約に独禁法が適用されるのか、実務上の微妙な議論があります。

例えば今回のアップルのケースが仮に日本で問題になった場合、金井・川濱・泉水『独占禁止法(第3版)』23頁では、

「〔スポーツ選手等に対する報酬カルテルが独禁法違反であることは〕使用者が共同して、事業者にはあたらない労働者の賃金について協定(最高賃金カルテル)を結べば独禁法違反であることと同じである。」

と、労働契約にも独禁法が適用される(賃金カルテルは違法である)ことが、当然のこととして記載されています。

ところが公取委の立場はこれとはことなっていて、例えば、平成24年3月28日事務総長会見では、

「(問) プロ野球の新人契約の関連の話で,読売新聞の報道では,公正取引委員会が平成6年に,契約金に上限を設けると12球団がカルテルを組んで入り口を閉めたことになる,それは認められないとの考えを示したとされていますが,当時,このような考え方が示されたのかどうか確認させてください。要は,独占禁止法に抵触するおそれがあると示したのかどうか教えてください。

 (事務総長) 今の御質問の点に関しましては,公正取引委員会は,平成6年に,プロ野球球団の団体から新人選手の契約金に上限を設けることについて相談を受けております。これに対しては,平成6年10月ですが,プロ野球選手の契約関係については,労働契約ないしは労働関係としての性格を備えているものとみられる点などを踏まえますと,独占禁止法に直ちに違反するものとの認識は現在有していない,契約金の性格等に関して当事者において確立した理解がされていない面があることから判断は困難であるものの,基本的な認識としては,今申し上げたとおり,労働契約としての性格を備えているものとみられる点などを踏まえますと,独占禁止法に直ちに違反するものとの認識は現在有していないということを口頭で回答しております。」

と、プロ野球選手の契約は労働契約なので独禁法は適用されないという見解が示されています。

この問題について、明示的に問題意識を持って論じたものとして、『論点体系独占禁止法』p7(滝澤執筆部分)で、

「独禁法の制定当初は労働者や労働組合を規制対象から外すために事業者要件を置く意図があったとされる。その影響からか、現在でも労働問題については独禁法の適用が除外されるかのような記述がみられることがある(一例として、公取委『東日本大震災に関するQ&A問5)。

しかし、被用者の賃金や労働時間を調整しあう雇用者について事業者性が否定される理由は、条文上も判例上も存在しない。」

として、事業者の定義に関してではありますが、労働契約に独禁法が適用されるべきと述べられています。

(『論点体系』は私も執筆者の1人なので何ですが、こういう論点にも触れているところが渋いですね。ちなみに、『注釈』にも、『条解』(新版・旧版)にも、この論点の記述は見当たりませんでした。)

上記で引用されている震災Q&Aの問5は、

「問5(4月5日追加)

仕事を失った被災者を地域でなるべく多く従業員として受け入れたい。その際,関係事業者が共同して,又は事業者団体が,賃金,労働時間等について調整したり決定することは,独占禁止法上問題となりますか。

答 被災者をどのような条件で雇用するかという雇用契約上の問題ですので,労働関係法令上の考慮の必要性は別として,独占禁止法上は問題となるものではありません。」

というものです。とてもはっきりしていますね。

ちなみに泉水先生のブログの「プロ野球報酬協定と独禁法」という記事では、

「江川騒動のときに、公取委の委員長が、プロ野球選手契約は「雇用契約」であり、「雇用契約」には独禁法は適用されないと発言した」

と述べられています。そうだったんですね。

以上の通り、通説は労働契約に独禁法適用あり、公取委は適用なし、ということです。

しかし、これはどう考えても公取委の解釈がおかしいです。

たぶん根本にあるのは、労働契約には労働法の適用があって、労働法は厚労省の所管だから、公取委はタッチしない、という、お役所的な発想なのでしょうけれど、明文の適用除外規定がないのに適用除外するのは無理があります。

それに、役務を提供する側が労働者(従業員)か事業者かは、それぞれの契約関係ごとに、ある意味偶然で決まることであって、役務提供市場では両者が競争していることも十分あり得るのに、労働者に対してだけ独禁法の保護が及ばない(賃金カルテルが許される)というのは、どう考えてもバランスが悪いです。

あるいは、労働法の保護が及んでいるのだから独禁法の保護は不要である、ということかもしれませんが、役務購入競争の利益(→競争法の守備範囲)は、個別労働関係の規制(→労働法の守備範囲)で代替できるものでも、代替すべきものでもないでしょう。

例えば、競争法の発想では優秀な労働者はどんどん高賃金を得てしかるべきですが、労働法の発想では、優秀でない労働者でも最低限の賃金は補償されるべきであり、両者の規制原理はまったく異なるからです。

なので競争法と労働法が補完するということはあっても、相互に代替するということはないはずです。

労働組合がカルテルになるかという文脈では、労働者の保護のために労働組合に独禁法が適用されては困るわけですが、だからといって、労働者が使用者らのカルテルの被害者になってよいということにはならないでしょう。(と、私は思います。喧嘩両成敗、あるいは「良いとこ取り」は許さない、という発想もあるかもしれませんが。)

江川問題にせよ、震災Q&Aにせよ、良きにつけ悪しきにつけ政治的な匂いのする素材でこの論点が論じられることが多いのは、歴史の偶然とはいえ、独禁法の解釈論にとってあまり幸福なことではないと思います。

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