5条書類の保存期間の起算点
下請法5条の、いわゆる5条書類(下請取引の経緯を記録するための書類)については、親事業者は2年間保存する義務があります。
つまり、下請法5条では、
「親事業者は、下請事業者に対し製造委託等をした場合は、
公正取引委員会規則で定めるところにより、
下請事業者の給付、給付の受領・・・、下請代金の支払その他の事項について記載し又は記録した書類又は電磁的記録・・・
を作成し、これを保存しなければならない。」
と規定されており、「下請代金支払遅延等防止法第五条の書類又は電磁的記録の作成及び保存に関する規則」3条では、
「法第五条 の書類又は電磁的記録の保存期間は、
第一条第一項から第三項までに掲げる事項〔5条書類の記載事項〕の記載又は記録を終った日から
二年間とする。」
と規定されています。
では、5条書類の保存期間の起算点は具体的にいつなのでしょう。
(ちなみに話は飛びますが、犯罪による収益の移転防止に関する法律6条2項および同施行規則18条2項では、本人確認記録の保存期間の起算点を具体的に定めていますので、下請法の場合も、保存期間について法律の全面的な委任を受けた公取委がきちんと規則で定めておけばよかったのではないかという気がします。)
これについて、粕渕他『下請法の実務(第3版)』p104では、
「発注日を起算日としての2年間ではなく、5条規則で定められた事項の記載をすべて終了した日(通常は、下請代金の額の支払を記載してからと考えられる。)から起算して2年間保存する必要がある(5条規則第3条)。」
と説明されています。
この説明からすると、起算点は(記載事項単位ではなく)取引単位でみる、という解釈が読み取れます。
(ちなみに、5条書類は1通の書類である必要はなく、記載事項の相互の関係さえ明らかになっていれば、別々の書類でも構いません。規則1条4項)
なので、実務的にはこのように対応しておけば問題ない(公取委から文句を言われることはない)のですが、この説明、5条規則の解釈論としては、やや微妙なところがあります。
というのは、5条規則の2条2項では、
「前条第一項から第三項までに掲げる事項〔5条書類の記載事項〕を書類に記載する場合には、下請事業者別に記載しなければならない。」
と規定されており、5条書類は下請事業者別に作成しないといけないわけですから、保存期間についても、それぞれの下請事業者ごとにすべての記載事項の記載を終わった時が起算点ではないか(つまり、当該下請事業者との取引が続く限りは5条書類は保存し続けなければならないのではないか)、という疑問が湧いてくるのです。
まあそこは、取引の経緯を記録するという5条書類の趣旨にかんがみて、取引単位で保存期間を定めればよいというのが常識的な結論なので、取引ごとに起算点が定まるという解釈が穏当なのでしょう。
でもそうすると、2条2項の「下請事業者別に」というのはいったいどういう趣旨なのか、よくわからなくなります。
イメージとしては、5条書類は下請事業者別にファイルしておいて、そのファイルを見れば、当該下請事業者との過去2年間の取引記録が分かる、というようになっていなければならない、というのが2条2項の意味なのでしょう。
いくつか注意点を述べると、まず、規則3条では、「記載又は記録を終わった日から2年間」となっており、記録すべき事実が発生してから2年間ではありません。
つまり、記録すべき事実を記録しなかった場合、保存期間は開始されないので、永久に保存しないといけなくなります。
これは、例えば代金を支払ったのに(規則1条1項6号により支払日は記載事項)、これを記載しないでいると、この部分に関する記載不備だけでなく、永久に保存しておかないと当該下請取引にかかる他の記載項目についても5条書類の保存義務違反罪(50万円以下の罰金、下請法10条)が成立する、ということを意味します。
それから、前記粕渕で、「通常は」と留保していることからもわかるように、代金支払日が起算点にならないことも考えられます。
例えば、給付をやり直させた場合も5条書類に記載する必要があるので(規則1条1項4号)、代金支払い後にやり直しをさせたケースでは、やり直しをさせたことを記載した日から起算されます。
(「やり直させた」というのがいつなのかはやや微妙ですが、素直な文言解釈からすると、やり直しを命じた日(例えばやり直しの指示書の発行日)ではなく、実際にやり直させた日、つまり、やり直しの成果を受領した日と考えるのが素直だと思います。)
やり直しは受領後1年を経過すると原則としてできないことになっていますが(講習テキストp66)、最終顧客との保証期間が1年を超えて例えば5年とかであれば、5年後にやり直しを命じることも問題ないとされているので(講習テキストp68、Q102)、5年後にやり直しということもあり得るわけです。
(厳密にいえば、5条書類に記載すべきなのは適法なやり直しだけではなく、違法なやり直しも含まれるので、最終顧客との保証期間の合意なく5年後にやり直しをさせると、やり直しの費用を親事業者が負担するかどうかにかかわらず、それも5条書類に記載しないといけないことになります。)
そうすると、5年後にやり直しをさせることが分かっていれば当該取引について5条書類も保存しているでしょうが、そうでない限り、5年もたてば既に廃棄している可能性は大いにあります。
ということも考えると、少なくとも最終需要者と保証期間の定めがある製品についての下請取引については、5条書類は保証期間中は保存しておくべき、ということになりそうです。
でも現実にはどうなんでしょうね。
そこまで厳しくは、公取委も見ないのではないでしょうか。
そういう例外的な場合に、保存期間中に破棄してしまった(しかも、やり直しが生じることが予見できなかったために破棄してしまった)としても、遡って保存義務に違反していたことになるといって問題視されることは、実際にはないような気がします。
(解釈論としては、10条2号の不保存罪では、「保存せず」というのが実行行為なので、悩ましいところではありますが。)
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