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2014年8月

2014年8月29日 (金)

景表法への課徴金導入に関するパブコメ

景表法への課徴金導入に関するパブコメが募集されています。

被害者に被害弁償すると課徴金を免除するというのが売りですが、参考資料をみると、措置命令が確定してから、課徴金納付命令についての弁明の機会の付与と返金手続、という流れになるようです。

でもそすうると、(実体法違反については既に措置命令の方の手続で決着がついているという前提なのでいいのですが)課徴金の要件を争おうという事業者は、返金手続が事実上できないことにならないのでしょうか。

つまり、表示が不当表示であったことは決着しているとしても、違反行為の終期については、「概要」によると、

「違反行為により一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認められなくなる日」

が終期のようなので(形式上は3年間の違反期間の最終日ですが)、けっこう微妙な問題があるのではないでしょうか。

あと、課徴金の対象売上についても、例えば、

ネットショップだけで不当表示があった場合にはネットショップでの売り上げだけが対象売上じゃないのか、

とか、

一店舗だけで不当表示があった場合には当該店舗の売上だけが対象売上じゃないのか(いやいや、その店舗で見た人が別の店舗で買う可能性もあるじゃないか)

とか、

さまざまな反論がありうるような気がします。

もうちょっと現実的な例では、例えば、

「車海老」と表示していたけど実はバナメイエビだったけれど、バナメイエビを使ったのは車海老が手に入らなかったほんの数週間のことだけで(あるいは、「車海老」と表示しないバナメイエビ料理もあって)、「車海老」と表示したバナメイエビを使った料理の売上高が特定できない、

なんていう場合もありそうです。

さらに過去の例にヒントを得て起こりそうな問題を考えてみると、

携帯電話の通信速度について不当表示があった場合、課徴金対象の売り上げは、不当表示期間中の(既存の契約者からの売り上げも含む)同種サービス全部の売り上げなのか、それとも、不当表示期間中に契約した契約者に対する売上だけなのか、

とか、

「翌日配達」という宅配サービスの表示が北海道については事実と異なり2日かかっていた場合、課徴金対象売上は北海道発着の荷物からだけの売り上げなのか、それとも全国の同種サービスなのか(たぶん、北海道発着分だけでしょう)、

とか、

携帯電話の通信速度に地方によってばらつきがあり、一地方では広告通りの通信速度が達成できていなかった場合、課徴金対象売上は当該一地方の契約者のみなのか、それとも全国の契約者からの売り上げなのか(何となく全国の売り上げのような気がしますが、ほんの一部だけで通信速度が広告に達していなかった場合に全国の売り上げに課すのが妥当なのか?上記宅配便のケースとの整合性は?)

とか、いろいろありそうです。

これらのシミュレーションは消費者庁でも現在一生懸命やっていると想像されますが、ぜひ、その成果を条文に反映させていただきたいものです。不公正な取引方法の課徴金の定め方はカルテルの条文のコピペなので、大雑把すぎます(細かい条文にすると、それはそれで計算が大変で、執行コストが大きくなりすぎることを懸念したのかもしれませんが)。

いずれにせよ条文が出たらこの課徴金算定基礎の問題はきちんと考えてみたいと思います。

だいぶ話が逸れたので話を戻すと、以上のような課徴金算定額を意識した細かい認定は措置命令では書かれるはずもないでしょうから、争うとしたら課徴金納付命令の方で争うしかないわけです。

でも、現行案だと、返金手続は課徴金納付命令が出る前に行うことになっているようで、課徴金納付命令が出たあとにそれを争って、負けた後に返金するということは予定されていないようです。

とすると、「不当表示だったことは争わないけど課徴金額は争いたい」という場合には、返金制度を利用することが事実上できないことになります。

課徴金制度は抑止力が目的で、被害回復は一義的な目的ではないのだと割り切るならこれでもいいのかもしれませんが、争ったあとでも返金の道がある方が被害回復に資することは間違いないので、ここまで割り切らなくてもいいような気がします。

この返金制度は極めて複雑で、担当者のみなさんは一生懸命考えて作っているのでしょうけれど、細かく見ていくといろいろな問題が出てくるような気がしてなりません。

あと、返金制度の問題ではなく課徴金制度そのものの問題ですが、(条文の作り方次第ですが)仮に不当表示があったとしても、不当表示があろうがなかろうが買った人(その表示については無頓着だった人)、あるいは、不当表示を見ずに買った人、というのも一定数必ずいるはず(場合によってはそういう人の方が多数派)で、それでも全売り上げが課徴金の対象売上なのか?という疑問もあります。(きっとそういうケースは、消費者庁は取り上げないか、そもそも「著しく誤認」の要件を満たさないかもしれません。)

今後の展開に注目です。

2014年8月28日 (木)

流動化物件の賃借と消費税転嫁法

オフィスや店舗の賃料を消費税分値上げしなかったことが転嫁法の買いたたきに該当するとされた事例として、(株)三城に対する勧告(平成26年6月12日)や、吉野家グループに対する措置請求(平成26年8月20日)などが出てきています。

賃料も転嫁拒否禁止の対象になることは、このブログでも以前指摘したとおりです。

まず、自らが大規模小売事業者(おおざっぱにいって前年度の売上が100億円以上の小売事業者)に該当する場合、相手方にかかわらず常に転嫁拒否行為の対象になるので、賃料は必ず増税分の3%引上げないといけません。

さらに、大規模小売事業者に該当しない場合(メーカーや卸、飲食店を含むサービス業など)には、相手方(家主)が、「資本金の額又は出資の総額が三億円以下である事業者」である場合には、転嫁拒否禁止の適用があります。

そこで注意すべきは、最近よくある、いわゆる流動化物件を借りている場合です。

賃貸借契約で貸主が「○○特定目的会社」とかなっている、あれです。

資産の流動化に関する法律107条では、

「特定目的会社の資本金の額は、

特定資本金の額

又は

資産流動化計画で優先出資の発行が定められた場合には、特定資本金の額及び優先資本金の額の合計額

とする。 」

とされています。

大きな物件だと特定資本金(株式会社でいえば、普通株式の払い込み分に相当)と優先資本金(同じく優先株式の払い込み分に相当)を合わせて3億円以下ということはあまりないのかもしれませんが、中小規模の物件だとありそうですし、大規模な物件でもレバレッジが効いていれば(特定社債の部分が大きければ)3億円以下ということもあるかもしれません。

流動化物件を借りている事業者のみなさんは、賃貸人の特定目的会社の資本金(特定資本金+優先資本金)の額を確認する必要があるでしょう。

しかし、流動化物件(その背後には銀行やファンドなど巨大資本が控えていることが多い)に、こんな「漁夫の利」を与える必要なんて、あるのでしょうかね。

オフィスを借りている事業者には中小企業も多いことを考えると、なおさら納得できない感じがします。

2014年8月25日 (月)

5条書類の保存期間の起算点

下請法5条の、いわゆる5条書類(下請取引の経緯を記録するための書類)については、親事業者は2年間保存する義務があります。

つまり、下請法5条では、

「親事業者は、下請事業者に対し製造委託等をした場合は、

公正取引委員会規則で定めるところにより、

下請事業者の給付、給付の受領・・・、下請代金の支払その他の事項について記載し又は記録した書類又は電磁的記録・・・

を作成し、これを保存しなければならない。」

と規定されており、「下請代金支払遅延等防止法第五条の書類又は電磁的記録の作成及び保存に関する規則」3条では、

「法第五条 の書類又は電磁的記録の保存期間は、

第一条第一項から第三項までに掲げる事項〔5条書類の記載事項〕の記載又は記録を終った日から

二年間とする。」

と規定されています。

では、5条書類の保存期間の起算点は具体的にいつなのでしょう。

(ちなみに話は飛びますが、犯罪による収益の移転防止に関する法律6条2項および同施行規則18条2項では、本人確認記録の保存期間の起算点を具体的に定めていますので、下請法の場合も、保存期間について法律の全面的な委任を受けた公取委がきちんと規則で定めておけばよかったのではないかという気がします。)

これについて、粕渕他『下請法の実務(第3版)』p104では、

「発注日を起算日としての2年間ではなく、5条規則で定められた事項の記載をすべて終了した日(通常は、下請代金の額の支払を記載してからと考えられる。)から起算して2年間保存する必要がある(5条規則第3条)。」

と説明されています。

この説明からすると、起算点は(記載事項単位ではなく)取引単位でみる、という解釈が読み取れます。

(ちなみに、5条書類は1通の書類である必要はなく、記載事項の相互の関係さえ明らかになっていれば、別々の書類でも構いません。規則1条4項)

なので、実務的にはこのように対応しておけば問題ない(公取委から文句を言われることはない)のですが、この説明、5条規則の解釈論としては、やや微妙なところがあります。

というのは、5条規則の2条2項では、

「前条第一項から第三項までに掲げる事項〔5条書類の記載事項〕を書類に記載する場合には、下請事業者別に記載しなければならない。」

と規定されており、5条書類は下請事業者別に作成しないといけないわけですから、保存期間についても、それぞれの下請事業者ごとにすべての記載事項の記載を終わった時が起算点ではないか(つまり、当該下請事業者との取引が続く限りは5条書類は保存し続けなければならないのではないか)、という疑問が湧いてくるのです。

まあそこは、取引の経緯を記録するという5条書類の趣旨にかんがみて、取引単位で保存期間を定めればよいというのが常識的な結論なので、取引ごとに起算点が定まるという解釈が穏当なのでしょう。

でもそうすると、2条2項の「下請事業者別に」というのはいったいどういう趣旨なのか、よくわからなくなります。

イメージとしては、5条書類は下請事業者別にファイルしておいて、そのファイルを見れば、当該下請事業者との過去2年間の取引記録が分かる、というようになっていなければならない、というのが2条2項の意味なのでしょう。

いくつか注意点を述べると、まず、規則3条では、「記載又は記録を終わった日から2年間」となっており、記録すべき事実が発生してから2年間ではありません。

つまり、記録すべき事実を記録しなかった場合、保存期間は開始されないので、永久に保存しないといけなくなります。

これは、例えば代金を支払ったのに(規則1条1項6号により支払日は記載事項)、これを記載しないでいると、この部分に関する記載不備だけでなく、永久に保存しておかないと当該下請取引にかかる他の記載項目についても5条書類の保存義務違反罪(50万円以下の罰金、下請法10条)が成立する、ということを意味します。

それから、前記粕渕で、「通常は」と留保していることからもわかるように、代金支払日が起算点にならないことも考えられます。

例えば、給付をやり直させた場合も5条書類に記載する必要があるので(規則1条1項4号)、代金支払い後にやり直しをさせたケースでは、やり直しをさせたことを記載した日から起算されます。

(「やり直させた」というのがいつなのかはやや微妙ですが、素直な文言解釈からすると、やり直しを命じた日(例えばやり直しの指示書の発行日)ではなく、実際にやり直させた日、つまり、やり直しの成果を受領した日と考えるのが素直だと思います。)

やり直しは受領後1年を経過すると原則としてできないことになっていますが(講習テキストp66)、最終顧客との保証期間が1年を超えて例えば5年とかであれば、5年後にやり直しを命じることも問題ないとされているので(講習テキストp68、Q102)、5年後にやり直しということもあり得るわけです。

(厳密にいえば、5条書類に記載すべきなのは適法なやり直しだけではなく、違法なやり直しも含まれるので、最終顧客との保証期間の合意なく5年後にやり直しをさせると、やり直しの費用を親事業者が負担するかどうかにかかわらず、それも5条書類に記載しないといけないことになります。)

そうすると、5年後にやり直しをさせることが分かっていれば当該取引について5条書類も保存しているでしょうが、そうでない限り、5年もたてば既に廃棄している可能性は大いにあります。

ということも考えると、少なくとも最終需要者と保証期間の定めがある製品についての下請取引については、5条書類は保証期間中は保存しておくべき、ということになりそうです。

でも現実にはどうなんでしょうね。

そこまで厳しくは、公取委も見ないのではないでしょうか。

そういう例外的な場合に、保存期間中に破棄してしまった(しかも、やり直しが生じることが予見できなかったために破棄してしまった)としても、遡って保存義務に違反していたことになるといって問題視されることは、実際にはないような気がします。

(解釈論としては、10条2号の不保存罪では、「保存せず」というのが実行行為なので、悩ましいところではありますが。)

2014年8月21日 (木)

振込手数料の値下げと下請代金の減額

平成26年8月20日付で勧告された「北雄ラッキー株式会社に対する勧告について」で、

「北雄ラッキーは,下請代金を下請事業者の金融機関口座に振り込む際の振込手数料を下請代金から差し引くこととしていたところ,インターネットバンキングを利用することによって振込手数料が下がった後も,従来どおりの振込手数料を差し引いていたことにより,平成24年10月から平成26年4月までの間に,実際の振込手数料を超える額を差し引いていた。」

という行為が代金減額であると認定されています。

下請法講習テキストp48では、

「Q77: 下請事業者の了解を得たうえで、下請代金を下請事業者の銀行口座委に振り込む際の振込手数料を下請代金の額から差し引いて支払うことは問題ないか。

A: 発注前に当該手数料を下請事業者が負担する旨の書面での合意がある場合には、親事業者が負担した実費の範囲内で当該手数料を差し引いて下請代金を支払うことが認められる。

なお、実費の範囲内とは、振込手数料として銀行等に支払っている額の範囲内のことであって、インターネットバンキングやFB(ファームバンキング)等の方法を利用している場合においても同様である。」

と解説されています。

つまり、振込手数料を下請代金から差し引くためには、

①事前の書面による合意があること、

②実費の範囲内であること、

という2つの要件を満たす必要があります。

なお、下請事業者が書面で「合意」したことが必要なので、3条書面(発注書)に一方的に記載しただけでは足りません

北雄ラッキーの件では、振込手数料が下がったのにそれを控除額に反映させていなかった、ということが問題視されました。

これを最初に見たときは、振込手数料の引き下げがあったときに振込金額に反映させなかったうっかりミスなのかなぁと思ったのですが、よく考えてみると、どうしてこういうことになったのか、若干不可解なところがあります。

つまり、通常、受取人(下請事業者)が振込手数料を負担する合意の下で振込みをする場合、下請代金(例えば10万8000円)を振り込めば、振込手数料(例えば108円)が控除されて、下請事業者の口座には残額(10万7892円)が着金になる、ということで、機械的に振込手数料の引下げが着金額に反映するように思われるのです。

ということは、北雄ラッキーのケースではこういう機械的に差し引かれるようなやり方ではなくて、例えば振込手数料は複数の取引(下請取引以外の取引も含む)の分を一括して銀行に支払い、それを按分して振込額から予め差し引いていた、というようなやり方をしていたのではないか、と推測されます。

ともあれ、機械的に振込手数料を差し引かれるのではない形で差し引いている場合には、振込手数料の引下げには十分に注意しておく必要があります。

ついでに言うと、5条書類の保存期間は2年間ですが、振込手数料に関する合意の書面は振込手数料を控除する限り保存しておく必要があると解されるので(そうしないと、書面での合理を立証できないのに差し引くことになるので)、この点も注意が必要でしょう。

2014年8月19日 (火)

共同研究開発ガイドラインの適用範囲

「共同研究開発に関する独占禁止法上の指針」では、その適用範囲について、

「この『指針』が適用される『共同研究開発』は、

『複数の事業者が参加して研究開発を共同で行うこと』である。

すなわち、この『指針』は、共同研究開発の参加者に着目すれば、『複数の事業者』」が参加するものに適用される。」

と定めています。

そしてさらに具体的に、

「研究開発の共同化の方法としては、

(1)参加者間で研究開発活動を分担するもの、

(2)研究開発活動を実施する組織を参加者が共同で設立するもの、

(3)研究開発活動を事業者団体で行うもの、

(4)主として、一方の参加者が資金を提供し、他方の参加者が研究開発活動を行うもの(一方のみが研究開発活動を行い、他方はその成果を一定の対価ですべて取得する場合のように、単に技術開発を目的とする請負契約類似の関係と考えられ、事業者間の共同行為という性質を持たないものは除かれる。)

が考えられるが、この『指針』はそのすべてに適用される。」

と述べられています。

ここで問題になるのは、

「一方のみが研究開発活動を行い、

他方はその成果を一定の対価ですべて取得する場合のように、

単に技術開発を目的とする請負契約類似の関係と考えられ、

事業者間の共同行為という性質を持たないものは除かれる。」

という部分です。

というのは、世の中には「共同研究開発」という名前で呼ばれるものの中に、実質的には単なる開発委託に過ぎないものがけっこうあるからです。

(純粋に行為の効果から独禁法違反の有無を判断できるのであれば、この共同研究開発ガイドラインは無視しても実は差し支えないですし、私などは結論の当たりをつけてからガイドラインに乗っけて説明することが多いのですが、ガイドラインがある以上、実務上無視することもできないので、このガイドラインの適用範囲の問題というのは、説明の仕方やアドバイスの一貫性という、どちらかというと形式的な問題に過ぎないとはいえ、それなりに重要な問題です。)

一言でいえば、発注者(とあえて呼びます)がどの程度研究開発に関与していれば、「共同研究開発」と呼べるのか、ということです。

まず、上に引用した「一方のみが・・・除かれる。」の部分を律儀に文言解釈しても、正しい答えは出ないように思われます。

理由はいろいろありますが、まず、

「一方のみが研究開発活動を行い」

という要件は、「研究開発活動」の定義を示さないと意味をなさないでしょう。(課題の提示だけでも「研究開発活動」か、研究施設を使わせるだけでも「研究開発活動」か、など。)

さらに、

「一定の対価で」

というのも、では一定でなければどうなのか、とか、

「すべて取得する場合」

というのも、では発注者がすべて取得するのではなく一部取得にとどまる(残りは開発者)の場合や、共有の場合はどうなのか、とか、

さらには、

「事業者間の共同行為」

とは何なのか、等々です。

それに、

「(4)主として、一方の参加者が資金を提供し、他方の参加者が研究開発活動を行うもの」

は、上記カッコ内のものでない限り共同研究開発に該当するとされていることも、判断を難しくしています。((4)の本文に該当するのにカッコ内に該当しないものって、あるのでしょうか?)

この点について平林勝英編著『共同研究開発に関する独占禁止法ガイドライン』p24では、

「『主として、一方の参加者が資金を提供し、他方の参加者が研究開発活動を行うもの』とは、

例えば、研究施設を持たない非製造業者が主として資金を提供し、

製造業者が研究開発活動を行い、

成果である技術は両者が共有して、それぞれライセンスや生産、販売等を行う場合である。」

と説明されています。

しかしこれもツボを突いた例とはいいがたく、たとえば資金提供者が研究施設を持つ製造業者なら(4)の本文には該当しないのか、などの疑問がわいてきます。

ただし興味深いのは、「成果である技術は両者が共有して」という部分は、成果の帰属を問題にしているという点で興味深いものがあります。

共同開発という以上成果は共有だろう、という常識には適った指針だとはいえそうですが、では、共有か単独所有かで独禁法上の評価が変わるのか、というと今一つよくわかりません。

(私は基本的には変わらないと思います。技術の伝播という意味では共有にする方が社会のためになるのでしょうが、共同研究開発の効率性は単独ではできないことを可能にする点にあり、成果の帰属は関係ないと思われるからです。共有にしても他者(特に発注者の競争者)へのライセンスを禁止するなど、技術の伝播を妨げる定めを置くことはかのうであり、それを一律に悪いことだともいえないので、やはり「共同研究開発」に該当するか否かという入り口論で処理するのは妥当ではありません。)

前記平林ではさらに続けて、(4)のカッコ書きの部分について、

「例えば、A社は、研究開発の資金のすべてを拠出し、

B社に研究開発活動を請け負わせ

〔注:ところで、「請負」というのは民法上は結果を保証するものなので、「研究開発活動を請け負わせ」というのは表現としてちょっとどうかと思います。研究開発で結果の保証はできないでしょう。〕

成果である技術はA社がすべて取得するといった場合である。

このような場合は、B社はA社の単なる手足として利用されているに過ぎず、

〔注:請負人を「単なる手足」というのは言い過ぎでしょうね。独立した地位にある請負人はいくらでもいます。そもそも、「請け負わせ」とか、「単なる手足」とか、それ自体にニュアンスのこもった表現を用いること自体、厳格な法律論としてはいかがなものかと思います。〕

A社とB社の共同行為という性質を持たないため、本指針が対象とする『複数の事業者が参加して研究開発を共同で行う』ものには該当しない。」

と説明されています。(この説明の問題点は上に注記で書き込んだとおりです。)

ここまでは、厳密性にはやや難があるとしてもまあ許せるとして、さらに続けて、

「ただし、上記のようなケースでも

B社が研究設備を提供し、

B社自身も何らかのノウハウを蓄積する場合など、

請負契約の形態をとりつつも、実質的には「複数の事業者が共同して研究開発を共同で行う」ものについては、やはり、本指針が適用されることとなる。」

とされています。

しかし、B社が何らかのノウハウを蓄積すれば共同開発だというのは、「共同」という言葉にもそぐわないし、独禁法の観点(競争制限効果の判断の観点)からみてもおかしいでしょう。

「上記のようなケース」では、A社が資金を提供し、B社が研究開発を担当する、というものですが、B社が研究開発を担当する以上、何らかのノウハウ(たとえば失敗事例の蓄積など)は、ほぼ常にB社に蓄積されるでしょう。

研究設備の提供も、ノウハウの蓄積とは直接関係が無いように思います。

ともあれ、立案担当者の解説で何らかのノウハウが請負人側に蓄積されれば共同研究開発に該当するとされている以上、事実上、共同研究開発に該当しない場合はほとんど考えられない、といえそうで、それはそれで喜ばしいことです(余計なことを考えなくてすむという意味で)。

同ガイドラインの内容は基本的にまっとうなものであり、その適用範囲が広がっても具体的事案の処理として困ることもあまりないでしょう。

ただし、ガイドラインの解釈を離れて共同研究開発の独禁法上の評価という観点からは、やはり1社ではできないことが2社以上で行えばできる、という効率性の観点は非常に重要で、その場合の効率性はお互いに技術やノウハウを出し合う場合に顕著であるもののそれに限られず、お金を出してコストを負担することでもよい、ということは指摘しておきたいと思います。

ガイドラインでも、「共同化の必要性」として、

「研究にかかるリスク又はコストが膨大であり単独で負担することが困難な場合、自己の技術的蓄積、技術開発能力等からみて他の事業者と共同で研究開発を行う必要性が大きい場合等には、研究開発の共同化は研究開発の目的を達成するために必要なものと認められ、独占禁止法上問題となる可能性は低い。」

とされています。

2014年8月12日 (火)

【お知らせ】東京都消費生活総合センター主催の景表法シンポジウム

このたび、9月13日(土)に東京都消費生活総合センターが主催する、

「消費者力を高める 景品表示法 不当な表示・広告を見抜くために」

というシンポジウムで、基調講演とパネルディスカッションを担当させていただくことになりました。

Photo

東京都の消費生活総合サイト『東京くらしWEB』からお申込みいただけます。

参加無料ですが、「都内在住・在勤・在学の方」向けとなっています。

普段の講演では法務部の方向けに法律の堅い話をさせていただくことが多いですが、今回は一般の方向けのシンポジウムということですので、やわらかいお話をさせていただこうと考えています。

東京都在住・在勤・在学の方でこのテーマにご関心のある方は、お越しいただけると嬉しいです。

2014年8月 2日 (土)

FRAND宣言違反と独禁法違反についてのある試論

池田毅「標準必須特許のロイヤルティ料率の設定と独占禁止法の役割」(公正取引760号31頁)に、FRAND宣言違反の独禁法違反の判断基準に関する試論として、以下のような考え方が示されています。(p39)

「・・・Innovatio事件のトップダウン・アプローチ〔注:侵害製品の利益率と被侵害特許の重要性から演繹的にロイヤリティ額を算定する方法〕での計算方法を参照すれば、一例として、以下のような場合には単独の取引拒絶に該当する可能性があると考えられる。

たとえば、問題となる標準規格における標準必須特許全体のうち20%の重要性を占める標準必須特許を保有する特許権者Xが3%のロイヤルティを請求したと仮定する。

このとき、当該標準技術の実施に必要な他の全ての標準必須特許権者がXと同等のロイヤルティを請求する場合には、当該標準技術を実施するための累積ロイヤルティは15%(3%×5)になるが、仮に標準を採用した製品の利益率が10%しかないとすれば、ライセンシーは当該製品を製造販売して利益をえることができなくなる(注15)。

このような場合にはXによるライセンスの提供は、FRAND宣言に沿う合理的なものではなく、実質的には取引を拒絶していると評価することができると思われる。」

しかし、私はこの考え方はおかしいと思います。

まず、わざわざハードルの高い単独の取引拒絶のルートに乗せる必要はないように思います(違法な目的達成のための取引拒絶、という抜け道ではなく、まっとうな取引拒絶のことです)。

池田先生自身同論文で、FRAND宣言違反の高額ライセンス料の請求に対して適用可能な我が国の独禁法の規定として私的独占、単独の取引拒絶、差別対価、優越的地位の濫用、取引妨害を挙げていますが、高額ライセンスを単独の取引拒絶で処理するのは「拒絶」という客観面のハードルが高いので、なかなか難しいと思います。

とくに同論文のように、「必須特許権者みんなが同じ料率で請求したら利益がでなくなる料率」を超えると「拒絶」というのは、「拒絶」の文言解釈としても、経済的な実態としても、ちょっと無理だと思います。

文言解釈についてはまだ「言った者勝ち」的なところがあるので深入りしませんが、経済実態に合わないというのはいかんともしがたいです。

つまり、簡単に言うと、利益が10%しか出ない商品について、必須特許権者みんなが合計で10%に相当するロイヤリティを請求したら、商品の値段が上がるだけのことです。

そうすると、上がった値段では利益は出てしまうので(といいますか、メーカーは費用を所与として利益最大化価格を付けますので)、それにもかかわらず即独禁法違反に問うというのは、私的独占でもなかなか難しいと思います。

同論文でもその点には配慮はしていて、注15で、

「もちろん、標準必須特許のライセンス料が、対象製品の販売によって利益が得られないような高い水準となった場合には、対象製品の販売価格自体の引上げが試みられることになると思われる。もっとも、需要者側からの価格引上げ圧力等のため、価格の引上げが容易でないことも多いと思われるから、標準必須特許のライセンスが行われる以前の時点における利益率を一つの基準として用いることには一定の合理性が認められると考える。」

と述べられています。

しかし、これはつまり、価格が1円でも上がると需要者は一切買わなくなる、つまり需要が価格に対して完全に弾力的である((dQ/dP)・(P/Q)=-∞)、あるいは需要曲線が水平、ということを想定しているに等しく、実際にはむしろ極めて例外的なことです。

なので、こういうめったにない事態を想定しないと説明がつかないような基準で取引拒絶というのは、さすがに無理だと思います。

例えばプライススクイーズのような、被害者の残余需要曲線を水平にした張本人が違反者であるような場合にはまだしも、仮にも(10%のライセンス料を払った後で)市場での需要と供給の関係に従って決まる価格で利益が出るという事実は重く受け止めるべきと思います。

むしろ私的独占の方がまだ芽があると思いますが、需要が完全に弾力的である事態をベンチマークにしないといけないという点では同じなので、(私的独占は行為類型はゆるやかで、取引拒絶のような「拒絶」といったかっちりしたものではないとはいえ)やっぱり厳しい気がします。

もう1つの難点は、同論文の考え方では、例えば利益率90%の商品については、最大90%までのロイヤルティを請求しても「拒絶」に該当しないのに対して、利益率1%の商品については1%しかロイヤルティを請求できないことです。

業界により、また特許の重要性によりロイヤルティ率はさまざまですが、おおざっぱに2~5%くらいが相場だとして、利益が出ないからという理由だけでそれよりも低い1%というロイヤルティでも拒絶になる、というのは、やはり理屈として難があります。

同論文の考え方では、ロイヤルティを支払わなくても利益率が1%しか出ないような効率性の悪い商品を格安のロイヤルティで支援することを特許権者は義務付けられることになります。

さらに、ハイテク分野の商品は知的財産権の塊なので固定費(研究開発費など)が大きく限界費用が小さい傾向があります。そうすると、90%の利益率というのがむしろあり得そうな想定であり、そうすると、同論文の考え方では違法になる基準が厳しすぎる(めったに違法にならない)と思われます。

(ただ、こちらの点は、利益率90%の内でFRAND対象特許が貢献した割合をロイヤルティ率の上限にする、ということで結果的に妥当な額に落ち着かせることができるのかもしれませんし、そういう、結論をにらみながら鉛筆なめなめ判決を書く裁判官には使い勝手が良い理屈なのかもしれません。私は反対ですが。)

また理論的には、特許が存在しない場合の利益率をロイヤルティ率の上限とする同論文の考え方だと、特許の本来的な価値がロイヤルティにまったく反映されない、という問題もあります。

なおこれらの誤謬を端的に示すものとして、J. Gregory Sidak, "The Meaning of Frand, PART I: Royalties"のp938に引用されている裁判例(Ericson Inc. v. D-Link Sys., Inc., (E.D. Tex. June 12, 2013)の陪審への説示では、

「An infringer’s net profit margin is not the ceiling by which a reasonable royalty is capped. The infringer’s selling price can be raised, if necessary, to accommodate a higher royalty rate. Requiring the infringer to do so, may be the only way to adequately compensate the patentee for the use of its technology.」

和訳すると、

侵害者の純利益幅は合理的なロイヤルティの上限ではない。侵害者の販売価格は、もし必要であれば、より高額のロイヤルティ額に対応するために引き上げることが可能である。侵害者にそうすることを要求することが、当該技術の使用について特許権者を十分に補償する唯一の方法かもしれない。

とされています。

侵害者のマージンはロイヤルティの上限にすらすべきでない(もっと高いロイヤルティが適切なロイヤルティかもしれない)のに、侵害者のマージンを超えたら取引拒絶だというのは、相当無理があります。

ましてや、池田説では侵害者のマージンを超えたら取引拒絶だというのですから、FRANDロイヤルティはそれよりも低いところを想定しているはずで、ますます合理的なロイヤルティ額から外れていいくことになりそうです。

(そうやって考えると、FRANDを独禁法の文脈で論じるために取引拒絶の土俵に乗せること自体が、話をややこしくしている原因なのかもしれません。やっぱり、私的独占で対応する方が、柔軟だし、実態に合う場合が多いのではないでしょうか。)

残る有望株は公取委の伝家の宝刀、優越的地位の濫用ですが、実務的には、公取委がFRAND宣言違反に優越的地位の濫用を適用することは、絶対にないでしょう。

なぜなら、公取委は優越的地位の濫用は中小企業保護のためにしか使う気がないし、FRAND宣言違反に優越的地位の濫用を適用したら、世界の笑いものになること間違いなしだからです。

ロイヤルティ額の高い低いの部分だけを取り出して取引拒絶を論じるから同論文のような無理な解釈をしないといけなくなるので、私は端的に、標準特許の競争というのは標準に採用されるための競争と採用されたあとの競争の2段階があるので、第一段階でFRANDのコミットをした以上、第二段階の競争はそれを前提にすべきと競争法上も評価する、という理屈でいくのが最もしっくりくるように思います。

そもそもFRANDでコミットするは具体的に何なのか、をきちんと考える必要があります。同論文の考え方は、FRANDでコミットするのはあらゆるライセンシーにゼロ以上の利益が出るロイヤルティ額を保証することである、ということにならざるを得ないと思います。

そうではなくて、FRANDでコミットするのは、基本的には、その特許権の次善の技術に対する競争上の優位性に見合った利益以上はもらわない、ということでしょう。(上述の2段階の競争を考える考え方も、同じ発想から出てきます。)

(「では競争上の優位に見合った対価というのは何か?」と問われると答えは一義的に出てこないのですが、だからこそみんないろいろ苦労しているわけです。)

ともあれ、いろいろな意見が出て議論が活発化するのは大変喜ばしいことです。私も、信念を持って、いろいろ考えたことを述べてゆきたいと思います。

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