代理店を変更したユーザーに変更理由を尋ねるルールについて(平成17年事例1)
平成17年度の相談事例集の事例1に
「電子機器メーカーが,取引先販売代理店を変更しようとするユーザーに対し,販売代理店変更理由の提出を求めることが,独占禁止法上問題となるおそれがあると回答した事例」
というのがあります。
事案は、あるメーカー(相談者)が、複数の販売代理店を通じてある電子機器を販売していたところ、ある販売代理店の既存のユーザーに別の販売代理店が売り込みをかけて契約獲得に成功した場合、正式契約前に、契約を獲得した販売代理店は当該ユーザーから代理店の変更理由書を取得するというルールを定める、というものです。
結論として公取委は、
「通常,販売代理店からの売り込みに応じ,取引条件等を勘案してユーザーが販売代理店を自由に選ぶことで, 販売代理店間の競争が促進されるところ,本件ルールにより,ユーザーから書面の提出を得られない場合,販売代理店間の競争が阻害される可能性がある。」
という理由で独禁法上問題ありとしました。
しかし、私はこの判断は大いに問題があり、少なくとも限定的に読むべきと考えます。
つまり、本事例では需要の代替性の観点からは市場シェアが1社で100%(つまり独占)だった、という点に特殊性があり、一般化はできないと考えます。
まず根本的に、ブランド内競争を重視し過ぎです。
また、代理店変更の理由を尋ねるくらいで有意な競争制限効果が生じるのかも疑問です。
相談者も、
「ユーザーから変更理由を聞くことによりサービスが改善されるなど,ユーザーの利便性向上に資する」
と主張していたようですが、実際、アフターサービスに不満で代理店を変更されたとかいう事実があれば、メーカーとしても黙っていられないはずで、そういう情報は極めて重要な営業情報であると思います。
公取委は、
「そのような目的を達成するために,本件ルールが不可欠であるとは認められない。」
という理由で違法としていますが、効率性達成のためにその制限条項が「不可欠」でなければならないなどという規範は聞いたことがありません。
それに、他の代替的な手段というのも、ちょっといいアイディアが思いつきません。
つまり、ユーザーから理由を聞くというのが、最も安価で合理的な情報収集方法だったんじゃないかと思われます。
おそらく本件では、
「特に,本件ルールの制定は,顧客略奪を防ぐ目的で販売代理店側から求められたという経緯があり,A社による本件ルールが,販売代理店の間で競争回避の目的で利用される可能性が高く,販売代理店間の競争を阻害するおそれがある」
という部分が、いかにも俗受けしそうな事情で、公取委もこれに飛びついたんじゃないかと推測されますが、「競争回避の目的で利用」って、どういう意味なのか私には理解できません。
どうやってこのルールを「競争回避の目的で利用」できるのでしょう?
理由を問われたユーザーは、「こっちの代理店の方が安かったから。」と答えれば足りるのではないでしょうか?
その程度の手間で、どうして「競争回避の目的で利用」しているとまでいえるのでしょうか?
安い方から買うのはユーザーとしてある意味当然なので、「安かったから」と答えるのに何ら躊躇があるとは思われません。
躊躇しそうな場合を無理やり考えてみると、ユーザーの購買担当者が新しい代理店のほうから接待攻勢を受けた、とかいう場合でしょうか。でもそれって、競争法の話ではありません。
確かに取引先を乗り換えるコスト(スイッチングコスト)を上げることは競争抑制につながりますが、一筆書くことがそれほど大きなコストとは思えません。
まして、その一筆を書きさえすれば新しい代理店から安い価格で同じ商品が安く買えるということになれば、乗り換えを抑制するようなコストとは到底思われません。
公取委の回答では、そのような分析がまったくなされていません。
スイッチングコストの点以外に本件ルールが乗り換えを抑制するメカニズムとしては、本件ルールにより代理店が他の代理店の既存顧客に対して安値を提示するインセンティブが下がる、ということが理屈の上では考えられますが、現実には、安売りをする代理店は、こんなルールくらいで安売りをやめることはないでしょう。
それとも、「初めてのお客さんに一筆もらうのは気が引ける。」と代理店は考えるだろう、と公取委は考えたのでしょうか?
しかしそんなことはありません。営業マンというのは口がうまいので、いくらでも説明の仕方は考えるでしょう。
あるいは、「一筆書いてもらったらさらに1000円値引きします!」というかもしれません(もちろん、一筆書いてもらおうともらわなかろうと、最初から1000円値引きするつもりなわけです。)
あるいは公取委は、「一筆書いてください。」と言われたらへそを曲げて、「そんなこというならお宅からは買わない。」というような、経済的に不合理な、子供じみたユーザーを想定していたのでしょうか。
・・・などといろいろ考えると、本件ルールの真の目的は顧客のクレームを効果的に吸い上げることだった可能性がかなりあると思います。
少なくとも公取委のこの判断によって、効果的なクレームの吸い上げが阻害された可能性があるように思われます。
(ひょっとしたら、代理店からのクレームに対して、メーカーが「ここまでやってます。」という態度を示すための「ポーズ」だったのかもしれませんが(ありそうな話です)、もし反競争効果のないポーズに過ぎないなら、独禁法で禁止する必要はないでしょう。)
ある行為が独禁法違反かどうかは、行為の客観的効果(本件では、販売代理店を乗り換えることをユーザーが控えるようになる効果、あるいは代理店が安値を提示するインセンティブを抑制する効果)を重視すべきであって、行為者の主観(競争回避の目的で利用(?))を重視すべきではありません。
それに、本件に当てはまるのかはわかりませんが、一般論としては、メーカーにとって、代理店同士が既存の顧客を食いつぶしあうのは非常につらいものがあります。
つまり、メーカーとしては、既存の顧客を食いつぶしあってもトータルの売上は伸びないので、代理店には新規顧客を開拓してほしいわけです。
とくに、商品によっては最初の説明や説得にコストを要するものもあり、そのような場合には、最初に売り込みに成功した代理店の労力に別の代理店がただ乗り(フリーライド)することになってしまい、販売政策上非常に大きな問題です。
もちろん、フリーライドの防止だけが独禁法の目的ではなく、ブランド内競争も無視していいわけではないのですが、相当微妙なバランスが必要な事案であるはずなのに、公取委はルール導入の経緯(動機)だけに乗っかって違法と判断したようにみえ、分析として稚拙です。
こういう大雑把な、エピソードを重視した、義理人情に訴える浪花節的な分析をしていると、もっと微妙な事案がでてきたときに整合性が取れないのではないでしょうか。
例えば、
①メーカーが、A代理店の既存ユーザーへB代理店が販売するときに仕切り価格を上げることは違法でしょうか。
あるいは、
②メーカーが新規顧客を開拓した代理店にだけリベートを払うことは違法でしょうか。
①と②は経済的には同値なので、②が合法(これを違法という人はいないでしょう)なら、①も合法になるはずです。なので私は①も合法と考えます。
本件ルールは、①②に比べれば価格に対する影響が小さいことは明らかであるように思いますが、公取委の判断では、①②のような場合も、「顧客略奪を防ぐ目的で販売代理店側から求められたという経緯」さえあれば違法ということにならざるを得ないように思います。
少々古い相談事例を蒸し返して恐縮ですが、類似の相談事例が今後あった場合には、公取委にはぜひ慎重に判断してほしいものです。
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