効果的なコンプライアンスプログラムによる減刑(「米国法上のカルテル事案における対応実務」商事法務2036号)
商事法務2036号25頁の、森村佳奈「米国法上のカルテル事案における対応実務-企業・個人の防御の観点から-」という論文に、
「企業が効果的なコンプライアンスプログラムを備えていたにもかかわらず違反行為が生じた場合には3ポイントが減算される。」
との記述があります(p26)。
また、p34でも、
「・・・有効なコンプライアンスプログラムが存在することが認められれば、有責性スコアが3ポイント減算される可能性がある。」
と述べられています。
つまり、効果的なコンプライアンスプログラムを備えておけば、違反行為が生じても刑が減軽されるという説明です。
この説明は日米問わずいろいろなところでされるのですが、ガイドラインの文言の説明としては正しいものの、実務的には額面通り受け取ることはできません。
というのは、実際に効果的なコンプライアンスがあったという理由で減刑がなされた事例は存在しないからです。
それはDOJが摘発した企業の中にたまたま「効果的なコンプライアンスプログラム」を持っている企業がなかったからではなくて、そもそもDOJが、「違反が起こったという事実こそが、コンプライアンスプログラムが機能していなかった(有効でなかった)ことの何よりの証拠だ」というスタンスを取っているからです。
有効なプログラムがあっても違反をする従業員は存在するでしょうから、このDOJの考えは理屈としていかがなものかという気もしますが、ともかくそういうことなのだから仕方がありません。
DOJも折に触れてスピーチなどでそのことを述べていたはずですし、今まで会った何人もの元DOJの方々や米国弁護士も同じことを言っていました。
ですので、「有効なコンプライアンスプログラムを作ればカルテルで罰金が安くなります。」という売り文句で法律事務所が売り込みをかけてきた場合には、割り引いて聞く必要があります。
(なお上記論文の趣旨は、そういうことでないのだろうと私は理解していますし、論文自体は大変ためになるので一読をお勧めします。)
以前経験したところでは、ある米国法律事務所が、DOJの調査を受けた日本企業に対して、「コンプライアンスプログラムを作れば罰金が安くなる」といってプログラムの作成を勧めてきたことがありましたが、捜査が始まった後に作っても、なおさら意味はありません。
ただし、私はコンプライアンスプログラムが無意味だと言っているわけではありません。
むしろその逆で、有効なコンプライアンスプログラム(その後の継続的な社内教育も含む)は、カルテルを防ぐ上で極めて有効だと思います。
ただ、そういうと少々コンプライアンスプログラムを持ち上げ過ぎで、もうちょっと現実に即した言い方をすれば、「コンプライアンスプログラムがない会社はズブズブでカルテルをやっている傾向がある(しかも長期間、担当者間で引き継がれながらやっている)」というのが適切かもしれません。ともあれ、言いたいことは同じです。
「有効なコンプライアンスプログラムがあったおかげでカルテルを防げた実例があるのか」、と問われると、完全に防げてしまうとそもそもDOJの目にも弁護士の目にも触れないので正直よくわからないのですが(笑)、一部カルテルをやってしまっていても、コンプライアンスプログラムのおかげで被害の拡大を防げた、と実感できるケースは結構あります。
要は、量刑ガイドラインでコンプライアンスプログラムが有利に斟酌されるという説明をする場合には、併せて、実際に減刑された例はない(し、今後もないであろう)ことも一緒に伝えないと、事実の片面しか伝えていないことになるのではないか、ということです。
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