共同研究開発ガイドラインの販売先制限に関する規定の疑問
共同研究開発ガイドラインでは、
「成果に基づく製品の販売先を制限すること((3)ア①の場合を除く。)」
というのが、「不公正な取引方法に該当するおそれがある事項」であるとされています(第2-2(3)③)。
(ちなみに、上記で除かれている「(3)ア①の場合」というのは、ノウハウの秘密性保持のために必要な場合です。)
「不公正な取引方法に該当するおそれがある事項」というのは、いわゆる灰色条項といわれており、同ガイドラインでは、
「『不公正な取引方法に該当するおそれがある事項』は、各事項について、個々に公正な競争を阻害するおそれがあるか否かが検討されるものであるが、この場合、当該事項が公正な競争を阻害するおそれがあるか否かは、
参加者の市場における地位、
参加者間の関係、
市場の状況、
制限が課される期間の長短等
が総合的に勘案されることとなる。
この場合、参加者の市場における地位が有力であるほど、市場における競争が少ないほど、また、制限が課される期間が長いほど、公正な競争が阻害されるおそれが強い。なお、上記で述べた独占禁止法第二条第九項第五号又は一般指定第五項の問題〔優越的地位の濫用〕については、ここでも同様に一定の場合には問題となる。」
と説明されています。
さらに同ガイドラインでは、
「なお、上記③〔上記で引用した販売先制限のこと〕・・・に関し、例えば、取引関係にある事業者間で行う製品の改良又は代替品の開発のための共同研究開発については、
市場における有力な事業者によってこのような制限が課されることにより、競争者の取引の機会が減少し、他に代わり得る取引先を容易に見いだすことができなくなるおそれがある場合には、
公正な競争が阻害されるおそれがあるものと考えられる(「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」(平成三年七月一一日公表)第一部の第四(取引先事業者に対する自己の競争者との取引の制限)参照)。」
ということで、流通取引慣行ガイドラインが引用されています。
しかし私は、実際には、成果に基づく製品の販売先制限が独禁法違反になるのはかなり稀な場合であると思います。
この点、公取委の担当者による解説である、平林英勝編著『共同研究開発に関する独占禁止法ガイドライン』p100では、
「例えば、取引関係にある完成品メーカーと部品メーカーとの部品の共同研究開発において、市場における有力な完成品メーカーが、部品メーカーに対して自己の競争者である完成品メーカーに当該部品(成果に基づく製品)を販売しないようにすることが挙げられる。この際、完成品メーカーの競争者の取引の機会が減少し、他に代わり得る取引先を容易に見いだすことができなくなるおそれがある場合(市場閉鎖効果)には、公正な競争が阻害されるおそれがあるものと考えられる。」
と説明されています。
(ちなみにこの本の定価は2,800円でしたが、今アマゾンで古本をみたら、12,800円もしてびっくりしました。。。)
しかし、私はこの解説にも疑問を感じます。(ガイドラインを言い換えているだけですから当然ですが。)
理由の一つめは、
①流通取引慣行ガイドラインで問題になっているのは排他条件付取引であって、被拘束者が拘束者の競争者と取引することをおよそ制限している場合である
のに対して、
②共同研究開発ガイドラインで問題になっているのは、被拘束者(上記の例では部品メーカー)が、共同研究開発の成果に基づく製品を拘束者(完成品メーカー)の競争者に販売することを制限しているに過ぎない、
つまり、被拘束者は成果とは関係ない製品を拘束者の競争者に販売することは何ら禁止されていない、
ということです。
つまり、流通取引慣行ガイドラインの場面と共同研究開発ガイドラインの場面では、制限の範囲が全然違っており、共同研究開発ガイドラインの場合は制限の範囲が極めて狭いのです。
適用範囲が全然違うのに、何の説明もなく流通取引慣行ガイドラインの排他条件付取引の説明を共同研究開発ガイドラインに持ってくるのは、極めて不適切です。
流通慣行取引ガイドラインの排他条件付取引の説明とパラレルに考えるべきは、共同研究開発の成果に基づく商品の販売先を制限した場合ではなく、成果に基づかない商品の販売先をも制限した場合でしょう。
それなら、もうちょっと灰色っぽい(少なくとも流通慣行ガイドラインとは同じ程度に灰色っぽい)かもしれません。
また、もし共同研究開発の成果物へのアクセスを、共同研究開発とは関係のない商品へのアクセスと同じように、競争者に認めないといけないとしたら、共同研究開発のインセンティブが削がれること甚だしいことは明らかでしょう。
ガイドラインの定めが疑問である2つめの理由は、同ガイドラインでは成果の第三者へのライセンス制限が白条項とされていることとのバランスです。
つまり同ガイドラインでは、
「成果の第三者への実施許諾を制限すること」
は、
「原則として不公正な取引方法に該当しないと認められる事項」
であるとされています(第2-2(2)②)。
なぜ成果の実施許諾の制限は白条項なのに、成果に基づく製品の販売制限は灰条項なのでしょう?
私にはそのような差を設ける理由が思い浮かびません。
ちなみに前述の平林解説p90では、
「共同研究開発の成果については、各参加者はそれぞれ貢献しているので、その実施について各参加者の意思を尊重することとしても、一概のこれを不合理ということはできないと思われる。
したがって、例えば、成果について権利を有する参加者が第三者への実施許諾をする場合に、共同研究の参加者全員の合意を要するとする制限が、共同研究を行うために必要と考えられるときには、原則として公正競争阻害がないものと考えられる。」
と解説されています。
「共同研究を行うために必要と考えられるときには」というガイドラインにすらない限定が入っているのは無視するほかないでしょう。
さらに同書では続けて、
「共同研究開発の成果である特許が参加者の共有に属することとされている場合には、わが国特許法上は、第三者への実施許諾には共有者全員の合意が必要となる(特許法73条3項)。
この特許法上の原則に従えば、参加者全員の共有に属している特許を実施許諾する場合に全員の合意が必要であるとしても原則として問題となることはない・・・。」
と解説しています。
この解説は、「特許法の明文で許されていることを独禁法違反とするのは据わりが悪い。」という素朴な感情で書かれているのでしょうが、私は、この特許法の条文をガイドラインのこの部分の説明に使うのは論理的に誤りだと思います。
まず、共同研究開発ガイドラインでは成果の帰属を決めることは白条項とされているので(第2-2(2)ア)、どちらかの単独帰属にしてもいいわけですが(ただし優越的地位濫用の問題は残ります)、上記の説明では、
①共有の場合には第三者への実施許諾の制限は許されるが、
②単独所有の場合には第三者への実施許諾の制限は許されない、
かのように読め、単独所有か共有かで結論が異なることになり、ガイドラインの明文に反します(よってガイドラインの解説としては不適切)。
さらに、単独所有か共有かで、競争上の評価も違わないはずです(だからこそ帰属の決定が白条項なのでしょう)。
つまり、一律に第三者への許諾制限は白だといっているガイドラインの説明として、共有の場合の特許法の条文を持ってきても片手落ち(というか、ほとんど意味がない)と言わざるを得ないのです。
話を元に戻して結論をまとめると、成果に基づく製品の販売先を制限することは実際に違法になるのは極めて限られた場合に限られる、ということです。
その、極めて限られた場合というのは、当該成果を用いた製品が競争上必須なものとなるような場合、ということなのでしょう。
しかし、そうだとすると、ガイドライン上は白条項である成果の実施許諾の制限も、そのような極めて限られた場合には違法と考えざるを得ないように思われます。
というのは、そのような必須な特許なら、他社も使いたいはずですが、にもかかわらず、
①他社は使用許諾を受けて自分で作ることはできないのに(使用許諾の制限が白条項のため)、
②成果に基づく製品は購入することができる(販売先制限は灰条項で、必須特許の場合には違法)
ということになり、きわめてバランスが悪いことが明らかです。(他社からは購入できるのに自分では作れない、という状態を独禁法が要求するのはナンセンスです。)
一昨日くらいの日経朝刊に流通取引慣行ガイドラインが改正される見通しとの記事が出ていましたが、それを引用している共同研究開発ガイドラインもついでに改正してはどうでしょうか。
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