日米犯罪人引渡条約の国外犯の規定
日米犯罪人引渡条約6条1項は、
「引渡しの請求に係る犯罪が請求国の領域の外において行われたものである場合には、
被請求国は、
自国の法令が自国の領域の外において行われたそのような犯罪を罰することとしているとき
又は
当該犯罪が請求国の国民によつて行われたものであるとき
に限り、引渡しを行う。」
としています。いわゆる国外犯に関する規定です。
昨今話題の、日本人がカルテル(シャーマン法1条)違反で米国に引き渡されるのか、という観点からこの条文を眺めると、
「カルテルが米国の外において行われたものである場合には、
日本は、
日本の法令が日本の外において行われたカルテルを罰することとしているとき
又は
カルテルが米国民によつて行われたものであるとき
に限り、引渡しを行う。」
となります。
「カルテルが米国民によって行われた・・・」というのはひとまず関心の対象外なので端折ると、結局、
「カルテルが米国の外において行われたものである場合には、
日本は、
日本の法令が日本の外において行われたカルテルを罰することとしているとき・・・に限り、
引渡しを行う。」
ということになります。
ただし、日本人が米国に引き渡されてしまうのか、という観点からは、自国民不引渡しの原則(5条)と併せて読むことが必要です。
つまり5条は、
「被請求国は、自国民を引き渡す義務を負わない。ただし、被請求国は、その裁量により自国民を引き渡すことができる。」
とされており、今の文脈で読み直すと、
「日本は、日本国民を引き渡す義務を負わない。ただし、日本は、その裁量により日本国民を引き渡すことができる。」
ということです。
つまり、6条の国外犯の規定以前の問題として(=米国内の犯罪か米国内の犯罪かを問わず)、日本人を引き渡すかどうかは日本国の裁量だ、ということです。
さて、カルテルの場合には、そもそも6条の「国外犯」なのか?という問題があります。
つまり、刑法1条(国内犯)では、
「この法律は、日本国内において罪を犯したすべての者に適用する。」
とされているものの、ここでいう、
「日本国内において罪を犯した」
というのは、実行行為(例えばカルテルの会合)が日本国内で行われたというだけでなく、犯罪の結果(カルテルによる価格の上昇)が日本国内で生じた場合でもよいと解されているのです。
(ただし、カルテルについて日本国外で会合が行われて日本に影響が及んだというケースを日本の刑法で処罰した事例はありません。)
そうすると、一般にカルテルの国外犯という場合にイメージされるような、「会合は米国外だったけど米国内の顧客に影響が及んだ」というケースは、実は(米国から見た場合の)「国外犯」ではなく、国内犯の問題なのです。
ということで、国際カルテルの場合は、6条1項はそもそも適用されないことになります。
確かに、刑法1条の
「日本国内において罪を犯した」
というのと、条約6条1項の、
「犯罪が請求国の領域の外において行われた」
というのは意味が違うのだ(条約の「犯罪が・・・行われた」というのは、実行行為だけを指すのだ)、という議論もありえなくはないですが、あんまり根拠がないんじゃないかと思います。
もともと国外犯の処罰について教科書事例的に挙げられるのは、「米国とメキシコの国境付近で、メキシコ側から銃を発砲して米国側にいる人を殺害する」というようなものであり、この例は典型的な(米国からみた)国内犯の例です。
国境付近のメキシコ側で、米国市場を狙ったカルテルの会合をしたら、米国の国内犯でしょう。
というわけで、例えばNBL1010号27頁の論文では慎重な物言いがなされていますが、私は、上述のような国際カルテルにおける犯罪人の引き渡しの場面では、6条は無視してよいと思います。
(ところで、同論文では、6条の解説として、
「・・・わが国国民が米国外でシャーマン法1条違反を犯した場合に引き渡しの対象とできるかについては、わが国において、外国人が外国で不当な取引制限該当行為を行った場合にこれを処罰するとされていなければならない。」
とされていますが、仮に、「米国外でシャーマン法1条違反を犯した場合」という言葉の意味を、「行為も結果も米国外だった場合」と無理やり読むとしても、「わが国において、外国人が外国で不当な取引制限該当行為を行った場合にこれを処罰するとされていなければならない。」という部分は若干不正確で、主体は外国人かどうかは問いません。)
もう1つの6条の読み方としては、
「カルテルが米国の外において行われたものである場合には、
日本は、
日本の法令が日本の外において行われたカルテルを罰することとしているとき・・・に限り、
引渡しを行う。」
というもののうち、
「カルテルが米国の外において行われたものである場合」
というのを、文言に素直に、
「カルテルの実行行為が米国の外において行われたものである場合」
と読んだうえで、だけれども、
日本では刑法1条で結果さえ国内に生じていれば国内犯になると解釈されているので、日本の外でカルテルの実行行為が行われても処罰されるから、
「日本の法令が日本の外において行われたカルテルを罰することとしているとき」
の要件は満たすのだ、という解釈ですね。
こちらの方が、6条の文言には素直ですね。立案担当者はこっちの趣旨だったかもしれません。(まあ、カルテルを念頭に置いてドラフトしたとは思えませんが。)
結論は変わらないので、どちらの読み方でもよいと思います。
« 流通取引慣行ガイドラインにおける「独占禁止法上違法な行為の実効を確保するための手段」と「独占禁止法上不当な目的を達成するための手段」の違い? | トップページ | 【お知らせ】下請法講習会のお知らせ(中小企業庁委託事業) »
「外国独禁法」カテゴリの記事
- 公正取引に米国反トラスト法コンプライアンスについて寄稿しました。(2024.04.21)
- ABA Antitrust Spring Meeting 2024 に行ってきました。(2024.04.15)
- ネオ・ブランダイス学派の問題点(2022.11.09)
- ABA Spring Meeting 2018(2018.04.14)
- トリンコ判決の位置づけ(2016.05.07)
« 流通取引慣行ガイドラインにおける「独占禁止法上違法な行為の実効を確保するための手段」と「独占禁止法上不当な目的を達成するための手段」の違い? | トップページ | 【お知らせ】下請法講習会のお知らせ(中小企業庁委託事業) »
コメント