再販売価格拘束の課徴金
再販売価格拘束に対する課徴金について、独禁法20条の5では、
「事業者が、
〔10年内に2度目の違反者〕であつて、
第十九条の規定に違反する行為(第二条第九項第四号に該当するものに限る。)をしたときは、
公正取引委員会は、・・・
当該事業者に対し、
当該行為をした日から当該行為がなくなる日までの期間(当該期間が三年を超えるときは、当該行為がなくなる日からさかのぼつて三年間とする。)における、
当該行為において当該事業者が供給した同号に規定する商品の政令で定める方法により算定した売上額に百分の三・・・を乗じて得た額
に相当する額の課徴金を国庫に納付することを命じなければならない。」
と規定されています。
要するに、違反期間内の、違反者自身の、再販対象商品の売上の3%が課徴金として課せられる、ということです。
さて、一見すると簡単に見えるこの条文、よく考えると(優越的地位の濫用の場合のような)難しい問題があるように思われます。
問題点というのは、
①拘束される「相手方」ごとに、「拘束」の有無を認定しなければならないのか、
という点と、それと関連して、
②違反行為期間は、個々の「相手方」ごとに認定されるのか、それとも、全体で一つの違反行為期間が認定されるのか、
という点です。
(優越的地位の濫用では、優越的地位と濫用は個別の相手方ごとに認定しなければならないことが条文上明らかですが(①)、違反行為期間は全部でまとめて1つの期間を認定するというのが公取委の基本的な立場のようです。菅久他『独占禁止法』226頁。)
さすがに個別の相手方ごとに拘束の有無を認定しないといけないとすると、実務的に回っていかないのではないかという気がしますが、あらためて条文をみてみましょう。
上で引用した条文のうち、ここでの関心は、
「当該行為をした日から当該行為がなくなる日までの期間・・・における、
当該行為において当該事業者が供給した同号に規定する商品の政令で定める方法により算定した売上額に百分の三・・・を乗じて得た額」
の部分です。
ここで、「当該行為」とは、条文上、
「第十九条の規定に違反する行為(第二条第九項第四号に該当するものに限る。)」
を指しています。
もっと簡単に、
「第2条第9項第4号に該当する19条違反の行為」
といっていいでしょう。
19条は、
「事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない。」
といっているだけなので、特に絞りはかからず、結局、2条9項4号の、
「自己の供給する商品を購入する相手方に、正当な理由がないのに、次のいずれかに掲げる拘束の条件を付けて、当該商品を供給すること。
イ 相手方に対しその販売する当該商品の販売価格を定めてこれを維持させることその他相手方の当該商品の販売価格の自由な決定を拘束すること。
ロ 相手方の販売する当該商品を購入する事業者の当該商品の販売価格を定めて相手方をして当該事業者にこれを維持させることその他相手方をして当該事業者の当該商品の販売価格の自由な決定を拘束させること。」
が、「当該行為」であるといえます。
ところで、再販の違法性の核心は「拘束の条件を付けて」の部分ですが、条文上、当該「行為」は、「供給すること」(2条9項4号柱書)の部分であることには注意が必要です。
なので、例えば供給停止という行為を、「当該行為」であるというのは、条文上無理です。
この点は、違反行為期間のお尻が「拘束」時なのか、「供給」時なのか、という判断を通じて課徴金の額に響いてくる可能性があります。
「供給」していなかったら売上はないから結局どちらの立場でも課徴金の額は変わらないような気もしますが、拘束の有無も違反行為期間も全体で1つだけ認定する立場に立つと、結論が変わってくるような気がします。
ともあれ、「当該行為」というのは、
当該行為=条件付供給
というように、整理できそうです。
さて、以上の整理を前提に、20条の5を読み解くと、上記引用部分は、
「〔条件付供給〕をした日から〔条件付供給〕がなくなる日までの期間・・・における、
〔条件付供給〕において当該事業者が供給した・・・売上額に百分の三・・・を乗じて得た額」
と読めます。
しかし、このように整理してもなお、「拘束の条件」は個別の相手方ごとに認定しなければならないのか、という問題には答えは出ないように思われます。
この点、2条9項4号イ、ロが、
「相手方の当該商品の販売価格の自由な決定を拘束すること」
という書きぶりをしていることからすると、相手方が自由に決定できたかどうかは当該相手方ごとに異なることから、〔条件付供給〕の有無も、相手方ごとに判断するのが論理的なように思われます。
また、20条の5の
「当該行為において当該事業者が供給した」
というのも、日本語としてちょっとたどたどしい感じはしますが、要するに、
「条件付供給をした」
という意味であると解され、これも素直に読めば、個々の相手方に対する(条件付)供給である、と読むのが素直であるように思われます。
しかし、これは想像ですが、立法者の意図としては、これを相手方ごとに判断する発想は、おそらくないのではないか、と思われます。
それには理論的裏付けがないわけではなく、再販というのは、少なくともブランド内競争(場合によってはブランド間競争も)を制限することが問題なので、ブランドない競争が制限されている以上は、あまり個々の取引先が拘束されているかどうかは、少なくとも再販の実害の有無とはあまり関係のないことだからです。
(これに対して優越的地位濫用の場合は、個別の相手方が害されているかどうかがまさに問題なので、個別にアプローチしていくのが合理的といえます。)
それに、再販拘束において個別の相手方ごとに拘束の有無を認定することは至難の業ではないかと思います。
例えば、再販の場合には、メーカーは希望小売価格だけを公表して、小売店から、別の安売り店に関する苦情があった場合には個別に対応する、ということがあり得ます。
このような対応の場合、メーカーが、出荷停止を示唆しながら、当該安売り店に安売り中止の申し入れをした場合、当該安売り店は「拘束」されているといえそうです。
しかし、他の販売店(安売りしているところも、していないところもある)は、どうでしょうか。それらの販売店の中には、苦情や、それに対してメーカーが対応していることすら知らないところもあるかもしれません。
それらの販売店も「拘束」されているといえるのでしょうか。
あるいは、苦情を言った販売店は、「拘束」されているのでしょうか。
さらには、安売りはしているけれど諸般の事情でメーカーが大目に見ている販売店は「拘束」されているのでしょうか。(たぶんされていないのでしょう。)
(余談ですが、優越的地位の濫用の場合には、公取委から濫用の被害者に対して、「貴社はしぶしぶ不利な条件をのみましたか」といったたぐいのアンケート(報告命令)がなされ、それによって濫用の有無を認定していますが、再販で同じ質問をしたら、かなりの取引先が「ノー」と回答するのではないでしょうか。)
また、メーカーの再販に、「希望小売価格の10%を下回る販売は禁じる」というようなはっきりしたポリシーがある場合には、10%以内の販売はすべて課徴金にカウントし、それ以下の値引き販売分は「拘束」がないとして課徴金から外す、というのが、結論としては穏当なように思いますが、そのようなはっきりしたポリシーがない場合もありそうです。
この問題をたとえて言えば、モグラ叩きゲームで、
①叩いたモグラの数の分だけに限って課徴金を課すのか、
②地上に頭を出すと叩かれると知っているので頭を出さないモグラの分にも課徴金を課すのか、
③すべてのモグラ(地上に頭を出すと叩かれると知らないモグラや、頭を出すつもりのないモグラや、頭を出したけれど放置されたモグラも含む)の分にも課徴金を課すのか、
というイメージでしょうか。
一罰百戒的に、モグラを一匹叩きのめせば、他のモグラも「実効性」をもって頭を出さなくさせられる、というケースを考えると、③が結論的には妥当な気もします。
課徴金導入前であれば、とにもかくにも、ブランド内競争が制限されているといえる程度の実例の数を積み上げていけば、排除措置命令を出すのには十分な再販の認定ができたように思います。
しかし、課徴金の場合には、個別に認定すべきという議論にも、かなりの程度説得力があるようにみえます。
少なくとも、課徴金の文脈においてだけ、すべての相手方との関係で1つの「拘束」を認定していい、というのは、排除措置命令を念頭に置いた実体的な違反の有無に関するこれまでの判断枠組みとかなりずれており、解釈論として難があると言わざるを得ません。
というわけで、運用上は相当難があることには目をつぶって、条文に素直に、
①拘束される「相手方」ごとに、「拘束」の有無を認定しなければならず、
かつ、
②違反行為期間は、個々の「相手方」ごとに認定しなければならない、
と解しておきたいと思います。
②は、赤本のように1つの期間を認定するという立場もあるのかもしれませんが、①は条文上このように解するほかないように思われます。
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