垂直的制限の経済分析
経済学の立場からは、ブランド内競争を制限する垂直制限が反競争的である理由として、
①販売店間のカルテルの隠れ蓑になる(とくに有力販売店がメーカーに押し付ける場合)、
②(小売価格が安定するため)メーカー間のカルテルを促進する、
といった主張があります。
これらの主張は、結局、垂直的制限は横の制限につながるからいけないといっているように見えるので、垂直であるがゆえ(なのに)違法というには弱い気がするのですが、もう一つ、
③需要者のタイプが一定でない場合には垂直制限が消費者厚生を減少させることがある
という主張があります。
そこで、この点に関する古典的論文である、
William S. Comanor, "Vertical Price-Fixing, Vertical Market Restrictions, and the New Antitrust Policy"
の要点をまとめておきます。
言っていることは単純明快で、初歩的なミクロ経済学の知識があれば理解できるので、ご興味のある方はぜひ読まれることをお勧めします。
(ちなみに、メーカーにマーケットパワーがない場合であっても、ブランド内競争が制限されること自体が問題であるかのような主張は、法律畑の人からはときどき聞きますが、多少なりとも経済学の知見がある人からは、およそ聞いたことがありません。)
同論文は、垂直的制限は常に消費者厚生を増加させるというシカゴ学派(とくにロバート・ボーク)の主張に対する反論なのですが、なるほどと思わせるところがあります。
同論文の要点は、垂直的制限により小売店が追加的に提供するサービスを評価する程度は需要者によって異なり、そのような現実的な想定に立つ限り、垂直的制限は消費者厚生を増大させることも減少させることもある、というものです。
つまり、ボークは、追加サービスによりすべての需要者の支払意欲が同額だけ上昇する(需要曲線が上方に平行移動する)と想定するのですが、同論文でコマナーは、それがおかしいといいます。
むしろ、追加サービスにより、支払意欲の比較的低い需要者(限界的需要者、marginal consumers)の支払意欲は大きく上昇するけれども、支払意欲の比較的高い需要者(非限界的需要者、infra-marginal consumers)の支払意欲はそれほど上昇しない、とコマナーはいいます。
非限界的需要者は商品の良さを元々よく分かっている可能性が高いので、これは現実的な想定だと思います。
そこで、垂直制限によって追加的に提供されるサービスによって限界的需要者が得る利益と、非限界的需要者が被る損失の、どちらが大きいかが問題となるわけですが、同論文によれば、それは2つの要素で決まります。
1つめの要素は、限界的需要者のグループと非限界的需要者のグループのどちらの方が大きいか、です。
非限界的需要者の数が多ければ多いほど、不利益を被る需要者の数が増えるので、消費者厚生はマイナスになる可能性が高くなります。
2つめの要素は、限界的需要者の追加サービスに対する評価と、非限界的需要者のそれとの差が、どれだけ大きいか、です。
この差が大きければ大きいほど、つまり、非限界的需要者の追加サービスに対する評価が相対的に低ければ低いほど、需要曲線は非弾力的となり、非限界的需要者は価格上昇に対する牽制力とならないことになります。
これに対して需要曲線が弾力的であれば、ほんのわずかの価格上昇でも非限界的需要者は購入をやめてしまうので、メーカーは価格を引き上げることができなくなります。
以上から、同論文は、市場で地位が確立している商品の場合は、需要者の大半が商品をよく知っているので、垂直的制限によって消費者厚生が減少する可能性が高いとしています。これも、素朴な感覚に合致すると思います。
これに対して、新商品や新規参入の場合には、垂直制限は消費者厚生を増加させるとします。
さらに注目すべきは、メーカーの市場支配力は垂直的制限が消費者を害する必要条件ではあるが十分条件ではない、といっている点です(注81)。
さらに続けて、市場支配力よりも重要なのは、特定の商品や情報サービスに対する評価が消費者ごとにどれだけ異なるかであり、市場シェアによるテストはほとんど意味がない、とまでいいます。
市場シェアがほとんど意味がないというのは割り切りすぎかなという気もしますが、10%または上位3位で地理的制限を問題視するかのような日本の流通取引慣行ガイドラインよりは、はるかに説得力があるような気がします。
ひとつ同論文に加えるとすれば、市場で確立された商品でも常に情報サービスを提供し続ける必要があることがある、ということです。
例えば、一定の年齢層の人が買う商品の場合、需要者は毎年歳を取っていきますので、常に情報提供をし続ける必要があるように思います。
例えば、顔の皺を取る美容商品などは、おそらく40代以上の人でないとあまり買わないでしょうから、毎年、40代の仲間入りをする人たちに情報を提供していく必要があるでしょう。
と考えていくと、人間いつかは大人になって、いつかは死んでいくのですから、消費者向けの商品は常に情報提供し続けていく必要がある、といえるかもしれません。
いったん市場で確立したら情報提供はいらない、というのは、主に法人(事業者)向けの商品でしょう。
ほかには、商品ごとに販売店レベルでの微妙な調整サービスが必要な商品なども、仮にその商品が市場で確立した評判を得ていても、垂直的制限が消費者厚生を増加させる場合だといえるでしょう。
平成23年度相談事例集の事例1などはこのパターンでしょう。
ついでにいうと、流通取引慣行ガイドラインのように一店一帳合制のような垂直制限を競争制限的だと考える発想の裏には、実際の市場では情報の不完全性が著しいという想定があるように思われます。
例えば、A社の市場シェアが40%だとすると、ある消費者が最初のお店に入ってA社商品が置いてある確率は40%で(1つのお店では1つのブランドしか売っていない前提)、さらに価格を比較しようと思って別のお店に行ったらまたA社商品が置いてあった、という確率は16%(=0.4×0.4)なので、多くの需要者は3つ目の店まで回らないであろうと考えると、16%の需要者がA社商品しか実質的には目にしなくなる、16%もいるんだから保護してあげないと、という具合です。
これは単純すぎる例ですが、ブランド間競争を軽視する立場の裏には、これと似た、情報の不完全性についての発想が根強くあるように思われてなりません。
もちろん、インターネットが普及してサーチコストが下がった現在では、このような発想はかなりの程度時代遅れになっているといえます。
さらに、お互いがプロであるBtoBの市場の場合にも、同じように流通取引慣行ガイドラインの発想が当てはまらない事情があると思います。
つまり、BtoBの市場では、一般的に、限界的需要者と非限界的需要者の差がそんなにあるとは思えません(自ら購入するインプットのことすらよく知らないような事業者は競争に敗れていくので)。
なので、BtoBの市場では、コマナーの論文の基準に従っても、垂直制限が消費者厚生を減少させる可能性は低いといえます。
常に相見積もりをとるような市場であればなおさらです。
いずれにせよ、単純に市場シェア10%で問題ありと読めかねない日本のガイドラインは、あまりにナイーブだと思います。
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