効率的事業者が非効率的な競争者を保護するインセンティブ
独禁法では、独占的な企業が弱小の競争者をあの手この手を使って排除することは、私的独占などの問題になります。
また、特に不当廉売などの文脈では、非効率的な事業者でも市場にとどまっていた方が、いないよりは競争圧力になっていいんだ、ということが、同等に効率的な事業者基準に対する批判として言われたりします。
しかし世の中には、独占的企業が弱小競争者を排除したいと考えるような場合ばかりではありません。
つまり、弱小でもそのまま市場に残ってくれた方が、競争者にとってもありがたい、ということがあります。
例えば、非効率的な事業者が市場から退出すると、その退出により空いたスペースを狙って、より効率的な事業者が新規参入してくるおそれがあるような場合です。
「スペース」というのは比喩的な表現ですが、実際に、たとえばお店の陳列スペースだったりすることもあるでしょう。
既存事業者が退出しようとしなかろうと、効率的な事業者であれば参入するのであるから、関係ないのだ、というのは、単純な理屈としてはそのとおりなのですが、実際の世の中ではそこまで単純ではないこともある、ということです。
その原因は、顧客のたんなる(経済的には不合理な)惰性かもしれません。
一般的な言い方をすれば、4社体制なら4社体制、という長年続いていた業界の秩序が乱れると、一気に競争的になるということがある(少なくとも既存事業者はそのように信じている)ということがあり得る、ということです。
さて、以上のようなことが起こり得るということは、独禁法上どのような意味を持つのでしょう。
まず、独占的企業が、新規参入を嫌って、非効率的な競争者をあえて生きながらえさせる(場合によっては資金援助などをする)ということが、新規参入を試みようとしている企業を排除しており私的独占だ、という理屈が考えられますが、さすがに無理でしょう。競争者を助けていることが潜在的競争者の排除になるというのは、因果関係が遠すぎます。
あるいは、破綻企業の抗弁を認めるべきかどうか、という判断には上述のような現実が影響するかもしれません。
つまり、破綻企業の抗弁は、合併を認めないと(単に対象企業が破綻するというだけでなく)対象企業の資産が市場から退出してしまって市場が非競争的になる、ということろに正当性の裏付けがあります。
ところが、非効率的な対象会社(破綻に瀕しているくらいですから非効率的なことが多いでしょう)なのであれば、むしろ退出した方が、その空いたスペースを狙って新規参入が生じる、ということがあるかもしれません。
ただ、そのように不確実な将来の予測に基づいて企業結合の可否を判断するというのは、結構大変なことだろうと思われます。
別の文脈では、例えば企業結合に反対するかどうかを公取委から競合他社に尋ねた場合に、当該企業結合が認められた方が、対象会社である非効率的な競争者が市場にとどまることになるので、競合他社が合併に賛成する、ということがあるかもしれません。
なので、このような場合の競合他社の賛成意見は割り引いて考えないといけない、ということになります。
現実の世の中では、実に様々なことが起こり得るものです。
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