特許の国際消尽に関する中山信弘『特許法(第2版)』の気になる記述
中山先生の『特許法(第2版)』のp406に、
「しかし少なくとも言えることは、並行輸入を禁止できるということは、とりもなおさず当該商品に関する特許権を用いた国際的市場分割を認めるということであり、それは国際カルテルによる市場分割に類似した経済効果があり、権利者側に対して内外価格差による超過利潤(市場を分割することによって得られる利潤)の獲得を是認するということを意味している。」
という記述があります。
中山先生は、「少なくとも言えることは」とおっしゃっていますが、しかし、独禁法の立場からいうと、そのようなことは少しも言えないと思います。
並行輸入の禁止は(特許によって禁止する場合に限りません)、同一メーカーによる地理的分割の話であって、純粋なブランド内競争の制限の話です。
これに対して、国際カルテルによる市場分割は、複数のメーカーが地理的に市場を分割する(住み分ける)ということなので、ブランド間競争の制限の話です。
この2つは競争法的にも経済的にもまったく別のものであり、およそ「類似した経済効果」とはいえません。
別の言い方をすれば、国際カルテルの場合に問題になるのは、「内外価格差による超過利潤」ではなくて、競争者間で競争が制限されることによる超過利潤です。国内でも海外でも(競争が制限されるために)価格が高くて、結果的に内外価格差がなくっても、国際カルテルは問題です。
もう一つ気になるのは、その直前の
「並行輸入を認めた場合と認めない場合の効果、特に経済効果については、必ずしも明らかにされていない。」
という記述で、そこでは、(今やアベノミクスのブレインとして超有名人となられた)浜田宏一イェール大学教授の
「特許権による並行輸入差止めのぜひについて-経済学的考察」ジュリスト1094号(1996)73頁
が引用されています。
ただ、同論文で浜田先生は、並行輸入の効果を短期的効果(静的な資源の効率的分配)と長期的効果(動的な発明のインセンティブ)に分けて、そのうち短期的効果については、
「短期的な世界各国民の経済厚生は、多くの場合に、並行輸入によって上昇する蓋然性が強いことがわかる。例外的に、並行輸入を許すことによりかえって製造業者の世界全体に対する供給量が減少してしまう場合には、反対のことが起こるが、その様なケースはほとんど現実的でない。」
とおっしゃっています。
経済学では、短期的効果のほうは比較的単純なモデルで並行輸入が厚生を増すことが示せますが、長期的効果については並行輸入が絡まない文脈ですら議論百出(同論文でも、薬品科学等以外では特許保護の長期的効果ははっきりしないというのが一般的とする先行研究を引用しています。)であり、まして並行輸入の長期的効果などは、まず永久に経済学では答えはでないのではないか、という気がします。
なので、経済学の素人である私の目から見ると、浜田先生の論文は、かなりはっきりと、並行輸入は厚生を増大させるといっているようにみえます。
感覚的にも、並行輸入が許される場合と許されない場合で、企業の研究開発のインセンティブがどれほど違うのかというと、それほど違わないのではないか、という気がします。
中山先生の本の国際消尽の議論をながめると、この国際消尽の論点については、知財の分野で取り上げられることが多いものの、競争法がもっと貢献できるのではないか、という気がします。
もっともっと、競争法の世界で国際消尽の議論が盛り上がってほしいと思います(ただ、国際消尽は否定する方向で世界的にはほぼ決着がついているので、いまさら議論は盛り上がらないのかもしれません)。
最後に、ついでに浜田先生の論文のポイントをメモしておくと、以下の通りです。
①差別価格があるために生産量が増える(=厚生が増す)ためには、差別価格が設定されない場合には一方の市場では製品が販売されないとか、需要曲線が甚だしく凸だとかいった、かなり強い仮定が必要である。
②統一価格で生産量が減りやすいケースとして、規模の経済性が強い場合(医薬品など)がある、
③並行輸入品からの競争のないときは、当該産業全体が明示的ないし暗黙にカルテル的な価格を結んでいる可能背がある。
④並行輸入が持つ競争財の価格へのスピル・オーバー効果(ノルディカが安くなればロシニョールも安くなる)がもたらす便益は、一財の市場の分析よりもはるかに大きい。
