転嫁・表示カルテルの届出と実行の時期
公取委のHPに転嫁・表示カルテルの届出に関するQ&Aがあります。
その中に、
「Q4 消費税転嫁・表示カルテルの届出の時期を教えてください。
A 共同行為の内容を実行する前までにあらかじめ届出書を提出することが必要です。」
というものがあります。
これは、独禁法をやっている者の目から見ると、なかなか興味深い問題(カルテルの「実行」とは何か)が見えてきます。
(そのほか、カルテルは合意だけで既遂になる(合意時説)というのが通説であることからすると、合意ではカルテルとはしないという転嫁法の立場は、別の意味で興味深いものがあります。)
転嫁・表示カルテルは届出によって独禁法の適用除外となるとしても、届出をする前にはどのような内容のカルテルをするのかを事業者間で話し合わなければならず、そのような話し合いはまさにカルテルそのものではないか、という疑問がわいてきます。
この点に関してはパブコメ回答56ですでに、
「転嫁カルテルや表示カルテルの届出に先立って、事業者または事業者団体の間で、当該届出の内容について、話合いを行うことは独占禁止法上違法とならないのか。」
という質問に、
「御指摘の行為は、本特別措置法第12条の趣旨に照らして、当該行為のみをもって独占禁止法違法となるものではありません。」
という回答がなされており、実務的には決着しています。
上記のHPのQ&Aも、これと同じ問題意識であるところ、より具体的に、カルテルの「実行」をしなければよい、というふうに整理されたと理解できます。
まずまず穏当な整理だと思いますが、では何をもってカルテルの「実行」と考えるのかは、なかなか微妙です。
細かく分けると、何が「実行」なのかという問題と、同じ行為があったときに、それがカルテルに基づく「実行」なのか、それとも独自の判断によって同じことをしているに過ぎないのか、という問題があるように思われます。
まず、「実行」の中身としてすぐ頭に浮かぶのは、105円で売っていた物を108円で実際に販売開始する、というものですね。
しかし、これは消費税率引上げ前に届出が済んでいて、実行時期を来年4月1日とする場合であればスムーズに行くと思いますが、消費税率引上げ後に転嫁カルテルを実行する場合はどうするのでしょうね。
(ちなみに、「共同行為の実施期間」も、届出書の記載事項です。)
例えば、来年3月31日まで税込み105円で売っていたものを、4月1日からも転嫁できずに105円で売っていたところ、それではやっぱり利益がでないので(あるいは、周りのお店は108円で売ってもそれほど売上は落ちていないみたいなので)、5月1日から108円で売ろうということで、4月中に転嫁カルテルの話合いをして、4月30日に届け出る(届出書上の実施期間は5月1日から)というシナリオが頭に浮かびますが、何だか変ですね。
4月1日以降も税込み105円で売っていたなら、すでに105円のうちの約8円は消費税なわけで、さらに5月に入ってから108円で売るというのは、消費税分よりも余分に値上げしていることにはならないのでしょうか?
転嫁カルテルを認めた趣旨からすれば、こういうのも認められるのだとは思いますが、すっきりしないものは残ります。
そのほか、例えば、ある企業が1つのカルテル参加者集団に属して届出を行ったところ、そのあとで、別の参加者集団に属して別のカルテルを届け出たという場合、同じ商品を転嫁カルテルの名目で2度にわたって値上げしても良いものなのでしょうか?(たぶん、だめなのでしょうね。)
いずれにせよ、届出は来年3月末までに済ませておくのが得策ですね。
さて、わき道にそれましたが、「実行」とは何なのか、ですね。
むしろ「実行」に該当しない行為を挙げた方がわかりやすいと思うので挙げると、①値上げの社内決定、②値札の貼り換え、③カタログの印刷、くらいまでは、実行の準備行為にとどまるということで、OKなのでしょう。
逆に、消費税転嫁を求める価格交渉を開始すると、それはカルテルの「実行」なので、アウト(=届出前にやってはいけない)なのでしょう。
しかしここでもう1つの疑問がわいてきます。
そもそも転嫁法の建前からすれば消費税は転嫁されるべきものなのですから、当然、転嫁の交渉はするわけです。
それが、転嫁カルテルを届出ようと話合いを開始したとたん、届出が受理されるまでは転嫁交渉を開始してはいけなくなるのです。
もちろん、単独でやって良い行為であっても共同でやってはいけない、というのは独禁法では当たり前のことなので、目くじらを立てることはないのでしょうけれど、転嫁カルテルの届出をしようという話合いをはじめたとたんに、本来ならできたはずの転嫁交渉ができなくなるのは、何となく腑に落ちない気がします。
言い訳としては、「この転嫁交渉は、あくまで単独でやっているのであって、カルテルの実行としてやっているのではない。」ということが考えられますが、届出をしようと話合いをしている事業者がそのような言い訳をしても、通常の独禁法の感覚からすれば、到底認められないように思われます。
むしろ理屈としては、届出の話合いを開始していても、転嫁交渉は単独でも本来やるべきもの(転嫁法の趣旨)なのだから、一人で交渉している限りはカルテルの「実行」ではないと推定する、というふうに整理すべきではないでしょうか。
逆に言うと、さすがに届出前にサプライヤーで共同して顧客と転嫁交渉する、というのはまずいと思います。
(さらに言えば、「転嫁」の部分だけを共同で交渉するというのはちょっと考えにくく、どうしても本体価格の共同交渉特別できないので、そのような観点からすれば、そもそも共同の転嫁交渉はお勧めできません。)
それから、「転嫁カルテルに参加しませんか。」と声をかけられて辞退した事業者は、適用除外は受けられないので、カルテルをやっていない(あくまで転嫁交渉は単独のものだ)ということ、あるいは辞退したという事実を明らかにしておく必要があるように思います。(どうやって明らかにするかはさておき。)
というのは、独禁法でのカルテルといえば、明示的な共同行為の合意は不要で、意思の連絡に基づいて、お互いに相手が値上げするだろうと期待しながら値上げする、というのでも足りると考えられるからです。
「断ったんだからいいじゃないか」というのも一つの割り切りだとは思いますが、「そうか、みんな転嫁カルテルやるのか。じゃ、転嫁しやすくなるわけだから、自分も強気で行こう」というふうになりがちで、しかも消費税は転嫁するものというのが転嫁法の建前だということからすれば、お互いに転嫁するだろうという期待は常にあるというのもまた建前である、ともいえそうな気がします。
でも、そういう面倒なことを避けるためには、転嫁カルテルに誘われたら断らない、というのが、律儀な事業者にとっては一つの選択肢とはいえます。
個人的には、断っても不利益はない(断った事業者の転嫁交渉をカルテルだといって公取委が摘発するとは考えにくい)ので、断ってもよいと思います。
さて表示カルテルについては、「実行」というのは、まさに共同で合意された内容の表示を行うこと(値札の貼り換えなど)を意味するのでしょうね。
以上のように転嫁法は、それ自体かなりいびつな法律なので、いろいろ細かく考えていくと、奇妙な形で独禁法のさまざまな論点を考える素材を提供してくれそうな気がします。
ところで最近複数の外国の競争法専門の弁護士にこの転嫁法のことを説明したら、失笑されました。
彼らには、ほとんどジョークとしか思えないようです。
転嫁カルテルなどは、競争者が集まって転嫁について話し合うということ自体、欧米の感覚では信じられないみたいで、「どうやって価格そのもののカルテルと区別するんだ?」という、至極もっともな質問を受けてしまいました
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