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2013年9月10日 (火)

百選の東芝エレベータ事件解説の疑問

経済法判例百選の東芝エレベータ事件の解説に、同事件が私的独占に該当したのではないかが論じられている個所に、以下のような一節があります。

「従たる商品の市場は、保守サービス全体か、メーカー別エレベーターに細分化された保守サービスか、が問題となる。

A製エレベーターの独占的保守業者を仮定し、料金を引き上げようとしても、独立系保守業者や他のメーカー系保守業者が引上げを困難にするとみることができるかどうかである。」

いわゆるSSNIPテストを行おうとしているものですが、ちょっとおかしい気がします。

というのは、SSNIPテストで仮想的独占者を想定するときには、現に当該商品を供給している者のみならず、潜在的に供給しうる者も含まれると思われるからです。

なので、狭い市場(A製エレベーターの保守サービス市場)を市場の候補として想定したときの、

「A製エレベーターの独占的保守業者」

には、

①現に東芝製エレベーターの保守サービスを提供している者(=東芝昇降機サービス+現に東芝製エレベータの保守を手掛けている独立系保守業者)

のみならず、

②潜在的に東芝製エレベーターの保守サービスを提供しうる者(=その他の独立系保守業者+他のメーカー系保守業者)

が含まれるはずです。

そのうえで、①+②の仮想的独占者が東芝製エレベーターの保守サービスの料金をいっせいに値段を上げたときに(けれども東芝エレベーター以外の保守サービスの料金は据え置いた場合に)、ユーザーが、狭く想定した

「東芝製エレベーターの保守サービス」

から、もっと広い

「東芝製以外のすべてのエレベーターの保守サービス」

に乗り換えるかどうか、が問うべき質問のはずです。

そうすると、ユーザーとしては、他社製エレベータの保守サービス(例えば、フジテック製エレベータの保守サービス)に乗り換えるには、エレベータごとフジテックに乗り換えなければならないので、現実的には、そのような保守サービスの乗り換えは起こらないといってよいでしょう。

というわけで、現に東芝製エレベータを使用しているユーザーを前提にする限り、SSNIPテストを使えば、狭く「A(東芝)製エレベータの保守サービス」の市場を画定せざるを得ないと思います。

むしろ問題は、現に東芝製エレベーターを使用しているユーザーを前提にしてよいのか、つまり、エレベーターを選択する前の時点ユーザーを想定して、SSNIPテストをやるべきではないか、ということです。

これだと、ひょっとしたら、東芝製エレベータ保守サービスの仮想的独占者が値上げをしたら、東芝製エレベーターの保守サービスを選ばずにフジテック製エレベーターの保守サービスを選ぶ人が増えるかもしれません。(例えば、東芝製とフジテック製のエレベーターが性能も価格も全く同じだとしたら、保守費用が選択の決定的要素になるかもしれません。)

ただ、事前にそういう選択はできない(ロックインさている)という前提でいろいろな議論は進んでいるので、その議論の流れに乗る限りは、やはり、SSNIPテストでは東芝製エレベーター保守サービス市場が画定されると考えるほかないのでしょう。

ただ、それで公取委が私的独占として摘発するか(課徴金を課すか)、というと、理屈はともあれ実務的な感覚としては、大いに疑問ですね。

というのは、ロックインのために単独ブランドで画定された市場の「独占者」に適用するには、「私的独占」という看板は余りに重すぎるからです。

本当に、看板だけの問題です。

さてついでに、百選でも論じられていますが、本件では、主たる商品は「東芝製エレベーターの修理部品」であることは問題ないのですが、従たる商品役務が、

「普段の保守点検」(白石説)

か、

(その時に注文した部品の)「取り換え調整工事」(たぶん多数説)

かが問題になっています。

でも、この問題は、端的に、

「主たる商品を購入するためには、何(=従たる商品役務)を購入することが条件になっていたのか」

ということに尽きるので、そうすると、本件の事実関係では、どう考えても白石説が正しいと思います。

というのは、本件では、取り換え調整工事を一緒に発注しても、部品が手に入るのは3か月後だったからです。

エレベーターの部品(+修理)なんて、すぐに手に入らないと意味がありません。

(正確には、「意味がない」というと実はちょっと強すぎて、エレベーターは具合が悪くなってもすぐに止まってしまうわけでは必ずしもないので、3カ月後でも手に入らないよりはましです。私も昔破産管財人代理をしていたとき、管理中のビルのエレベーターの具合が悪くなったときは、冷や冷やしたものです。ただ、通常は、タイムリーに修理されないと、ビルオーナーにとってはかなりのプレッシャーです。)

なので、本件での主たる商品役務は、「タイムリーに供給される部品」なのです。

従たる商品を「取り換え調整工事」と考える多数説は、そのような従たる商品役務の購入を条件として提供される「時機に遅れて提供される部品」が主たる商品であるといっているのと同じです。

きっと多数説の人は、エレベーターが時々止まっても、3か月は悠然と構えていられるのでしょうね(笑)。

おそらく多数説は、部品と取り換え調整工事が同時に提供されるので、なんとなく抱き合わせっぽい、ということに引きずられたのでしょう(私も白石説がなければ、引きずられていたでしょう)。

しかし、主たる商品と従たる商品が同時に提供される必要は、そもそもありません。

あくまで、従たる商品の提供が、主たる商品の購入を「条件」としていればよいのです。

(百選では、「Yの部品単品の供給拒否の目的が保守サービス契約の獲得にあることにかんがみると、実質的に抱き合わされたのは保守サービスとみることもできる。」と解説されていますが、「目的」というのはちょっと弱いですね。端的に「条件」といえばすむ話と思います。)

整理すると、本件では、論理的には、

①(主,従)=(タイムリーに供給される部品,普段の保守点検)

か、

②(主,従)=(時機に遅れて提供される部品,取り換え調整工事)

という整理しかないのであり、私のように悠然と3か月も待っていられない小心者の目から見ると、①の白石説が正しいと思えるのです。

実は抱き合わせは取引強制の一種で、抱き合わせはあくまで例示なので、究極的には、

「相手方に対し・・・自己・・・と取引するように強制すること。」

に該当すれば、何が主でも従でもいいはずです。

本件では、この点から考えても、東芝エレベータが迫った(「強制」した)のは、その時注文された部品の取り換え調整工事ではなくて、普段の保守点検サービスだととらえるのが自然だと思います。

私的独占と構成する場合には、「一定の取引分野」を、普段の保守点検サービス市場ととらえるか、取り換え調整工事市場ととらえるか、ですが、この場合も、保守点検サービス市場ととらえる方が実態に合っていて、納まりが良いように思います。

でも、もし、「保守点検だけ」、「(壊れた時の)取り換えだけ」をやる業者というのが一定程度いたとしたら、それぞれが一定の取引分野になると思います。

そして、これら2つの市場から、独立系業者が排除された、ということになるのでしょう。

こういうふうに、私的独占の場合の「一定の取引分野」が2とおりありうることも考えると、ますます、抱き合わせで何が主で何が従かという問題は、独禁法の本質とは関係がないような気がします。

ただ、不公正な取引方法の場合は、(必ずしも独禁法の「本質」とは無関係の)条文の要件への厳格なあてはめが要求されるので、条文を厳格に当てはめるのは重要なことであり、そういう観点からみると、やはり、白石説の方に軍配が上がると思います。

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エレベータ保守専門のサードパーティーは、大手メーカーの保守費用より安くするのは当たり前のことです。そうしないと仕事が取れないからです。そのため大手メーカーから保守人員を引き抜いているかもしれません。大手メーカーから引き抜いた人材を利用して保守点検のノウハウを聞いているんでしょう。しかしサードパーティーに全てを任すのは考えものです。仮にエレベーターが故障してすぐに復旧させたいけども、交換する部品を持ち合わせていない。そうなるとサードパーティーは製造元から通常より高い金額で部品を取り寄せざるを得ない。そしてサードパーティーはその金額を顧客に請求することになるが、そうなると保守専門のサードパーティーの存在意義がなくなる。エレベーターの管理組合などははその辺りを考えるべきである。特にここ数年はメーカー独自で標準仕様とした機能が多い。故障しても金額は張るが、すぐに復旧させることができる大手メーカーの保守を選択すべきと考える。前の会社のエレベータではインバータが故障して復旧までに2か月かかった。そこは保守専門のサードパーティーがメンテナンスを請け負っていました。交渉次第ではメーカー系の保守費用も安くできるかもしれませんよ。

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