『独占禁止法の経済学』の気になる記述(資生堂花王事件)
岡田・林編『独占禁止法の経済学 審判決の事例分析』(東京大学出版会・2009年)は、公取委関係者を中心とした法律家および経済学者の合作として日本では非常に貴重な文献で、私もしばしば参考にしているのですが、同書の資生堂花王事件に関する解説に、ちょっと引っかかるところがあります。
同書p145で、二重限界化(double marginalization. メーカーと販売店が共に市場力を有する場合に独占利潤が二段階で積み上がること。およびその反面として、社会的厚生の喪失が二段階で生じること)の説明がなされているのですが、p146において、
「よって、〔資生堂・花王事件において〕もし二重の限界化が起きているのであれば、小売価格維持効果を持ちうること自体は社会的にむしろ望ましい可能性があり得る。」
と解説されています。
しかし、この点はちょっと引っかかります。
というのは、二重限界化を防ぐためには、最高再販売価格維持は有効であっても、最低再販売価格維持は有効ではないからです(と、一般的には説明されていると思います)。
そして、資生堂・花王事件の販売店で販売店が市場力を持っている(ということは多分現実には無いのでしょうけれど、それは仮定の話なのでさておいて)と仮定しても、資生堂・花王事件で問題になった販売方法の拘束というのは、対面販売を義務付けるという、どちらかというと販売店のコストが上がることを内容とする拘束だったのですから、その効果は最低再販売価格維持に近いように思えます。
(もし拘束の内容が、例えば「オマケをつけて販売することは禁止する」みたいな、販売店のコストを下げるようなものであったら、あるいは小売価格を下げる効果があったかもしれませんが、それでも、オマケ販売を禁止したからといって市場力を有する販売店が値段を下げるとも思えません。)
ですので、資生堂・花王事件が仮に二重限界化のケースだとしても、対面販売の義務付けで社会的厚生が増すということは、ちょっと考えにくいような気がします。
ただこの点は、ひょっとしたら「最低」再販売価格維持と「最高」再販売価格維持を区別して議論するのは法律家だけであって、経済学者は再販売価格維持といえばピンポイントで価格を拘束するものしか議論の対象としない、ということなのかもしれませんし、そうすると、法律学と経済学でたんに議論の作法が違うだけ、ということなのかもしれません。
現公正取引委員会委員の経済学者である小田切先生が執筆されている部分ですし、単純に間違っているということも考えにくいですから、悩みは深まるばかりです。
どなたか答えが分かる方は、ぜひ教えてください。
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