下請法講習テキストp10に、情報成果物作成委託(いわゆる類型1)の例として、
「衣料品製造業者が、消費者に販売する衣料品のデザインの作成を他の事業者に委託すること。」
というのが挙げられています。
しかし、私はこれは間違いだと思います。
まず、情報成果物作成委託の類型1というのは、
「事業者が
業として行う提供・・・の目的たる情報成果物の
作成の行為の全部又は一部を
他の事業者に委託すること」
というものです。
つまり、親事業者自らが提供する情報成果物の作成を下請に出すことです。
(なお「類型2」は、親事業者がその顧客から請け負って作成するものを下請けに出すものです。)
そこで、上記設例が情報成果物作成委託(類型1)に該当するためには、「衣料品製造業者」が、何らかの「情報成果物」を業として顧客に提供していることが必要です。
ところが、上記設例では、親事業者はたんなる「衣料品製造業者」なので、「業として」「提供」しているのは、おそらく衣料品です。
そして、衣料品は、情報成果物ではありません。
念のため条文をみてみると、情報成果物は、
「この法律で『情報成果物』とは、次に掲げるものをいう。
一 プログラム(電子計算機に対する指令であつて、一の結果を得ることができるように組み合わされたものをいう。)
二 映画、放送番組その他影像又は音声その他の音響により構成されるもの
三 文字、図形若しくは記号若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合により構成されるもの
四 前三号に掲げるもののほか、これらに類するもので政令で定めるもの」
と定義されています(下請法2条6項。なお4号の政令で定められているものはありません)。
衣料品が1号(プログラム)に該当しないことは明らかでしょう。
2号(映画等)にも該当しないでしょう。
そして、まさか3号に該当するということもないでしょう。たしかに、衣服には図形や色彩が組み合わされているかもせいれませんが、ここでの情報成果物は、デザインなどを指すのでしょう(講習テキストp9)。
あえていえば、衣料品は、製造委託の条文に出てくる「物品」でしょう。
なので、上記設例では、親事業者は「物品」を製造しているものであり、
「〔親事業者が〕業として行う提供・・・の目的たる情報成果物」
という要件を満たさない(親事業者は業として情報成果物を提供していない)ことが明らかです。
続けて講習テキストでは、
「不動産会社が、販売用住宅の建設にあたり、当該住宅の建設設計図の作成を設計会社の委託すること。」
というのが挙げられていますが、同じ理由でこれも間違いです。
というのは、親事業者である不動産会社(なお厳密には、製造委託等を行わない者は定義上「親事業者」には該当しないのですが、そこは分かりやすさ重視ということでご容赦ください。)が提供しているのは「住宅」という物品です。業として情報成果物は提供していません。
講習テキストの他の例では、親事業者が業として提供するものが、「ゲームソフト」、「汎用アプリケーションソフト」、「テレビ番組」、「制御プログラム」、「取扱説明書」というふうに、いずれも情報成果物に該当するので、
「〔親事業者が〕業として行う提供・・・の目的たる情報成果物」
という要件を満たすのですが、上記2つだけは、「衣料品」、「住宅」という物品であり、この要件を満たさないのです。
講習テキストp11の表の用語を使えば、情報成果物作成委託が成立するためには、
①最終的な情報成果物(=親事業者が顧客に提供するもの)
例)ゲームソフト
②最終的な情報成果物を構成することとなる情報成果物⇒この委託は下請法の対象
例)プログラム、画像データ
③最終的な情報成果物の作成に必要な役務⇒この役務の委託は下請法の対象外
例)監修
の①と②が必要なわけです。上記2つの例は、①が抜けています。
別の言い方をすれば、情報成果物作成委託は情報成果物の作成委託ではありません。
たんに親事業者が納品を受けるのが情報成果物であるというだけで、情報成果物作成委託になるわけではないのです。
このような間違いの大元になっているのが、p10の、
「『提供』とは、・・・商品の形態、容器、包装等に使用するデザインや商品の設計などを商品に化体(かたい)して提供する場合(例:ペットボトルの形のデザイン、半導体の設計図)も含まれる。」
という解説です。
さらに講習テキストp21でも、
「Q26: 商品の『設計図』は情報成果物に該当するとのことだが、半導体の回路の設計図、建設工事図面のようなものまでも本法の対象となるか。
A: これらの設計図、工事図面に従って、半導体、建築物が製造・建築されるものなら、当該設計図、当該工事図面は、半導体、建築物に化体して顧客に提供されているものなので、情報成果物作成委託(類型1)として本法の対象となる。」
と解説されています。
しかし、「化体して」いようがいまいが、親事業者が提供する「最終的な情報成果物」が存在しないと、情報成果物作成委託に該当しないことは明らかであり、この解説は間違っています。
Q26で親事業者が顧客に提供するのは、「半導体」、「建設物」という物品であり、「情報成果物」でないことは明らかです。
もしこのような行為を下請法で規制するなら、むしろ製造委託の、「物品」、「半製品」、「部品」、「附属品」、「原材料」、「金型」のあとに、「設計図」とか、「その他物品の製造に必要なもの一切」というのを加えるべきでしょう。(逆にいえば、公取委の解釈はこれをやっているに等しいわけです。)
しかも、「化体して」いるからという理由で情報成果物作成委託に該当するとすると(←この考え方には条文の根拠がありません)、情報成果物作成委託の範囲が際限なく広がっていく(「情報成果物」の作成委託に限りなく近づく)ことになり、不当です。
もし下請事業者の情報が「化体」された親事業者の物品も
「情報成果物」(典型的には、「文字、図形若しくは記号若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合により構成されるもの 」)
だというなら、下請事業者の情報が「化体」している下請事業者作成の部品も
「情報成果物」(「文字、図形若しくは記号若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合により構成されるもの」)
だということになり、すべての製造委託は情報成果物作成委託に含まれる、というとんでもないことになってしまいそうです。
類型1の定義には、「情報成果物」という用語は1個しかないので、下請事業者から親事業者に提供される「情報成果物」も、親事業者からその顧客に提供される「情報成果物」も、同じ意味に解するしかないでしょう。
(細かいですが、もうちょっと正確に言うと、下請事業者が提供するのは、情報成果物の「作成の行為の全部又は一部」なので、それ自体情報成果物である必要はありません。これに対して、親事業者がその顧客に提供するのは、条文上明らかに「情報成果物」でなければなりません。)
下請法の製造委託等の定義は、下請事業者が何を納めるかという点も大事ですが、親事業者が納められたものをどう使うのか、あるいは、何のために納めさせているのか、というところでも絞っていることを忘れてはいけません。
上記の間違った設例に共通するのは、完成品に対して情報成果物が占める地位が大きい(例えば半導体は設計図で性能が決まる)ことから、なんとなく下請事業者から提供された情報成果物のフレイバーが色濃く最終商品に残っているので下請法の対象っぽい、ということなんだと想像しできます(だからこそ「化体」という言葉を使っているのでしょう)。
しかし、フレイバーが残っていようがいまいが、条文の要件とは何の関係もありません。
とくに、半導体回路の設計図なんて、これを下請法の対象とするかしないかで、実務的な影響はかなり大きいのではないでしょうか。
もちろん、発注書をちゃんとつくるとかは、下請法の適用が無くても守るのが望ましいですから、半導体メーカーが今のプラクティスをあえて変える必要もないでしょうが、一度、「この情報成果物には下請法が適用されるのか」を見直してみる価値はあるのではないでしょうか。
公取委の「化体して提供する」という理屈は、下請法運用基準第2の3(3)にも規定されているので、間違いなく確信犯ですが、ひどい解釈をするものです。