下請法4条1項3号では、
「下請事業者の責に帰すべき理由がないのに、下請代金の額を減ずること。」
が、親事業者の禁止行為とされています(下請代金減額の禁止)。
そして、「下請代金」は、下請法2条9項で、
「親事業者が製造委託等をした場合に下請事業者の給付・・・に対し支払うべき代金」
と定義されているので、下請代金というのは、製造委託等の対価(「・・・に対し支払うべき代金」)のことだと分かります。
とすると、4条1項3号の「下請代金の額を減ずること」というのは、製造委託等の対価を減額することだと読むのが自然であるように思われます。
つまり、製造委託等の(役務の)対価を差し引くことであって、その他の名目及び実質により差し引く場合は、「下請代金の額を減ずること」には該当しない(別途、4条2項3号の、利益の提供に該当する)と読むのが自然に思われます。
しかし、現実の公取委の運用は、そうはなっていません。
つまり、公取委の運用では、差し引きの名目および実質(歩引き、システム利用料、など)にかかわらず、ともかく、下請代金から差し引く方法で下請事業者に負担させる行為は、「下請代金の額を減ずること」に該当することになっています。
例えば、下請法講習テキストp44では、
「つまり、歩引き、リベートシステム利用料など発注前に下請事業者と協議して合意した金額であったとしても、・・・3条書面に記載された下請代金から減じるものであれば減額として問題となり得る・・・」
とされているのです。
さらに、同テキストでは、ここでの「下請代金」は、3条書面の記載によるということも明らかにされているので、「システム利用料」等も、3条書面の下請代金の額として記載する必要があるということになります。(具体的には、下請代金から差し引かれる旨、記載することになります。)
次に、「下請代金の額を減ずること」(下請法4条1項3号)というのは、文言上、いったん決まった額を減額すること、と考えるのが自然ですから(下請代金の額が決まっていないのであれば、そもそもその減額ということは問題になり得ないので)、代金が決定する時点で合意していれば、そもそも「下請代金の額を減ずること」には該当しないと考えるのが自然に見えます。
ところが、この点も、公取委の運用は、そうはなっていません。
つまり、上記下請法講習テキストにあるように、
「歩引き、リベートシステム利用料など発注前に下請事業者と協議して合意した金額であったとしても、・・・減額として問題となり得る・・・」
ということなのです。
しかしその一方で、下請代金(製造委託等の対価)そのものについては、下請代金合意前に「減額」(というのも変ですが、例えば、前年度の下請代金からの減額をイメージすればよいでしょうか・・・)の合意をして、それを3条書面に記載していれば、当然、その「減額」後の金額こそが「下請代金」(下請法2条10項)になるわけですから、製造役務等の対価自体を減額することを事前に合意していた場合には、「下請代金の額を減ずること」になるはずがありません。(ただし、別途、買いたたき(下請法4条1項5号)になる可能性はあります。)
このように、差し引く名目および実質が何かによって、事前の合意により免責されるか否かが異なるということになります。
例えば比較的最近代金減額と利益提供の両方が問題になった日本生活協同組合連合会の勧告(平成24年9月25日)では、
「会員〔個々の生協のこと〕が実施する店舗間の売上高を競うコンテストの賞品費用を確保するため〔=つまり、製造委託等の対価とは関係ない名目および実質で〕,
下請事業者に対し,「販促コンテスト協賛費用」として,一定額を負担するよう要請し,
この要請に応じた〔文面上区別していないので、論理的に、下請代金の支払い前であることはもちろん、下請代金額決定前に合意があった(本来最も罪の軽い)ケースも含まれると思われます。〕下請事業者について,
平成22年9月から平成23年11月までの間に,下請代金の額から当該金額を差し引いていた。」
という行為を4条1項3号(下請代金の減額の禁止)で処理しているのに対して、
「日本生協連は,自らの商品開発のために実施するテストの費用を確保するため〔=つまり、製造委託等の対価とは関係ない名目および実質で〕,
下請事業者に対し,「商品の組合員テスト費用」として,一定額を負担するよう要請し,
この要請に応じた〔同じく、事前の合意があった〕下請事業者について,
平成22年9月から平成24年4月までの間に,当該金額を提供させることにより,
当該下請事業者の利益を不当に害していた。」
という行為を4条第2項第3号(不当な経済上の利益の提供要請の禁止)で処理しています。
つまり、両者とも、製造委託等という役務の対価とは無関係という点では共通しているにもかかわらず、下請代金から差し引く形にすると4条1項3号になり、別途支払わせると4条2項3号になる、ということです。
以上の理屈は、粕渕他『下請法の実務(第3版)』p131でも、
「例えば、親事業者が下請事業者に対し決算対策協力金等の支払〔=つまり、役務の対価そのものとは関係ない名目および実質での支払〕を行わせるとき、
これを親事業者が下請代金から差し引くことにより支払わせる場合には減額に該当するが、下請代金の支払とは独立して下請事業者に支払わせる場合には、不当な経済上の利益の提供に該当するものとして扱われる。」
というふうに説明されています。
しかし、以上の取り扱いには問題がないわけではありません。
というのは、代金減額の方が不当な利益提供よりもはるかにハードルが低い(違反になりやすい)からです。
つまり、代金減額の方は、名目も、金額も、合意の有無も、一切問わず、違法になります(ただし、役務の対価そのものを事前に交渉して減額することは、4条1項3号には該当しません。)
これに対して、不当な利益提供の場合には、「下請事業者の利益を不当に害し」(下請法4条2項柱書き)という要件があるために、
①下請事業者の直接の利益になり、かつ、
②下請事業者が自由な意思により提供する、
場合には、違反になりません(講習テキストp63)。
このように、下請事業者に負担させる方法(下請代金からの差し引きか、別途支払か)によって違反の要件が変わるというのは、おかしい気もしますが、あえて説明すれば、
①下請代金というのは下請事業者にとって生命線であって、とくに強く保護する必要があるから、
②下請代金から差し引くのは、有無を言わせぬ点があり悪性が強い(別途支払の場合は、一応任意の可能性もある)、
といったところでしょうか。
・・・と、ここまで説明して、いきなり前言撤回のようで恐縮ですが、必ずしも以上のような考えに沿わない勧告もあります。
例えば、西鉄ストアに対する勧告(平成23年3月30日)では、
「自社の発注業務等の効率化を図るために導入した電子受発注等に係るシステムの運用費用を確保するため,
下請事業者に対し,「EDI処理料」として下請代金の額に一定率を乗じて得た額及び一定額を負担するよう要請し,この要請に応じた下請事業者に対し,平成21年10月から平成22年11月までの間,
下請代金の額に一定率を乗じて得た額及び一定額をそれぞれ差し引き又は別途支払わせることにより,
下請事業者に責任がないのに,当該下請事業者に支払うべき下請代金の額を減じていた」
という行為が、代金減額(4条1項3号)として処理されています。
つまり、たんなる差し引きでなく、別途支払わせる場合も、代金減額とされています。
同様に、イズミヤに対する勧告(←勧告のプレスリリースはリンク切れですね。。)(平成18年10月27日)では、
「プライベートブランド商品の製造委託に関し,「基本割戻金」等と称して下請代金の額に一定率を乗じて得た額を差し引き又は別途支払わせることにより,下請代金の額を減じていた」
という行為が、代金減額になっています。
しかもこの事件については独占禁止懇話会(平成19年6月21日)でも、
「・・・通常その下請代金からの減額といいますと,下請代金との相殺によって行うケースが多いのですが,これはイズミヤの銀行口座に別途支払わせるというような形で減額したものです。こういった形で減額したケースは,平成16 年度以降では初めてとなっております。」(石垣室長)
という説明がされており、珍しいケースであったことの認識は公取委にもあったようです。
このイズミヤと西鉄ストアのケースの理屈を忖度すると、代金減額(相殺)と同じ名目および実質で別途支払をさせていた場合には、ひとまとめにして代金減額にする、という運用なのではないかと想像されます。
なので、西鉄ストアの「EDI処理料」などは、もっぱら下請代金とは別途支払わせていた場合には、不当な利益提供の要請として処理されていたのではないかという気がします。
このように、下請法というのは細かく見ていくと理論的にすっきり説明できないところがあり、理屈を重視する人には「下請法はよくわからん」という評価になるのでしょう。
あと最後に1つ付け加えると、製造委託等の対価そのものの減額の趣旨で、別途、下請事業者に払い戻しをさせることは(そういうケースはあまりないと思いますが)、やはり、不当な利益提供の要請ではなく、代金減額(4条1項3号)に該当するというべきでしょう。
その方が条文の文言に忠実ですし、下請代金の保護という下請法の趣旨にもかなうと思います。