やらせの口コミに関する景表法ガイドラインの違反例について
2012年5月9日に改正された、「インターネット消費者取引に係る広告表示に関する景品表示法上の問題点及び留意事項」で、以下の違反例が追加されました。
「商品・サービスを提供する店舗を経営する事業者が、
口コミ投稿の代行を行う事業者に依頼し、
自己の供給する商品・サービスに関するサイトの口コミ情報コーナーに口コミを多数書き込ませ、
口コミサイト上の評価自体を変動させて、
もともと口コミサイト上で当該商品・サービスに対する好意的な評価はさほど多くなかったにもかかわらず、
提供する商品・サービスの品質その他の内容について、あたかも一般消費者の多数から好意的評価を受けているかのように表示させること。」
実は、上記違反例は本当に景表法違反なのかは、条文の解釈としてはけっこう微妙です。
(ちなみに、こういう、広告でないと見せかけて実は広告、みたいなのを、「ステルス・マーケティング(stealth marketing)」(ステルス戦闘機のステルスですね)というようですが、法律の議論をするときには、こういう外延が曖昧な用語はできるだけ使わないのが得策でしょう。)
というのは、景表法4条1項1号では、
「商品又は役務の品質、規格その他の内容について、
一般消費者に対し、
実際のものよりも著しく優良であると示し、
又は
事実に相違して当該事業者と同種若しくは類似の商品若しくは役務を供給している他の事業者に係るものよりも著しく優良であると示す表示であつて、
不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認められるもの 」
をしてはならないとされています。
つまり、商品の「内容」について、「実際のものよりも著しく優良」であることを示す表示でなければなりません。
そして、上記違反例では、個々の口コミの中で述べられている商品の「内容」が、実際の商品の内容よりも「著しく優良」であることは要求されていません。(個々の口コミは景表法上の「表示」とは構成されていないので当然です。)
そうではなくて、上記違反例では、口コミサイトの評価(例えば、食べログの★の数)を上げることを問題にしており、口コミサイトの評価(★の数)を、景表法4条1項1号の「表示」とみています。
そのことは、違反例で、「あたかも一般消費者の多数から好意的評価を受けているかのように表示させること」と、「表示」という、景表法4条1項と同じ文言を、口コミサイトの評価を指す部分(★の数)を指すものとして用いていることからも明らかです。
しかしここで問題は、口コミサイトの★の数が、「商品又は役務の品質、規格その他の内容について」の表示であるといえるのか、ということです。
厳密にいえば、★の数は、商品の品質等を示しているとは言えないのではないでしょうか。
例えば、「国産」とか、「タラバガニ」とか、「放射能検査済み」といった表示は、商品の品質や内容を示していると言えるでしょう。
もっと抽象的に、「美味しい」とか、「マイナス5歳肌」(←化粧品)というのも、まあ、「品質」といっていいでしょう。
予備校の宣伝で「京大合格者○○人」という人数に模試を受けただけの人も入れるのも、講義というサービスの品質に関する優良誤認表示といえるでしょう。
やや微妙なのが、「何万本売れています。」とか、「売上ナンバーワン」みたいな、たくさん売れていることをアピールする宣伝文句ですが、やはり、たくさん売れているから品質が良いんだろうと思わせる表示ということで、商品の「内容」に関する表示といっていいと思います(といいますか、実務的には、この辺りは問題なく優良誤認表示ということで通っていると思います。)
さらに微妙なのが、たとえば、カーオブザイヤー(COTY)の選考委員を買収して受賞した自動車メーカーが、「カーオブザイヤー受賞」と表示するのは、受賞したこと自体は事実なので、優良誤認表示とはいえなないともいえますし、本来は受賞できない品質だったのに不正な方法でなく受賞したかのような表示をするという意味では、優良誤認であるといえなくもないような気もします(少数説でしょうが、あくまで理屈の問題としてお考えください)。
こうしていろいろ考えると、口コミサイトの★の数は、景表法の「品質、規格その他の内容」については何も触れておらず、優良誤認表示とはいえないのではないか、単に個々のレビュー者の付けた星の数を平均したデータに過ぎないのではないか、と思えてくるわけです。
あるいは、上記違反例が「表示」ととらえているのは、★の数だけであるという捉え方が狭すぎて、「たくさんの好意的レビューがあること」、あるいは、「個々の好意的なレビューをすべて合わせたもの」が、「表示」である、というふうに考えるべきなのかもしれません。
しかし、それでも、「たくさんの好意的レビューがあること」は、やはりたんなるレビューの数の問題であって、商品の「内容」ではないですし、個々のレビューのすべてを合わせたものが「表示」と考えると、結局、個々の表示が虚偽でなければ違反にならないのではないか、という最初の問題に戻ってしまいます。
なので、これをもって「品質、規格その他の内容」というのは、条文解釈としては相当無理があると思います。
結局、「売上ナンバーワン」という表示と、口コミサイトの★の数の違いは、実は相当微妙なものです。
なのに、「売上ナンバーワン」が問題なく優良誤認表示となり、★の数を優良誤認表示とすることに違和感が残るのは、
前者では明らかに内容が虚偽(実際は売上ナンバーワンではなかった)の事例が取り上げられるので「内容」に関する表示か否かはあまり吟味されずに違法とされる傾向がある
のに対して、
後者は何が虚偽なのかよくわからない(レビュー者の広告主からの独立性を偽っているというのが問題の本質だが、そのようなものは景表法の優良誤認が想定していない)
ということなのではないかと思います。
実はホンネのところで上記違反例が言いたいのは、
①代行業者は実際にはレストランに行っておらず、嘘のレビューであるのでけしからん、
②そもそもレストランからお金をもらってレビューを書いているのに一般消費者のふりをしてレビューを書くこと自体がけしからん(そういうところに依頼するのもけしからん)、
ということなのでしょうが、レビュー中の商品に関する記述が事実に反することを違反の要件にする(上記違反例が追加される前の違反例がそうでした)と、やらせレビューを違反に問うのはかなり難しくなってしまいます。
なので、上記違反例は、やらせレビューを取り締まるための苦肉の策であったように思われます。
私は、やらせはいけないと思うので、このガイドラインでやらせが無くなるなら結構なことだと思いますが、立法論としては、景表法4条1項3号で指定するのが筋なのでしょう。
つまり、4条1項3号なら、
「前二号に掲げるもののほか、商品又は役務の取引に関する事項について一般消費者に誤認されるおそれがある表示であつて、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認めて内閣総理大臣が指定するもの 」
というように、表示の対象が、
「取引に関する事項」
と、極めて広く取ってあるので、やらせを取り締まることも十分可能です。
この点、笠原編著『景品表示法(第2版)』p119では、
「優良誤認表示、有利誤認表示に該当するような表示は、実際のもの等と異なり著しく優良・有利でると一般消費者に誤認させるものであり、直ちに規制されるべきであることから、法律により禁止されている。しかし、複雑な経済社会においては、これらだけでは、消費者の適正な商品選択を妨げる表示に十分対応できない場合があると考えられたことから、第4条第1項第3号において、景品表示法の運用機関である消費者庁の主任の大臣たる内閣総理大臣に不当表示を指定する権限が付与されたものである。」
と解説されており、品質や取引条件を偽るのは消費者の適正な商品選択を妨げる表示であることが明らかだから法律で定めたけど、適正な選択を妨げる表示は他にもある、それを取り締まるのが4条1項3号だ、と明確に述べられています。
こうして眺めると、まさに「複雑な経済社会」における口コミサイトのようなものを想定していると、私の眼には見えます。
上記違反例のガイドラインへの追加は、食べログのスキャンダルがあって急ごしらえで作ったところがあるので、理論的な詰めが甘いのはやむを得ない気がしますし、積極的に問題表示を取り締まろうとする消費者庁の姿勢は十分評価すべきですが、何が問題なのかという本質をよく議論しないと、行き当たりばったりの規制になりかねません。
本質的には、広告主がレビュー者にお金を払ってレビューを書いてもらっている場合には、そのような事実を開示すべきではないか(開示をしない場合は、内容自体が虚偽とは言えなくても、非開示ということ自体が不当表示を構成するのではないか)、といったことを議論すべきなのでしょう。
このあたりは、2009年に改正された米国FTCの、
「Guidelines Concerning Use of Endorsements and Testimonials in Advertising」
が参考になります。(特に、最後の方の例7と8)