カルテルと顧客の同意
カルテルは顧客が同意していても違法でしょうか。
・・・という問題の立て方をすると、いわゆる官製談合(工事を発注する役所の側が主導して談合させること)のことかと思われそうですが、ここで念頭に置いているのはそうではなくて(官製談合は、担当者が職務に違反して談合に「同意」しているので、そもそも有効な同意がない場合が多い)、本当に顧客が同意している場合です。
「そんなことが本当にあるのか?」と思われるかもしれませんが、実際にはけっこうあります。
そのようなことが起きる背景を考えると、
①顧客の方が交渉力が強くて、競争がなくても(カルテルがあっても)安く買えてしまえる場合、
②顧客が価格をあまり重視していない場合(品質や安定供給を重視している場合、値上がり分を川下市場に転嫁できる場合など)、
③供給者が協力(商品の規格統一など)することでコスト削減になる場合、
などが考えられます。
また、事務管理上の必要性から、顧客から納入価格を納入業者間で統一するよう指示されることもあります(一物一価)。
その背景には、品質の同じ製品を異なる価格で購入するわけにはいかない、という素朴な商売の感覚があるのでしょう。(ちなみに、結果的に価格が統一されること自体は、独禁法上何ら問題はありません。)
さて、前置きが長くなりましたが、要するに、本当に顧客が望んでカルテルさせられるということは、実は珍しいことではないのです。そのようなカルテルも違法でしょうか。
非常に難しい問題ですが、まず、「顧客の真正の同意があったからといって、当然にカルテルが違法でなくなるわけではない。」という点については、あまり異論はないと思われます。
つまり、刑法での「被害者の同意」のような理屈は通じない、ということです。
カルテルの場合には、直接の購入者だけが被害者とは限らないので(直接の購入者が川下市場へ値上げ分を転嫁できる場合など)、やはり直接の購入者の同意だけで当然に違法でなくなるとは言いにくいと思います。
ただし、顧客の同意(場合によっては指示)があったという事実は、実際には、様々な意味を持つことが考えられます。
まず分かりやすいところから行くと、顧客からの民事上の損害賠償請求は認められるべきではないでしょう。理由は、過失相殺でも信義則(クリーンハンズ)でも何でも良いですが、顧客が積極的にカルテルに関与しているような場合に損害賠償請求を認めるのは、やはりおかしいと思います。
また、顧客が同意している場合には、実際には、競争の実質的制限が生じていない場合が結構あると思います(その場合、排除措置命令や課徴金納付命令の対象とすべきではありません)。
前述のような、顧客の方が圧倒的に交渉力が強い場合を考えてみれば分かるでしょう。
日本ではカルテルは当然違法ではなく、競争の実質的制限が必要なのですから、直接の顧客が満足している場合には競争の実質的制限が生じていないのではないか、と疑ってかかってみる必要があるように思います。
また、課徴金については、カルテルの合意の範疇に属する商品・役務であっても、「合意の対象から明示的または黙示的に除かれると考えられる特段の事情がある場合」は課徴金の対象にならないことになっていますので(菅久他『独占禁止法』p213)、一般的にはカルテルの合意がある場合でも、一部の顧客が何らかの事情で同意していた場合には、当該顧客との関係では、そのような「特段の事情」が認められることもあり得るような気がします。
さらに、より現実的な効果としては、カルテルに顧客が同意している場合には、公取委が事件として取り上げない、あるいは、そもそも公取委に発覚しない、ということが、実際にはあると思われます。
実際、官製談合のケースを除けば顧客の同意が争点となったケースはなく、純粋に民・民の事件で顧客が同意している場合にはそもそも事件になりにくいということを示していると言えるかもしれません。
いずれにせよ、発注者の側も、自らが独禁法違反になるわけではないとはいえ(ただし、刑事上は、発注者の担当者がカルテルの共犯になることもあり得ます。前記菅久他p53)、取引先がカルテルで摘発されるというのはよろしくない事態でしょうから、カルテルに該当するような行為を積極的にさせるようなことは、避けるべきでしょう。
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