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2012年11月19日 (月)

海外当局に提供する情報の刑事手続での利用制限(43条の2第3項)

独禁法43条の2は、公取委の海外競争当局への情報提供について定めていますが、第3項は、

「第一項の規定により提供される情報については、外国における裁判所又は裁判官の行う刑事手続に使用されないよう適切な措置がとられなければならない。」

と定めています。

典型的な、国際カルテルで米国司法省(カルテルを刑事訴追する)と情報交換をする場合を想定すると、この3項はどのように理解すべきでしょうか。

(問題意識としては、「米国ではカルテルは刑事事件なのだから、43条の2第3項があると、結局日米独禁協定があるのに、米国司法省には情報提供してはいけないのではないか?という点です。)

まずそもそも論ですが、現在の世界の競争法当局間での情報交換においては、ナマの証拠(供述証拠や押収した手帳など)のやりとりまではなされていません。

このナマの証拠とその他の情報を区別する発想が頭にあると、どうしても

《情報》の交換はするけれど《証拠》の交換はしない、

という枠組みでの議論になりがちで、実際、外国の弁護士と議論すると彼らはそういう発想で話すので何となく議論がかみ合わなかったりします。

ですが、ナマの証拠は交換しないというのはあくまで運用上そういうことだということに過ぎないので、43条の2第3項の意味を考えるにあたっては、ひとまずそのことは置いておいて、条文を素直に解釈する必要があります。

この点、平成21年改正の立案担当者による解説である藤井他編著『逐条解説平成21年改正独占禁止法』(商事法務)p140では、刑事手続の証拠の国際的な収集・提供については、

「国際捜査共助等に関する法律」

のみによるべきであるので、43条の2第の公取委による情報提供によって国際捜査共助が事実上行われないようにする必要があるので、同条に基づいて提供された情報について、

「外国における裁判所または裁判官が行う刑事手続に使用されないよう適切な措置がとられる必要がある旨規定している」

とされています(条文のままですね)。

これだけ読むと、どういう場合に米国司法省に情報提供できるのか、正直ピンと来ません。

つまり、読み方としては、

①裁判官が直接関与する刑事訴訟手続や令状発布手続に使用しなければ足りる、というふうに限定的に解釈するのか、

それとも、

②およそ刑事手続に役立てるために使ってはいけない、というふうに広く読むのか、

2つの可能性がありうるようにみえます。

実は類似の規定を置く日米独禁協力協定10条をみると、もう少し具体的になっています。

つまり同協定10条1項では、

「この協定に従って一方の締約国政府〔ここでは日本〕から他方の締約国政府〔ここでは米国〕に伝達された情報(公開情報を除く。)は、

刑事手続において大陪審又は裁判所若しくは裁判官に提示されてはならない。」

とされています。

要するに、公取委から司法省に提供した情報(たんに「情報」といっているだけなので、供述調書などのナマの証拠はもちろん、事件に対する公取委の心証や審査の進捗状況についての情報も当然含まれるでしょう)は、米国の裁判所や大陪審に証拠として見せてはいけない、ということです。

さらに、外務省北米局北米第二課編『解説日米独禁協力協定』(日本国際問題研究所)p87では、よりはっきりと、

「捜査機関が内部的に当該情報をインテリジェンスとして捜査の端緒に用いることまで制限する必要性は必ずしもない」

と書かれています。

以上から結局、独禁法43条の2第3項についても同様に、司法省は公取委から受領した情報を裁判所や裁判官に証拠として提出してはいけない、という意味に解すべきでしょう。

前述のように、ここでの「情報」には、文言上はナマの証拠も公取委の心証的なものも含まれますが、現在の実務(=ナマの証拠は交換しない)を前提とすると、ナマの証拠でない情報を司法省は刑事裁判官に証拠として提出していはいけない、ということになるのでしょう。

ただ、43条の2第3項の、

「外国における裁判所又は裁判官の行う刑事手続に使用されないよう適切な措置がとられなければならない」

という文言は、大陪審には言及していないので、この点をどう考えるべきかが問題となります(海外競争当局一般への情報提供について日本の法律で定めているだけなので、一国の制度を前提にした記述がないのは当然といえば当然なのですが)。

考え方としては、大陪審への証拠としての提示も、

「外国における裁判所又は裁判官の行う刑事手続」

での

「使用」

にあたるという解釈もあり得そうです。

しかし、大陪審といえば日本の検察審査会に相当する、一般市民からなる会議体であり、起訴不起訴の相当性を判断するのが役割ですから、大陪審への証拠としての提示を「外国における裁判所又は裁判官の行う刑事手続」での「使用」というのは文言上無理があると思います。

別の言い方をすれば、大陪審の段階では、「外国における裁判所又は裁判官の行う刑事手続」が、まだ始まっていないわけです。

また大陪審には、司法省の検察官の手足になって大陪審サピーナによって証拠を収集するという役割がありますが、これもあくまで捜査機関の情報収集活動に過ぎないので、「外国における裁判所又は裁判官の行う刑事手続」での使用というのとは、ちょっと違う気がします。

というわけで、独禁法43条の2第3項では、情報の大陪審での使用は許され、この点において独禁法43条の2第3項の制限は日米独禁協力協定10条よりも緩やかである、ということができます。

最後に念のためですが、独禁法上、公取委が提供した情報は「外国における裁判所又は裁判官の行う刑事手続」で使用されてはならないのですから、ナマの証拠でなく例えば公取委の心証や捜査方針のようなものでも、当該情報が含まれている以上、これを例えば司法省の報告書や電話聴取書のような形に作り替えても、やはり刑事手続での使用はできないと考えられます。

(このように、いかなる情報でも証拠になり得るのですから、「《証拠》の交換か、《情報》の交換か」という議論の枠組みが無意味であることが理解できます。)

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