流通・取引慣行ガイドラインにおける競争者間の総代理店に関する考え方の疑問
流通・取引慣行ガイドラインは第2部の流通分野に関する部分(再販売価格維持や地域制限)が注目されることが多いですが、第3部の総代理店に関する部分も、それなりに重要です。
ところが、この第3部は、タイトルが「総代理店に関する独占禁止法上の指針」となっているにもかかわらず、
第一 競争者間の総代理店契約
第二 総代理店契約の中で規定される主要な事項
第三 並行輸入の不当阻害
というように、バラバラな内容のものが一緒くたになっていて、統一感がありません。
そのような体系的美しさの問題は好みの問題ですからさておくとして、理論的に問題なのは第一の「競争者間の総代理店契約」です。
この第一では、競争者間の拘束の反競争性を論じているにもかかわらず、なぜか(不当な取引制限の問題ではなく)不公正な取引方法の問題として競争者間の総代理店契約を論じています。
しかも、公取委担当者による同ガイドラインの解説書である山田昭雄他編著「流通・取引慣行に関する独占禁止法ガイドライン」のp242では、
「なお、競争者間の総代理店契約は、水平的な販売提携として不当な取引制限の観点からも問題となりうるものであることはいうまでもない。」
とされています。
(ちなみに、この本の定価は3,600円ですが、いまアマゾンで中古の値段を見たら、8冊も出品があるのに最低11,750円もします!出品しようかな(←冗談です)。)
「いうまでもない」なんてもったいぶらずにガイドラインに書けば良いじゃないか(むしろ書いていないと、「競争者間の問題なのに、どうして不当な取引制限ではなくて不公正な取引方法なのだろう?」という疑問が湧くじゃないか)と思うのですが、上記解説本のさらに問題なのは、上記引用部分にさらにつづけて、
「ただ、通常は公正な競争を阻害するおそれがある段階で問題となるところから、指針では不公正な取引方法に関する規制の観点から考え方が示されているものである。」
と解説しています。
これは要するに、不公正な取引方法の「公正競争阻害性」のほうが、不当な取引制限の「競争の実質的制限」よりも、反競争性のレベルが低いので、先に問題になる(あるいは、不当な取引制限に該当する場合には常に不公正な取引方法にも該当する)といっているようです。
しかし、これは今日の標準的な独禁法解釈とは異なるものと言わざるを得ません。
ざっくりいえば、今日の標準的な解釈は、
競争者間の合意(ヨコの合意)→不当な取引制限
取引当事者間の合意(タテの合意)→不公正な取引方法
というものです。
もし、競争者間(←なので「ヨコ」的)でなされる取引(←取引なので「タテ」的)が、すべてこのガイドラインのような考えで処理されるとしたら、大いに問題です。
たとえば、競争者間のOEMは今日不当な取引制限として処理するのが公取の相談事例でも一般的な取扱いですが、これも不公正な取引方法として公正競争阻害性がないかをもう一度スクリーニングしないといけなくなります。
しかし、明らかに競争者間の競争停止が問題になっている事例なのに、たまたま総代理店契約という「タテ」的な要素があるというだけで、不公正な取引方法の問題にしてしまうのは、説得力がないと思います。
しかも、流通ガイドラインでは拘束条件付取引の問題だと整理されていますので、違反者は(供給業者を「拘束」する)総代理店の側だということになりそうです。
というのも、ガイドラインでは、競争者間の総代理店契約の問題点として、
「供給業者が自ら又は他の事業者を通じて参入すればより有効な競争単位としての機能を発揮し、市場における競争がより一層促進されることが期待されるところ、競争者間で総代理店契約が締結されると、これらの間の競争がなくなったり、・・・することにより、市場における競争が阻害されることがある。」
という点を挙げており、供給業者自らが参入しないという拘束(総代理店なので)を受けることが反競争的だと述べているからです。
しかし、これを一般化すると、典型的な競争者間(A社とB社とします)のカルテルでも、
①A社は、B社に値下げさせないという「拘束」をする、
②B社は、A社に値下げさせないという「拘束」をする、
というふうに分解されて、A社の拘束条件付取引と、B社の拘束条件付取引が成立する、というようになりはしないでしょうか。
しかも、反競争性は競争の実質的制限まで行かなくても、公正競争阻害性の段階で違法になる、というのです。
しかし、今日そのような考え方をする人はいないでしょう。
そもそも拘束条件付取引の独禁法上の根拠は、独禁法2条9項6号ニの
「相手方の事業活動を不当に拘束する条件をもって取引すること」
です。
なので、典型的なカルテルの場合には、「取引すること」が存在しないので(競争者間の総代理店契約の場合にはたまたま「取引」が存在してしまうのですが・・・)、形式的には独禁法2条9項6号ニと、それを受けた一般指定12項に該当しないという理屈も可能かもしれません。
しかし、カルテル当事者間にたまたまカルテルに何らかの意味で関係のある「取引」があるからという理由で不公正な取引方法になってしまう(取引が無い場合に比べて低い反競争性で違反になる)というのは、まともな法律論ではないと思います(流通ガイドラインもそのような問題意識すらないでしょう)。
今日では、拘束条件付取引の反競争性は、排他条件付取引のような他者排除性と、再販売価格拘束のような競争停止性に求めるのが一般的です(白石『独占禁止法(第2版)』p258)。
再販売価格拘束の競争停止というのも、あくまで、メーカーが販売店間の競争をやめさせる点(タテの関係)に求められるのであって、まさに取引当事者間で競争停止がなされる場合(ヨコの関係)とは、わけが違います。
やはり、ガイドラインの競争者間の総代理店の規定は、標準的な解釈から相当ずれていると言わざるを得ません。
この点、2010年の欧州の垂直制限一括適用免除規則では、
非競争者間の垂直的制限は市場シェア30%の閾値に達しない限り、原則として(=4条のハードコア制限に該当しない限り)101条3項の一括適用免除の対象になる(=101条1項違反にならない)、
としているのに対して(3条)、
競争者間の垂直的制限の場合には、
①当該垂直的制限が双方向的でなく(non-reciprocal)、
かつ
②-1 供給者側(supplier)が製造業者兼販売業者で、代理店側(buyer)が販売業者だけれども製造レベルでは競合していないか(つまり、販売レベルのみの競合)、または、
②-2 供給者側がいくつかの流通段階での役務の供給者で、代理店側は小売レベルでは商品役務を提供するけれども契約対象役務の購入段階では競合していない(小売レベルのみの競合)
に限って一括適用免除の対象としており(2条4項)、非競争者間の垂直合意と競争者間の垂直合意を、内容は異なるとはいえ、同じ規則の中で取り扱っています。
しかし、こういう柔軟な処理が可能なのは、そもそも欧州では垂直合意も水平合意も101条1項という同じ条文の問題だからなのであり、垂直合意と水平合意を条文上書き分けてしまっている日本では、競争者間の合意を不公正な取引方法(ヨコの問題)とするのは、相当無理があると思います。
(しかも、欧州でも競争者間の双方的垂直合意は一括適用除外の対象外なのであり、カルテル的なものは垂直合意としては取り扱わないという態度が見て取れます。)
結局、流通ガイドラインは「取引」があるという形式面だけに依拠して、本来不当な取引制限として処理すべきものを拘束条件付取引と整理しており(しかも、拘束条件付取引であるために市場シェアの閾値が異様に低い)、妥当ではないと思います。